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第11話 至高の舌を持つシェフ・サジ

 噴水広場前で行ったコーヒー無料試飲キャンペーン。


 その参加者は、瞬く間に増えていった。


「大丈夫ですよ~、みなさんの分ちゃんと用意してありま~す! きちんと提供いたしま~す! 香りを楽しみながら安心してお待ち下さ~い!」


 さっきまでの喧騒渦巻いく広場に、次第にほんわかとした空気が広まっていく。


 人垣の先頭では、すでにコーヒーにありつけた人々が数人。


 彼らは、ソフィーの絶品コーヒーに舌を巻く。


「香りだけじゃねぇ……こりゃ味も本物だ」

「これが無料ってマジかよ、すげぇ得した気分」

「こんな美味いコーヒーを出す店がなんでスラムなんかに? 今すぐ一等地に店を構えるべきだ」


 みんながソフィーのコーヒーを絶賛する。


 ふふ~ん、なんだか僕まで鼻が高い。


 自分の好きなものが認められるのって気分がいい。


「御主人様、このペースだと豆が足りなくなりそうですにゃ!」

「思った以上の盛況っぷりだね! お店に豆を取りに行かなきゃだ!」

「それならニャモにお任せあれにゃ!」

「大丈夫? 途中、段差とか鍵開けたりとかあるけど」

「余裕ですにゃ!」


 ニャモって謎パワーでお店の段差を乗り越えたり、物を運んだりしてたもんなぁ。


 まぁ、大丈夫か。


「うん、ならお願いしてもいい?」


「はいにゃ! すぐに戻ってきますにゃ!」


 ニャモは「ぎゅぃ~~~ん」という音と共に、人垣の間を凄まじいスピードで駆け抜けていった。


「あら~、ニャモちゃん足早いのね~」

「ニャモに豆を取りに行ってもらってるんで、ソフィーさんは引き続きコーヒーをお願いします」

「はぁ~い」


 再びコーヒーに取り掛かかろうとしたソフィーが「あっ、そうだ」とくるりと振り向く。


「私ね、こんなにいっぱいの人に『美味しい』ってコーヒー飲んでもらえたの初めてなの~。これも全部ツカサくんたちのおかげね~。ありがとう~」


 ソフィーの聖母のような笑み。


「~~~……! ぼ、僕だけじゃなくてニャモのおかげでもありますから! そ、それに、これはソフィーさんのコーヒーがほんとに美味しいから成り立ってるんです!」


 ポリポリと頭を掻く。


「うふふ~。ツカサくんにそう言ってもらえると、やる気が出るわね~!」


 いたずらっぽく笑うソフィー。


 ふぅ……お礼なんて普段言われなれてないから照れるよ……。


 それも、こんな美女にさ……。


 僕はちらりとソフィーを盗み見る。


 ソフィーは変わることなく、いつものようにマイペースで楽しそうにコーヒーを淹れ続けている。


(……よし、僕も頑張らなきゃだ!)


 こうして。


 この後も試飲会は順調に進んでいった。



 ◇猫◆猫◇猫◆猫◇猫◆猫◇猫◆



 しばらくすると、人垣の後ろからひときわ甲高い声が響いた。


「一体なにごとだ!」


 シン──。


 辺りが静まり返る。


 やがて自然と人垣が割れると、奥からその声の主が姿を見せた。


 痩躯の男。

 目元まで伸びた紫色のパーマ。

 長身で端正な顔つきだが、神経質そうな目つき。

 服装はホテルの料理人が着るような真っ白な服。


 男は人々を一瞥すると、鼻を鳴らして「コーヒー……?」と(いぶか)しげに呟く。


 噴水前の空気が凍りつく。

 集まっていた人々がヒソヒソと声を潜めて小声で話す。


「あれって一つ星レストランのシェフだろ? え~っと、たしか……」

「ベジタブル=サジ。通称至高の舌(エメラルド・タン)の持ち主だ」

「料理人ランク【C】を獲得した新進気鋭のオーナーシェフ」

「今、ここディナレントで一番勢いのあるレストランって言ったらあいつの経営する店『エペロパ』だもんなぁ」


 へぇ、一つ星レストランのシェフだって。


 料理人ランク【C】?


 よくわかんないけど、どうやらみんなの反応を見る限りすごいみたい。


「ハッハッハ~ッ! さすがにこの僕の名前も知られてきてるようだな! まぁ、このベジタブル=サジの才能は隠しようがないからしょうがないか!」


 痩躯の男が、ご機嫌に笑う。

 調子に乗り方がすごい。

 ぽつりと誰かが漏らす。


「サジも、このコーヒー飲むのかな?」


 ハッ……!


 そうだ! この一目置かれてる料理人にソフィーのコーヒーを認めてもらえれば……!


「コ、コーヒーの無料試飲会やってます! よかったらどうぞ!」


 サジ、という男の前に行ってカップを差し出す。


 男は眉をしかめ、香りを嗅いだ後──。


「この香りは……。いやしかし……」と頭をひねり、「小僧、これを淹れたのは誰だ?」と聞いてきた。


 僕は満面の笑みで答える。


「ソフィーさんです! 本当に美味しいので、ぜひ飲んでみてくださ……」



 ぱり~ん!



 男がカップを叩き落とす。

 地面に叩きつけられたカップは粉々に砕け散る。


「ちょ……ちょっと! なにするんですか!?」


「ソフィー……ソフィー、だと……?」


 サジが真っ青な顔でわなわなと震える。


 と、のんびりとした声が響いた。


「あら~、サジくんじゃな~い、お久しぶり~」


 え、ソフィーとサジって人……知り合い?


 二人の間に張り詰める何とも言えない空気。


 その様子を見て、僕は察する。


(うわっ……。ソフィー、めっちゃ怒ってる……)

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