15
「オラ走れー!」
「うっす!」
俺は今、変身ままならない先輩を乗せ、オルトロスで荒野を疾走している。
先輩が言うところによると、俺達が戦っていたあの場所は荒野と次のフィールド、火山地帯のほぼ中間地点だという。
火山に行く人間はそう多くないが、そう特殊な場所でもないし目立ったと思われるため、横取りを防ぐためにも速く辿り着く必要があった。
メイとミミさんも黙って走ってくれているし、このまま行けば現場まではすぐだろう。
臭いを頼りにサンドバイパーを躱し、足の速さでサンドストーンゴーレムを置き去りにし、俺達はひた走った。
「で、着いたわけっすが」
「む。来られたぞ」
そこには2m近いむくつけき大男が居たわけで。
その姿、獣の皮をつぎはぎした胴着を黒い帯で閉め、髪は蓬髪、靴などは無しというあまりにもあまりなむくつけきっぷりである。
ていうか蛮族である。
「……あ、もしかして」
「おう、そうだな」
俺と先輩の二人はこの男に思い当たる節があった、が、女子達がそれより早い。
「なにあんた、そこに散らばってる鱗はうちらのモンなんだけど。なんか文句ある?」
開口一番ミミさんが半ばケンカを売る。
「いきなり不躾でごめんなさい。でもその鱗の所有権は譲れないんです」
メイは落ち着いた出会いだと最初は丁寧になるんだなぁ。と、出会いの時を思い出してみたり。
「鱗。鱗か」
バスの低音がぼそりと呟き、脚をそろりと開くと、急に気配と肩の肉が膨らんだ。
「オゥッスッ!!」
びりびりと毛穴を痺れさせるような気合いが発せられ、俺はつられて動かないようにするので精一杯だった。
飛び降りていた先輩は既に剣を抜き、だらりと下げて構えている。
……が、まだ頭が痛いようだ。目に覇気が足りない。
「……運が悪かったな」
「だな」
男が呟き、先輩が返す。
するとミミさんが声を張り上げた。
「ちょっと!渡しちゃうつもり!?運が悪かったで済む問題じゃないでしょ!?」
言われても動かない先輩は、ややあって俺の方をちらとみる。
そして俺は先輩の言いたいことを引き取って告げた。
「……僭越ながら、自分が」
俺はヒトになりながら、先輩の剣を受け取って正眼に構えた。
「PvPで決着なんか付けてやる理由はないでしょ!?さっさと取って帰りましょうよ!」
メイもそういって回りで龍の鱗を探し始めた。
ひゅう、と風が吹く。
蓬髪が、ちらと吹き上げられて、男の顔があらわになる。
その容貌は魁偉であった。
顎が太く、鼻が太く、耳が太く。
しかし、目は菩薩のように。
練達であった。
「なんか空気おかしくない!?」
目が、自分を射すくめてくる。
じわり、汗がにじむ。
まだだるい体の中で、先ほどの熱が再び鎌首を擡げてくるのが解った。
そして、こちらには剣の間合いがあるにもかかわらず、体のそこここにヒリヒリと拳気を感じる。
やはり、練達。
空手だろう。
相当のものである。
「おーい」
「おーい、拾っちゃったぞー」
わずかに上げた両手はどこへ向けても隙が無く感じられる。
もしこれが同じ武器を使う相手であれば有無を言わさず敗北していたと確信できた。
俺はとまどった。
打ち掛かるべきか。
負けを認めるべきか。
そしてよぎった。
これはゲームだ、と。
そうじゃない、そうじゃないんだ。
なんと喜ばしいことに、これはゲームなのだ。
そう――
「死するは今ッッ!」
八双に流れる剣を運び、腰を落として倒れ込むかのように懐に潜り込む。
対手は右半身を開き、量の手は8の字を描くかのように緩やかに踊った。
来る!正面から右拳!
「キェエェエエエエエイッ!!!」
「フンハッッッ!!!」
次の瞬間、ふ、と相手の姿が消えた。
そして衝撃が右脇を襲い、俺は真横に跳ね崩れた。
左の、鈎突きだった。
なんて情けない。手は剣から離れている。
感触以外解らなくて掴かめない。
それでも俺は立とうとして土を握り、咆哮を上げて五体を起こす。
「ウォォオオオオオ!!」
「チィリャァァアアア!!」
その脳天に、相手の手刀打ちが迫る。
やっと見えた視界の中で、その巨大な手がどんどん大きくなって――
ガッ!
気が付いたとき、そこは噴水広場……ではなかった。
目を開けるとメイが俺をのぞき込んで居て、ミミさんは先輩の脛にゲシゲシ蹴りを入れていた。
あの男は仁王立ちでこちらを見ている。
ガシッ
と、瞬間、メイに両頬を捕まれた。
「おーい。ぶ・じゅ・つ・ば・か♪」
その笑顔は、龍並の殺気にあふれていた。
「「スイマセンでしたー!」」
そして俺達は、メイとミミさんに頭を下げて詫びる。
「……済まなかった」
大男もぼそりと詫びを述べ、どこか居心地悪そうにしている。
「で、そっちのでっかいの……ダイスケだっけ?は、ケンのリアフレっていうか、強敵と書いてライバルな仲で、今たまたまモンスピで出会えたから嬉しくて暴走しちゃった、と」
ミミさんがそういうと、少し違う、と言いたい雰囲気で男が一言いう。
「……奮ぶっていた」
「ああ。だいたいそれでいいんじゃねえの」
対して先輩はそれを努めて流し、大筋の理解で良いという。
そりゃまあ、「巨大な闘気のぶつかり合いを察知して走ってきた」だの「強敵を前にして思わず仕合った」だのって、普通の人は理解してくれないからね。
「だいたいってのが気に入らないけど、聞いたら多分こっちの頭が痛くなると思うからいいわ」
「ミミさん、苦労してるんですね……」
ひどい言われようだけど、自分で納得できるのがつらい。
そして龍の鱗を全部拾った俺達は、帰ろうと言うことになった。
「鱗はケンとライト君で山分けね」
「まぁ私たちは戦ってませんしね」
「私としては、素材として使わせて貰えれば文句ないしね。で、どう?」
体よく荷物持ちにされた俺達は、女子の話に置いてけぼりにされていた。
「あー。龍素材、っつーかサーペント素材を剣に出来るんなら頼む」
あれ、サーペントっていうんだ?とミミさんが聞くと、戦闘中に見た、と言葉が返る。
「自分は、まず鉄の剣っすかね。作る前にこんなになっちゃってるっすけど」
「……」
「あ、そういやダイスケさんも鱗いるっすか?」
俺は泰然とした面持ちのダイスケさんに話を振った。
「……」
「ちょっと、何でそこで分配先に上がるの?」
「俺達が来るまでに誰かが集めてたら一枚も手に入らなかったっす。ダイスケさんが居たから手に入ったってことなら、取り分があってもいいと思うんすよね」
「んなお人好しな……」
「……一枚だ」
メイの言葉を遮ってダイスケさんが言葉を紡ぐ。
「一枚、記念にくれ。ペンダントにでもしよう」
言われてみれば、この鱗は黒曜石の破片みたいに輝いている。
宝飾品にするには丁度良い素材だろう。
「あ、それいいっすね。自分たちも作らないっすか?」
そういって俺は鱗を一枚袋から出す。
すると何か違和感があった。
「……?」
メイが異変に気付き、肩をこづいてくる。
何かこう、体の奥が熱い様な、沸き上がるような気がするのだ。
「ああ、ちょっとまってっす」
そして俺はステータスを開いた。
ライト ヒト・スピリット
強さ:人倫を超えかけている。
身体:敏捷。
精神:頑強。
魔法:きっかけを掴みつつある。
所持スピリット
ヒト・スピリット
ゾンビ・スピリット
ジャッカロープ・スピリット
レッサーオルトロス・スピリット
サーペント・ドラゴニュート・スピリット
所持ソウル
ソコラビット・ソウル×2
マンキー・ソウル
フォレストビー・ソウル
ヒト・ソウル
……サーペント・ドラゴニュートってなんだよ!!
「どうしたの?」
メイがそういうので、俺はサーペント・ドラゴニュートの事を、鱗を手にしてどう思ったかをみんなに話す。
するとミミさんが、鱗を手放している時はどうなの?と言うので手放してステータスを見てみた。
ライト ヒト・スピリット
強さ:人間の内。
身体:敏捷。
精神:頑強。
魔法:きっかけを掴みつつある。
所持スピリット
ヒト・スピリット
ゾンビ・スピリット
ジャッカロープ・スピリット
レッサーオルトロス・スピリット
所持ソウル
ソコラビット・ソウル×2
マンキー・ソウル
フォレストビー・ソウル
ヒト・ソウル
確かに、無くなっている。
強さの表記はつっこみ所満載だがそれは今は良い。
「無くなってるっす」
するとミミさんは先輩も鱗を押しつけてステータスを確認させていた。
「無いわね?」
「無いな」
「じゃあライト君だけの現象なのね……ライト君、サーペントに何か特別なこと、した?」
戦闘だけが理由ではないみたい、と言われて、俺は記憶力を全開にする。
えーっとあのときは……腹が攻撃が通って……先輩が来て……倒れて……食われて……!
「最後に食い殺される直前に、奴の舌に齧り付いたっす!」
「「うわぁ」」
そんなに引かないで。
「ともかく、そのとき肉は食べられたの?」
「よく覚えてないっす。でも血だけでも良いのかもしれないし……」
「ああ、なるほどね。おそらくは、サーペントの一部を取り込んで、鱗のような体の一部を身につけると、相手の力の一部が使える、って感じっぽいのね」
「っすね」
ミミさんの検証は続く。
「じゃあ後はそのドラゴニュートがどんな性能か確かめて見ましょ」
「うっす」
「じゃあ、とりあえず、そこらのモンスターで試しましょう。んーっと……」
言うが早いか先輩とダイスケさんは同じ方向を指さしている。
見やるとサンドバイパーらしき気配があった。
「……見えないんだけど」
「サンドバイパーっすよ」
「……見えないわよ」
慣れればすぐなんすけどねぇ。
そしてしばらく歩くと誰の目にも明らかにサンドバイパーが5匹固まっていた。
少し多いがカバーが入ると思えば構わないだろう。
俺はドラゴニュートになってみるために体の奥の熱さを噴出させ……
なんだこれ!熱い!すっげぇ力がわいてくる!
異常な高揚感に包まれた俺は、跳ね回るように地面を蹴る。
が、地面が柔い!
空気は若干重たくすら感じるのに、地を踏む足は沼地を踏む様に沈み込んでしまう。
そして体はたやすく宙を舞って、後ろからは低い声が聞こえた。
跳ね回る体を制御しようとすると、今の自分が人間と同じ形で、鱗の生えた四肢をしているのが見える。
サンドバイパーは!?
跳ね回る体を硬直させて地面をバウンドするが痛みはない。
そして視界に入った大蛇の群れに向かって、俺は高揚感に包まれたまま、全力で突進した。
どんどん巨大化する蛇の鱗の一本一本の筋からその光彩の模様までがありありと見えて、なのに相手の全体像が、どこに動きたいのかが見えて……
ドカァァァン…………
「なんか爆発した……」
「なにあれ」
「はえーなー」
「うむ」
気が付いたとき、俺はヒトに戻っていた。
全身が死に戻り時以上にだるく、頭は……そう、脳が痛い、とでも言うような頭痛がする。
しばしその場でうずくまっていると、みんなが走ってやってきた。
「大丈夫?」
メイの言葉に俺はとっさに返答出来ない。前後不覚の状態だ。
ミミさんとメイが駆け寄って支えてくれた所に、先輩が俺の目を覗き込んで呟く。
「魔力切れか」
そうか、これが魔力切れか。
つまりドラゴニュートというスピリットは、絶大な力の代わりに、莫大なリソースを消費する変身なんだな……
そこまで考えた俺の意識は、再び闇へ消えた。
なにか、不吉な予感を残しながら……




