幕間・ナバルの独白或いはグルーネイの苦労
「ん?」
グルーネイは主人の話が長引きそうな匂いを持ち前の鼻で嗅ぎつけ、うんざりした目で宙を見やった。残念な事にナバルは護衛騎士のそんな目をさらっとスルーして昔話を始めた。
あれは4歳の頃だったろうか。
僕は王宮にいた師に「もう教える事はない。もっと剣術を学びたいのならニューウェーストに赴き教えてもらうと良い」と言われた。
グルーネイは思った。
俺、いる必要ある?
ニューウェーストに馬で行ったのだがニューウェースト卿は困った顔でこう言った。
陛下にお許しを得ない事には……
では、と部下の一人を王宮に向かわせ許しを得るまでの間にニューウェースト邸に泊まる許可をもぎりとった。
実は父の許しを得ずともニューウェースト卿は僕に剣術を教えても良かったのだと知るのは王宮に戻ってからだったのだが、すぐに剣術を教えていただけなかったことはよかったのかもしれない。何と言ったって、運命の相手に出会えたのだから。
「ん? 殿下、頭の中お花畑な性格でしたっけ? どんなに美しい令嬢が籠絡にかかっても笑ってすませてしまう結構ドライな性格だったような……」
「ああ、それはあれ程までに心を揺さぶってくる人を見つけてしまってはあんなもので心は踊らないものだからね」
情熱的な思考回路であった。
ナバルの話は続く。
王宮から返事が返ってくるまでの一週間、領地の案内を受けていた。リュート先輩、オルナー先輩に交互に説明を受けていたのだが、4日目、天気が崩れ始めて雨が降ってきた。切り上げて帰りましょう、とオルナー先輩に言われ、ニューウェースト邸にすぐさま戻った。それから部屋に戻り、何も考えずに庭を眺めていたのだが。
グルーネイは思う。これは、恋に迷走した男だ。涼しい顔をしているけれども、これも一応人間。女に恋をすることだってある。だが、あの熱っぽい目と口調は末期。
いやいや、名君になるであろうと民からの支持も受ける殿下がこんな、恋愛脳の末期患者のはずはない。
護衛騎士の、脳内の葛藤などつゆ知らず、ナバルの話はまだまだ続く。
髪を雨でしっとりと濡らし、剣を握って虚空を斬る美しい令嬢がいたのだ。気合の入った声を上げて物凄い速さで剣を振り上げ、下ろしていた。まるで扇型のものを微動だにせずに持っているかのような、それほどの速さーー
「待ってくれ」
グルーネイはついに口を挟んだ。
「ここからが良い場面ーー」
「確認したいのですが、その時ニューウェーストの御令嬢は4歳だったのですよね?」
「そうだよ、僕と同い年だし、まだまだ背が小さかったからね」
「そんな、幼児が剣をブンブン振るなんてあり得ませんよ?」
「僕はやっていたよ?」
「それは殿下がぶっ飛んでいるからです。例外です。俺だってそのくらいの歳には親に甘えていましたし、スーパーチルドレンがそんなにいては困ります」
「残念だけど、これは実話だよ。現実はこういうものさ」
はあ。グルーネイはため息をつき、尻尾をだらんと垂らして虚な目を窓の外に向けた。
まともな奴はいないのか……
やっとグルーネイに口を挟んでもらえてご機嫌なナバルは真夜中まで話通した。一通り話して満足したナバルはグルーネイを自室に返し、ふっと外を見やる。
『いつか、きみをむかえにいったとき、ぼくについてきてくれるかい?』
ナバルが幼い頃、ニューウェーストの令嬢にかけた、ナバル式求婚。これにニューウェーストの令嬢は『うん』(騎士にならせてくれるんなら付いていく)と返した。だから、ザークからの求婚を断ったのだ。
例え、彼女が幼い頃の約束を忘れていようとも、僕はーー。
「あら? 物凄い寒気を感じたのだけれども、アンナ、私風邪引いたのかしら?」
「いえ、そんなことはありませんよ? ここ10年風邪を引いておられませんし、気のせいでしょう」
そんな会話がフューネとアンナの間でなされていた。




