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 その村での生活は、瞬く間に一週間ほどが過ぎ去っていた。



 村が共同で管理をしている休耕地。

 そこには白い羊毛をゆさゆさ揺らして、沢山の羊が思い思いに草を食んでいた。


「あー………」


 地面から顔を出している適当な岩に腰を下ろして、トールはその様子をぼーっと眺めている。

 何故こんなことになってしまったのか。

 羊と空に浮かぶ雲の数をいっしょくたに数えながら、ここ一週間の流れを思い返す。


 魔物の群れから村を救った後、トールはそのままヨルサの家に逗留することになった。

 特に行き先がないことを告げると、ヨルサの方から喜んで迎え入れてくれた。

 ウルルには歌の続きをせがまれ、姉弟とはすっかり打ち解けていた。

 村人達も恩人に概ね好意的で、余所者であるトールにも気さくに接してくれる。


 良い村で、良い心根の人達だ。

 自分はただ暴れたぐらいで、ヨルサがいなければその扱いは魔物達と大して変わらなかっただろう。

 またきっかけがあったとはいえ、受け入れられたのは村人達の心に優しさがあればこそだ。

 本当にありがたい話で、トールも心から感謝している。

 だからこそ、ただ村人達の温かさに甘えるばかりではよろしくない。


 改めて村を見渡せば、やれそうなことは山とあった。

 魔物による被害で壊されてしまった家屋に、荒らされた畑。

 そういったこと以外にも、日々の糧を得るための仕事も数多い。

 故にトールは、それを手伝うことで村人達への恩返しにしようと決意した。


 実際、それ自体は悪いことではなかった。


「どぉ~れぃ~!」


 掛け声一つで壊された家屋の残骸を軽々と撤去。

 そしてその日の内に森から木を切り出して、少々大きめな家をどんと建てる。


「そぉ~れぃ~!」


 続いて荒れた畑に入り、やはり掛け声一つでひっくり返された土を耕し直す。

 駄目になってしまった作物をそこに蒔いて、手にしたミョルニールを一振り。

 そうすると、見る間に荒れた畑は元通りに癒されていく。

 それを見た村人達は、拍手喝采だ。


「すげぇ!本当に戻っちまった!」

「一体どうなってんだ!?」

「いやホント、トール様がいなけりゃどうなってたか……」


 年寄りなんかは目の当たりにした奇跡に感動し、泣きながら拝む者までいた。

 ここまでは良い。

 住民の数も百人程度の小さな村で、老人の比率も決して少なくない。

 村が焼かれて全滅するのに比べれば微々たる被害でも、それを取り戻そうとすれば相応の労力が必要だ。

 トールはそれを、自身の力でさっと取り戻してみせた。

 さながら昔語りの巨人もかくやという摩訶不思議な技に、村人は驚き、そして歓喜した。


 率直に言って、大変気分がよろしかった。

 そういえば自分は元々農耕の神で、どちらかというとこっちの仕事の方が慣れてるなと。

 そう考えたトールは、さらに振り切って村人達の手伝いをした。

 村の畑にはミョルニールで豊穣をもたらし、十人分以上の力仕事を一人で軽々こなす。

 森に入れば熊や猪をあっさり獲ってきて、村人全員に振る舞った。

 絶好調だったし、村人達も大変感謝をしてくれた。

 トールのおかげで、村の生活が一気に楽になったのだから当然だろう。


 流石はワシ、凄いぞワシ。


 全身に浴びる称賛の雨。高くなった鼻は天を突く勢いだ。

 あっという間にトールは村中で引っ張りだこになり、トールもそれを快く受け入れた。


「やり過ぎです、トール様」


 そしたらヨルサに叱られた。


 今日も畑をお願いしますと声をかけてきた村人達と揃って、地べたに座らされた。

 しかも何やら、トールも知らない奇妙な座り方を教えられた上で、だ。

 両足を揃えた上で膝を着き、そのまま膝を曲げて「足の上に」座るという変わった方法だ。

 間違いをしてしまった相手の反省を促すための座り方だそうで、なんだか一つ勉強になった気がする。

 とりあえず、長くやってると非常に足が痛くなるが。


 ヨルサはいたずらっ子を諭す母のように、彼らに訥々と説教をした。


「トール様?」

「はい」


 優しげだが、優しさがあるからこそ容赦のない厳しさを含んだ声だ。

 雷神も思わず背筋が伸びる。


「トール様が善意から手伝ってくださってるのは分かりますし、その気持ちは本当にありがたく思います」

「うむ、ヨルサや村には世話になっとるし、恩返しをと思ってな」

「ありがとうございます。でもやり過ぎです」


 ばっさりと一刀両断だった。


「ほら見てください、この人達」


 示された村の男達は、みな一様に小さくなってしまっている。

 情けないなどとはトールは思わない。

 穏やかかに諭すヨルサの迫力は、雷神でさえ認めざるを得ないのだから。


「トール様が畑仕事をすませてくれるからと、最近すっかり怠け気味で」

「いや、ヨルサちゃん、それはだな……」

「昼間から酒場に顔を出してるって、女将さんが言ってましたよ?」


 最早ぐうの音も出なかった。

 がっくりと肩を落として項垂れる男衆は置いて、ヨルサはトールに視線を戻す。


「あー………ヨ、ヨルサ、ワシはだな、そのー………」

「大丈夫ですよ、トール様。さっきも言った通り、感謝してるのは本当のことです」


 もごもごと言い訳を舌の上で転がすトールに、ヨルサは軽く笑ってみせる。


「トール様は凄い人で、他の人にはできないことが沢山できます。

 だからと言って、他の人達がやるべきことまで全部トール様がやってしまったら、どうなりますか?」


 自分がやる必要がないのなら、人は誰しも楽な方へと流れてしまう。

 それは仕方のないことだ。

 誰だって苦労をするよりも、楽して生きられる方がいいに決まっている。

 だからヨルサは、それでは良くないとしっかり言葉にする。


「トール様の力は、少しだけでも十分にみんなの助けになります」

「……少しだけで良いのか?」

「ご自分のことを、もっとよく自覚してください」


 子供のように言うトールに、ヨルサは優しく嗜める。


 神様として、人に頼られるのが純粋に嬉しかった。

 だからつい張り切りすぎて、あれもこれもと世話ばかりしてしまって。

 冷静になってみれば、それがいけないことであるのは明白だ。

 アース神族でも最高位の神格であるはずの自分が、なんたる失態か。

 幼い娘に諭されるまで思い至らないとは。


「………すまん、ヨルサ。つい浮かれ過ぎていた」

「いいんですよ、トール様は私達のことを思ってしてくださったんですから」


 やり過ぎではあるが、そこにあるのはトールの純粋な善意であることは、ヨルサにも分かっていた。

 本当に、とても凄いはずなのに、妙なところで子供っぽいこともある。


「だからトール様は、できるだけ私達を見守っていてください。それでもし困っているようなら、少しだけ手を貸してください。

 私達が自分の足で立ち上がって、歩けるように」

「………そうか。確かにそうだ。お前の言う通りだな、ヨルサ」


 ヨルサの言葉にトールは頷く。

 彼女の言う通り、それが正しい神と人の在り方だ。

 人は自らの足で大地を生き、神は寄り添いながらそれを見守る。

 神が大いなる御業を貸し、人はそれに感謝し祈りを捧げた。


「頼られることに浮かれ、ワシは大事なことを見落としていたな。………ありがとう、ヨルサ」

「いえ、私ごときでトール様の助けになれたなら」


 過大な評価だと、少女は照れ臭そうに微笑んだ。

 そんな謙虚で謹み深いところも、強くトールの胸を打つ。

 今は亡き彼女の両親は、我が子を正しく大切に育てたのだろう。

 それは当の少女自身から、ありありと見てとれる。

 故にトールは、是非ともそれに報いねばならぬと強く感じた。


 幼い娘に諭されるばかりでは神の名折れ。

 そんな気持ちで、トールはヨルサに問いかけた。


「ヨルサ、早速だがワシに何かできることはないか?」

「何か、ですか」


 問われた少女は、細い顎に指をかけて少し考え込む。


「何でもいいぞ?ワシにできることなら何でもしよう」


 幾らでも来いと、トールは豊満な胸を張る。

 この調子だと、またうっかりやり過ぎてしまいそうで、ヨルサは少し苦笑いをこぼす。

 どうしたものかと悩んで。


「………なら、暫くの間は、私の仕事を手伝ってくださいね?」


 二つ返事で頷いて、現在に至る。

 ヨルサの家は羊飼いで、この時期は村の休耕地で多くの羊を放牧している。

 そしてトールの頼まれた仕事は、その羊達の見張りをすること。

 実に平和で、真面目にやれども変に力の入れようもない、今のトールに相応しい役割だった。


「調子はどうですか? トール様」

「お前は本当にしっかりした娘だと感心しとったところだよ、ヨルサ」

「そんなに褒められると照れてしまいますね」


 軽く笑いつつ、小さなバスケットを片手に下げたヨルサは、トールの隣に腰を下ろす。

 そして大人しく羊を見ているトールを見て、満足げに小さく頷いた。


「思った通り、よく似合ってますよ」

「止してくれ、これで割と複雑なんだ」


 嫌味なく褒められてしまい、トールは渋い顔で眉間に皺を寄せた。

 今のトールの格好はメギンギョルズの黒帯だけを身体に巻いた、あられもない姿ではない。

 羊を見張ること以外で、ヨルサがトールにお願いをしたこと。

 それが今、トールが袖を通している女性用の赤いチュニックだった。

 ヨルサが着ているものと似たデザインで、そちらよりも袖やスカートの丈がやや長めだ。


「流石にあの格好のままは、村の人達も困ってしまいますし……」

「まー分かるがなー……」


 理屈としては分かっていても、やはり中身は男なだけ複雑だ。


「それ、母が着ていたもので、サイズが合うかちょっと心配でしたけど、ぴったりなようで良かったです」


 亡き母の形見を、良ければ是非使ってくださいと差し出されては、抵抗の余地がない。

 不本意ではあったが、トール自身が言ったこともある。

 なのでトールは、不満はあれども女性用の服を身につけることを受け入れていた。


「トール様みたいな綺麗な人なら、もっと似合う服はあるとは思うんですけど……」

「ワシなんかより、お前の方こそ少しは着飾れ。可愛らしいのが勿体ない」


 にやりと笑いながらやり返せば、ヨルサは面白いぐらいに照れてくれる。

 そういう部分では、ヨルサもやはり年頃の少女だ。


「も、もう、あまりからかわないでください。そんなことよりっ」

「おう、昼飯を持ってきてくれたんだろ?ありがたく頂くか」


 バスケットから取り出されたのは、大きなサンドイッチだった。

 中の具は薄く焼いた卵と、火を通した鹿の燻製肉。

 それらに塩を軽く振り、硬めのパンで挟んだだけのシンプルな昼食だ。

 それをトールは大きく口を開いて、豪快にかぶりつく。

 クセの少ない鹿肉を味わいながら、燻製による独特の風味も楽しむ。

 塩加減は程よく、焼いた卵の味を引き立たせている。

 硬いパンの歯ごたえは食べにくさもあるが、トールはバリバリ食べる食感も気に入っている。

 実に美味くて酒が欲しくなる。

 しかし昼間から呑んではまたヨルサに怒られてしまうので、ぐっと我慢だ。


「美味しいですか?」

「美味いぞ、ヨルサはいい嫁さんになるな」

「またそんなことを言って………」


 偽らざる本心からの称賛だったが、素直には受け取って貰えなかったらしい。

 それでもトールが美味しそうに食べてるのは事実なので、少女の口元は笑みの形に綻んでいる。


 バスケットいっぱいにあったサンドイッチを、トールはぺろりと平らげた。

 満足そうに息を吐き、ごろりとその場に寝転がる。


「行儀が悪いですよ」

「ちょっとだけだ」


 腹も満たされて、心もまた見上げる青空のように穏やかだ。

 叶うならば、このまま平和であり続けて欲しい。

 そうすれば、こうして暇そうに羊を眺めながら、美味い飯や酒だけで満たされるのだから。


「………それと、トール様」

「ん?」

「先ほど、村長から内密の話があるので、トール様に伝えて欲しいと頼まれまして……」


 村長と聞いて、トールは身を起こす。

 襲撃からあまり接触はなかったのだが、わざわざご指名とあらば何かあったのだろう。

 そういえば、領主に向けて書状を送ったとはトールも小耳に挟んでいた。

 あるいはその結果が芳しくなかったか。


「…………」

「そんな不安な顔をするな、大丈夫だ」


 ヨルサも大体似たような想像をしたのだろう。

 見上げる少女に笑顔を見せて、その頭を軽くくしゃりとかき混ぜる。


「先ずは話を聞いて、それからだな。なに、ワシに任せれば大丈夫だ」

「………はい」


 自信に満ちたトールの言葉に勇気づけられて、ヨルサも笑って頷いた。




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