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第十二話 生活という


 勇者自らがバイトで金を稼ぎ、勇者パーティのメンバーにギャラを払う……。

 そんな理不尽な話があるのか?


「仲間たちは、志を同じくする者たちじゃないんですか?」


 俺が尋ねると、ソニアは少しだけ遠い目をして答えた。


「もちろん、そうです。でも……やっぱり、みんなにも生活がありますから」


「いやいや、勇者だって、好きで勇者やってるわけじゃないでしょう?」


「彼女には、使命があります」

 急に、ソニアが真顔で言い切った。

「彼女は、この世界を救うために選ばれた、勇者なんですから」


 ウンウンと一人で頷くソニア。俺は助けを求めてアンジュに視線を送るが、彼女は肩をすくめるだけだ。


「余計におかしいでしょう。救われるべき世界の住人が金をもらって、その金を稼ぐために勇者がバイトするなんて! しかも三つも掛け持ちで! 彼女は、ちゃんと休めてるんですか!?」


「大丈夫よー。勇者には『状態異常耐性』のスキルが元々備わってるから」

 アンジュが、追加の芋焼酎を傾けながら言う。

「ひと月やそこら寝なくたって、ピンピンしてるわよ」


「そういう問題じゃないでしょう!」

 なぜか、俺は彼女があまりに不憫で、哀れに思えてならなかった。


「でも……! そうでもしないと、仲間なんて集まらないんです!」

 突然、ソニアがテーブルにガンッ!とグラスを叩きつけた。


「この世界に来て、仲間になれそうな能力者を見つけては声をかけても、『なんで私がそんなことしなくちゃいけないの?』とか、『忙しいのにタダ働きなんて無理』とか……みんな、そう言うんです! だから、仕方なく……!」


 ああ……なんだか、その光景がたやすく目に浮かぶ。


 この世界では、自分だけが損をすることを極端に嫌う。それが、自分を「優秀」で「特別」だと思っている人間であれば、なおさらだ。


「私に、もっと加護の力があれば……」


 ソニアの目に、じんわりと涙が浮かぶ。そんな姿にも、アンジュは「そだねー」とどこか冷めた返事をした。


「結局、私がやれたのは、競輪と競馬くらいで……」


 ──競輪? 競馬?


「あっちゃー。あんた、それやっちゃったの? 神の力でギャンブルすると、余計に加護の力、失うのよ?」


 アンジュが薄笑いを浮かべてソニアを見る。

 一方、ソニアは食ってかかるようにアンジュを睨んだ。


「仕方ないじゃないですか! そうでもしないと、あの子は住む家もなかったんですから!」


「も、もしかして、それって……女神の力で、競輪や競馬を……?」


 俺が小声で尋ねると、ソニアはグルンとこちらに顔を向け、「ダメなんですか!」と睨みつけてきた。


「いや、ダメというか……ずる、というか、イカサマというか……」


 俺が言葉に詰まる一方で、アンジュは腹を抱えてケラケラと笑っている。


「先輩は良いですよね! 『女神チャンネル』で信仰を集めまくって、潤沢な加護があったんですから!」


「まーねー」と、アンジュは自慢げに胸を張る。


 ──女神チャンネル?


「……なんですか、それ」


「え!? シン様はご存じなかったのですか!」


「いや、知らないも何も、俺はシンの時の記憶自体……」

 俺が話そうとすると、それを「ワーワー」と叫び、遮るようにアンジュが説明を始めた。


「あのねー、世界中の人たちに、勇者パーティの活躍をリアルタイムで公開してたの! それが『女神チャンネル』よ!」


 ビシッと、目元で横ピースを決めるアンジュ。


「要は、勇者たちの私生活を、加護のために切り売りしてたってことですか?」


「ノンノン!」と、アンジュは人差し指を振る。


「勇者たちの輝かしい活躍を、世界中のファンに見せてあげてたの」


「……本人たちは、知ってたんですか?」


「それは……内緒。リアリティがなくなるじゃーないかい?」


「何が『じゃーないかい?』ですか! それ、完全に盗撮じゃないですか!」


 俺のツッコミを無視して、ソニアがうっとりと目を細める。


「思い出します……あの無口な騎士キリが、魔法使いのシュシュに告白した場面!」


「でしょー! あれは凄かったわよね! 私まで胸がトゥンクしちゃった!」


「シン様を見守る聖女リラの瞳……切なくて、キュンキュンでした!」


「あれなぁ……。大陸中の女子が泣いてたもん」


 ──って、おい!


「あっちの世界に、テレビなんてあるんですか?」


 俺が素朴な疑問をぶつけると、「ないわよー」とアンジュは軽く答えた。


「じゃあ、チャンネルじゃないし、一体どうやって……?」


「時間になると、空に巨大なビジョンを映し出すの! 正直、最初は『これ、加護の力が赤字になるんじゃね?』って思ったけど、結果的には大儲けだったわね」


「だって、みんな見てましたもん。赤ん坊から高齢者まで」


「赤ん坊は見ないでしょ。高齢者、って何歳くらいからなんですか?」


「四十歳以上、ですかね」と、ソニアが悪気なく答える。


「……それ、俺もそろそろです」


 ギャハハ、とアンジュが腹を抱えて笑う。

「そっかー! シンももう高齢者か! ま、あっちは平均寿命が短いからね」


「そうなんだ……って、訂正してください! こっちじゃ、まだヤングのつもりです!」


「あー、その『ヤング』って死語を使うあたりが、もう高齢者なのよ」


 アンジュが、素に戻って冷静に指摘した。


「ところで、聖女リラって、どうなったんです?」

 ついさっきまで勇者ちゃんのことで涙ぐんでいたソニアが、ゴシップ好きの顔で身を乗り出す。


「リラねぇ。あれからずっと、一人で各地を回って支援活動してるわよ」


「えー、ご結婚は? 継承権第一位の王女様でしたよね?」


「してない、してない。他国からの縁談や、王配の話も全部断って、『聖女は生涯、民に尽くすものですから』とか言っちゃってさ。継承権は弟に譲って、今も一人で被災地を回ってるわよ」


 そして、アンジュはギロッと俺を睨みつけ、おしぼりを投げつけた。

「ぜーんぶ、お前のせいだかんな!」


 ──俺のせいだと言われても……。


「その女性って、たしか、勇者パーティの聖女様、でしたよね?」


「そうよ。そして、シンの“いい人”」


 いい人?


「恋人だよ、恋人! バーカ!」

 またおしぼりが飛んできた。一体、何枚確保してんだ、この女神は。


「シン様とリラ様の名シーン、たくさんありましたよねぇ……。思い出すだけで、涙が……」


 今度はソニアが、横でチーンと鼻をかむ。しかも、俺が投げつけられたおしぼりで……。


「……なんで、シンは……俺は、そんな大事な人を置いて、こっちに帰ってきたんですか?」


 俺が尋ねると、アンジュは今度はジョッキを振りかぶった。


「知るか! あんたのそういうとこが、大っ嫌いなのよ! 妙にストイックで、頑固で、一人で全部背負い込むところが!」


 彼女はそう叫ぶと、テーブルに突っ伏して「うわーん!」と泣き出した。


「あーあ、拗ねちゃった」とソニアが言った瞬間、彼女のバッグから荘厳な讃美歌の着信音が流れ出した。


 ソニアは慌ててバッグを漁り、スマートフォンを取り出す。

 チラリと見えたそれは、ごく普通のスマホのようだ。A-PHONEではないらしい。


「えー、そんなの断っちゃえばいいのに! ……うん。……今、シン様もご一緒なのよ!」


 何か、トラブルのようだな。

 俺はソニアの様子を横目に、ぬるくなったビールを飲み干した。


「うん、うん。分かるけどさぁ……。はぁ、なんかそういうの多いよね。……わかった、伝えておきます。うん、じゃあね、また」


 電話を切ると、ソニアはこちらを見て、勢いよく頭を下げた。

 下げた頭が、突っ伏していたアンジュの後頭部にゴツン、と綺麗にヒットする。


「な、なんりゃ……?」とアンジュが一瞬顔を上げたが、またすぐに突っ伏してしまった。


 ソニアはそんなことお構いなしに、申し訳なさそうに両手を合わせる。


「ごめんなさい! ルーリ、なんだかバイト先で交代の人が急に来れなくなったらしく……。結局、今夜は仕事、抜けられないそうです」


 そして、もう一度頭を下げた。当然、アンジュの後頭部に二度目の頭突きが決まり、「なんなのよぅ!」という呻き声が聞こえた。


「会えないのは残念だけど、仕方ないですよ。また誘ってください」


「もちろんです! あの子の次の休みは……来月、ですねぇ」


「え!? 来月まで、ずっとバイト漬けなんですか?」


「何しろ、これが無いと始まりませんから」


 そう言って、ソニアは片手で親指と人差し指の輪を作り、疲れ切った苦笑いを浮かべた。


 ──女神様。あなたが、そんな生々しいジェスチャーしないでくれ……。



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