第19話 甜菜畑と子供たち
「うわっ、こりゃひどいね……」
バレルの甜菜畑を見た僕は、思わずそう漏らす。
目の前にあるのは、ぐっちゃぐちゃに踏み荒らされた甜菜畑の姿。
緑の葉っぱと白い根っこがぐっちゃぐちゃのもっちゃもちゃ。
一言で言い表すなら、無惨。
「はぁ……。もう一体どうしたらいいものやら……」
顔色の悪い畑の主──バレルが頭を抱える。
僕とバレルはニャモに乗って(正確にはのニャモの配膳スペースに足をかけて)、ここまでビューンと移動してきたのだった。
山を一つ越えたけど、旅路はおおむね快適。
僕とバレルは途中二度ほど休憩を挟んだだけで、夕方前には畑へと到着していた。
ちなみにソフィーとヨルはアンタルテでお留守番。
ニャモに乗れるのは大人二人がいいところだからね。
「いや、しかし! これからはこんな俺を専属で雇ってくださるって言ってくださってんだ! ご命令とあれば、たとえ火の中水の中! このバレル、どこでも飛び込みますぜ、旦那様!」
バレルが僕のことを旦那様と呼ぶ理由。
それは、契約関係を結んだから。
契約の切られたバレルの甜菜畑。
そこから専属で仕入れられたら、安定した砂糖の供給が得られるからね。
まぁ、「旦那様」って大人から呼ばれるのは、むず痒かったからやめてほしかったんだけど──。
「俺の命の恩人なうえに、仕事まで与えてくださるんです! 何が何でも旦那様です! 俺の残りの生涯を捧げます!」
とバレルが言って聞かなかった。
なので、仕方なく受け入れることに……。
これで、ニャモからは御主人様。バレルからは旦那様。
そう呼ばれることになったわけで。
はぁ。こないだまでただの高校生だったのに……一体、何なんだこれは……。
そう思って途方に暮れていると、子供の声が聞こえてきた。
「おと~さ~ん!」
女の子が一人、男の子二人、駆けくる。
「おぉ、ユレル、キリツ、マロン! 留守番はちゃんとできてたか?」
バレルはしゃがみ込んで、子供たちを優しく抱きしめる。
「うん、お留守番、きちんとできてたよ! でもね~、僕……お腹空いちゃったぁ……」
マロンと呼ばれた一番小さい男の子がお腹を押さえると「ぎゅぅぅ~……」と腹が鳴る。
「あわわ……! ごめんなさい! お客さんの前で、僕……!」
「大丈夫だよ、マロンくん? 僕の名前はツカサ」
「にゃ! ツカサ様に仕える給仕、ニャモにゃ!」
「わっ! わぁ~! 猫ちゃんだ~!」
「ロボット……? かわいい……」
「すごい、喋ってる!」
ニャモを見て目を輝かせる子供たち。
都会では誰にも気に留められなかったロボットでも、田舎の子供たちにとっては珍しいらしい。
やっと欲しかったリアクションが得られてホッとする。
「「にゃはははは~!」ニャモもノリノリで三人の周りをぐるりと周るサービス。
「わ~!」楽しそうにニャモの後を追いかける子供たち。
「こらこら、こちらは専属で契約してくださる旦那様だぞ。失礼なことをするんじゃない」
おぉ、バレルがちゃんとパパしてるぞ。
「えっと、バレル? その……一人で?」
「えぇ。妻は病気で。二年前に」
そうなのか~。
三人の子供。シングルファザー。畑ボロボロで契約打ち切り。
そりゃサジの口車にも乗っちゃうわけだわ……。
犯罪がいいわけはないが、さすがにバレルに同情。
しかし、しかしだ。
いくらソフィーから振られたからといって、サジ!
こんないい人なバレルの弱みに付け込みやがって許すまじ……!
と、僕の中にサジに対する怒りがふつふつと湧いてくる。
「あっ、そうだ」
頭の中が食べ物になったことで思い出した。
「ニャモ、用意しといたおやつをこの子たちに上げて」
「にゃ、予想よりもずっと早く着きましたから、おやつに手を付けませんでしたからにゃ。御主人様の寛大な慈悲に、ニャモの愛はますます深まりますにゃ~」
「いや、愛とか照れくさいから。それより、早く」
「にゃ! ではバレルの子供たち、受け取るがいいですにゃ~!」
ニャモの前に収納空間がぽわっと現れ、ディナレントの商業区で買ったコッペパンが三つ、配膳スペースにぽこんと飛び出す。
うん、やっぱりあれ……収納空間だよね……。
収納空間。収納魔法?
どれくらい収納できるんだろう。
あれがあったら仕入れた甜菜を運ぶのも楽なのでは?
空間内の時間が停止してたら、中に入ったものの鮮度も落ちずにいいなぁ。
なんて思ってると、子供たちが「わ~い!」と大喜びでパンにかぶりついた。
「マロン! 食べる前にお礼!」
長女っぽい少女ユレルが、弟二人を従えて頭を下げる。
「ツカサさん、えと、せ~の……」
『いただきま~す!』
三人が深々と頭を下げる。
「いいっていいって。こんなものでよかったらどんどん食べて」
「ほんとにすみません旦那様……」
「いいってば、ほんとに。にしても……いい子たちだね」
「えぇ、妻に似たんでしょう。こんな馬鹿な俺なんかに似ず、明るく育ってくれてます」
ニャモが子供たちに質問する。
「みんなは、お父さんのこと好きにゃ?」
『好き~!』
「どんなところが好きかにゃ?」
三人が顔を輝かせて答える。
「お父さん、いつも僕を持ち上げて遊んでくれるんだ!」
「親父の鎌さばきは一流さ! 俺も早く親父みてぇな立派な農家になるんだ!」
「父は本当に真面目な人なんです。母を亡くしてから、男手一つで私達のことをここまで育て上げてくれて……。ほんとうに感謝しかありません。ありがとう、お父さん」
長女ユレルの言葉でバレルの涙腺がどば~っと崩壊。
「ごめんなぁ、不甲斐ないお父さんでぇ……! この先、何度畑が荒らされようとも……絶対に諦めずに真面目に働くから……!」
「うぇ~ん……お父さん泣かないで~……」
抱き合う親子を見ながら、僕は決意を固める。
「ニャモ」
「はいにゃ」
「サジとの勝負まであと一週間しかない」
「にゃ」
「他の甜菜畑から甜菜を仕入れて戦うこともできる」
「にゃ」
「けど、僕はこの畑の甜菜で戦いたい」
「にゃ。勝負に勝つことはもちろん、どう勝つかも大事ですにゃ。バレルの甜菜を使って勝つことに意味があるとニャモも考えますにゃ」
「うん。そのためには、まずこの畑が荒らされてる原因を取り除かなくちゃね」
「同意ですにゃ」
「ということで……」
「バレル、この畑を荒らしてるモンスターの元へ案内してくれないか?」
「へ?」
ぽかんと口を開けるバレルにウインクして見せる。
「ここはうちの大事な仕入先だ。その畑を守るのは、取引先として当然の使命だろ?」
バッ!
バレルが直立不動し、まっすぐ九十度に頭を下げる。
「あ……! ありがとうございます、旦那様ぁ! このご恩は、本当に一生忘れませんっ!」
バレルの足元。
荒れた畑の土の上に、涙が一粒。
こぼれ落ちた。




