16,専攻
成績優秀者は授業が免除され、好きな分野を専攻できる。
明日から授業が始まる、と学校中が浮かれているーー生徒は新しいことを学べることへの興奮、講師は浮かれている生徒を思う存分しごき、失望の底へと追いやれることへの興奮ーー中、フューネはそんな文言を生徒心得の書から発見した。
好きな分野を専攻=剣術を極める。
そんな式が頭の中で成り立っていた。ここで剣術のみを極めていき、剣術の授業のみに出席していてはいずれラレンスがフューネだと気付かれてしまう、などとは微塵も考えていない。欲望に忠実であり、趣味を前にしては思考を深くすることをやめる。
「成る程」
生徒心得の書。
それは生徒手帳のようなもので細々と規則が書かれている、誰も隅から隅まで確認しないであろうものだ。しかし、変なところ生真面目なフューネはきちんと目を通す事にし、小さく米印で書かれたその文章を発見した。
一応入学通達が届いた際、一緒にその旨を書いた書簡があったのだがそれは気付かず、主席入学をしてしまった事に狼狽たフューネは魔物の森に剣を持って逃げた。
「何が成る程なのですか?」
兄達によって『今までで最高にブスな感じに仕立てて欲しい。あの天然可愛い妹は約2名……性別を考えなければ3名を籠絡してしまったので素顔がバレたら不味いんだ。頼むよ』と言われたアンナは渋々自分の美しい主人を見るに耐えない令嬢……ではなく、冴えない、いても気付かれなさそうな空気感漂う令嬢に仕立て上げた。ブスな感じにはできない。ただ、変装キットにはかなり力を入れている。改・変装キットである。
今はくすんだ茶色のカツラを程よい感じにサラサラにしている。
「残念な事に、私は主席合格を果たしてしまったじゃない? でも、それがあんまり残念ではなかった、という事に納得をしているの」
「……はい?」
「授業が免除よ? つまり、剣術のみを極め、騎士道といえば私、と言われるほどの腕前になるべく精進するの!」
フューネの中で、兄達に言われていた、目立つなという命はすっかりなかったものにしている。己の好きなものの前では兄の言葉など負けてしまうのだ。
「つまり、大人しくするはずはない、我が道を突っ走って迷走するぞ大暴れするぞ、という事でしょうか」
「アンナ……とても私が残念な感じの性格をしていると思っているようですけれども。騎士道に則って、大暴れも迷走もせず、紳士らしく淑女をお守りします」
「やはり、迷走してらっしゃいます。どうして紳士らしくなんですか……」
ぽーい、とカツラを投げ捨て、フューネの肩をがしりと掴んだ。そして強引に鏡の前に立たせて「きちんと見てください」と言った。
「美しいわね、やっぱり」
「でしょう? 気づいてらっしゃったのなら」
「ええ。分かっています。アンナの旦那様は私がきちんと、アンナに相応しい方を選びますので。少なくとも、私よりも強くなくてはいけませんね」
「はい?」
フューネも浮かれていたのだ。浮かれポンチになっていたのだ。
よくわからないけれども、アンナに「きちんと見よ。私のような可愛いメイドに仕えてもらっているのだから危機迫った際には守れよ。ついでに伴侶も選んでこい」と言われたのだと思ったのだ。アンナがそんなことを言うはずはない、と平常であれば気付くのだが、フューネも生徒である。周りの空気に流されたりもする。好きなものを卒業まで極めて良いよ、と言われる。
思考力が吹っ飛んでいたのだ。
「大丈夫。もし、アンナに相応しい方が居なかった場合、私が生涯守ることを誓うわ」
「それは嬉しいのですが、どうされました?」
アンナは敬愛する主人をちょっと引いた目で見た。
「つまり、こーんな、ヒラッヒラのドレスではなく、令息のような動きやすさ重視の服の方が良いのだけれどなあーという、我儘です」
全然話が読めないメイド、アンナであった。どこがどう繋がってそうなるのか、主人の超論理は理解できない。
「おお! そのお言葉しかと受け取りましたわ!」
理解出来ないアンナの前にドアを破壊して一人の令嬢が登場した。
因みにオルナーにも壊されたりした、フューネの部屋のドアには強固な魔法がかけられており、普通の人ではドアを粉砕したり取ったり出来ないようになっている。この魔法をかけたのは妹ラブの魔法のスペシャリスト、リュートであったりする。
「フローラ様」
何でもありな展開にアンナは遠い目をしていた。
庇護欲をそそる可憐な令嬢、フローラ・シェーンフルツが何故かドアを蹴破ってフューネの手をガシッと握っていた。
後ろではやれやれ、と首をしかたなさそうに振る青年が。この青年はフローラの執事であり、フローラが好んだ相手をストーカーよろしく監視……ではなく追っかけ、猛烈なタックルを仕掛ける性格であると理解していた。だから、ドアを破壊しようともやれやれで済ませてしまうのだ。
「是非、百合に目覚めましょう!」
そんな不可解な言葉を発しても変なことを言っているなーで流してしまえるのだ。
この言葉を理解出来たものはこの中に残念ながら一人もいなかった。




