15,お断り
随分と失礼な事を言ってしまったかもしれない。
「ねえ、アンナ」
夜、私の髪を楽しそうに弄っていたアンナに声を掛けた。
「なんでしょうか」
「私、あんな断り文句を言ってしまったけれども、大丈夫かしら」
「あんな、ってどのような?」
「巷では、庶民が皇室に嫁入りする話もありますが、現実的には不可能です。それに、皇太子、いずれ一国の頂点に立つ者の妻には豊富な知識と話術が必要になります。私は生まれて剣術のみを磨いてきた身。知識と話術を学ぶには剣術にかける時間を少なくせねばなりません。つまり、この婚約を結ぶと、騎士になるに必要な力を磨けなくなるーー」
「本音は?」
「貴方のような美人さんに私は釣り合いません以上」
そう。
一瞬ときめいてしまったが、自分の顔面偏差値を思い出してこの話は怪しい、何か考えているな、と思い至ったのだ。
「ははは。傑作です。振られた皇太子殿下の顔を是非拝見してみたいですねえ」
アンナは爆笑した。
「まあ、乙女ゲームで攻略される人物はヒロインと結ばれるのが鉄則ですから」
「ちょっと理解できませんが、やはり自分の顔をきちんと確認されるべきです」
「してます」
当て馬的な立ち位置の悪役に婚約をふっかけてくるのはきっとバグだ。今までこの世界がゲームだと感じたことはないけれどきっとバグだ。
そもそも、私が悪役をこなしていない時点でこの世界は狂っているが。もしかして、悪役に徹した方が良いのだろうか。
「でも、お嬢様のような可憐で守りたくなるような令嬢に守られるのは男としては屈辱的かもしれませんし、断って正解かもしれませんね」
「可憐? それ、私に一番似合わない言葉」
「やはり、教育を何処かで間違えてしまったようですよ、旦那様……」
顔の両脇の長い髪を三つ編みにして耳の下に垂らし、先っぽを後ろの髪と一緒に纏めて括る髪型に落ち着いた。
「でも、ラレンスがニューウェーストの娘だと気付かれてないだけまだ良かったわ。これでバレていたら首が即刻飛ぶもの」
「これは訂正した方が良いのでしょうかそれともこのままにしておいた方が良いのでしょうか」
そう。
ザークからの婚約の申し込みを長ったらしい理由で断ったのだ。
ザークは一瞬白い灰になったがすぐに立て直し、賢そうな目を輝かせて頷いた。
『そうですよね。手順と言うものがありました。きちんと段階を踏んでいかないと逃げられてしまう』
そう言ってフューネに笑いかけたのだ。残念ながらフューネに『こいつ、君との婚約を諦めていないぜ』と言えるものはいなかった。
「グルーネイ」
「何ですか、ーーもしかしてあのラレンスなる人物のことですか」
「そう」
フューネがこんな会話をしていた頃。
広めの部屋で蝋燭の光のみで会話をするものが二人いた。シェーナ王国の王太子、ナバルとその護衛騎士グルーネイである。赤と金の瞳が蝋燭の光に揺れ、神秘的な色を帯びた。
「気付いたかもしれないけれど、ラレンスとリュート先輩、オルナー先輩の耳の形は同じだった」
「護衛騎士に何を求めているのですか、気付きませんでしたけど」
膨大な知識を持っているナバルはそんな言葉に首を傾げた。
「では、戦術が似通っていたことには気付いたのでは?」
「似ていたけれど、それはニューウェーストにしごかれたからでは?」
「いいや、剣から出る『色』が同じだった。あれは血縁者にしかあり得ないくらい、ぴったり同じ色。ニューウェースト卿はとても真面目な方ですから隠し子なんてありえない。つまりラレンスはニューウェーストの令嬢だ」
「しかし、ニューウェーストの令嬢といえば、剣にうつつを抜かし、兄に似ない醜女であるという……」
「社交界には顔を出していない。それに、今年一緒に入学し、僕を差し置いて首席合格を果たしたんだ。それなのに今までニューウェーストの名を口にした令嬢と会話をしていない。顔も見ていない。学園長にお願いして生徒名簿を拝借したけれど、ラレンスと名乗る彼女の顔の生徒はいなかった」
軽く権限を乱用する王太子である。
因みに、生徒の情報を書き込んだ書類に添える顔写真であるが、魔力を込めた現像器で像を写し、紙にその像を込めるという方法で撮っていた。
フューネは変装キットを装備した姿で現像器の前に立ったので素顔を晒していない。
「ニューウェースト卿に剣術を学ぶために一度ニューウェーストの屋敷に行ったことがあるんだ」
「はあ」
主人の能力が高すぎて若干引いているグルーネイである。
「そこでとても美しい令嬢が素振りをしているのを見た」




