14
爆音とともに濁流が逆巻く。
その中に一条の漆黒が走る。
あれは、何だ。
何だ!
「龍だぁぁぁぁぁ!!!」
俺は絶叫とともに黒い体に打ち掛かる。
10mを超え、巨木のように太い胴体は刃を通さずに俺を弾き飛ばす。
そして角の生えた頭部からは耳を聾する咆哮が響いた。
『バオォォオオオオオ!!!!』
逆巻く水に流され俺達は弾き飛ばされる。
「「きゃぁぁあああ!!!」」
が、俺だけはギリギリで角に捕まり、上に飛び上がる龍にしがみつき続ける事が出来た。
「うおおおおおお!!」
龍は逆巻く水に乗り、水は洞窟を満たして俺達を突き放そうとする。
事実、メイとミミさんは濁流に流されてどこかに行ってしまった。
次いで龍は俺を引きはがしに再び水に潜る。
メイとミミさんはどこだ。
あそこだ。
水の上に浮かんでいる。
俺は龍の角に捕まりずっと振り回されていた。
龍はうるさい羽虫を追い払うように首を振るう。
だが、ゾンビになり呼吸もいらないこの体はそれを許さない。
水中に絶叫が響いた。
『………………ッッッ!!!』
衝撃に体が離れそうになる。
だが闘志は衰えない!
「チェヤァァアアアアアッッッ!!!!」
色も、音も抜け落ちた世界で、血の流れない体がじんじんと熱を持つ。
水にかき消えた絶叫の中で、俺は剣で龍の目を突いた。
ザバァァァァッッ!!! ドサッ!
溢れ出す水の外に、俺の体が荒野に投げ出された。
龍はとぐろを巻いて牙を剥き、陸を走ってこちらを襲う。
俺はとっさにジャッカロープになり、龍の突いた目の側に向かって走り出す。
案の定龍は俺を視認出来ないのか、ぐるりと輪を描くように暴れた。
いける!
宙返りを打った俺は空中でオルトロスになり、可能な限りの早さで火炎弾を放つ。
『バオォォオオオオオ!!』
傷を受けた左顔面に火球が当たってはじけると、龍は再び強烈な咆哮を上げる。
良かった、火なんかを吐く種類じゃなさそうだ。
次いで俺は龍の擡げた鎌首の下を駆け抜けると、その勢いを利用して転がりながらゾンビになり、前転切りを腹に放つ。
切れた!
浅い傷だが刃は通る。腹を狙えばいいんだ!
「うおおおおおおお!!!!」
わずかな傷がカンに障ったのか、龍は首で薙ぎ払いをかけてくる。
その首をヒトに戻ったスライディングでギリギリ躱し、ゾンビに戻って振り抜かれたその首に一撃を入れる。
「チェリャァアアアッッ!!……ッ!」
が、その剣は俺の体ごと、振り直される龍の首の根本によって弾き飛ばされてしまう。
「グッ!」
飛ばされた俺は寸での所で体をひねり、四肢をついて着地する直前にジャッカロープに変身、追撃から離れる。
当たった部位が根本で良かった。
まだ戦える!
そして俺はゾンビになったあと、もはやゆっくりに見える相手の突進を渾身の力で持って躱し、相手の軌道に剣を置くカウンターにより相手の腹に浅く傷を付けた。
――だが、ゾンビでは鈍すぎる!
相手の攻撃範囲から転げて逃げ出した俺は、次の一瞬だけ剣から手を離し、ヒトに戻ってまた剣を掴む。
これで速度は本来に戻った。
だが、力は?いくら軽減されてると言っても痛みは?
超えるしかない。
血の流れる体に絶望よりも熱いものが込み上げていた。
その日、俺――剣武史こと、ケン――は、西の荒野を超えた先にある火山帯に来ていた。
最近力を付けてきている後輩に負けないよう、俺も新しい力を付けに来たのだ。
そして、激しい鍛錬の末、新たなスピリットを手に入れ揚々と帰る途上だった。
『――――――ッッ!!!!』
血の沸き立つような闘気の、殺気の震えを感じた。
強敵がそこにいる。本物の戦士と戦っている!
自分を押さえきれなくなった俺は、瞬時に大蜘蛛に姿を変えると、風のように走り出した。
気配は俺の変身の中で一番機動力のある大蜘蛛――ジャイアントスパイダー――を持ってしても案外遠い。
しかししばらく走り続ければ対手の姿は8つの目にありありと映った。
龍!!
その存在感に俺は圧倒され――る事はなく、闘志が世界が間延びしたと錯覚させるような高揚感を俺にもたらした。
――いいねぇ龍退治!ロマンだねぇ!!
全速力で駆ける事ももどかしくなった俺は、先頃手に入れた不確実な新しい力に手を伸ばす。
せめて直線で行けばもっと早いはずだ!
戦いたい!さもなければ近くで見たい!
戦士の本能が炎となり、その体は天を駆ける流星と化した。
「ヒャッハアアアアアアア!!!!」
それはまさに、炎以外の何者でもなかった。
剣を振り上げる手が重い。
いかに全てをギリギリで避けようと、龍の攻撃の余波は確実にこちらの体力を削っている。
だが、そんな重さを帳消しにする様な熱さが、今の俺を突き動かしていた。
――勝ちたい!何でも良いからこいつに勝ちたい!!!
子供の戯言の様な本音が体を支配し、一つ、また一つと交錯は繰り返される。
与えた中には決定打になる物はおろか、まともな傷と言える物すら少ない。
だが出来る。出来ると信じるのだ!
声を上げて己を奮起させようとしたその刹那、絶大な闘志が豪速で迫り来るのに体がようやく感づいた。
「ヒャッハアアアアアアア!!!!」
それは、巨大な火球だった。
流星とも呼べるそいつは素っ頓狂な叫び声を上げてこちらに突っ込んでくる。
そして闘志の固まりは――龍の鼻面にぶつかった。
「ッシャオラァァッッ!!!」
龍が幾分体をのけぞらせ、弾かれた火球の中からは人型の炎が降り立つ。
「ってヤベェ!手ェ出しちまった!!」
すると炎は良く知った声で間の抜けたことを言った。
だから俺は反射的にこう言っていた。
「助太刀願う!」
「ッ!合点承知ィ!!」
次の瞬間、炎はまたふくれあがり宙を舞う。
その炎に龍が気を取られた隙に、俺はすれ違いざま剣撃を放つ。
こちらを注視していない龍の体には今までより深く剣が滑り込み、相手の鱗が宙に放たれる。
「いけるっ!」
「ッシャア!」
その刹那にも、炎人は炎を棒状に固めて龍の顔面に打ち掛かる。
龍は対抗して首を振り回すが、爆炎で噴進する炎人はそれをすれすれで飛び躱す。
自在に空を飛んでいるわけではなく、爆発に吹き飛ばされている様にしか見えないのに、その動きはどれも紙一重だった。
そして地面に降り立った炎人が後方にステップしたのを皮切りに、振り下ろされる龍の首に打ち掛かった。
龍の首は次は俺を狙い、一撃、二撃と致命の体当たりを繰り出してくる。
それらを全て全力で避けると、次の瞬間、視界は炎に包まれた。
ボンッッ!!
それは炎人が放った火球である。
ため込まれた力は龍の表面に焼けこげを作り、確実なダメージを与えている!
そして炎人に狙いが切り替わったことを確かめると、俺は再び龍に斬りかかった。
一合、二合、十合、二十合!
このまま行けば、やれる!
――が、終わりは唐突に訪れた。
突然炎人が炎を吹くのをやめ、ヒトに――剣先輩に――なって地面に転がった。
先輩、どうしたんですか。
叫ぶより先に、振るわれる龍の尾は先輩を吹き飛ばし、次いでその顎は避けようもなく、隙の出来た俺を噛み砕いた――
――かに見えた。
「まだ、まだあきらめねぇぇッッ!!!」
俺は噛み砕かれる寸での所で顎に剣を縦に噛ませ、全身を牙に貫かれながら絶叫していた。
右手は牙に砕かれて原型が無い。
腹部から下は感覚がない。
だがもう痛みもない、臭いもなければ視覚もない。
ただ熱だけがある。
そして俺は左手で龍の舌に掴みかかり、歯でもって噛みついた。
そして、剣が砕けた。
気が付くと俺は噴水前に立っていた。
服は元に戻っているし、ナイフは傷だらけだがまだ残っていた。
目をしばたたかせて左右に首を振ると、剣先輩……ケンが地面にあぐらを掻いてじっとしている。
何か声を掛けよう、としたところで俺に声が掛かった。
「あーライト、やっと来たぁ」
まだ少し慣れない呼び名を聞き、だるい体で反射的に振り返る。
そこには憔悴した感じのメイとミミさんが居た。
「結局アレ、どーなったの?」
「私たち最初の方で溺れ死んじゃって全然解らないんだけど……」
「え?二人とも溺れたんっすか?」
ていうか、存在を忘れていたけど。ごめんなさい。
「考えてみなさいよ、私の脚は真鍮よ?ものすごく沈むの」
「そんでね、私はヒトに戻って荷物満載だったからね。外す前にゴボゴボーッよ」
エンプーサにもそんな弱点があったんだなぁ……
ミミさんの方はもっと仕方がない。
しかし顛末と言われても……
「持久戦で勝ち目が出てきた所で、俺が魔力切れで崩れておしまいだよ」
という言葉に振り返ると、片手で頭を押さえたひどくだるそうな剣先輩が立っていた。
「ケンじゃない」
ミミさんが言うのに合わせて自分も声を出す。
「どうしたんすか、先輩」
「ケンと呼べ。ようミミ。つーかこっちの子とは初対面だよな?」
といってケンはメイの方を動きで示す。
「えっ?ああ、そうですね。初めまして、メイと言います」
「おう、ケンだ。で、事の顛末だが……」
二人がうんうん、と聞きたそうにして居るところに、先輩は続ける。
「……座ってからでいいか?正直めまいがひどいんだ」
そして俺達は噴水の縁に腰掛けて話を続けることになった。
「で、先輩、さっき言ってた魔力切れってなんすか」
「そこから話してもわかりにくいだろ。まずは顛末だ」
「ああはい。あの後俺はあの龍と戦闘になって……」
細かい描写を少し交えてどんな相手だったかを話す。
「で、途中で先輩が来たんっす」
「そのとき俺は……この、今日取ったスピリット、イフリートになってた」
先輩は一瞬だけ炎で出来た人間に化けると、次の瞬間にはイテテと言ってヒトに戻っていた。
「強そうなスピリットですね」
「実際強かったみたいだけど、魔力切れってなに?その痛みと関係あるの?」
メイとミミさんは各感想を述べる。
すると先輩は頭を軽く振って答えた。
「ある。魔力切れってのは俺が適当に付けただけの事だが、いわゆるMP切れ、超能力のスタミナ切れだ」
「このゲームでそんなの聞いたこと無いけど……」
ミミさんはトップ集団とのつきあいもある鍛冶屋だ。
その人が知らないとなれば今まで認識されてこなかったのだろう。
「それがあるんだよ。だが普通にこのゲームをやってると、魔力が切れる前に負けるか勝つかするからな。実感しないんだと思うぜ」
俺は一人で戦場に長逗留とかするからな、多少は覚えがあった、と先輩は続ける。
確かに、魔力というものがあってそれを消費して技を出す、というのなら、あのイフリートは燃費が悪そうだった。
「で、この状態になると頭が使い痛むっていうのかね、脳が痛い気分になるんだ」
と、先輩は頭を抱えて言った。
「それで俺とのコンビで成り立ってた持久戦の途中、突然倒れて動かなくなったんすね」
「ああ、不覚にも気絶しちまった。耐えれば耐えるほど絞り出せるもんなんだけどな」
「……そこまでやるのはあんたぐらいだから」
「アハハ……」
「よし、少しは回復してきた。急いであの場所に戻るぞ」
「え!再戦っすか!?」
まぁ吝かではないけど……あ、そういえば剣が。
「あ、ミミさん、剣折っちゃいました!すいません!」
「あーあーいいのよー、あんなもんに出会うなんて事故みたいなもんだから。荷物全ロストしなかっただけマシよ」
「ナイフもぼろぼろね……」
「ああ、修理しないと」
等と話が横道に逸れていると。
「おーい、話いいか」
と先輩が声を掛けてきた。
「あっはい。なんすか?再戦っすか?」
「別に再戦じゃねえよ。おめーも血の気多いな、俺も出来るならしたいけど」
そして先輩は続けて言う。
「考えてもみろ。俺達は傷を付けたんだぜ。あの龍に」
「ってことは……」
「あそこに行けば、あの龍の鱗が転がってるってことだ!」
そして、俺達は龍の鱗取りに出かけた。




