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ガーディンに「ただいまー」と言って触れるエルゼ。実を言うとエルゼも動物が好きなのだが、基本的に人前で素を見せる事はしない。サーカス団の中で気軽に喋れるのはラコンテとゴーシュくらいだろう。
テント内に入ると女の子たちはすでに寝ていたが、ラコンテの義理の妹のファニーは起きていて「お帰りー」と毛布の中から出てきた。
ファニーは団長の妹とサーカス団のエルフの青年の子供だ。だが父親は病で亡くし、母親は出産の際に亡くなった。そのためファニーは団長の子として引き取られたのだ。
美しいエルフの青年だった父親と華やかなダンサーだった母親の子であるファニーは、エキゾチックな美しさを持った子だ。化粧をすれば【白き騎士】では姫役、サーカスではガーディンに乗って華麗に曲芸をするのだ。
ただ化粧をしていない状態で笑うと非常に子供らしい表情を見せる。
「手は大丈夫? マメが潰れていたら消毒液と包帯を貸すよ」
「今日は大丈夫」
「そう、あまり無茶しないでね。エルゼに何かあったら、ラコ兄ちゃんがミーコと一緒に火縄くぐりをしないといけないから」
ミーコはライオンの頭と馬の胴体、蛇の尻尾を持ったキメラの動物である。とても厳つい顔をしているが、人懐っこい性格をしている。体も頑丈なので危ない芸を見せて、サーカス団の花形だ。
それにしてもエルゼに何かあってミーコと一緒に芸をするとは、ラコンテにとって理不尽な罰である。
エルゼは「うん、わかっている」毛布の中に包まった。刀である私を抱きしめて。
あの出来事からエルゼは刀をずっと持ち歩くようになった。持っていないと不安だし、眠っている間もエルゼは気を抜けない事が多いのだ。
素振りで疲れたのかエルゼは目をつぶると、すうっと穏やかな寝息を立てた。
***
突然、「ガオウ!」という鳴き声と檻をガチャガチャ引っ掻く音が響いて、テント内で寝ていた女の子たちは起きた。
「ミーコの声だ」
「どうしたんだろう」
「あ、ガーディンも荒れている」
ガーディンも鳴き、ガチャガチャと足音が聞こえてきた。
ファニーが「ガーディンをなだめてくる」と言って外に出た後、エルゼも私である刀を持って外に出た。
動物たちの様子に団員達も外に出てくる物音が聞こえてくるが、真っ暗で何も見えない。だがざわざわと茂みをかき分ける音が聞こえてきた。それがどんどんと近づいて……。
「くっそ! うわ!」
「わ!」
なんとエルゼと恐らくサーカス団の動物たちを騒がせた男と鉢合わせになった。エルゼが「大丈夫ですか?」と聞くと、男は刃物を出して来た。
「女! 金目の物を出……、ウワア!」
「ヒヒイイイン」
エルゼを脅そうとする前に男は、背後にいるユニコーンのガーディンは二本足で立ち上がって、鳴きながら威嚇をする。
エルゼは「おら!」と言って、刀である私を男の頭にぶつけた。
「いたぞー!」
「強盗だ!」
シュマたちサーカス団の男たちがやってきて、エルゼに頭を叩かれた男は観念したように座り込んだ。
***
どうやら森に潜んでいた強盗団はキメラのミーコに気づかれ、開き直ってサーカス団に強盗を仕掛けようとしたようだ。だがミーコの姿に腰を抜かしたり、シュマに返り討ちされたり、ガーディンにビビらされて、エルゼに頭を叩かれたりなどなど、強盗団の方が散々な目にあった。
「エルゼ、大丈夫か?」
鷹ほどの大きさの竜 イフリート達で強盗団を蹴散らしたラコンテがやってきた。
エルゼは「うん、大丈夫」と答えた。
「そうか。良かった。強盗団の一人に鉢合わせたって聞いてびっくりしたんだ」
「私に何かあったらラコンテはミーコと一緒に芸をしないといけないらしいから、無茶はしないよ」
「……ん? なんだそれ?」
「ファニーが言っていたよ。私に何かあったら、ラコンテは責任を取ってミーコと一緒に火縄くぐりしないといけないって」
ラコンテは「なんだよそれ! 俺は知らないぞ!」と焦る。一方、ファニーはガーディンに「素敵だわ。うちらの守護者ね」と褒めたたえていた。
サーカス団長が全員無事と確認した後、エルゼを呼んだ。
「悪いな、エルゼ。強盗団が持っていた物にこんなものがあったんだ」
団長が持ってきたのは文字がびっしり書かれた紙だった。サーカス団のみんなは文字が読めなかったり、読めても難しい言い回しが理解できなかったりと、読解力に欠けていた。そのため、元々貴族で勉強も出来たエルゼがこういった難しい文書を読むことが多い。
エルゼは一目見た瞬間、眉をひそめた。
「白い結婚についての契約?」
 




