1-011.仲良し二人
今回はサマンサさん視点の話となります。
ちょっといつもよりは短めです。
オス。おらアッシュ。前回の襲撃を受けて猫目妖精のジュネさんに修行をつけてもらうことになったぞ。重て~亀の甲羅を背負って走ったり、ジュネさんを背負いながら水の入った瓶を指の力だけで持ってずっと同じ格好でいなきゃいけねえとか。修行はめちゃめちゃきつくて大変けど。これが強くなるための修行だと思うと、はっきり言っておもしろかっこいいぜ!
「ちょっとジュネ。さっきからアッシュが横たわったまま楽しそうにぶつぶつ呟いてるんだけど。あんた何したの?」
原因の一旦であるジュネをサマンサは問い詰める。お姫様の馬車が襲撃された事件のあと。強くなることを望んだアッシュのためにジュネが修行をつけてあげていたのだけれど。どうやら限界を超えてしまったらしい。白目を剥きながら横たわるアッシュ。時折ビクッビクッと痙攣しているのだけれども。大丈夫かしら?舌をベロ~ンと出しながらヒューヒューと時折呼吸はしているし大丈夫よね。
ジュネはジュネで道ばたの石に腰掛けながら遠い目をしているし。いったい二人に何があったというのかしら?
「ヌンサの虚弱さをなめていた。正直やりすぎたと思ってる。でも反省はしていない。後悔もしていない。私は悪くない」
やっと口を開いたかと思えば困ったことを言う。まあジュネは精霊といえども猫だし。気まぐれなところがある。前世の人の記憶があるからほかの精霊よりはましなほうだ。ジュネのように人よりの精霊は亜人種に数えられるが、数えられないような酷い精霊には罪悪感を持たない無邪気な子供ような妖精族もいる。遊びで平気で残酷なことをするような。自然と握る拳に力が入る。人間の子供を攫って輪になって踊り狂い解体を楽しむようなね。昔ダーリンを探して旅したときのことを思い出して顔が自然と歪んだ。どの世界でも変わらない。世界とは常に理不尽なのだから。そしてそれに対抗できるのも理不尽だけ。おっと。脱線してしまったわ。
私は親友の猫に向き直る。
「は~。開き直るんじゃないわよ」
「うっうっ・・・・・」
「ちょっとなんでジュネが泣くのよ」
「だって・・・・・」
「ああもう分かってるから。ジュネのことだもの何か理由があるんでしょ?」
ん、とごしごしと目の周りをこする。猫が顔を洗っている。明日は雨かしらね。
「私だって考えたさ。ヌンサは心で生きる生物だ。心が伴えば何だってできる」
「そうね。ヌンサは心が折れなきゃ死なない。気分次第で恐ろしいほどの能力を発揮するわ」
鬼ごっこに夢中になりすぎて雪山を駆け巡り雪崩に埋もれても無事に生還。氷付けになっても達磨さんが転んだをしたら氷割って脱出。マグマに落ちて湯加減はいかが?と尋ねたらいい湯だったと這い上がってくる。ゾンビになったら腐った死肉おいしくないと生者に戻る。ほんと超人的な力(理不尽)を発揮する。
「だから同じ日本人のアッシュが気乗りし易い修行をチョイスしたってことかしら」
こくんと頷くジュネ。黒いノーブルハットがかすかに揺れた。でもアッシュは瀕死の状態にある。何が違ったのかしら?
「まさかジェネレーションギャップがこんなところで」
「あ、うん。ごめんなさい」
すべてを察した私は反射的に謝っていた。若者と共通の話題を見つけるのって大変よね。私も前世で姑、息子夫婦、孫、ひ孫と世代ごとのコミュニケーション大変だったわ。
「普通ジャッ○ーきたら修行シーンに心躍るものだろ。NG集効果で失敗だって恐れない」
「でもアッシュはもっと後の若い世代だと思うのよね。ジャッ○ー通じたかしら?いまの若い子達の中にはブ○ース・リーとジャッ○ー・チェンを混同している子も多いから」
私たちの世代では考えられないけれど。結構酷な話よね。ヌンチャクが似合うのはどっちなんて聞いたら迷答すると思う。
「ほんと。語呂だけで律宗の鑑真とインドのガンジーを間違えるくらいに信じられないよ」
「ごめんなさい。それに関してはまったく意味が分からないわ」
「だから私も二段構えで考えたさ」
あ、うん。何かすごく大きく話が脱線したような気がしたけど話は続くのね。ジュネが採用したもう一つの修行方法を思い出す。
「なるほど。それでドラ○ン○ールなのね」
実はこのマンガは私も読んだことがある。孫が夢中になっていた日本のマンガだ。孫とお話したくて読んだのよね。老衰で弱っていた私の頭にカルチャーショックを与えた作品で面白かったわ。思わずヤックデカルチャーと謎の言葉を無意識に口にしてしまったほどよ。孫が隣でゼントラーディと呟いていたけれど。結局あれらはなんの単語だったのかしら?神様からの神託?そういえば孫は元気かしら。あの子オタクなところがあったから。ちゃんとオタクを卒業できたか心配だわ。と。もう戻れない前世のことを心配してもしかたがないわね。それよりもいまはジュネの話よ。うん。確かにそれならジュネの言うとおり通じるはずだわ。私が知っているくらい世界でも有名なマンガだもの。でも。ちらりと瀕死のアッシュを見やる。残念ながら効果は薄いようだわ。何が悪かったのかしら?
「だからジェネレーションギャップなんだよ。バブル崩壊。高度経済成長の終わり。待っていたのは就職氷河期の不況。その不況の中で育った子供たちをさとり世代って言うんだけど・・・」
「さとり世代?昔日本関連のニュースでゆとり世代って言葉を見たことはあるけど?」
ニュースを見てオタクの孫がそれなんじゃないかと思って心配したのよね。そういえばひ孫も。ひ孫は元気かしら?
「それはゆとり教育を受けた世代のことだね。さとり世代は教育ではなくて人の気質を指す言葉なんだ。堅実で高望みしない。欲のない。現実を悟りきったような生き様からついた呼び名らしいね。一部さとりとゆとりどっちもかぶっているゆとさと世代もいるらしいけど。かなり厄介」
「詳しいのね」
「後進育成のために勉強したからね」
ふと。昔聞いたジュネの前世を思い出す。確かはじめ宝塚歌劇団というところで役者をしていたらしいけど。女性関係でやめてその後一般企業に就職。そこで有能さを発揮して役員クラスまで上りつめたらしい。ただそれが原因でいろんな人間から妬みやひがみで虐められた上に結婚できなかったのよね。つまりは私みたいに女性の幸せというものをつかめなかった。女性としてみても不憫だわ。今世では幸せになって欲しいけど・・・・・。というか前から気になっていたのだけど。女性なのに女性関係で前の仕事をやめたってどういうことからしら?不思議ね。
「あいつらかなり冷めててコミニケーションが取り難いのなんのって。飲みにさそっても断るし。しかもちょっと指摘しただけで打たれ弱くてすぐへこたれる。前世じゃここに次のゆとり世代が加わってカオスだった。ゆとり世代にいたっては自分にあってないとか言ってすぐ仕事やめるし。言ったことしかしないし。何か問題あったら言われてませんから?指摘したらパワハラ?お局が近づくだけで精神的苦痛?うるせえよ」
ほんとだいぶ苦労したみたい。特に最期の近づいただけで精神的苦痛は辛いわね。え~とお局?たぶん悪口だと思うけど。姑みたいなものかしら?確かにそれはいやね。
「まあ、悪いやつらばかりじゃなかったよ。慕ってくれるやつらもいたしね。仕事が増えてフォローしてやれなかった私にも問題はあっただろうしさ」
急に起伏が下がったところを見ると悪いことばっかりだったというわけでもないらしい。
「でもその打たれ弱さなんなの?めんどくせえよ!もうやだあ~。ほんとあいつら分けわかんない。怖いよ。ヤックデカルチャーだよ」
ヤックデカルチャー!え?なんでその言葉が出てくるの?ジュネに神託でも降りたのかしら?ああ。それよりも驚いている場合じゃないわ。だめね。また泣き出ちゃったわ。どうも今日のジュネは精神が不安定だわ。いろいろとストレスが溜まっているかもしれないわね。よしよし。帽子をとって頭を撫でる。猫のジュネは小さいからなんだか孫をあやしていたころを思い出すわね。
「王都についたら飲みましょ。付き合うから。人も多いからいい人見つかるかもしれないしね」
ジュネを慰める。さてとりあえずこっちはこれでいいとして。あれはどうしましょうか?視線の先にはいまだに瀕死で横たわるアッシュがいる。
「ところでもう少しで出発なんだけれども。あれどうにかならないかしら?」
んー、と唸り声を上げながらジュネが立ちあがる。赤くなった目元を水魔法できれいにしてあげた。いい大人の女性がこれじゃ、みっともないものね。
ジュネはきょろきょろと辺りを見回すと。腕を上げる。手袋をしたジュネの手は猫の手ではなく人の手をしている。そのうちの一本。人差し指を立てて大きな声を出す。
「遊ぶ人この指と~ま~れ」
「わしが一番じゃ~」
どこからかその声を聞きつけた長老が駆けつけて人差し指を掴んだ。
「長老見~っけ。ふふふ」
得物を見つけた猫の顔をしてほくそ笑むジュネ。
「実はいまのはかくれんぼだったんだ。長老の負けね」
「な、なんじゃと。ジュネ。貴様わしをハメおったな。体は許しても心までは許さないんだからね!」
「長老は相変わらず気持ち悪いなあ。だいたい引っかかる長老が悪いのだよ。どうせ釣り糸がぶら下がっていると『そんな餌には釣られないクマー』とかいって食いつくんだろ?そういうバカなところ。ちょっとだけ好きだけどさ。おっと。そんなことよりも長老」
「ん?なんじゃ?」
「アリスの馬車が襲撃されたとき長老はどこにいたのかな?」
「わしは他に敵がいないか哨戒に出ていたんじゃよ」
「なるほど逃げていたんですね」
ジュネの口元が似たりと笑ったのを私は見逃さなかった。あれは何かたくらんでいる顔ね。
「逃げてなどおらん。敵だって最初に見つけたのはわしじゃ。敵の増援を警戒して哨戒任務に出ていたんじゃ」
「おかしいな~?すぐ反対側に敵が潜んでいてアッシュたちが時間差で襲われたのになんで長老は発見できなかったのかな?」
「そ、それはじゃな・・・・・」
「私は知ってるんだよ~。長老が馬一匹奪って走り去ったのをナーブルが見ていたからね」
「くっ。ナーブルめ。見ておったのか」
「しかもよりにもよってアリスの乗った馬車を引く二頭のうちの一頭を奪ったこともね」
「わ、わし悪くないもん!」
「どう考えても全面的にてめえが悪いじゃねえか!」
バチコーン。
盛大な叩き音をたててアッシュのツッコミが長老に炸裂。長老が吹っ飛んだ。
「アッシュ復活したよ」
得意顔でジュネが振り返る。アッシュを復活させるために一芝居うったらしい。
ヌンサは心で生きる。気持ち次第で生き死にが決まるといってもいい。アッシュはやっぱりツッコミで生きているのかしら?不憫だわ。
「あれ?俺は確か修行していて」
正気に戻ったアッシュの側面をぽんぽんとジュネが叩く。
「目が覚めたかいアッシュ。君修行で無茶して瀕死になってたんだぜ」
「目覚めたっていままで修行していたじゃないですか?」
「いいや。意識を朦朧とさせて途中から横たわってたよ。心の中で修行は続行していたみたいだけど」
「いつからですか?瓶を持った辺りからかな?」
ジュネが指差した先では水をぶちまけた瓶が二瓶転がっている。アッシュはなんやかんやで十キログラムの甲羅を背負って街まではこられた。ただやはり過酷だったらしく息も絶え絶えの疲労困憊状態。意識朦朧としていた。そんな彼の前にジュネは用意した水満杯の瓶を置いて次の修行を開始した。瓶を指の力だけで持たせて同じ姿勢を保つ過酷な修行にアッシュは始めてすぐに事切れたらしい。
「それこの街についてすぐじゃないですか」
「舌なんかべろ~んってだして白目剥いてさ。良い感じにラリってたよ」
アッシュが顔を両手で覆い叫ぶのをジュネが指差して笑う。元気になったようでよかった。何気にアッシュの周りは笑いで溢れている。大半はアッシュ本人が被害者になって起きる笑いなのでちょっとかわいそうなところがある。けれども。ヌンサは心で生きる生物。きっとアッシュにはそれが必要なのだろう。
「もう修行やめようか?」
「いえ、続けます」
「しかしこのままじゃ君が持たない。君は時の涙を見ることになるんだぞ」
「と、時の涙?」
「まあ、まだ君はニュータイプもしくはイノベイターではないからね」
「いずれ君にも分かるときがくるさ」
あ、あのジュネの顔を私は知っている。ただ言いたかった台詞を言えて満足しているときの顔だわ。たぶん言いたかっただけでアッシュに言った台詞は意味の無いものなのでしょうね。
「さあ、アッシュもうすぐ出発だ。瓶を片付けて馬車に乗せて亀の甲羅を背負うんだ」
「わかりました」
ああ、亀の甲羅は継続なのね。
さっきまで瀕死だったのがうそみたいに生き生きとして走っていくアッシュ。去っていくその背を見つめているとジュネが隣に来る。
「修行継続だってさ」
「そうみたいね」
「なあ。サマンサ」
「なに?ジュネ」
「さとり世代の特徴にこんなのがある。現実を悟っているからこそ。彼らは無駄な努力をしない。彼らは過程よりも結果を重視するからこそ。結果の分かっている余分なことには手を出さない。それは言いかえれば必要なことを見定めて堅実に生きることに長けていることでもある」
「つまり?」
「アッシュにとって修行は必要なことなんだってさ」
にゃにゃ、とジュネが笑う。
ほんとジュネも理不尽よね。
次回王都に到着します。




