1-007.お姫様、君の名は――
知っている人とかいて知人。
顔は知っていても名前を知らない知人って多いものですよね。
作者は人の顔をおぼえられない人間です(´;ω;`)いまでも苦労しています。
食堂を出るとジュネさんに連れられて厨房まで案内された。
中にはコックが一人。
「やあマルコフ。鶏の塩釜焼きはできているかな?」
「すでに焼きあがり釜の中で保温してあります」
「ありがとう。デザートは?」
「冷蔵庫にジャミ豆腐が入っております。パプテマス・シロップをかけてお食べください」
ジャ○トフ?パプテマス・シ○ッコ?脳裏に。前世の記憶に引っかかるものがあった気がするけど気のせいだろう。
「パプテマス・シロップは女性を誘惑してしまう魅惑の味だ。量に気をつけないとね」
「危険なものなんですか?」
「ジュピターと呼ばれる花から取れる蜜でね。幻覚作用がある」
「幻覚作用って麻薬じゃないんですか!」
「中毒性とかの副作用はないからね。合法なのさ。使いようによっては麻酔代わりにもなる」
「毒にも薬にもってやつですか」
そういうこと、と一匙口に入れられた。さらりと口の中ですぐに溶けてなくなる。それでいて舌に強く残るような癖が無い。確かにおいしい。
「難点は収穫性と保管性かな。蜜を好む木星トカゲという危険な魔物を引き寄せるんだ」
「厄介な魔物なんですか?」
「ボソンというワープをするんだ。どこにでも現れる」
「それは厄介「やった入れた・・・」ですね」
ん?いま目の前に人間大の黄色いトカゲに跨った長老が現れてすぐ消えたような?気のせいかな。再度何度確かめても影も形も無い。パプテマス・シロップを食べたからきっと幻覚でも見たのだろう。
「まあ厄介といってもうちは対策してるから大丈夫だがね」
何の反応もなく普段どおりに話すジュネさん。きっと気のせいだったんだろう。
「対策ですか?」
「そうさ。中に入れても家の外にはじき出される。すまないがデザートか鶏の塩釜焼きのどちらか運ぶのを頼めるかな?」
「分かりました。じゃあ鶏の塩釜焼きで」
手渡された濡れ布巾で鉄板部を持つ。本当ならレディーファーストで全部俺が持てればいいのだけれどもヌンサだって手は二つしかない。
マルコフさんにもう休んで言いとジュネさんが指示を出して二人で食堂から出る。
「ちなみに木星トカゲ対策以外にもこの屋敷にはいろいろな防犯対策をしてある。例えば窓が特別性でね。外からは開けられない構造になっている。窓枠には掴めるところがない」
へ~と廊下の窓を見ると窓を開けようとして窓枠を必死に掴もうとする長老の幻覚が見えた。
「さらに窓を割ろうとすると屋敷の外に飛ばされる」
あきらめた長老が身を引いて窓を突き破ろうと走ってくる。窓にぶつかる直前で消えた。パプテマス・シロップを食べたあとだからきっと幻覚でも見たのだろう。
「まあ防犯対策もばっちりってことさ・・・・・ところで」
片手でデザートのジャミ豆腐が乗ったお盆を持ちながら空いた手でパプテマス・シロップをねるねるねるねする。何かを主張するような無駄な行動には威圧感があった。
「聡い君のことだからもう気づいているんだろう?」
「・・・なにがですか?」
「とぼけなくていい」
とぼけなくていいも何も本当に分からないんですが?
「確かに私はお姫様の名前を忘れてしまっている」
何ですと!?
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。王族って祖先にあやかって名前付けたりするだろ?似た名前が多くてごちゃ混ぜになっちゃうんだよ」
ジュネさんはかわいい猫に見えるけれども猫目妖精で曲がりなりにも妖精。死んだ時期が近くても転生する時代はランダムだ。発言から察するにかなり昔に転生したのだろう。何歳なんだろ?
「今君は女性に対して失礼なことを考えなかったかい?」
「いえなにも」
ブンブンブンブンと大きな風きり音を立てて首を振る。ならいいけど、と身を引くジュネさんを余所に俺は困ってしまう。お姫様の名前を教えてもらおうと思っていたのに。もう自分で聞くしかない。俺も知らないんですってジュネさんに素直に行ったほうがいいよな。
「あ~、君の言いたいことは分かる。だが結構だ」
「何がですか?」
「言わなくていい。自力で思い出して見せるさ」
「え?いや。実は俺も「わざと知らない振りして聞いてくれるとかはやめてくれ。これは私のプライドの問題なんだ!余計なことをするなら私は君を斬らなくてはいけない」」
どうしよう。困った。さらに名前が聞きづらくなった。しかも斬るって。えええ?些細なミスで殺される?そのプライドって人の命かけるほどなの?前世でだってくだらないことにプライドをかけるとか冗談で言うやつがたくさんいた。これは冗談ですか?あれ?でもかけられてるの俺の命だ!あかん!これおかしい!理不尽!まあ逆らう勇気なんてないけどさ。ちょっと途方にくれながら歩いた。
しかし神様ってやつはいるらしい。この後そんな俺に救いの手が差し伸べられる。
部屋に着いて鳥の丸焼きとデザートを持ち込んだ。ほんの少しの時間。それでも待たせてしまったことを紳士であるジュネさんは詫びた。
「やあお姫様お待たせ。猫の騎士がメインディッシュの鶏の塩釜焼きとデザートのジャミ豆腐を持ってきたよ」
すると何か気に食わないことがあったらしい。お姫様は立ち上がった。
「もう。まだお姫様って。初めてあったときに約束したじゃないですか。お父様やお母様、兄上たち家族のように愛称のアリスで呼んでくれるって」
よっしゃああ。愛称GET!とある格闘ゲームの主人公のように俺は心の中で竜が空に昇るごとく拳を振り上げて飛んだ。よし、そのまま竜巻を起すように旋風足だ。お姫様の抗議という行幸にコンボを決める。
しかしそれとは反対にジュネは冷や汗をかき続ける。アリスティ。アーテリア。アルリネス。アグリス。アイスティ。どれだ!?思いあたる名前が多すぎる。彼女の名前が思い出せない。そんなプレイボーイの心境に陥っていた。それでも踏んできた場数が違う。
「ん~残念。アリスはまだまだ淑女としての慎みが足りないようだ」
その言葉にお姫様がムッとなる。
「人の嫌味に対し、すまし顔で微笑をたやさないのが王侯貴族の淑女というものさ。君はもう成人なんだ。淑女の一人として心にとどめておくといい。とまあ、お祝いがてらのレッスンはこれで十分だろう。試すようなことをしてごめんよ。かわいいアリス」
「いえ。『導きの猫』であるジュネ様がされたことです。これも私がよりよき成長を遂げるためのお導きだったのでしょう」
バ、バカな。美談に終わらせただと!アッシュの目にはジュネが心の中でガッツポーズをとる幽霊が見える。その姿に恐怖した。その王侯貴族を騙すほどの演技力。その姿まさしく物語の長靴を履いた猫そのもの。俺の中でジュネさんのランクがサマンサさんと並んだ。ちなみに最下位は長老。
「どうかされましたか?」
「アッシュも愛称で呼びたいんだよ」
「仲間はずれは寂しいですもんね」
竦んでいる俺に首を傾けたお姫様をこれまたジュネさんが誘導する。
「さすがに公の場では無理ですが。こうしたプライベートの場でよければアッシュ様も愛称のアリスで呼んでください」
「それはいいね」
ニヨニヨ顔のジュネさんとお姫様の視線が俺に集中する。名前をよべばいいだけなのになんか気恥ずかしい。照れ隠しで頬をちょっと掻いて口に出してみる。
「ア・・・・・アリス・・・さん?」
「さんは付けなくていいです」
「ならこちらにも様を付けないでください」
「分かりました。アッシュ。言葉も無理しているのであれば崩してください。私のほうが堅苦しかったらごめんなさい。生まれの関係上染み付いてしまっているところがあるものですから」
「・・・・・わかったよ、アリス」
澄ましたように応える。何かっこつけてるんだよ、と心の中は自分に駄目だししながら、ワッフー、と愛称だけど名前を呼べたことに狂喜乱舞していた。もうこのまま両腕を交互に上下に振りながらキングとゲイナーを連呼して歌い踊ってしまいそうだった。
「さて。そろそろ本日のメイン。鶏の塩釜焼きをいただこうか。アリス割ってみるかい?」
俺の姿を見てほほえましそうに笑いながらジュネさんが話題を変えた。木槌を差し出されて受け取りその気になったアリスが鶏の塩釜焼きの前まで来る。木槌を持った両手を振り上げ思いっきり目を瞑って振り下ろした。いや目を瞑ったら駄目でしょう。心の中でツッコム。目の前で見ていた俺は危機感を覚えて退避。案の定ちゃんと握れてなかった木槌が手からスポ抜けて俺のいたところを飛んでいった。木槌は壁まで飛んでいき、装飾の出っ張りに当たる。ガコンッ。近くで音がしてその後に悲鳴が聞こえた気がした。辺りを見回してみたが特に何も目立ったことはない。ジュネさんが木槌を拾いに行き、窪んだ壁の装飾を戻して戻ってきた。
「あの壁の装飾は押すと窪むんだよ」
「そうなんですか」
「だから君の心配するようなことも起きてないから大丈夫だよ」
顔に出ていたようだ。ジュネさんが大丈夫というのなら心配は要らないのだろう。俺はヌンサらしく忘れることにした。
「それよりもやっぱりここは男の子に任せた方がいいね」
木槌を渡されて代わりに塩釜を割った。
「私が取り分けよう」
大きなナイフとフォークを手に持って塩の壁から出てきた鶏を切り分ける。鶏の中から湯気と鶏肉のうまみがしみこんだ野菜が出てきた。
「これ。手間はかかるけど。前世の私の得意料理だったんだぜ。外人の友人はよくミックスベジタブル入れてたな。私は食感が好きで中に牛蒡と蓮根を入れるんだ。人参、ひじき、油揚げ。枝豆。具を聞くと日本の煮物みたいだろ」
ジュネさんが得意そうに言う。だけど前世のことを思い出したのかちょっとその横顔はさびしそうだった。
「ゴマを散らして。どうぞ」
受取った鶏の塩釜焼きは言うだけあっておいしかった。和風の味付けでしょっぱすぎるようなことも無い。淡白な蓮根と食感が好い。ヌンサに転生してから思っていたけれどもこの世界の食文化は前世の日本に負けずおとらずレベルが高い。シチューのルーのこともあるし、転生者や転移者のおかげなのだろう。
「そういえばアッシュはここに何の用事でこられたのですか?」
忘れてた。料理に舌鼓を打っている間に質問されて当初の目的を思い出す。しかしジュネさんのこともあり名前は聞けないなんと答えようか?
「アッシュはアリスを追いかけてきたんだよ」
悩んでいるとジュネさんが爆弾発言をした。
「私をですか?」
「そうそう。アッシュが私と友人で遊びに来る仲であるのは事実さ。でもね。今日の訪問は君を追いかけてきたんだ」
「どうしてですか?」
向けられる視線に会う言葉が見つからない。
「実はね。アッシュは私と同じ転生者なんだ」
「まあ。そうだったんですか?それは遠いところからご苦労様です」
ご苦労様って。ずれたアリスの言葉に思わずずるりと足元が崩れる。
「転生者は異世界の知識を持ち込み世界を発展させるからアリスの言い方はあながち間違っちゃいない。この世界ではわざわざ来てくれてありがとうってわけさ。そしてアッシュは生まれて一ヶ月ほどでね。まだこの世界のことをよく知らないんだ。この国のこともね。だからいろんなことを知るために王都に行きたかったんだよ。私は友人のサマンサからそのことを相談されてね。王都まで連れて行ってもらえないかアリスに頼むために彼を呼んだのさ。王族の後ろ盾があればアッシュも安心だろうしね」
「そういう事情でしたか。分かりました。一緒に王都へ参りましょう。王都滞在中も王家で滞在場所を提供させていただきます」
まさか俺の知らないところでサマンサさんがそんなことを考えていてくれたとは思わなかった。ありがたくこの話に乗ることにする。こうして俺は王都行きの切符を手に入れた。
「私が勝手に話をしてしまってすまなかったね。本当は君から言うべきだったんだろうけど。アッシュ自体も頼みづらいところがあってなかなか言えないようだったからさ」
「いえ、背中を押してもらえて助かりました。それよりも本当にお世話になってもよかったんですか?」
王都まで同行を許可してもらい旅の安全が保障されただけでなく、王都滞在中王族の客人として扱われて衣食住まで提供してもらえるなんてかなり破格の条件だ。
「いえ。昨日命を助けていただきましたから」
「ちょっとまてくれるかい?命に関わることがあったとはどういうことかな?」
「え~とですね」
俺は長老の悪ふざけでアリスが窒息しかけたことから滝壺の湖から助けたことまでを話した。
「は~あの老害は本当にろくなことをしないね。アリスが無事だったのは君のおかげだ。アッシュ助けてくれなかったら大変なことになるところだった。私からも礼を言わせてもらうよ」
「私を助けてくださったときのアッシュはとてもかっこよかったです」
「そんなかっこいいことなんてしてないよ。悪いのはヌンサのほうだし」
「いいえ!ヌンサさんたちは悪くありません。もみくちゃにされて受け入れられたようで浮かれていた私が悪かったんです。徐々に意識が薄らいで気が着いたら私は真っ暗な水の中にいました。冷たい水の中で暗闇に飲まれるように意識がさらに薄らいでいくことが怖かった。そんな私を抱きとめてくれたぬくもりにほっとしたんです。水を吐き出して意識がはっきりしてきたときに目の前にいたアッシュ。かっこよかったです」
アリスの独白が照れくさかった。うれしくて。アリスがかわいくて。なにこれくっさ~とジュネさんの猫顔が大口を開けてフェルメール反応を起していなければ変なことを口走っていたかもしれない。
「それで気になっちゃってあの時名前を・・・・・・・」
さ~とアリスの顔から血の気が引いた。
「私大変なことに気づきました」
その。あの。としどろもどろに言葉を口にして。
「私。昨日アッシュに名乗ってもらっておいて自分で名乗るの忘れてました」
自分が名前を名乗っていなかったことをアリスが思い出した。ごめんなさい、と口にする彼女に、聞かなかった自分も悪いから気にしてないで、と言い返す。え?ほんとに知らなかったの?と言いたげなジュネさんの顔が視界の端に映りちょっと笑えた。自分の失態を思い出して恥ずかしがるアリスにジュネさんが爆弾を投下する。
「名乗り忘れたことぐらいなにさ。私にはさっきの独白のほうが恥ずかしくって仕方がなかったよ」
言われて見て思い返してみたのだろう。ポンッ!奇怪な音ともに顔が一瞬で真っ赤に染まった。助けたあのときのように湯気まで出て茹でてる。
「じゃあ改めて聞いていいかな」
「は、はいぃ」
アリスの声が裏返る。
「え~とアリス。君の名は「私はリエント・ニヒ・アリスティ。このリエント王国の第三王女です」」
聞こうとしたら恥ずかしさが勝ったのか途中で言葉をさえぎられた。変な聞き方になったけれどやっと聞けた。アリスティと俺の中で反芻する。
目的が達成されて肩の荷が下りたころだった。
クシュン。かわいいくしゃみが辺りに響く。どうやらアリスのくしゃみらしい。
「ふむ。まだ初秋だから気にしていなかったが寒かったかな。どれ暖炉に火をくべようか。うちの暖炉は特別せいでね。一気に気温を上げることができるんだ。アッシュ、そこのボタンを押してくれ」
指し示されたボタンを押した。ガシャーと暖炉にシャッターが下りて機械的な音声が流れる。
『カウントダウンスタート。スリー、ツー、ワン、ヘルファイア』
ボーーン!シャッター内で爆発音。音とともに室内の気温が急激に上がったのが分かった。ガシャーと再び拓いた暖炉から暖かい空気が室内に流れ込み室温を上げる。すごいなこの暖炉。
「いま悲鳴みたいのなのが聞こえませんでした?」
首をかしげるアリス。
「さあ?」
光が、とか呟く声が聞こえた気もしたけれどあたりを見渡しても特に変わったことはない。気のせいだろう。
「さあアッシュもアリスも明日は出発で朝が早いんだ。早めに就寝する必要があるだろう。夜も遅くなってきたし、デザートを食べてお開きにしよう」
その日はデザートのジャミ豆腐を食べ終わった後でお開きになった。
翌朝目が覚めた俺は朝が早いと聞いていたこともあって早めに起きた。表面玄関側とは反対側の部屋に通された俺は窓の外から庭をうかがうことができない。昨日のこともあって心のどこかで心配になった俺は騎士たちがまだいるか気になって外に出ることにした。
玄関を出ると庭には馬車があり騎士団のテントもまだ建っていた。ヌンサというか長老のせいで疑り深くなっていた俺は近づいて確かめてもみる。よし。幻覚でもない。安心した俺はアリスについて王都に行くことに上機嫌になり鼻歌を歌いながら、朝食をいただくために屋敷の方へと踵を返す。
昨日そういえば夜だったから屋敷の全体を見渡せなかったなと思い出して大きさを確かめるようになんとなく上を見上げてみた。
玄関の上でサンタクロース服を着た長老が吊るされていた。
「なんじゃこりゃああああああ」
予期せぬ出来事に俺は朝一番からツッコミを入れることになった。
今話の表題を見てとある映画を思い浮かべたのですが、これをかいている時点で私はその表題に似た名前の映画を見ていないんですよね。表題は気分で選んだだけのものになります。
今回は三話分重ねてかいていたのでだいぶじかんがかかりました。
次回残りのもう一話『君の名は――そのころ長老は?』になります。




