第十八話 エージェント
二人、無言で煙草をふかしていると、さっきの女将がコーヒーを二つ運んできた。にっこりと微笑む女将に、九頭竜は「ありがとう」と短く応える。
カップは、どこか大正時代を思わせる、どっしりとしたものだった。手で持つと、ほんのりとした温もりが、ささくれた気持ちを落ち着かせてくれる。
「あなたの異能は、どんな能力なんですか」
俺が唐突に尋ねると、九頭竜は片方の眉だけをクイと上げて答えた。
「我が家は、代々、風雨を司る一族でしたが……その力も代を重ねるごとに弱くなり、今では……」
突然、彼が俺の前にすっと腕を突き出した。
すると、どこからともなく柔らかな風が吹き、オールバックで固めた俺の髪を撫で、前髪がひと房、はらりと眉の上に落ちた。
「……こんなものです」と、彼は自嘲気味に肩をすくめる。
「だから先日、あなたのあの力を目の当たりにして……嫉妬と、羨望と。そして、少しだけ安堵したんですよ」
「安堵、ですか?」
嫉妬と羨望は分かる気がする。我ながら、あの力は人外のそれだと思う。だが、安堵する、とはどういう意味だ?
「勇者パーティ、とは名前ばかりで、実態は見ての通りです。様々な組織のしがらみの中で、一番の被害者は、間違いなく勇者である彼女でしょう」
彼はそう言って、静かにコーヒーを一口飲んだ。
「だからこそ、あなたのような規格外の実力者が、彼女の味方についてくれた。……正直、ほっとしているんです。これでようやく、あのチームも『パーティ』らしくなる」
──この男、案外、いい奴なのかもしれない。
「九頭竜さんが、パーティで一番の古株だと聞きました。他のメンバーは、どうやって集まったんですか?」
勇者と仲間との出会い。本来なら、それは物語の重要なイベントのはずだ。
それなのに、あのパーティはどこかちぐはぐだった。その理由が、ずっと気になっている。
「うちの『求道家連盟』から二名。あの脳筋……トーマという男がそうです。長老からの推薦で、無理やり加わりました。それと『神明国教会連盟』からも数名。先日の戦いで障壁を使っていた子がいたでしょう? 彼女がそうです」
「和泉さん、でしたっけ」
「ええ。彼女も、連盟から半ば強制的に参加させられている口でしてね。……難しい立場ですよ。他には、『過剰脅威対策室』からの推薦で二名。あとは『バイト枠』ですが、あれは勇者たちが偶然出会った能力者のようですね。前回参加していたサキコという子もそうだったかな。一応、対策室の許可と、何やら契約書を交わして参加しているようですが……あの対策室が、相当の曲者でしてね」
そこまで言って、彼はふっと口を閉ざした。そして、再び俺の目をじっと見る。
「……で、あなたは? あなたこそ、どういった伝手で、この件に?」
「俺は……」
言葉に詰まる。「元勇者だから」とは言えない。自分にその自覚がないのだから。かといって「勇者の友人です」では、この年齢差では説得力がない。
俺が答えに窮していると、九頭竜が、どこか面白そうに口元を歪めた。
「……あの金髪の女性。彼女が、あなたの『エージェント』なのでしょう?」
──アンジュが、エージェント!?
なんだそれは。
笑える、いや、全く笑えない。
「さっきから、あの電柱の陰で、随分と心配そうにこちらを窺っていますよ」
その言葉に驚き、俺は九頭竜の視線を追って窓の外を見た。
そこには、確かに。
大きなサングラスをかけ、その隠しきれないグラマラスな体を必死に縮こませて、電柱の陰に立つアンジュの姿があった。
▽▽▽
店を出た俺は、一瞬、電柱とは反対方向へ歩くふりをして、ひょっこりと顔を出したアンジュの死角から、ダッシュで駆け寄った。
そして、驚く彼女の腕をがっしと掴む。
「な、なになに!? ダメだって! バレちゃうでしょーが!」
アンジュは、慌てて顔をそむけながら、小声で訴えてくる。
「とっくにバレてますよ!」
俺が言うと、彼女はサングラスをずらし、俺の肩越しに店の門をチロリと見た。
ちょうど店から出てきた九頭竜が、こちらに気づき、「それでは、また」とでも言うように、軽く手を上げてにこやかに去っていく。
「……あちゃー」
アンジュは、ばつが悪そうにサングラスを内ポケットにしまった。
俺は彼女を睨んだまま、詰問する。
「どうして、ここにいるんですか」
「どーしてって……あなたの担当だから?」
「いつからつけてたんですか。いや、女神なら、つける必要すらないのか?」
初めて会った時、公園に突然現れた彼女のことを思い出す。
「つけるなんて、人聞きの悪い! 『影ながら見守っていた』のよ!」
──字面通り、ってわけでもあるまいし!
「もしかして、昨日の夜からずっと……?」
俺が呟くと、アンジュは顔の前で手をブンブンと大げさに振った。
「きのうの夜のことは、知らない! 私、酔いつぶれてたんだから!」
「『状態異常耐性』スキルがあるでしょうに」
「ま、まぁ、それはそれ! 本当に知らないって!」
俺は、じっと彼女の目を見つめる。
「……本当よ、本当! ソニアから電話をもらって、慌ててあなたの反応を探したんだから! どうせまた、何かで傷ついて、一人でメソメソしてるんじゃないかと思ってね!」
「子供か、俺は!」
「私から見れば、あなたなんて子供みたいなもんよ! まったく……シンは年を取って、妙にしつこくなったんじゃない? そんなんじゃ、嫌われちゃうぞ、『パパ』!」
言ってから、アンジュはハッと息を呑んだ。
しまった、という顔で、彼女は自分の口を手で覆う。
もう、遅い。
気まずい沈黙が、俺たちの間に流れる。
やがて、彼女は観念したように、ゆっくりと頭を下げた。
それは、今まで見たこともないくらい、深々としたお辞儀だった。
「……ごめんなさい」




