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第10話 ソラシド豆

「わわわっ、押さないで~! 並んでくださ~い!」


 押し寄せる人たち。


 みんな抜群なコーヒーの匂いに釣られ、僕たちをじりじりと取り囲む。


「あう……!」


 小さいヨルが人混みに飲まれそうになったので後ろに避難させる。


「あらあら~、そんなに一度に来ても一回で淹れられる量は変わらないわよ~」


 あくまでマイペースなソフィー。


 そのおっとり具合が頼もしくもある反面、やや焦れる。


「ソフィーさ~ん、もうちょっと淹れるスピード……」


「ツカサく~ん? コーヒーってね~、じっくり淹れるから美味しいのよ~」


「ですよね……」


 たしかにコーヒーってのは出てくるのを待つ時間も楽しいものだ。


 ってことは……。


 僕が、彼らを楽しくさせればいい──ってことか……?


 ……よしっ! ここが僕の無駄に本を読んで培ってきた知識の見せ所だ!


「みなさ~ん! 今サイッコ~に美味しいコーヒーを淹れてま~す!」


 まずはみんなの気を引く。


「だからそれを早く飲ませろっつってんだろ!」


「ダメで~す!」


「はぁ!? なんでだよ! スラムの住民ごときが生意気だぞ!」


 うん、注目は十分に引いたね。


「はい、みなさん知ってますか? コーヒーを美味しく飲むのには、三つの大事な要素があるんです!」


「あぁん? 三つの要素だぁ……?」


 こっからは……僕のそれっぽいでまかせ!


 唸れ、僕の中に蓄積してる(はずの)無駄知識!


 毎日毎日、閉店時間までファミレスで本を読んでた成果、ここで見せてやる!


「まず一つ目は、見て! この美女を! 名前はソフィー! 喫茶アンタルテのマスターです! どうです? こんな美女がコーヒーを淹れてる姿を見ると……こころなしか、心がホッとしませんか?」


「ふむ……言われてみれば確かに……」

「いや、でもスラムの女だろ……?」

「スラムから成り上がった奴だっていっぱいいるだろ」

「そりゃそうだけどさ……」


 よし、みんなの目を引いたな。

 やはり視覚的な効果は強い!


「そして二つ目は、この豆! スラムの喫茶店だからと馬鹿にしてはいけません! 今日振る舞うのはこの美人マスター・ソフィーの天才的な超感覚によって絶妙に配合されたブレンド! これは、特に入手が難しいと言われている『ソラシド豆』を使った特別なブレンドなんです!」


 嘘じゃない。

 ソフィーさんが前に言ってた。


「ソラシド豆……? マジか? レアな高級豆じゃねぇか」

「にしても、ソラシド豆ってここまで香りが立ってたっけ?」

「もしかしてあの店主の腕がいい……のか?」

「いや、でもスラム風情にそんな……」


 うん、いい感じで注目が集まってる。

 次でシメるぞ!


「最後三つ目は……時間と空間です!」


「はぁ? 二つあるじゃねぇか。どういうことだよ?」


 褐色肌のスキンヘッドが凄んでくる。

 僕はそれを笑顔でかわす。


「想像してみてください。爽やかな朝、緑に囲まれた喫茶店。窓の外から射し込む暖かな光。小鳥のさえずり。店の奥では美人店主のソフィーがコーヒーを淹れていて。ほら、いい香りが漂ってきました。ゆっくりと流れる時間の中、目の前に運ばれてくるんです」


 ごくりっ……。


 集まってきた人々の息を呑む音が聞こえる。


「おまたせしましたにゃ~!」


 絶妙のタイミングでニャモがコーヒーを持ってくる。


「お、おう……」


 おっかなびっくりカップを手に取った男たちが匂いを嗅いで深くため息を付く。


 そしてカップを口元に──。


 ご──くっ……。


「──!」

「おいっ……こりゃ想像以上だぞっ!」

「マジかよ、俺にも早く……いや、この待ってる時間がコーヒーの美味さを引き立てるってわけか……」

「ああ、あの小僧の口車に乗るわけじゃないが、たしかにそれがコーヒーの美味い飲み方だ」

「ったく、若けぇくせによくわかってんじゃねぇか!」


「ははっ……どうも」


 どうやら上手くいったらしい。


「にゃ! 御主人様、見事な演説でしたにゃ!」


「うん、適当に言っただけなんだけどね」


「うふふ~、でも核心を突いてたと思うわよ~。たしかに大事だもの~、コーヒーを飲む場所や時間って~」


「そ、そうですか……?」


「ただ、私が『超ウルトラハイスペック美人店主』ってのはどうかと思うけど~?」


「ちょ、そこまで言ってませんって! なんですか、超ウルトラハイスペックって!」


「うふふ~」


「あ~、それより早く次のコーヒー淹れてくださいってば!」


「はぁ~い」


 ソフィーにからかわれて若干動揺する僕の足に、ヨルが抱きついてくる。


「御主人様はすごいのだ! あんなにカリカリしてた人たちを言葉一つで落ち着かせたのだ! さすが我の御主人様なのだ!」


「えと……ヨル? その『御主人様』ってのはやめてくれないかなぁ」


「やめないのだ! 我に魔力と癒しを分け与えてくれる御主人様なのだ! 我は生涯の忠誠を誓うのだ!」


「ええぇ……?」


「あらあら~、ツカサくんモテモテねぇ~」


「ソフィーさん、だから茶化すのやめてくださいって~」


 試飲会は進む。

 和気あいあいとした雰囲気の中。


 ソフィーのコーヒーもみんなにから絶賛され、

 ニャモも手際よくカップを提供し、

 僕も次々と集まってくる人たちに上手く対応出来た、と思う。

 ヨルも一生懸命手伝ってくれた。


 全ては順調と思われた。


 彼が──。


 この中心部で一つ星レストランを経営するシェフ──ベジダブル=サジが、現れるまでは。

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