1-013.王都目前でまた長老が・・・
長老の昔話も一段落。予定外の休憩で思った以上に時間を消費した姫様一行はちょっと早足で道を急ぐことになった。リエント王国は治安がいいほうとはいえ、前回何者かの襲撃もあったのだ。日が沈む前に王都に着きたい。
「なぜじゃ?なぜ走る?」
「長老が自慢話のせいでしょうが」
「栄光を後世に伝えることの難しきことよ」
「おおもとは長老のせいじゃねえか!」
バチンッ。顔の掘り深くした武人然とした顔が気に障ったので遠慮なく叩いた。
「なぜじゃ!わしゃあまだボケとらん。ツッコミはボケてからじゃろ」
「あら?よかったわね。長老はボケ老人だからツッコミ放題よ」
「なるほど。じゃあアッシュはツッコミ砲台になるといいよ」
『ジュネ(さん)?』
長老、サマンサ、アッシュの心が一つに重なった瞬間だった。信じられないものを見る目と真顔にジュネがテヘッと舌を出す。
「ほんのおちゃっぴいさ。なんなら語尾に『なり~』をつけてもいい」
「ジュネさん。ごめん。分からない」
「くそっ。これだからジェネレーションギャップってやつは。せめて君が静岡県民であったなら。きっと再放送されるキテレツなアニメで年の差があろうと理解していたはずなんだ」
ごめん。俺本当にジュネさんがなに言ってるのか分からない。こっち見ないでください。ノーセンキューと両手のひらをジュネさんに向けて拒絶を示す。
「くそお」
「ヘバシュッ!」
ジュネさんの悔しさは理不尽にも長老に向けられた。グサリとジュネさんのレイピアが長老に突き刺さる。でも抜かれた後。ピューッと血を一吹きさせて理不尽にもすぐ復活するから心配は要らない。しかもこれ。ジュネとサマンサさんは箒の上で。俺と長老は走ったままで起きた出来事である。ほんとヌンサって理不尽。
「アッシュ。アッシュ」
「何ですか長老?」
「さっきので思い出したわ」
「あ~言わなくていいです。どうせろくでもないことでしょう?」
どうやら頭のよくないところに刺さったようだ。脳が刺激されて古い記憶が呼び覚まされてしまった。余計なことを思い出したなきゃいいけど。
「う~んとのお」
長老は思い出しながら声を上げてポーズをとる。
「シュトゥルム」
両手のひらをお腹に向けてひじを曲げたバレエのアンナバーのポーズ。
「ウント」
両腕と片足を地面と水平にして垂直に立てた一本足で立つバレエのアラベスクポーズ。
「ドランク」
両腕を持ち上げて輪を作り、片足つま先立ちでもう片方の足を上げで三角形を作ったバレエのパッセのポーズで一回転着地。
キーーーーーン
目の前で起こった出来事に俺と長老の時が止まった。あまりの恐ろしい出来事になぞの擬音が聞こえたくらいだ。何が起こったかって?
前方を歩いていた騎士の股間へと向かって街道の敷石の一つが飛び出した・・・・・・
飛び出した敷石の石柱がゆっくりと引っ込んでいくのと共にひざを付き、騎士は床に倒れ付した。必死に堪えて、時折ぴく・・・ぴく・・・と間をおいて動くのが生々しい。
痛々しいその姿に俺と長老の両目からツーと涙が流れて頬をつたった。
「わわわわわしはなんてことをおおおおおおおお」
膝を付き組んだ両手を胸に長老が神に祈って懺悔する。長老が自身の行いを自分で反省しているのは珍しい。ともかく、やっと動けるようになった俺は股をやられた騎士の側に駆け寄って介抱する。というか、長老手伝えよ・・・だめだ。邪魔になる未来しか見えないのでやっぱりいいです。
「もしもーし。聞こえますか?意思をしっかりと保て!傷は浅い!浅いぞ!」
前世の知識をフル動員する。これは繊細な状態だ。痛みがぶり返すとやっかいだ。動かしてはいけない。そう。横にして安静に。股間から血は出ていないか。玉は。玉は無事か!よかった。血は出ていないようだ。
「ゆっくりでいい。深呼吸して。ヒッヒッフーヒッヒッフー」
「知らなかったよ。腹式呼吸ってなんにでも使えるんだね。なんて万能なんだ」
「確かに激痛の出産でも使えるものね」
「よくよく考えたらサマンサさん回復魔法かけてくださいよ」
「回復魔法かけるために女性が男性の股間に手を近づける構図になるけど。アッシュは私にそんないかがわしいことさせるのね?」
「すいませんでした~~~~~~!」
土下座して許しを請う。額を地面にこすり付け、許しが出るまで決して頭を上げないのがコツだ。
「ふふふ。冗談よ。やんちゃした小さい息子によく魔法かけてあげたから慣れてるもの」
まさしく魔女といった風に妖艶な笑みを浮かべて横たわる兵士の腰に手をかざす。クイクイとサマンサさんの口の端が動いた。
テテテテッテッテッテー。
前世でやった竜のクエストのレベルアップ音が響いた。
「いけない。間違えたわ」
「え?何を間違えたんですか?」
「この人のレベルをうっかり上げてしまったわ」
「レっレベル!?」
え~と。考えてみるが何がよくないのかさっぱりわからない。前世で読んだ異世界転生小説なんかじゃ転生先の世界にテレビゲームのステータスの概念があって、主人公がスキルもしくはステータスでチート持ち。毎回主人公のターン。主人公無双。なんていうのがあったけど。この世界にもそのステータスの概念があるのだろうか?
「い~い、アッシュ。世の中楽して手に入るいいことなんてたかが知れているのよ。どこぞのポケットサイズでモンスターを保管するゲームの初代と同じね。育ててレベル上げするのと不思議なキャンディのアイテムで楽にレベル上げをするのとじゃ能力の上昇値に大きな差が出るものよ。私は貴重なこの人のレベルアップ上昇を消費してしまったの。きっとこの人はもうお城の兵士として生きるしかないわ」
うん。いいたいことはなんとなく分からなくもないけど。最後の部分必要なかったですよね。お口にチャックって大事だと思う。というかサマンサさん前世であのゲームやってたの?
「ともあれ、レベルアップで全回復したからもう大丈夫ね」
「そんなゲーム仕様があるんですね~」
「いや、ないよ」
ん?ジュネさんの否定に首を傾げる。
「前世と同じでこの世界にレベルやステータスなんてないから関係ないよ。さっきのはただの効果音。君はサマンサにだまされたのさ」
ワケガワカラナイヨ。思わずつぶらな瞳で口が『ω』の形になってしまった。
「・・・さらりとうそ言うのやめてくれます?」
非難の視線をサマンサさんに送る。
「ほら。病は気からって言うでしょ。ヌンサなんて心一つで死ぬのよ。あの音って特別感があるじゃない?鳴らして回復させると回復量が上がるのよ。そこにありえそうなうその一つも加えれば・・・あら不思議?予想以上の回復に!?しかもバカほど効果が高いのよね」
頬に手を添えながらおっとり顔で言うサマンサさん。懐かしい前世の思い出に浸っているようだった。さりげなく兵士の人と前世の息子をバカと罵る悪気の無い悪意が凄い。
「ほんと。馬鹿な子ほどかわいいのよね。何で私の息子はバカだったのかしら?」
ついには言葉に出したし!前世のサマンサさんの息子のことなど俺に聞かれても困ります。
「あ~。私前世も今世も女だから分からないんだけど。やっぱきついのかな」
「ダーリンも泣いて懇願してたくらいだからきついのは確かよ。ただ出産の痛みのほうがきついみたいね」
「どうしよう。私出産の痛みも知らないや・・・」
「ああ、ごめんなさい。よしよし。今世ではきっといい人見つかるわよ」
ジュネさんは地雷が多すぎる。しかも強いから自棄になって暴れられると厄介だ。
ともかく。
「どういうことだよ。このやろう!」
ドカ。長老を殴る。もうグーで殴りましたとも。
「もう少しであの人はバタフライ(性転換)していたかもしれないんだぞ」
「確かにわしのせいで変態して羽化していたかもしれんな」
あれ?珍しく長老があっさりと認めた。そして、じゃが、と反論の一言ともに振り返る。
「お主は先ほどのことが予測できたというのか?」
悲しそうに眉尻を下げて口にする。
「わしはあくまでもお主にあれを見せたかっただけなんじゃ。まさか。あんなことになるなんて思いもよらなかった」
「そ、それは・・・」
「アッシュ。物事とは常に予測不能じゃ。きっとこの先には悔いることもたくさんあるじゃろう。お主はその度に何で何でとわざとやったわけでもない人を攻めるのか?」
ぐっ。言葉に詰まる。長老の言うことは正論だ。そもそも長老は俺にあれを見せたくてやって見せただけ。あんな悲しい出来事が起きるとは思っても見なかったんじゃないだろうか?
「今すべきことはそうじゃないだろ。人は悔い改めることができる生き物じゃ。再発防止に努める。それがすべきことじゃないのかの?」
ガーン。俺は頭を金槌で叩かれたような幻の衝撃を受ける。確かに長老の言うとおりだ。
「あ~横槍を入れるようで悪いんだけどさ。再発防止が重要なんだったらまず、人に見せちゃ駄目なんじゃないかな?知らなきゃ誰もやらないよね」
「そうじゃな」
「そもそも確かに人の股間を打つとは誰も予想できないとは思う。けれども道の真ん中で石柱が立てば馬が転んだり暴れたり、馬車が転倒したり、大事故が起きることはやる前からわかるよね?」
「そ・・・そうじゃな」
「つまり元から危険なことは分かってたんだよね?」
長老があからさまに視線をずらした。だらだらと汗が流れている。
「わ・・・」
「わ?」
「わし悪くないもん!?」
「結局それかい!」
パンッ。長老が宙を舞った。
「どうやらアッシュはツッコミのその先へ到達したようだね」
ヌンサの腕の骨は硬骨ではなく軟骨に近い。おかげで鞭のようにしなる腕を持つ。アッシュはツッコミを続けることで部のきわみの一つ鞭打を取得した。
テテテテッテッテッテー。
サマンサはレベルアップ音を鳴らした。
「見えた!」
地上に戻ってきた長老がガバッと起き上がる。
「なにが?」
「王城じゃよ。宙を舞っとるときに見たんじゃ」
どうやら宙を舞っているときに目的地の王都の王城が見えたらしい。
「もうすこしで王都じゃ。ほれ。何をぐずぐずしておる。走るぞ!」
テンションの上がった長老が走り出した。まったくさっきまでめんどうくさがってたくせに。某幽霊的なものを操る漫画の第三部主人公のごとく俺はやれやれだぜとため息をついた。
そして王都目前の知らせに俺も浮き足立てて走り出すのだった。
長老が邪魔して王都につかない・・・




