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1-003.ヌンサとお姫様

物語はちょっと進みます。

表題の通り、醜いヌンサはお姫様と出会います。

美女と野獣ならぬ美女と半漁人(ヌンサ)

 朝起きると外が騒がしかった。

家から出るとたくさんの人間がいた。剣を腰に下げ、鎧を着た姿からも兵士であることが分かる。ヌンサ村にこんなに人間が、しかも兵士がいるのは珍しい。

 何事だろうかと近くを通りかかった朱色のヌンサのターノ君に聞いてみる。


「ターノさん。これはなんの騒ぎですか?」

「この国お姫様が来ているのよ」

「なんでまた?」

「バルムンクさんに会いにきたみたいよ。ほら、彼って引退はしているけれどもこの国の元騎士団長だし。侯爵でここヌンサ領の領主じゃない」


 俺は前に『ヌンサ郷』こと鎧をまとったヌンサ。『アイアンフィッシュ』のヌンサ・デ・バルムンクさんを長老に紹介されたときのことを思い出す。

 それはヌンサの村があるこのリエント王国の成り立ちにも関わる話。確かいまから八〇〇年前。遥か昔からヌンサが住んでいたこの土地に旅人が迷い込んだ。力尽きた瀕死の旅人をバルムンクさんが見つけて介抱した。そのときの旅人が恩を返すためにヌンサたちを守ろうと興した国がこのリエント王国になる。


「あれって本当の話だったんですか?」

「本当も何も本当よ。その功績からバルムンクさんは建国後に侯爵の位を承ってヌンサ領の領主にもなったんだもの。おかげで変な貴族に干渉されず。ヌンサも暮らしやすいってわけ」


 パチッと右目でウィンクするターノさん。興が乗ってきたのか両手にお気に入りの日の丸扇子を出す。はいた網タイツから拗ね毛の出た足を上下させて、んばばんばんばん~ばっば~、と踊り始める。南国の踊りだろうか?


「この国ではヌンサはずいぶんと優遇されてるんですね」

「そりゃそうよ。建国の礎になっただけじゃないからね。騎士団長としても優秀だったバルムンクさんはその後実際に戦争で国も守っちゃったもんだから、ヌンサはリエント王国の国章に描かれて守護生物(ナマモノ)認定もされちゃってるんだから」


 ターノさんが指差すほうを見るとやたらと豪華な装飾がされた大きな馬車があった。馬車の側面中央にはこの国の紋章がある。ハルバードを持ったヌンサと剣を持つ人。互いの武器を交差させた姿が描かれている。話からしてきっとあの描かれているヌンサはバルムンクさんなんだろうな。ヌンサは最弱で俺も打たれ弱い。生命力が半端無いのでしにはしないが一度瀕死になってすぐ復活する。魔法という強みを持つサマンサさんとか一部例外の強いヌンサはいるけれど。バルムンクさんもそうなのだろうか?

 というか聞き流してたけど。守護獣とか守護神じゃなくて守護生物(ナマモノ)って何だ。そんな言葉前世でも聞いたことないぞ。語呂が悪いだろ。せめて生物(せいぶつ)って呼べや!


 心の中でツッコミを入れるとガチャガチャと金属音が近づいてくる。


「やあ、アッシュ。今日もツッコミが冴えわたっているじゃないか。私も生物(せいぶつ)のほうが呼びやすいと思うよ」

「バルムンクさん。勝手に心の中を読まないでください!ってどうやって心の中読んだんですか?」

「戦いの中で鍛えられた野性の感かな」

「無駄にかっこいいですね」

「ありがとう」


 さわやかに返されてしまった。長老と違って悪気が無いだけに調子が狂う。


「じゃあ。待ち人がいるんでね。私はもう行くよ」


 ガチャガチャと音をたててバルムンクさんは行ってしまった。


「くうっ。無駄にさわやかイケメンとか死ねばいいのに」

「あ、長老生きてたんですか?」

「お主。今朝会ったばかりのわしに酷くね?」


 現れたバルムンクさんに兵士の群れが割れる。両脇に整列して馬車までの道ができた。兵士の構えから見るに心臓に右拳を当てるのがこの国の敬礼のようだ。というか兵士がバルムンクさんを見る視線が尋常じゃない熱がこもっている。憧れの英雄を見る子供のようだ。

 馬車の前まで行くと扉が開いた。最初にお付の執事と思われる初老の男性が降りてくる。次にその執事が差し伸べた手を掴んで少女が降りてきた。少女のふわりと舞ったスカートに一瞬彼女が空からふわりと舞い降りたように見えた。羽根を持った天使が地面に降り立ったような気さえして目を奪われる。ちょっとだけ癖のついた波打つ白金の金髪。薔薇のように赤いドレス。あの少女がお姫様で間違いないだろう。

 お姫様はうまく着地ができなくて数歩だけおぼつかない足取りで歩を刻んだ。執事は邪魔にならないようにさっと避け。主が完全に転びそうにならない限り手を出さない。下手な手助けは主の尊厳を傷つけると昔執事喫茶で働いていた友人が言っていたことがある。あのご老人は一流の執事に違いない。

 お姫様はどうやらうまく着地できなかったことが恥ずかしかったらしい。表を上げず俯いたまま。耳が真っ赤になっていた。


「寂しいかな。姫様は立派な淑女になられてしまわれたようだ」


 バルムンクさんの発した言葉にお姫様が面を上げる。両脇の髪が引いて顔があらわになる。白く陶磁器のような肌。長いまつげにサファイアのような蒼い目。ちょっとだけ釣りあがった目は疑問を浮かべた戸惑いの色を帯びている。


「ちょっと前の姫様であれば着地の失敗なんて気になさらず、このじいやの胸に飛び込んできてくれましたもの」

「意地悪ですわ。ヌンサ郷」


 少し拗ねたように唇を尖らせるお姫様はすごくかわいらしかった。さっきからお姫様から目を離すことができない自分がいる。現代日本じゃお姫様なんてもの直に見ることもない。小説や空想の産物でしかなかったけど。いま俺の前にいるのは確かにお姫様だ。これがお姫様なんだと俺の本能が訴えている気がした。

 しかし本当にかわいい子だな。目が惹かれてしまう。隣で長老が嫉妬の炎を灯した目を大きく見開いて血の涙を流してさえいなければしばらく見惚れてしまっていたことだろう。

 談笑する二人の周りは別世界が広がっていた。近寄りがたいと思うと同時に長老といつもドツキ合っている俺はその雰囲気に憧れて惹かれた。隣で長老がふらふらと引き寄せられている。うつろな目には光が灯っておらず、おぼつかない足取りは光に惹かれる羽虫か、生ける者に惹き寄せられるゾンビに見える。


「駄目じゃないアッシュ。こんなボケ老人徘徊させちゃ」

「すみません、サマンサさん」

「ち、千切れる~~」


 長老の尾びれにサマンサさんの指が食い込んでいる。長老が引き剥がそうと必死に反復横とびするけど手を振り払えない。サマンサさんの口がクイクイッと動いた。

 バチバチバチ

 サマンサさんの百万ボルトが炸裂。煙を上げながら気絶する長老。効果は抜群のようだ。


「そういえばサマンサさん」

「ん。どうかした?」

「今日は何でお姫様が着たのか知っていますか?バルムンクさんに会いにきたことは分かってたんですけど」

「あら?小さくとも姫は立派なレディよ。女のことをあれこれと詮索するのはよくないわね」

「あ、いえ、その」

「ふふふふふ。冗談よ」

「からかわないでくださいよ」

「ごめんなさいね。お詫びに教えてあげる」


 妖艶な大人の女性の笑みを浮かべるサマンサさん。


「ツッコミのために知識も豊富で聡いあなたのことだからわかっていると思うけど」


 それ必要ですかと聞き返したい言い回し。ツッコミのための知識ってなんやねんとはツッコマない。


「王族がこんな場所に来るということはそれだけの護衛が必要ということだもの。大所帯での移動にもなるし、かなり大変なことだわ。つまりはそれだけの手間があっても来るだけの理由があるんじゃないか?そう言いたいんでしょ」

「そうですね。ましてやお姫様は見た感じだと十三くらいでしょうか?いくら護衛がいるとはいえ、そんな幼い少女だけというのは褒められたものじゃないです」

「あら?姫はもう十五歳よ。この世界では成人。さっきも言ったとおりの立派なレディよ」

「そうだったんですか」


 改めてお姫様を見る。周りの騎士と並べると腹部に頭がくる。街でみた同い年の少女たちと比較しても彼女は小さい。いけないとは思いつつも聞いてみる。


「何か理由があるんですか?」

「食べ物の好き嫌いが多いのよ」

「そんな理由!」

「うそよ」

「・・・・・」


 くすくすと笑う姿が余裕たっぷりで勝てる気がしなかった。

 視線の先では不振人物として騎士たちに捕まった長老が地面に這いつくばされていた。


「そんな顔しないの。無事成人を迎えられたことの報告をヌンサ郷にしにきただけよ。この国では王族は成人を迎えると国の英雄であるヌンサ郷に報告と感謝をしにくるの。この国が平和であり続けられるのもヌンサのおかげですって」

「へ~」


 ヌンサたちの普段の姿が脳裏を過ぎる。ヌンサ(バカ)にそんな価値あるのだろうか?


「ヴぁしわ~ひぃ~めぎゃ~みんばぁど遊びだぃとおぼっデーアゥッアゥオゥゥアアアアアアアアアーーーーーーゥアン!グズッ・・・・・ウッ・・・・びめのダベェニッヘッヘエエェェイアァアン!アダダニハワカラナイデショウネェ!」


 みっともなく泣き喚いて謝罪をする長老。その姿は前世で見た元兵庫県議会議員を髣髴とさせる。どうやらお姫様がヌンサみんなと遊びたいと思ってお姫様のために近づいたんだと主張したいらしいが叫びや慟哭が多すぎてもはや何を言っているのかわからない。回りの騎士からの苦情に片手を内耳付近にあてての聞こえないアピール。なに言ってるんだろう?の不思議顔と人の苛立ちをかきたてる才能がすさまじい。

 あ、騎士に囲まれてフルボッコにされ始めた。


「アッシュ。悪いけれども行って来てくれる」

「わかりました」


 やれやれ。お世話になっているサマンサさんのお願いでは断れない。何よりもヌンサの村での俺の仕事は万屋。何でも屋という名の長老のお守り役でもある。


「長老。これ以上迷惑を「待ってください」


 長老を回収しようとしたらお姫様に割り込まれてしまった。横たわる長老の側までよると目線の高さを合わせるためにお姫様が屈み込む。


「ヌンサさんは私と遊びたかったんですよね」

「Yes. That’s right, cute princess!」

「なぜそこで英語!」


 思わずツッコンでしまった。

お姫様は首をちょっとだけ傾けて考える。


「なにを言ってるのか分かりませんがニュアンスは伝わりました」


 かわいい天使のような微笑を浮かべて言った。


「遊びましょ」


 お姫様は天使でした。


「コンバインO.K!コンバインO.K!」


 超電磁合体を促すロボットみたいなカタコトの掛け声を長老が上げる。


『わ~い、あそぼ~』


 地響きと共にヌンサたちが現れる。あっという間にお姫様の周りはヌンサたちでいっぱいになってしまった。騎士たちは押しやられてヌンサ郡の外に押し出されてしまう。


『あそぼ~あそぼ~』


 集まったヌンサたちにもみくちゃにされるお姫様。きゃ~きゃ~と黄色い声が上げて存外楽しそうだ。お姫様にとっては動物と戯れているのと変わらないのかも知れない。まだ前世の人間だったころの記憶が色濃い俺にはちょっと切ない。


『おしくらまんじゅう♪押されて泣くな♪』

『あんまり押すと♪あんこが出るぞ♪』

『あんこがでたら♪つまんでなめろ♪』


 ん?これは日本のわらべうた?ヌンサたちはあのまま押し競饅頭(おしくらまんじゅう)の遊びを始めていた。まさかあの状態を利用して遊び始めるとは。しかも日本人のほとんどが知らない歌詞の続きまで歌えるとはヌンサ恐るべし。どれだけ遊びたいんだよこいつら。


『おしくらまんじゅう♪押されて泣くな♪』

『あんまり押すと♪あんこが出るぞ♪』


 中心にいるお姫様は押し競饅頭で押し上げられてヌンサ郡から少し浮いた位置にいた。押し潰したり窒息させないようにヌンサたちなりに気を使っているようだ。


『おしくらまんじゅう♪押されて泣くな♪』

「ほ~らぬめぬめじゃ~」

『あんまり押すと♪あんこが出るぞ♪』


 あれ?いまおかしな言葉が聞こえたような・・・・・いやいや気のせい・・・・・・


『あんこがでたら♪つまんでなめろ♪』

「ぬめぬめ~ぬめぬめ~」

『ぬめぬめ~』

『ぬめぬめ~』

「ぬめぬめってなんだ!」


 途中から怪しい言葉が入ってきてわらべうたを侵食した!じゃ、て語尾が聞こえたぞ。絶対あれの犯人長老だ。ろくでもない予感しかしない。

 そして悪い予感は的中した。

 気がついたときには手遅れだった。俺たち半漁人のヌンサは陸上での乾燥を防ぐために魚油に手足以外の本体が覆われているのだ。そう。つまり。


 生魚たちに押し競饅頭されたお姫様は魚油でぬめぬめになっていた。


 言葉的にはあれだがお姫様はドレス着てる。絵面的には規制が必要なレベルでも・・・・・明らかに姫の表情がおかしい。さっきまで聞こえた黄色声が聞こえない。色艶があり、どこか恍惚とし多表情をしているような・・・・

いけない!開けてはいけない扉を開けようとしている!


「寂しいかな。姫様は立派な淑女になられてしまわれたようだ」

「そこ寂しがるところじゃないでしょ。助けろよ!」


 ペシンッ!

 バルムンクさんの痛恨の一言に頭を一叩(ひとはた)きして俺は駆け出した。

早くとめなければ!と思った矢先。どこからかともなく水の濁流が襲い掛かりヌンサの群れをお姫様ごと湖まで流してしまった。


「アッシュ。姫を助けてあげて」


 なるほど。魔法で起した洪水か。サマンサさんの叫び声に頷き答えて走る。湖の中に飛び込む。水中を見回した。気を失って沈んでいく姫。その上でもがき溺れるヌンサたちが目に入る。


『わ~溺れる~助けて~』

「なんでヌンサが溺れてるんだよ!」

『そういやそうだ』


 ヌンサたちは相変わらずのヌンサ(バカ)っぷりだ。俺のツッコミに平常運転に戻ると何事も無かったように泳ぎ始める。


「いや~気分で溺れちゃってたよ」

「水の達者が水で死ぬってか」

「お、うまいねえ」


 のんきなやつらだ。そんなことよりもお姫様だ。思い出した俺はお姫様を抱き寄せるとすぐさま水面へ。水面を跳ねる魚のごとく水面から飛び上がると見事なムーンサルトを決めて地上に着地した。きまった、とか心の中で思って細く笑んだ。でも腕にかかった重さにお姫様のことを思い出して自分のヌンサ(バカ)っぷりに嫌悪感を抱く。背中をトントンと叩くとお姫様が咳と共に少量の水を吐いた。幸い水はそれほど飲んでいなかったようだ。しばらく咳き込むお姫様の背中を落ち着くまでさすった。お姫様は女の子座りでぼ~っとしていた。きっと急なことに頭の処理が追いついていなかった分、いま頭の中で整理が行われている最中なのだろう。


 しばらくぼんやりとしていたお姫様の頭が動いた。俺を見上げた彼女と視線が合う。前世から変わらず気の聞いた一言もいえない俺は単純な言葉しか口にできない。


「大丈夫ですか?お姫様」


 ポンッ!


 奇怪な音ともにお姫様の顔が一瞬で真っ赤に染まった。湯気まで出ていて茹であがったばかりの蛸のよう。さすがにタコは失礼か。茹であがった蟹のようにって海産物のグレードアが上がっただけじゃねえか!アホか俺は。


「どいてください」


 一人コントをやっていたら現れた侍女に体当たりでどかされた。侍女がお姫様にブラケットをかけてお姫様が今どんな姿にあったかを思い出す。魚油と湖の水でぬめぬめのびちょびちょ。服がぴったりと体の線を表して張り付いている。

 侍女が慌てて駆け寄ってくるのも無理は無い。というかそのままで放置していた俺最低ですね。しょんぼりしちゃう。


「あの。ヌンサさん」

「え?はひぃ!」


 侍女に肩を抱かれて引かれたお姫様が声をかけてきた。びっくりして変な返事しちゃったよ。お姫様は少しだけ待ってと侍女を制して立ち止まる。


「先ほどは溺れているところ助けていただいてありがとうございました」

「いえいえ。無事でよかったです」

「その。お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「名前・・・ですか?」

「はい。お名前です」


 俺に聞き返しににっこりと笑って答えてくれる。噛まないようにきりりと気を引き締める。


「アッシュです。ヌンサ・アッシュ。それが私の名前です」

「アッシュ様ですね」


 くそう。俺の心は大分病んでいるようだ。華やいだ笑顔がまぶしい。濡れた髪が光を反射して生み出される相乗効果に浄化されそうだ。


「またいましょうね」


 お姫様はそういい残して行ってしまった。名残惜しいけどまた会える気がした。

去り際の顔を思い出す。濡れた髪が艶やかだったな・・・・・・。ボンッ、と音がして顔から湯気が出た。さっきのお姫様の姿も思い出ししてしまった。人の記憶に引っ張られてちょと欲情した自分が情けない。しかも中学生くらいの容姿のお姫様に。お前生前いい年したおっさんだったじゃないか。それにお姫様とヌンサじゃつりあわない。って、そう考えること自体がまず間違ってるな。


 あれ?


 俺はそこでやっとあることに気がつく。


 お姫様の名前なんていうんだろう?

前世から引きずっている恋愛べたなアッシュ。

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