第十九話 アイドル
俺は、人混みをかき分けるように、急ぎ足で駅へと向かった。
その後ろから、しつこくねだるような声がついてくる。
道行く人々が、そのチグハグな光景に、足を止めて振り返っていた。
それもそうだろう。くたびれた中年男が、タイトスカートのスーツを着こなしたグラマラスな金髪美人を振り切るように、一人でスタスタと歩いているのだ。奇妙に思わない方が無理だ。
「ねぇーねぇーねぇーねぇー! 返事してよー! さっきは謝ったじゃんかー! ねぇーってばー!」
——あーもう、うざったい!
俺は、足を止め、くるりと振り返る。
「俺は、次の約束があるんです! 急いでおりますので、それではまた、ごきげんよう!」
「へぇ、そーいう態度とるんだ。いいのかなぁ、それで?」
「……何のことです」
「今から、『和泉さん』とかいう、アイドル顔の子と会うんでしょ?」
——アイドル顔、って……。
「そんな子と、冴えない中年が二人きり、ねぇ……。あれ? なんだか今日、見た目ちょっと頑張ってない?」
アンジュが、品定めするようにくるくると俺の周りを回り、「うんうん」と一人で納得している。
俺は、それを追い払うように手を振った。
「ええい、うるさい! 俺が和泉さんと会うと、何か不都合でもあるんですか!」
「だからさー、おっさんと若い女の子の組み合わせは、色々マズいって言ってるの。なんか、犯罪の匂いがしない?」
とんでもない偏見だ! とは思う。思うが、なぜか妙な説得力がある気もしてくる。
「そんな時、頼りになるのが、この私でしょ! なんなら、一緒に行ってあげなくもなくもなくってよ!」
ドン!と人が行き交う往来の真ん中で、アンジュはこれ見よがしに胸を張った。
頼むから、そのわがままボディで、そういう目立つことはやめてくれ。
俺は、盛大なため息をつき、観念して頷いた。
「……わかりました。じゃあ、一緒に来てください、と思わなくもなくもないです」
「え! どっち!」
「行きますよ!」
俺はそう叫ぶと、今度こそ駅に向かって歩き出した。
▽▽▽
待ち合わせ場所は、渋谷で最も有名な犬の銅像の前だった。
ぐるりと見て回ったが、それらしい姿は見当たらない。
「シンさぁ、こんなお決まりの場所で待ち合わせなんて、相手の子が可哀想でしょ!」
「まったく、これだからおっさんは……」と、アンジュがブツブツと文句を言っている。
確かに、今思えば配慮が足りなかったかもしれない。とはいえ、この場所を指定してきたのは、和泉さん本人なのだから仕方ないだろう。
「こりゃ、もう来ないわね。残念、撃沈、さようなら。……って感じ? 明後日こいやコラァ。だね」
さっきから喚いている女神アンジュ。
それをチラチラ盗み見する男ども……いや、女どももいる。
待ち合わせの時刻から、もう一時間が過ぎている。
完全に悪目立ちしている俺たちに、道行く人々の好奇の視線が突き刺さっていた。
「……諦めて、帰りますか」
俺がそう言った、その時だった。
後ろから、明るい声がかかった。
「ヤマさん、ですか?」
声に振り返ると、そこに立っていたのは、女子高生らしき制服姿の少女。
その声には、聞き覚えがあった。
先日の戦いでは、間違いなくMVP級の活躍をした子だ。
「……サキコちゃん?」
「やっぱり! ヤマさんだ!」
彼女は、本当に嬉しそうにぴょんぴょんとその場で跳ねた。
「なんだか、この間とイメージが全然違ってて……。最初は別の人かと思っちゃいました」
「それはこっちのセリフだよ。サキコちゃん、そんなに髪が長かったんだね」
先日会った時は、帽子の中に髪を全部入れていたらしい。
「普段は、こんな感じなんです」と、彼女は背中の真ん中まである黒髪を、ふわりと手で広げて見せた。
「あ! 美人のお姉さんもいる!」
サキコちゃんは、俺の横に立つアンジュを見つけ、ぱっと笑顔で手を振る。
「こんにちは、サキコちゃんだっけ? 山川のエージェント、安寿です」
アンジュは、まるで敏腕マネージャーのように背筋を伸ばし、さっと手を差し出した。その手を握り返しながら、「え? えーじぇんと……?」と、サキコちゃんは戸惑っている。
「そう。この山川は、うちの事務所が誇るナンバーワンタレントなのよ」
その訳の分からない大嘘に、俺は思わずブッと吹き出してしまった。
そんな俺たちの後ろから、今度は少し気だるそうな声がした。
「あのー、山川さん……ですか?」
振り返ると、そこには約束の相手、和泉さんが立っていた。
サキコちゃんも彼女に気づき、「あ! 和泉さん、こんばんは!」と挨拶する。
和泉さんも、サキコがいたことに驚いたようだが、すぐに「……どうも」と会釈を返した。
この状況に、一番驚いているのは、意外にもアンジュだった。
「な、なによ……。何、この状況……?」
一人、皆の顔を見回しながら、本気で首を傾げている。
「すみません。ちょっと仕事が押しちゃって……」
和泉さんは、遅れたことを申し訳なさそうに謝罪した。
「いえ、全然大丈夫です。こちらこそ、急に無理を言ってすみません」
俺がそう言うと、彼女は少しだけ表情を和らげた。
「和泉さんさえよろしければ、どこか静かな場所で話せませんか?」
俺が提案すると、サキコちゃんが「あ! 待ち合わせだったんですね! ごめんなさい、お邪魔しました!」と、慌ててその場を去ろうとする。
「あ、いえ。私は、一緒でも全然大丈夫ですよ」
と、和泉さんが彼女を引き留めた。
「ほんと!? じゃあ、私も一緒に! あっちに、個室のある良い喫茶店があるんですよ!」
「じゃあ、移動しますか」
和泉さんがサキコちゃんの後に続き、俺もその二人について行く。
最後に残されたのは、いまだ状況を飲み込めず、一人立ち尽くすアンジュだけだ。
「……だから、何なのよ、この状況……」




