1-006.お姫様と昨日の今日で再会
予期せぬ再会というものがありますが、予定通りの再会というものも思い通りの再会になるとは限りません。
アッシュの場合予想通りにことが運んだことがありません。
なぜなら常に予想外のことしか起きないから!
アッシュの再会は常に予想外に彩られているのです。
猫目妖精のジュネさんがいるテンペストの町についたのは日が沈み始めたころだった。
「もう日が沈むのお」
「走ってきたとはいえ、出発したのが昼過ぎですからね」
徐々に薄闇が広がってあたりが色をなくしていく。あわせてポツリポツリと街灯が明かりを灯す。街灯などのインフラ設備の管理人がいて時間になると街灯魔道具のスイッチをいれるのだそうだ。北海道の函館の赤レンガ倉庫。あそこの町並みみたいできれいなんだぜ、とジュネさんが先日自慢げに話していた。
「きれいですね」
自慢するだけはあるな。異世界ファンタジーの世界で言うのもなんだけれど。まさに幻想的。こういう場所を歩いていると境界を渡ってしまいそうでちょっと怖さもある。
「ハッ。いけない。わしお昼ご飯食べたっけ?」
どうでもいいことを長老が口走る。やれやれせっかくの感動が台無しだ。長老がご飯を食べたかどうかなんて俺は知らない。何せ起きて家を出てすぐの出発だったんだから。
「もう食べたじゃないですか」
相手にしたくない一心からさらりと嘘をついて適当に受け流す。
「そうじゃったか。歳をとると物忘れが酷くなっていかんの~」
ぐ~~ぐるぎゅ~~~
長老の腹の虫が激しく鳴った。
「・・・わしお昼「さあもう夕時ですし、遅くなると失礼になります。早くジュネさんの家に行きましょう」」
俺は強引に話を逸らしてジュネさんの家へと向かって歩き出した。
町でも権力者であるジュネさんの家は町の中央にある。猫の身には人の屋敷は大きすぎると小さな三階建ての屋敷に住んでいる。猫だからねと駆け回れる広い庭には日向ぼっこ兼お昼寝に適した枝の太い木があり、背の高い塀が屋敷を囲っている。
サマンサさんの話では今日はお姫様がジュネさんの家に泊まることになっている。
ジュネさんの家が見えてくると思ったとおり、屋敷の門には見覚えのある顔の騎士が。お姫様の護衛の騎士たちが門番として立っていた。
このまま近寄って行っても大丈夫なものだろうか?一方的に追いかけてきたわけだし。騎士にどう説明すれば会わせてもらえるのだろうか。う~ん。
考えている内に門の前まで着いてしまった。
「止まれ」
二メートルぐらい離れたところで当然門番に止められる。
「そのシルエット。ヌンサとお見受けするがジュネ殿のところに何ようで?」
「えっと。俺は「ぐ~~ぐるぎゅ~~~」怪しいものじゃなくて「ぐが~~ぐぎゅ~~~」ですね・・・・・」
ここぞとばかりに長老の腹の音が邪魔をしてきた。
「こいつ奇怪な唸り声を上げてるぞ」
「本当にヌンサか?」
「シルエットがヌンサに見える魔物じゃないのか?」
「いえ、違「ぐおおお~~~」じゃなくて「ごがあがあ~ぐ~」誤解です」
「あやしいぞこいつら」
「引っ捕らえろ!」
これはやばい。一旦逃げて体勢を立て直したほうがよさそうだ。
「はよ行かんか!」
踵を返そうとしたとき長老に足蹴りにされて前に押し出された。
「何すんですか長老!」
振り向くと長老の姿は消えていた。
あいつ俺を囮にして逃げやがった!
ちゃきっ。剣の柄に手をかける音に引かれて、そんなまさか、と体が自然と動く。想像したことが本当かどうか確かめるように恐る恐る振り返る。
剣をわずかに抜いていつでも切りかかってこられる二人の姿に俺は迷わず土下座した。
「すいませんでした~~~」
何がすいませんなのか。言ってる自分でもわからない。
「ん?あなたはもしやアッシュ殿ではありませんか?」
「へ?」
「知っているんですか?」
「ほら。昨日溺れた姫様を助けてくれたヌンサ殿だよ」
「ああ。あのときの」
どうやら昨日お姫様を俺が助けたのを見ていた人らしい。途端に警戒が解けて空気が軽くなった。二人とも剣を鞘に収めて柄から手を放す。騎士の人が覚えてくれていて助かった。
「あの時は姫様を助けていただきありがとうございました」
お礼まで言われて逆に頭を下げられてしまった。
日ごろの行いって大事だなと痛感させられる。
「テンペストの街まで。ましてやこんな時間にどうされたんですか?」
テンペストの街は遠く無いとはいえ、それなりに離れている。その上いまは日も沈んで夜の時間帯。人の家を訪ねる時間帯じゃない。
「え~とですね」
お姫様に名前を聞きに会いにきただけなんで素直にいってもいいものだろうか?
「彼は私の客人さ」
突如聞こえた声に門番二人の人垣が左右に割れてジュネさんが姿を現した。
「アッシュ殿。ようこそ我が家へ」
大きな羽根のついた黒いノーブルハットを脱いで胸の前に抱えてぺこりと礼儀正しくお辞儀する。流れるような優雅な動作に思わず見とれてしまった。
「ジュネ殿のお客人でしたか。大変失礼しました」
「いやいや。君たちは自分の仕事をまっとうしただけさ。むしろとても堅実な仕事ぶりにこちらが頭を下げたくなるくらいさ」
「『導きの猫』にお褒め頂光栄です」
ジュネさんは国レベルの重要猫だったらしい。なにやらたいそうな呼び名まで出てきた。ジュネさんは門番をねぎらうと俺のほうに近づいてくる。
「アッシュはいつまで正座しているつもりかな?そろそろいくよ。ついておいで」
俺はジュネさんに誘われて立ち上がるとその後を追い始めた。
「やれやれ。やっと休めるの~」
突如背後に長老が現れた。こいつ今までどこ行ってやがったんだ。しかも図太くそのままついてくるつもりらしい。しかし門を潜ろうとした瞬間。
「怪しいやつめ」
長老は門番に止められた。
「な、何をする!わしはあやつの連れじゃ。つまりは客人じゃぞ。お~いジュネもアッシュも何か言ってくれ」
なおも門を通ろうとする長老に門番が剣を抜いた。
「じゃから客人じゃといっとるじゃろうが!お~い二人とも待つんじゃ。わしを置いていくんじゃない」
俺とジュネさんが後ろを振り返ることは無かった。
門を潜るとジュネさんがこっそりと教えてくれた。
「君が来るとサマンサから連絡があってね」
さすがサマンサさん。でも気を利かせてくれるなら長老をどうにかして欲しかった。
「事情は聞いてるよ。君お姫様に恋しちゃったんだって?」
サマンサさ~~~~~~~~~~~ん!
明らかにジュネさんが面白いもの見つけた顔をしている。人の恋話を面白がる女子高生のようでもはやその顔はニヤニヤじゃなくニヨニヨになっている。
「私も応援させてもらうよ」
畜生~~~~
「あと明日にはサマンサも来るそうだ」
おかげでこうやってお姫様に会えることになったんだ。事故にでもあったと思うしかない。
横を見ると庭に馬車とテントがある。騎士達は庭に泊まるようだ。これだけ厳重なら長老も入って来られないだろう。少しほっとした。
そのまま屋敷の中に案内され、ちょうど夕飯だからと食堂に通される。
「やあ。待たせてしまって悪かったね」
「いいえ。私も先ほどきたところです」
扉を開けてはいると椅子に座っていたお姫様が立ち上がるのが見えた。急な再会に心の準備が出来ていなかった俺はとっさに扉の後ろに隠れてしまった。まさか夕食を同席するとは思っていなかった。でもよくよく考えると可能性はあったわけで。できればジュネさんにはお姫様がいることを事前に言っておいて欲しかった。
「実は友人が訪ねてきてね」
ジュネさんの声が少し震えている。くくくと笑っているのが扉越しでも分かる。
「お客さんですか?」
「急な話で申し訳ないんだが同席させてもらってもいいだろうか?」
「はい、いいですよ。ジュネさんのご友人でしたら私もお会いしたいです」
「だそうだ。入っておいで」
逃げ道をふさがれてしまった。でも扉に隠れるような俺にはそれだけのお膳立てが必要だったわけで。ここでさらに逃げるなんてもってのほかで。自分の情けなさを噛みしめながら音を立てないように深呼吸する。
勇気を出せ。尾びれを立てろ!まあ、自分自身との戦いでイタチと戦うわけじゃないけど。
俺は扉の影から姿を現して部屋に入る。
「まあ!アッシュ様ではありませんか」
お姫様が俺を覚えていてくれたことがうれしかった。昨日の今日だから当たり前かもしれないけれど。社交辞令って場合もあるからな。
「ご、ご無沙汰振りであります」
くそう。緊張しすぎてどこぞのカエル軍曹のような口調になってしまった。何で俺は敬礼までしているんだ。
「昨日ぶりですけどね」
くすりと笑う姿がすごくかわいい。
「さあ、いつまで突っ立てるつもりだい?」
手で座るように促す。一瞬ジュネさんが招き猫に見えて笑いを堪えたのは内緒だ。お姫様が座ったのを確認するとジュネさんも自分の椅子に座った。普通の猫より大きいジュネさんの座る椅子は前世のファミレスにあった子供椅子に似ていた。ジュネさんの指し示す先には尾びれのある俺に配慮して背もたれの無い椅子がある。
「サマンサがよく遊びにくるからね。ヌンサ用の椅子は常備してあるのさ」
俺の思っていたことを察してジュネさんが言う。
「みんなお腹がすいただろう。話もしたいだろうがまずは先にお腹を満たそうか。冷めてしまう料理もあるからね。テーブルにある料理を楽しんでくれ」
テーブルの上にはサラダやパン、シチューといろいろな料理が置かれていた。静かに音を立てずシチューをすくうお姫様。テーブルマナーはどうすればいいのだろうか?
「今日は無礼講だ。テーブルマナーは気にしなくていい。給仕のメイドも執事もいないだろ?」
ウインクが様になる奇妙な猫の言うとおり部屋には三人しかいない。グッと眼前で握り拳を作るジュネさんから、なんなら告白してもいいんだぞ。頑張れ、ともの言う視線が飛んでくる。だから違いますって。俺は名前を聞きたいだけなんですよ。と視線を送るも彼女に俺の意思は伝わらなかった。
もういいや。投げやり気味にあきらめて俺も料理を楽しむことにした。予想以上に用意された料理はおいしく。転生者のジュネさんが雇っているのも関係しているのだろう。その水準と味に前世の日本を思い出すほどだ。特にシチューがおいしい。
少し経つとポツリポツリとジュネさんがお姫様に話しかける。内容はジュネさんとも面識のあるお姫様の周りの人のこと。王や王妃と親、兄弟のことを楽しそうに話す。俺は食べることに集中するフリをして何も知らないお姫様のことを知りたくて聞き耳をたてる。
この国の王様には三人の妃がいてお姫様は第三王妃の娘で三女の末っ子。上に二人の兄と二人の姉がいる。親子仲。それこそ腹違いの母親や兄弟とも仲がいいようで前世で読んだ物語や中世ヨーロッパ王侯貴族にあった実際の血みどろ昔話のようなことはないらしい。
「みんな元気そうで何よりだ」
「みんなジュネ様にまた会いたがっています。ぜひ王都にお越しください」
「機会ができたらね。それよりもシチューのお代わりはいるかい?」
よくよく見ればお姫様のシチューの皿が空になっていた。お姫様がシチューに夢中なことにジュネさんがうれしそうに笑う。
「はい。お願いします」
「お姫様のお口に合ったようでよかったよ」
テーブルの上に置かれた鍋の蓋を開けてジュネさんがお代わりを盛ってあげる。このシチューは確かに格別だった。具材といい味付けは前世の日本で食べた市販のシチュールーを使ったものに近い。人参、ジャガイモ、タマネギ、鶏肉と具材も定番が使われている。前世日本人の俺としてはご飯にかけて食べたいくらいだ。
「これ市販のルーで簡単にできるんだぜ。先人に感謝だよ」
「・・・・・そうなんですか」
先人。ジュネさんのことだから転生者か転移者のことを言っているんだろうな。
「ほんとビックリだよね。まさかメーカー名もハ○ス食品。元社員の転生者がいたなんて・・・・・・」
ゴホォッゴホゴホ。くそぉ。予想外の攻撃にシチューが気管支に入った。ジュネさんのつぶやきに噴出しそうになったのを無理に堪えたのが悪かった。むせてしまった。
にやりと笑った顔。俺だけに聞こえるように抑えられた声量。この猫絶対確信犯だ。
急にむせた俺をお姫様が心配そうな顔で見ている。
「すまない。ちょっと私がからかったせいでむせてしまったようだ」
「そうなんですか?」
「ああ。得意な風魔法でアッシュの耳だけに言葉を飛ばしたのさ」
「む~」
お姫様がちょっとむくれた。
「私だけ仲間はずれは酷いです」
「ごめんよ。そうだ。お詫びといってはなんだけれど。せっかくの無礼講だ。この場でしかできないシチューのおいしい食べ方を教えてあげようじゃないか」
「おいしい食べ方ですか?」
「そうさ。このロールパンの中を千切ってくりぬいてシチューを流し込むんだ。大きく口を開けてかぶりつくのがお勧めさ」
説明しながらお姫様の目の前でやってみせる。かぶりついた後のジュネさんの自慢げな顔は口の周りがシチューまみれになっていた。それを見てあははと笑った後、目じりにたまった涙を拭ったお姫様も、はしたないですけど、と呟きながらも楽しそうにまねする。ジュネさんをみていたこともあって口をできるだけ大きく開けてかぶりつく姿がかわいかった。お姫様の場合は口の周りは大丈夫だったがかぶりついた時パンから漏れたシチューで手がべとべとになる。俺の視線に気がついて恥ずかしそうに顔を赤らめてかわいい。困ったかわいい以外の言葉が出てこない。反則やろーーーーーーーー。思わず関西弁で心の中で叫んだ。
「アッシュ。無礼講でもあまり食事中のレディの顔をじろじろ見るのは失礼だと思うよ」
「す、すみません。あまりにもかわいかったから見とれちゃって」
「お姫様が愛らしすぎるのがいけないのは同意するよ」
「もう。ジュネ様ったら。アッシュ様もからかわないでください。それにジュネ様。ここには従者はいません。お姫さまではなくて名前で呼んでください。アッシュ様もです」
困ったぞ。お姫様は自分の名前を俺が知っているものだと思っているようだ。こうなったら卑怯だけれどもジュネさんが名前を呼ぶのを聞いて誤魔化すしかない。
「う~んそうだね~え~と・・・・・かわいいかわいいお姫様かな」
「もう~そうやってふざけて誤魔化さないでください」
ここまで来て名前を呼ばないだと!予想外だ。
「おっと。そうだ。実はロースとビーフのほかにも豪華な鶏肉料理を用意していたんだ。アッシュ、運ぶのを手伝ってくれないかい」
「わかりました」
渡りに船だ。こうなったら仕方がない。ちょっと卑怯だけど。ジュネさんにお姫様の名前を教えてもらおう。
俺はジュネさんの後に続いて食堂を出た。
次回はたしてアッシュはお姫様に名前を聞けるのか?




