表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/260

第十七話 存在証明


「外で話しましょう」


 九頭竜はそう言うと、俺が会釈するのを待たず、とっととエレベーターホールへと歩き出した。


 俺は慌ててその後を追い、エレベーターに乗り込む。無言で前を見据える彼の背中に、なぜだか謝罪したい衝動に駆られながら、一階に降りた。


 再び無言で歩き出す彼の後を、俺はただついて行く。五分ほど歩いた先に、この近代的なオフィス街には似つかわしくない、古風な門構えの料亭が見えてきた。


 彼は、着物姿の女将に「二階を」とだけ告げると、慣れた様子で階段を上がっていく。

 通されたのは、こぢんまりとした和室だった。テーブルと椅子が置かれ、俺は彼が腰掛けた向かいの席に座る。


「……あの後、山川さんからも、電話がありましたよ」


 九頭竜が、静かに口を開いた。


「山川と言っても、あなたじゃない。勇者の方です」


 彼はそう言うと、テーブルの上で指を組み、俺を覗き込むように見た。


「単刀直入に聞きますが、あなたも異世界人ですか?」


 その視線は、俺の心の奥底まで見透かそうとしているかのように鋭い。俺は慌てて首を横に振った。


「いえ、俺は正真正銘、日本人です」


 ──異世界に住んでいたことは、あるらしいけど。


「それは失礼。同じ苗字だったのでね。……で、話とは? 言いたいことがあるなら、はっきり言ってもらって構わない」


 彼はそう言うと、俺から視線を外し、窓の外を眺めた。


 言いたいことを、はっきり……か。


 少なくとも、彼がルーリを異世界から来た勇者だと、正確に認識していることだけは分かった。


「……私は、パーティをクビですか?」


 九頭竜が、突然ぽつりと呟いた。


 最初、彼の言葉の意味が分からず、俺はさぞ間抜けな顔をしていたことだろう。


 彼は、続ける。


「もとより、好きで参加していたわけではない。クビならクビで、私は一向に構いませんが」


 は!? 何を言ってるんだ、この男は。


 俺が呆然としていると、彼はじっと俺を見つめてくる。俺は、慌てて首を振った。


「違います! 俺は、新参者として、一番の古株である九頭竜さんにご挨拶を、と思いまして」


 半分は本当で、半分は嘘だ。


 昨夜、ルーリと話しているうちに、俺はどうしてもパーティのメンバーのことが気になり、彼女から連絡先を教えてもらった。そして今朝、一番の古株だというこの男に、電話をかけたのだ。


 彼は、眉をひそめて、まだ俺を疑うように見ている。


「お伺いしたいのですが、九頭竜さんは、どうして勇者パーティで戦っているんですか?」


 我ながら、芸のない聞き方だと思う。だが、これを聞かなければ、話が始まらない気がした。


 彼は、やはり俺の目をじっと見ている。まるで、そこに何か答えが書いてあるかのように。


「……なぜ、それを聞く? 私が、あなたのような新参者に話すとでも?」


 彼は表情一つ動かさず、鋭い眼光で俺を射抜く。


「『アルバイト枠』の方に、お話しすることなど何もありません」


 ぴしゃり、と言い放たれた。だが、それも一瞬のこと。彼の表情からすっと力が抜け、長い溜息をついた。


「……とまあ、普通なら無視するところですが。先日は、命を救われた恩もあります」


 ──救った? 俺が?


「実際、あの時あなたがいなければ、我々は全滅していたでしょうし」と、彼はぼそりと呟いた。


 会った時から、鼻持ちならないインテリエリートだと思っていたが、彼は彼なりに、誠実で、公平なものの見方ができる男のようだ。


「……いいでしょう。お教えしますよ。私は、平安の時代から代々この国の『退魔』を担ってきた一族——『求道家連盟』に名を連ねる、九頭竜家の現当主なんです」


「た、退魔士……?」


 俺の疑問がストレートに顔に出ていたのだろう。彼が説明を続けた。


「この世界は、いつの世も得体のしれない『魔』のモノに脅かされてきました。それを陰ながら討伐してきたのが、我々の一族です。かの高名な陰陽師の血も受け継いでいるとか」


 彼は、コホンと一つ咳払いをした。

「そして、その現当主が、不肖ながらこの私、というわけです。それと同時に、今回、勇者パーティに参加するよう、組織の長老たちから指示を受けました」


「すごい……そんな組織が、現代にも……。では、九頭竜さんは、当代随一の実力者なんですね」


 俺が驚きを隠せずにいると、彼は俺の言葉を遮るように言った。


「全く違う。私は"捨て駒"ですよ」

 そう言って、彼は自嘲するように、浅く笑った。


「ちょうど、戦える適性年齢の者が、今の『求道家連盟』にはいなかった。ただ、それだけの事です。実際、この話が来るまで、私は『今代の当主候補は、力なしの能無し』と、陰で呼ばれていたくらいですから」


 彼はそう言うと、内ポケットから煙草を取り出し、静かに火をつけた。


 俺が、羨ましそうにその紫煙を見つめていると、彼は「……吸いますか?」というように、目で煙草の箱を勧めてきた。


「ありがとうございます」と、俺は一本いただく。


 彼が差し出した100円ライターで火をつけ、深く煙を吸い込んだ。


「実際、こんな悪癖すらやめられない。ちゃらちゃらした一般企業に就職する。……もとより、私は『求道家連盟』の当主には、ふさわしくない人間だと言われてきました。ましてや、大した異能も使えない当主など、お笑い草でしょう」


 彼が、自嘲気味に肩を揺らす。


「そんな時、都合よくこの話です。魔王だの、異世界の勇者だの……。長老たちはこれ幸いと、俺を当主に祭り上げ、厄介払いしたんですよ」


彼の言葉を聞いているうちに、さっきまでの冷徹なエリートの仮面は完全に剥がれ落ち、今はただ、組織に翻弄される一人の優秀な青年にしか見えなくなっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ