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第23話 ヨルちゃんのお留守番

 今回は、喫茶『アンタルテ』でお留守番を任されているヴァンパイア少女「ヨル」視点でのお話です。


 ──────────



「いってて! なんだ、この馬鹿力ぁ!」


 喫茶『アンタルテ』の入口の前で男がひっくり返ってるのだ。


 そいつに向って、我は言ってやるのだ。


「くだらぬ嫌がらせはやめることだ。貴様の仲間と雇い主のサジに伝えておくがいい。次来たら命はない、とな」


 我は、我の唯一の変身できる「見知らぬおっさん」の姿で、精一杯いかつく睨みを効かせてやるのだ。


 すると男は「クソっ! 覚えてやがれ!」なんて捨て台詞を吐いて去っていっただ。


 はぁ……。骨が折れるのだ……。


 まったくなんでこう次から次に……人間というやつは本当に愚かなのだ……。


 我がため息をついた時、有能かつ美しき我が主・ツカサの言葉が頭をよぎるのだ。



『ヨル。僕たちが畑を見に行ってくる間、アンタルテを守っていてほしい。頼んだぞ』



 頼んだぞ。

 頼んだぞ……。

 頼んだぞ……!


 あぁ! 麗しの我が主! あなたから任されたこの責務! 命を持っても遂行いたしますのだ!


 ツカサとニャモは今、バレルとかいう男の「てんさい畑」というものを見に行くためにお店を離れているのだ。


 その間、『アンタルテ』を守るようにとm我に眷属命令が下ったのだ。


 が……。


 キリが……ないのだ……。


 次から次にやってくる客を装った嫌がらせ。


 我は、「見知らぬおっさん」姿でそいつらをちぎっては投げ、ちぎっては投げして、お店の治安を守っているのだ。


 そんなことをしてるせいで、試飲キャンペーンで興味を持ってくれた客もビビって寄り付かなくなってしまったのだ……。


 むぅ。


 せっかくツカサやソフィアが頑張ったキャンペーンなのに。


 これも全部、あの紫モジャモジャ髪のいけ好かない男「サジ」とかいう奴のせいなのだ!


 許、さ、ん、のだぁ~~~!


 我が本日何度目かのイライラを募らせていると、店の奥から声がしたのだ。


「ヨルちゃ~ん? お客様には怪我なく帰ってもらえたかしら~?」


 ソフィー。


 この喫茶『アンタルテ』の美人店主なのだ。


 美人店主。美人。まぁ美人なのだ。我にはない大人の魅力……主に包容力……というかぶっちゃけ胸がでかいのだ。とにかくそれがあるのだ。目下、我の最大のライバルなのだ。我が主・ツカサは金剛の精神力を持っているけど、それでも男は男なのだ。あのサキュバスのような下品な胸をぶら下げた色魔にコロッとヤラれてしまう可能性はあるのだ。それは……それだけは耐えられないのだ。ツカサの第一使徒として、やはり我がツカサの()()、第一夫人としてふさわしいのだ。


 そう、我は第一使徒。


 我よりも先にツカサに仕えていたあの「ニャモ」というのもいるけれど、あれはロボットなので序列と関係ないのだ。ないったらないのだ。絶対にないのだ。


 ニャモは普通のロボットにしてはちょっとスペックが高いような気もするけど、たぶんそういう個体も中にはあるのだ……?


 ロボットというもののポンコツ具合は話では聞いていたけど、人間界のことはよくわからないのだ。


 にしても、なのだ。


 ソフィアときたら、この期に及んで嫌がらせしてきた奴への心配なのだ?


 ありえないのだ。


 まったく……コーヒーを淹れるのは天才的なのに、それ以外は本当にポンコツダメ人間なのだ。


 やはりこんな女にツカサは譲れないのだ。


「ソフィー、今のは客ではないのだ」


 我は毅然とした態度で愚かなソフィーを正すのだ。


「あら~、でもコーヒーは飲んでもらえたでしょう?」


「お金は貰っていないのだ」


「ん~、でも飲んでもらえたし~? やっぱりお客様ってことでいいんじゃないかしら~?」


「はぁ~~~……」


 人は二物を与えず、なのだ。


 本当にこの人間女はとんまで間抜けなお人好しなのだ。


 これじゃ店も潰れそうになってて当然なのだ。


 今だって夕方ゴールデンタイムだというのに、店内のお客さんは0人なのだ。


 うん……よ~し! なのだ!


 ここは偉大な上位生物たる我が、ビシッと指導してやる必要があるのだ!


「ソフィー! 話を聞くのだ!」


「はぁ~い、でもその前にお疲れ様のコーヒーをどうぞ~!」


「わぁい! ソフィアのコーヒーなのだ!」


 ぽわんっ!


 あっ……変身が解けてしまったのだ……。


 そうなのだ……我はこのコーヒーの蠱惑的な匂いを嗅ぐと、こうして魔力が緩んで変身が解けてしまうのだ……。


「ほら~、ヨルちゃんもずっとおじさんの姿じゃ疲れちゃうでしょ~? だからこうして休憩も必要なの~」


「むむむ……一理あるのだ! しかし! 我にはツカサたちがいない間『アンタルテ』を守るという使命が……むぅっ!」


 淫売ソフィーの手によりカップを握らされた我は、抗いきれず宝石のような濃茶色の液体──コーヒーを一口、口に含んでしまうのだ。全く空気が読めず押し付けがましいみだらな女なのだ、このソフィーという奴は……。っと……。



「ぷはぁ~~~~~!」



 美味い、のだぁ~~~……!


 ソフィーの淹れるコーヒーの味は本当に最高なのだぁ……!


「ふふっ、ヨルちゃんってば、やっぱりまだまだ子供ね~。ほっぺたぷるっぷる」

 

「わ、我は子供ではないのだ! ほっぺたもガチガチなのだ! その証拠に、我は立派な大人の姿にもなれるのだ!」


「あのおじさんの姿ね~。でも、ヨルちゃんがなれるのってあのおじさんの姿だけなんでしょ~?」


「い、今はあの姿だけなれど……きっと大きくなれば色々変身できるようになるのだ……! た、たとえば、あのニャモが魔力で成したよう大地を覆い尽くさんがばかりの大きさの巨大コウモリとかに……うぅ……」


 この女、馬鹿のくせになかなか痛いところを突いてくるのだ……。


 たしかに我は「見知らぬおじさん」の姿にしかなれないのだ。


 これは……我の力が弱いせいなのだ。



 ……ハーフだから。我が、ヴァンパイアハーフだから、なのだ。



 だから変身能力も低いし、力も弱いのだ。


 けど! けどけど! ハーフゆえのいいところもあるのだ!


 まず、ハーフだから昼間もへっちゃらなのだ!


 おまけに、にんにくも十字架も平気なのだ~!


 そして吸血も必要ないのだ! 普通のご飯で生きていけるのだ! えっへん!


 そうなのだ、我はハーフだからこそ! こうして堂々と人間の町にも降り立てているのだ! ハーフ最高! ハーフだから麗しの我が主・ツカサとも出会えたのだ! ハーフでよかったのだ! うん、絶対そうなのだ!


 だから力が弱くても、変身能力が低くても……気にすることはない……のだ……。うん……。


(それに……純血種のヴァンパイアは、もう……存在しないのだ。我が、この世で最後のヴァンパイア……。しかもハーフなのだ……。うぅ……)


 そんな暗澹(あんたん)たる気持ちに陥っていると、ソフィーがとんでもないことを言い出したのだ。



「で、ヨルちゃんの変身してるおじさんは()なの~?」



「は? 誰とはどういうことなのだ?」


「ん~? あの姿って、誰かを模してるるわけでしょ~?」


「いや、我は別に誰かを模してなどいないのだ。我は我なのだ」


「へ~、そうなの~? 私てっきり……」


 この後。


 この後、おっぱい馬鹿のソフィーはさらにとんでもないことを言い放ちやがったのだ。



「ヨルちゃんの()()()()()姿()なのかと思ってたわ~」



 ガ……ガビーン! 稲妻ドンガラガッシャ~ン! 大地がゴゴゴ……!


 それくらいの衝撃が我を貫いたのだ。


 お父……さん……?


 我の母は、誇り高きヴァンパイアクイーン。


 しかし、我の父は……。


 わからぬ……のだ……。


 ただ、()()ということしか……。


 我が物心ついたときから変身出来ていたこの姿が、誰ともわからぬ我の父……なのだ……?


 そんなわけ……そんなわけが……。


 不意に脳裏に蘇るのだ。


 初めて変身した我を愛おしそうに見つめ、涙を落としていた母の姿を。


「ちょ、ちょっと夜風に当たってくるのだ! また嫌がらせ客が来そうな気がするのだ!」


 我はそう言って『アンタルテ』入口の石段に腰掛けてふさぎ込むのだ。


(これが……我の、父……?)


 再び変身した見知らぬおっさんの姿を、日の暮れてきた窓ガラスにそっと映すのだ。


 そこには青白い顔をした、気難しそうな痩せた男が映っているのだ。


 ブンブンと頭を振るのだ。


 今さらなんなのだ!


 ヴァンパイア一族が滅びる時になんの手助けもしてくれなかった男なのだ!


 そんな奴の手がかりを今さら得たところで……ところで……。なのだ……。


 しゅん……。


 おっさん姿の我が膝を抱えて丸まっているのはさぞ滑稽だろうなのだ。


 けれど、どうぞ笑わば笑えなのだ。


 こんな情の欠片もないクズ父親なんて、みなの笑いものにされるのがお似合いなのだ。


 あっ、別にこの姿が我の父親だと決まったわけではないのだ!


 あくまで「クズ父親っぽい可能性のある見知らぬおっさん」、なのだ!


 あぁ、ややこしいのだ!


 う~……くそっ! ほらほら、スラムの人間どもよ!


 もっと我の父親かもしれない恥知らずなこの情けない男の姿を見て笑うがいいのだ!


 そう思って間抜けなポーズを取り通行人たちを睨みつけるも、人々は顔を強張らせて逃げていくばかりなのだ。


(はぁ……。我は……一人ぽっちなのだ……)


 キュッと膝を抱きしめるのだ。


 なにが父親なのだ。


 そんなものに変身出来るだなんて、それがもし本当だったらそれはきっと……とんでもない罰なのだ。


 我は……我は……この人間界で死ぬべきだったのかもしれないのだ……。


 一番弱いくせに、ハーフなくせに、一人だけ生き残ってしまったから……。


 しかも、この一族の秘宝『タンテファトラ』の力まで使って……。


 我は首から下げた純紅な宝石をぎゅっと手で握ると、零れ落ちそうになる涙を体操座りの膝で押し戻すのだ。


 ……?


 なにか……温かいものが近づいてくる……気配を感じるのだ。



「ヨル!」



 我の体中の肉片すべてを震わすかのような美声。


 それは、ニャモに乗った我が主・ツカサの声だったのだ。


「ツカサ!」


 ぽわんっ!


 変身が解けるのだ。


 ツカサは我にとってコーヒーと同じくらいたまらないもの。


 その事実に今気づいたのだ。


 走るのだ。

 飛びつくのだ。

 あったかいのだ。

 ツカサの両腕が、我を優しく包むのだ。


「うおっ! ヨル、遅くなってごめんね」


 我は胸の奥から溢れ出そうになる嗚咽を、ツカサの胸に顔を埋めてると「全然遅くないのだ。ツカサがいなくても全然寂しくなんかなかったのだ」と虚勢を張るのだ。


(あぁ……)


 魔力と心が同時に満たされていくのを感じるのだ……。


 やはりツカサは我が主……。


 ここが、我の新しい居場所なのだ……。


 もう絶対……ここを、この居場所を手放さないのだ。


 我は、かつてこの世界に存在した気高きヴァンパイア一族の最後の末裔。


 これからは、この強大な魔力を持ったツカサに仕え、新しい人生を送っていくのだ。


 顔を上げると、夜風が我の頬を撫でたのだ。


 ツカサの端正な顔が『アンタルテ』の窓から漏れる光に照らされているのが見えるのだ。


 はぁ……。惚れ惚れする美しさ、なのだ……。


 この方が、我の主。我の居場所。


 我は……我は、この世界で最も幸せなヴァンパイアなのだ!

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