1-016.冒険者登録
ときめきアットナイトの長老たたきが一段落付いたころ。息を荒くしたときめきアットナイトがなぞの冒険者との一騒動があったことを思い出した。
「そういえば俺を襲った冒険者たちは?」
「感謝せい。わしが助けたんじゃよ」
「それだけはうそだと分かる」
「ぎょえ~~~」
魚らしいうめき声を上げて長老が蹴り飛ばされた。
「バーニィが処分したわ」
「うむ」
「『舞踏家』が!?うわ。本当にいる。ってことはみんな死んだか」
殺害済みを疑う余地も無いんだ・・・
バーニィさんもやっぱりヌンサ(理不尽)なんだな。
「御礼が遅くなってしまい申し訳ありません。助けていただいてありがとうございました」
「問題ない。とめきめき殿も息災で何よりだ」
「それで冒険者たちの遺体のほうは?」
「そのまま捨て置いた」
「何か彼らの持ち物を回収していたりは・・・」
「たわけ!死人に鞭打つ行為など外道と知れ!」
「はい、すいません。聞いた俺がバカでした」
なんかときめきアットナイト(本名ビートさん)が不憫に思えてきた。
「ときめきアットナイトさん。ギルドとしても彼らの正体が気になります。暗くなる前に確認に行きましょう。遭遇場所まで案内お願いできませんか?」
「わかりました」
カウンターの奥からギルド職員が出てきてときめきアットナイトに提案する。せめて遺体だけでもと回収に向かった。
予断だが後で人づてに聞いたところ、ときめきアットナイトとギルド職員が着いたときにはもう怪しい冒険者たちの遺体は消えていたそうだ。ひとまず冒険者ギルドで調査するものとして一旦一区切りとなったらしい。
「さあアッシュ。ライセンスカードを作ろうぜ」
見送った後にジュネさんに手を引かれてカウンターへ。
「ご登録ですね」
「はい。お願いします」
柔らかい笑顔の受付のお姉さんに冒険者登録の手続きをお願いした。受付のお姉さんはお母さんと呼びたくなるほどのほんわか雰囲気を纏った人だった。ツッコミで荒れた心が落ち着く。
「こちらに名前などをご記入ください。名前は必須となりますがそれ以外は任意となります」
「名前以外って大丈夫なんですか?」
「問題ありません。確かにしっかり記入をして登録しされたほうが信用度も上がりますのでギルドの優遇措置を多く受けられます。しかしもし記入しなかったとしても地道に依頼をこなすことで、その実績から信頼を勝ち取り同レベルの優遇を受けられるようにはなりますのでそこまで問題はないのです」
「なるほど」
積み重ねたものが確かな信頼になるのはいいね。アッシュは筆を走らせる。
「ちなみに冒険者登録時ライセンスカードと世界中の冒険者ギルドとつながったデータベースに御本人の血を登録させていただきます。これによりカード及び血で何処の国の冒険者ギルドでもデータベース照合で本人確認が可能です」
ライセンスカードは世界中で使える本人証明書になるということか。それに血を登録するということは遺伝子情報を登録することになる。前世の知識が確かなら冒険者ギルドのデーターベースを使えば髪の毛一本でも本院確認が可能ということになる。逃亡中の犯罪者の追跡確認にも使えてかなり便利なシステムになる。その反面、一度指名手配されたら人のいない場所にでも逃げない限り、痕跡一つ(髪の毛一本)で発見されてしまう恐ろしさもある。
「ライセンスカードは再発行可能ですが再発行に費用がかかります。再発行の場合以前のカードは見つかっても使用不能になります。また複製はできません。それと重複登録も不可能です。冒険者規則については必要であればギルド員から説明いたします。もしくは小冊子を無料配布していますのでそちらをお持ちいただくことも可能です。また、先輩冒険者に師事されているかたは先駆者から説明をうけてください」
俺の場合はサマンサさんやジュネさんが居るから二人に聞けばいいかな。一応小冊子を貰っておいて後で見よう。
書き終わった用紙を受付のお姉さんに差し出す。
「特に質問が無いようでしたらライセンスカードの発行と登録を行いますがどうします?」
「よろしくお願いします」
「ではこちらのライセンスカードに血を一滴以上お願いします」
「アッシュ。わしに任せろ」
「え?長老なにをっ痛ってえええ」
ブスッ。生々しい音とともに長老が指先に針を刺してきた。
「というかこれ針先が指から飛び出してるんだけど。貫通するほど刺すってなんだよ!?」
「あ、すまん。抜くわ」
「ぎゃああああああああああ。抜くなら抜くっていえよ」
長老が予告もなしに針を抜いた。熱い痛い。ぼたぼたと血がたれる。
「もったいないのお」
「おまっ。痛い痛い痛い。カードこすり付けるんじゃねえええええええ」
長老がライセンスカードを指先にこすり付ける。痛みに涙も留め止め無く出てきて視界が曇って見えない。
駄目だ。長老をどうにかしないと収拾がつかない。アッシュの中で何かがぷつりと切れた。
「うおおおおおおおおおおお」
パンパンパンパンパンパンパンパン・・・・・・
「なんてすさまじいツッコミなの。アッシュの手が幾重にも見えるわ」
「まるで千手観音菩薩。君はその手ですべてのボケを拾うきか!?」
四方方八方からの無尽蔵のツッコミに長老が宙に浮きあがる。
「これで。終わりだ!山田くん」
「合点承知のすけ」
ヌンサ空間から山田くんの手をつたって黄金のハリセンがアッシュに手渡される。
「あんたが居ると誰もが安心できないんだ。すこしでもいい。長く気絶してくれ!」
バンッ。上段から振り下ろされたハリセンに長老が床に叩きつけられてバウンドする。
「やったか?」
ハアハアと息を荒くしながらアッシュが見た長老は白目をむいてデロンと舌を出していた。
「やった・・・でも疲れたな。なんだかとても眠いや・・・・・・」
全力を出しきったからだろうか。急に襲ってきた眠気に力が抜けてアッシュはひざを付く。
「いけない。アッシュ寝ちゃだめだ」
そんなアッシュの眠りを制止するジュネさんの声が聞こえる。一体なんだって言うんだ。
「長老が刺した針は某童話でお姫様を眠らせるために利用された糸車の針だ。このまま眠ったら君は王子様が助けに来るまで眠ったままになるぞ」
「あら?それってアンデルセンの眠り姫の話かしら。昔子供たちに読み聞かせたものだわ。最終的に糸車の針って何?て子供たちに聞かれたのよね。あの時代糸車なんてもうなかったから」
王子様じゃなくてお姫様じゃ駄目ですか?できればアリスがいい。サマンサさんは心配するどころか前世を懐かしんでますよね。完全に別のこと考えてますよね。ああ、くっそ。眠い。
「いいのかアッシュ。このままだと王子様とキッスだぞ!確かにリエントの第一王子と第二王子は美形だけど。ヌンサとキッスとか・・・そういうBLもありだね。アッシュ×第一王子。いや、第二王子も捨てがたい。どうしよう。私困っちゃう。ねえ。アッシュはどっちがいい。もちろん王子は私が責任もって茨の道を切り開いて案内するから安心してくれていい・・・」
「だから勝手に脱線するんじゃねえええええ」
貞操の危機に何とか気力で起き上がるとジュネさんに文句を言った。
「アッシュ様。データベースへの情報登録とライセンスカードの発行が完了しました」
「うぇ?あ、ありがとうございます」
目の前の出来事に物怖じせずに仕事をやり遂げる受付のお姉さん。そのプロフェッショナルさにこっちが動揺しておかしな声上げてしまった。
ライセンスカードを受け取ると前世の免許証のような表示になっていた。顔写真なんて取った覚えが無いのにあるし。備考欄には書いた覚えの無い特殊技能ツッコミ保持者と記載されている。
「ライセンスカードには身分証明として登録者本人の顔写真が載ります。御本人に合わせて顔写真も変わりますので顔の形がなくなるほど殴られた場合でも本人確認が可能です」
「顔写真の件はわかりました。でもこの備考欄のところにある覚えの無い記載は?」
「おや、本当ですね。おめでとうございます。アッシュ様は神々に選ばれた存在のようですね」
「選ばれた存在ですか?」
「はい。極偶にですが神々からの啓示が記載される方がいます。勇者や賢者、マッドサイエンティスト、赤い帽子をかぶった大工もしくは配管工、バイオハザードなど多種多様な啓示があるのですが・・・ツッコミ・・・」
受付のお姉さんももはや反応に困って言葉が切れてしまった。プロフェッショナルのギルド職員を追い詰めるなんて。こんなものもはや突然足元にバナナの皮を置くくらいの無差別テロと変わらない。特に踏むのか?踏むのか?と周囲の期待に満ちた眼差しの見えない圧力に自分は踏まなければいけないのではないかと錯覚を引き起こす。まさに人の深層心理をついた誘導尋問。なんと恐ろしき精神的物理トラップ!?ただし感情を制御できるお姉さんのようなプロフェッショナルはそんなものには引っかからない。冷静に物事を見通してバナナの皮を避けるだけでなく拾ってゴミ箱に捨ててしまう姿はまさにボケ殺し。
間違いない。ごくりと音を鳴らしでつばが咽を通る。
冒険者ギルドの受付のお姉さんはボケ殺しだ。
「・・・当方の記録に実在したことの無い啓示になります。お役に立てず申し訳ありません」
普通に謝られた!?物憂げな顔で謝るお姉さん。どうやらプロフェッショナルとして応えられなかったことが心苦しかったようだ。そこまで気にする必要も無いのに。真面目過ぎる。まさしくボケ殺し。
「のう姉ちゃん。わしのライセンスカードも発行したいんじゃが?」
「Jランクのライセンスカードの発行ですね。この用紙に記入を・・・」
「すでに記入しといたわ」
「失礼ですが。すべての御記入が『長老。わしえらい』となっていますが」
その記入は無いだろ。ほらお姉さんだって困って・・・
「お名前は『長老。わしえらい』様でよろしかったでしょうか?」
「あ、すまん。そこだけ長老で頼む」
気にするのそこおおおお?
「では訂正しますね。長老様」
「様はいらん。長老だけでいいわい」
「し、失礼しました。長老は役職。役職自体が敬称にあたりますので敬称をつけたら重複してしまいますね・・・そうなりますと。ご職業も長老に訂正しておきますね」
「うむ。頼む」
「ではこちらに血を一滴以上お願いします。針はご入用でしょうか?」
「針は自前の物を使うわい。ちょうど持ってるしの。これでよしっとしまった!?これは眠り姫の糸車の針じゃった!くっ、眠くなったり・・・なんてことはな~いもん」
「はい。確かに血を一滴以上いただきました。データベースへの情報登録とライセンスカードの発行を行いますので少々お待ちください」
「うむ。よろしく頼む」
ガッガッ。何だこの会話は!行き場の無い怒りを床に叩きつける。
「アッシュ。別にあなたがツッコマなくても物事は勝手に進むものなのよ」
「あ~あるよね。ツッコミが余計な一手間。ツッコンだら負けってやつ」
理不尽な言葉が投げかけられる。俺のいままでのツッコミはなんだったんだ。この世界に神の慈悲は無いのか。
「くそう。神は死んだ」
前世の世界で有名なニーチェ先生の言葉が口からでた。
「そもそも神に生き死にはあるのかが疑問だね」
「死んでも存在している神もいるものね」
「冥界に移動しただけとかね。まあ、この世界には神がいないから関係ないけどね」
考え無に言った手前。そんな議論されると遣る瀬無くなる。
「いけない。アッシュが唇を尖らせて渋い顔をしてるわ」
「まるで梅干の酸っぱさに口をすぼめて唇の山が聳え立つようだ」
『きもちわるい(わ)』
ガクッ。自業自得だけど。地味に凹んでうな垂れる。
「データベースへの情報登録とライセンスカードの発行が完了しました」
「うむ。お姉ちゃんいい仕事したの。誇って良いぜ」
そうこうやってる間に長老の冒険者登録が終わった。
「これでわしも冒険者じゃ。早速冒険じゃ。お姉ちゃん何かわしに合った依頼はないかの?」
「引退冒険者であるJランクは引退前のランクの一つ下のランクの依頼を受けることが可能です。長老は実績がないのでこの場合はEランクまでとなります。こちらの薬草採取などはいかがでしょうか?」
「わしその草苦くて嫌いでの。できれば他の食べ物はないかの?」
お前の食の好みは効いてねえよ!
「食べ物ですか?」
「うむ。腹が減っては戦はできんからの」
何と戦うんだ!
「そうなると。野ウサギや野鳥の狩猟、果物の採取依頼はいかがでしょうか?」
「肉か~。果物という気分でもないしの~。ふむ。ここは間を取って魚取りでお願いしようかの?鮪か鰹がいいの~」
鮪も鰹も海の魚。しかもリエント王国は内陸だ。
「残念ですが川魚の依頼しかありません。リエント王国事態内陸ですし・・・海の魚は・・・」
「わしはヌンサじゃぞ!わしらにかかれば海の魚などお茶のこさいさいじゃ」
「ですが、塩水は淡水魚には毒ではありませんでしたか?」
「む。確かに塩分高めは体によくないの」
「ご理解いただけたようで何よりです」
いやいや。絶対理解できてねえよ!
「そうなるとあれしかないの。わしのような爺と言ったらあれしかないの」
「あれですか?」
「あれじゃ。昔話であるじゃろ。昔昔おじいさんは山へ芝刈りに」
「それでしたら芝ではありませんがこちらの薬草採取という名の草刈はいかがでしょうか?」
「うむ。それじゃ。それがいい。わしにぴったりの依頼じゃ。受領処理をお願いできるかの?」
「承知しました」
結局最初の薬草採取依頼になっただけじゃないか。
「ふ~適した依頼の吟味といい。わし冒険者向いてるんじゃね?」
「はい。自身の力量に合わせた依頼を選んで受けることはとても難しいことです」
「ほら~ほらほら。わし偉い?わし偉い?」
「はい。長老はご立派ですよ」
「わ~いわ~い」
「やっぱなっとくいかねえ!」
バチン。喜びはしゃぐ長老を引っ叩いた。
プンプンプシュプシュドシドシと四方に白い小さな雲を噴出して荒々しい足音を立てて冒険者ギルドを出て行った。
外の空気に頭も冷やされたころ。ふと背にした冒険者ギルドを振り返りみる。
なんだかんだあったけど。俺も冒険者になったんだな。本当に漫画やアニメの世界みたいだ。前世の記憶が異世界ファンタジーを思い出させる。
なんだかんだわくわくしている自分がいた。まるで前世の子供時代欲しかった新しいおもちゃを親に買ってもらって早く遊びたいと心が躍ったときのようだ。
この世界で早く冒険をしてみたい。はやる気持ちを胸にライセンスカードを取り出してちょっと眺めてみる。
冒険者名:ヌンサ・アッシュ
冒険者ランク:A
いまさらながらの話だが。本当にAランクのライセンスカードを渡されていたとは。
「げせぬ」
納得がいかない。俺は武人然と輪郭線を太くした顔でバーニィの真似をした。




