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1-004.いい日ヌンサ旅立ち

旅立ちがすべて準備万端の上でとは限りません。

時間などの制約があり予期せぬことから突然の旅立ちというものもあります。

それはまさしく王様にいきなり呼び出されてわずかな心もとない旅費だけで

魔王退治に出される勇者のような。

 目が覚めて布団から身を起こす。

 ヌンサの体は魚に人の手足と単純だ。その寝る姿はまな板の上に横たわる魚に布団。正直、料理人の前で横たわったら調理されそうで怖い。

 つまり常に横に寝ている。バイクを起すようななもので結構大変だ。はじめのうちは苦労した。身を支える片手を中心にコマのように回り真空片手ゴマを習得。ハンモックで寝たら絡まって尾びれを上にして吊るされた魚に。といろいろあった。最終的にはまな板で魚が跳ねるみたいに魚の身を波うたせた反動で起き上がる方法に落ちついた。


 今朝はお姫様には会えるだろうか?

 昨日の騒動の後、溺れたこともあって侍女たちに警戒されて会うことが叶わなかった。例外はバルムンクさんだけ。護衛騎士たちもテントを建てていた。ヌンサの村に泊まっていったのは間違いない。

 できれば今度こそお姫様本人から名前聞きたい。

 いまさらお名前を教えてくださいとか木っ端ずかしい。

うまく聞けるだろうか?

 ちょっとそわそわしながら家の扉を空けた。


「あら?今日は起きるの遅かったわね」

「遅かった・・・ですか?」

「もうお昼よ」

「え?」


 ガッシャ~ン


「長老はなんで人の後ろでガラス割ったんですか?」

「間に合ってよかった」

「何が!」

「衝撃を受けたときには効果音が必要じゃからの」


 いい仕事した、と額の汗を満足そうに拭う。


「何故かわしには誰もやってくれんのじゃよ。せめてアッシュにはそんな不憫な思いをして欲しくなくての」


 どうしよう。とてつもなくいらないお節介だよ。それ以上に嫌な予感が・・・・・


「続けていればきっといつの日か誰かがわしにもやってくれるはず」


 嫌な予感が的中した。正直やりたくない。

 ああ~もう。そわそわするな!

 ちらちらこっちみんじゃねぇ!


「それ必要ですか?」


 逃げるためにもあえて聞いてみる。


「必要なときに必要な効果音をノーミュージックノーライフ!いつも心に音楽を!」

「音楽店のスローガンかよ!」


 バチコ~ン

 いい一撃に足元がふらつく長老。やがてその足が絡まり倒れるその先には割れたガラスの海があった。

 とめるまもなく長老はガラスの海にダイブした。


「ぎゃああああああ」


 悲鳴を上げてガラスから逃げようと転がった先にもガラス。そして思わず反対のガラスの海へ戻る。右へ左へと転がる長老。徐々に刺さったガラスと傷が増えていく。

 悲惨な事故に野次馬ヌンサたちも口をあんぐりと開けて呆然としていた。

 うん。俺は悪くない。あそこにガラスがあった原因は?つまりあれは長老が一人から回りした結果でしかないわけだ。


 チャラララ~

 急に軽快な音楽あたりになり響き始めた。


「さ~て今年もはじまりました。ヌンサコレクション。略してヌ・コレ。今年はどんな奇抜なファッション。新進気鋭が現れるのでしょうか?ナレーションはもちろん私。ヌンサの歩くスピーカーヌンサ・タマオがお送りいたします」

「え?何これ!」


 戸惑う俺を無視してヌ・コレが始まった。


「トップバッターはもちろんこの方。ヌンサ族の迷惑老害長老です。自身にガラスを直接突き刺すというファッション。キバツキバツキバツだ~。しなりしなりとモデル歩きをするたびにガラスが光を反射して輝いている。ま~ぶしいいいいいいいい。流れる血でいつもの真っ白な長老の体が赤と白とブラッディ~その姿はブラッディ~サンタクロース。反射する光はまるでライトアップされた光る雪のようで幻想的!これはもう幻想入りしちゃうよ。きっと隙間の妖怪さんにさらわれちゃうよ。境界渡っちゃえよ。まあ、長老どこにいっても戻ってくるからな~。むしろこの世界からいなくなってくれ長老~」


 頭のスピーカーリボンが振動して音を発する。タマオさんのきゃんきゃんした甲高い声があたりに響いていた。黄色の飛行船のような体の動きが上がるテンションと言動にあわせて激しくなり、茶色の髪のポニーテールが揺れる。

 テンションだけで話す彼女の言動はわけが分からない。そのくせ前世の知識に引っかかる内容が多くてツッコミどころが満載と頭を抱えてしまいたくなる。

 長老はライトアップされた身地上の舞台の上でいまもポーズを取っている。思いのほか元気そうで少し安心した。


「お~と長老ここで膝を突いた!貧血か?貧血か!血を流しすぎたか?それともただの老いか?ついに来たかお迎えが!そのまま空にいっちまえ~!おっと間違った地下のほうか。それでも立とうとするか長老~っとセカンドバッターのマベリエリーに分投げられてリングアウト『カ~ン!』コングの鐘も鳴り響いた~バッター交代」


 長老が舞台の上からはじきと出された。正確にはマベリエリーさんに分投げられた。


「マベリエリーはピンク基調のひらひらレース。夢見る少女。お~とここはちょっと背伸びをしたいお年頃の少女にちなんで乙女かな~?夢見る乙女の魔法少女ルックだ。つまりはピンク主体。桃色ノースリーブ一体型ワンピース。膝上高さのショートスカートからは絶対領域をテレビのお茶の間放送を見守るお兄さんたちから絶対領域を隠すように真珠のごとく光り輝く白っぽいパールピンクレースガシャットアウト!かわいいかわいい。ピーチピーチピーチビッチ。紫交じりのパープルピンク!胸高さまでの肩掛けを羽織って大人の背伸びを演出か~?かわいいじゃない!おいおい!」


 バンバンバン。テーブルを叩き割るぐらいに激しく叩く。


「ほんと。中身が前世魔法少女に憧れて死んだおっさんじゃなければ高評価できたんだけどね。なかみがおっさんじゃね~。しかも魔法少女に憧れて執念で転生後にメスになったから魔法少女目指してます。でもせっかく来たファンタジー世界で得意なのは魔法じゃなくて格闘技。得意な得物は槍。せっかくの魔法有りのファンタジーで魔法苦手とか~?それって魔法少女なの?」

「いいんです!昨今の魔法少女は魔法以外でも戦うものなんです。例え魔法が願った答えと違うものでも大丈夫。だって。魔法少女は夢と希望をかなえるんだから!」

「肉体言語で~?」

『ブハッ』

 事情を知っている俺ともども周りのヌンサが思わず噴出してしまった。


「それ魔法って言わなくない?メリーちゃんの努力は認めるけどさ。それで魔法勝負よって毎回魔法が上手ってだけで逆恨みでサマンサさんに勝負挑むの駄目じゃない?サマンサさんに迷惑だし、だいたいレベル違いすぎて魔法使う前に負けるしさ~」


 ぐはっ。うめき声を発しながら舞台の上で跪く。


「俺はそれでも・・・前世で夢を見せてくれた魔法少女を信じたい・・・・・」

「だからそれサマンサさんと関係なくない?自己完結で済まそうとするとかずるくない?」


 もうやめて~彼女のライフはゼロなのよ~。あ、完全に崩れ去った。真っ白で後の色は影の陰影しか残ってない。


「まったくしょうがないな」


 パンパン、と手を叩く。


「は~い。本日のヌ・コレは中止~また今度か来年ね~」

『は~い。合点承知之助(がってんしょうちのすけ)~』


 集まって居たヌンサが一目散に散る。

 タマオさんはポニーテールを揺らしながら歩きマベリエリーさんの側まで行って屈む。ぽんと彼女の頭に手を乗せると撫でナデシながら言った。


「まったくメリーはしょうがないな~。一人ぼっちは、寂しいもんな~。いいよ、一緒にいてやるよ。まったく~感謝しなよ!」


 タマオさんにとってマベリエリーさんは妹みたいなもんらしい。なんというかちょっとほほえましい。しかしマベリエリーさんの魔法少女ルックって華やかである意味お姫様みたいだよな・・・・・て、しまった。長老のせいで忘れてた。お姫様のことをきかなきゃ。

 サマンサさん・・・は見当たらないから妥協して仕方がなく長老・・・・・・・長老?

 ガラスが刺さった白と赤黒でマーブル色の干物。体を丸めて手足を内に内包して縮こまる姿は前世にテレビの特番で見た人魚のミイラを髣髴とさせる。

あれ?これ生きてる?


 え~ととりあえずガラスを抜いて。一回り小さくなった長老からガラス片を除去していく。干からびているのだから水を掛ければ言いのだろうか?でも表面に魚油のぬめりはあるから水じゃない気がする。さっき血が足りないって言ってたし。とはいっても輸血できる血なんてこんな場所にあるはずがない。何か代替に成るものは・・・・・

 そうだこんなときこそヤマダさんだ。


「ヤマダさ~ん」

「ども~。いつもヌンサに必要なものを届ける。でも意中の人に僕の心は届けられない。そんなシャイなヤマダで~す」


 空気中ににゅっとヤマダさんの手が現われる。ヤマダさんはヌンサの宝物呼であるヌンサ空間の主だ。ヌンサ全員の対応をしているので必ずというわけではないが、適宜適所でヌンサに必要なものを渡す仕事をしている。さっきのヌ・コレの舞台とかもヤマダさんの仕業だ。ヤマダさんなら輸血パックを持っているかもしれない。


「何か入用かい?」

「輸血用の血を持っていませんか?血が足りなくて長老が干からびてるんです」

「なるほどね~。でもごめんね。いま長老に輸血できる血はないんだ」

「そうですか。さすがに変わりになるものはありませんよね」

「う~ん。塩ならあるかな。ほら医学的な話だと生理食塩水を輸血に使うらしいじゃない」

「確かに前世の俺がいた世界でもその医療知識は聞いたことがありますね。でも生理食塩水なんてあるんですか?」

「ないけれども――」

 手がヌンサ空間に引っ込み、

「――トマトジュースならある」

 戻ってきた手にはトマトジュースの艦が握られていた。しかも前世で見覚えのあるカ○メのトマトジュースだ。


「そんなの・・・・・・完璧じゃないですか!」

「だろ?長老ならコレでいけると思うんだ」

「そうですね。本来そんなことしたら免疫機能の拒絶反応で死にますけど。長老なら!」


 缶に取り付けられる注射針を貰う。本来なら素人の俺が注射針さすとか、配管に空気が入って血管に空気が入る可能性がとかは気にしない。こういうときの理不尽(ヌンサ)だろ。

 正解だったようで輸血と共に徐々に長老の色艶が戻ってくる。


「だめだ。トマトジュースが足りない」

「ええ~い。ならケチャップも追加だ!」


 ぱちりと長老が目を開いた。はて?とのんきな声を上げながら身を起こす。


『やった!』


ヤマダさんとハイタッチ。


「じゃあ僕はもう行くね~」

「ありがとうございました」


 ヤマダさんを見送るとすぐさま長老に尋ねた。次何か起きたらまた聞くことを忘れてしまいそうだからだ。


「長老。お姫様たちはもう村にいないんですか?」

「あやつらなら昼前に出発してったぞ」


 やっぱりか~。馬車もテントもなくなっていたからそうじゃないかとは思ってたんだ。


「なんで今日に限って・・・・・昼過ぎまで寝てたんだろ?」


いつもだったら朝かってに目が覚めるのに。


「あ~たぶんそれはメリーが睡眠魔法(スリーピ)掛けてたからだよ」

「王族からお土産に貰ったレース生地貰う代わりに頼まれたんだ」


 さすがタマオさん。歩くスピーカーは重要な情報をポロリと告げ口していった。


「何でこんなことを」

「待て待つんじゃ。まずは落ち着いて話しあわんか?どうじゃ、その拳を引っ込めんか?」

「犯行動機はお姫様を助けたりいいとこどりだったアッシュ君を逆恨みしての犯行みたい」

「長老。てめーは俺を怒らせた!」


 ドッドッドッドッ・・・・・

 漫画の効果音のような重苦しい長老を殴る音が鳴り響く。

拳速は徐々に早くリズミカルに。音に合わせて声が出た。


「ウオウオウオウオウオウオウオ・・・・(魚魚魚魚魚魚魚・・・・)」


ドドドドドドドドド・・・・・

 ふ~。やがてスッキリした俺は一息ついて立ち上がる。


「やれやれだぜ」


 長老だったものから目をそらす。


「いや~そこまでするほど怒っていたとは。やっぱりこれは愛のなせる業なのかな?そこんとこお姉さん聞きたいな~」

恋花(こいばな)恋華(こいばな)恋話(こいばな)!」

「それ私も聞きたいわ」


 タマオさんを筆頭にマベリエリーさんが騒ぎたてサマンサさんまで寄ってきた。女三人集まれば姦しい。しかも一人が歩くスピーカー。このままではあることないことすべてが拡散されてしまう。


「違いますって。俺のいた前世ではお姫様なんてもう珍しい存在だったから興味本位で気にしていただけですよ」

「ふ~ん」

「まあ、名前を聞けなかったから聞いておきたかったところはありますけどね」

「気になる相手のことを知りたい欲求。若人よ!それを恋といわずとして何という!」

「タマオさんもこれ以上茶化さないでください。名前だって知っている人から聞けばいいんですから。サマンサさんお姫様の名前教えてもらってもいいですか?」

「いやよ」

「はい?」

「どうしても知りたいのなら自分で聞きに行きなさい」

「アッシュ。追いかけるなら今じゃぞ」

「うわ!長老もう復活したんですか」

「ねだるな!勝ち取れ!さすれば与えられん!じゃ」

「追いかけなさい。女の子はいつでも素敵な男性に追いかけて欲しいものなのよ」

「え?なに?そういう流れなの?」


 回りはどうしても俺がお姫様に恋をしていることにしたいらしい。


「子供の成長って早いものよね」

「いやいや俺まだ生まれて一ヶ月ちょいですから。前世あわせれば違いますけど」


 三十四で死んだから精神的にはいいおじさん。年上過ぎるとは逆に今度は年下過ぎる。


「みんな恋愛に結び付けようと思ってますけど。大体俺はヌンサであっちは人間ですからね」


 そうだ。いくら半分人間でも前世の俺だったらヌンサの女性となんて結婚できない。いまの姿を思い出して自分の言葉に傷つきながら俯いた顔を上げる。周りのヌンサが慌てた表情で何かを俺に伝えようとしていた。必死に閉じた口をなぞっている。そのジェスチャーは前世でも見覚えがある。口にチャック。口を閉じろということらしい。ん?なんで?

 がしっと音が聞こえるくらいにサマンサさんに肩をわしづかみにされる。サマンサさんがこの世界に転生した旦那さんを探していることを思い出したと同時に不用意な発言をしていたことに気がつく。世界に百一匹しかいないヌンサの中に旦那さんはいない。旦那さんは確実にヌンサ以外に転生している。


「無神経なことを言ってしまいすみませんでした」

「いいのよ、アッシュ。でもね。これだけは分かってほしいの。例え私はダーリンがどんな姿であっても愛しているわ。それはもしダーリンがヌンサで逆の立場であったとしても同じ。逆にそれを気にして避けられる方がつらいわ。もしかしたらあなたの言うようにそれは恋じゃない可能性だってある。これは結論をつけなきゃいけことなの。だって。このままじゃあなた。勝手に気にして気まずくなってきっとお姫様を避けるようになってしまうわ。それじゃあだめなの。だから追いかけなさい」

「・・・・・・サマンサさん」

「そしてもしそれが恋だったなら戦いなさい。恋愛は常に戦いなんだから。ねだるな!勝ち取れ!さすれば与えられん!よ」

「あれ?それさっきわしが言った台詞!」

「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」


 俺はサマンサさんの言葉の意味を呟き噛みしめる。


「お姫様はジュネとお茶するって言ってたから、まだテンペストの町にいるはずよ」

「俺行って来ます!」

「いってらっしゃい」



 サマンサさんたちに手を振ると俺は街道を走り出した。


「ねえサマンサさん」

「な~にタマオちゃん?」

「大丈夫かな~」

「アッシュは転生者でヌンサだもの。一人でも大丈夫よ」

「そうじゃなくて」

「どうかしたの?」

「長老がアッシュのあと追いかけてちゃった・・・・・」


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