表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/45

20




 そうして、旅立ちの朝が来た。



 まだ日が昇りだしたぐらいの早い時間だが、雷神の村(サンダーヴィレッジ)の前には複数の人影があった。

 雷神トールと、道化の神ロキ。それを見送る少女と少年。


「では行ってくる。留守は任せたぞ、ヨルサ」

「はい。トール様も、本当にお気をつけて」


 別れの挨拶と、再会の約束。

 トールは愛しい娘の身体を、壊さぬように力いっぱい抱きしめた。

 寂しさからか、少し泣いてしまいそうになっているウルルの髪を、ロキはわしゃくしゃとかき混ぜる。


「泣くな泣くな、男がみっともない。ちぃとばかし遠出になるだろうが、すぐに戻ってくるさ」

「………ホントに?」

「さてなぁ、オレは嘘吐きだから分からんねぇ」


 ロキはからかうようにキシシと笑う。

 そんな心底馬鹿にし切ったような言葉でも、少年は泣き顔を笑みに変えて頷いた。

 慰めようとしてくれている気持ちは、幼心にも理解できたから。

 だからウルルは、一度だけ侍女服姿のロキに抱きついた。


 やれやれとため息を吐き、一度肩を竦めてから、縋るような少年の手をゆっくりと離してやる。

 そしてもう一度だけ、その頭を撫でて。


「戻ってくる頃にゃぁ、また新しい歌を幾つもこさえて来てやる。で、戻ってきたら先ずお前に聞かせてやるよ。ウルル。

 だからせいぜい良い子にして待ってろよぉ? 良い子でも悪い子でも聞かせてやるけどなぁ」

「………うん、約束だよ。楽しみにしてる!」


 素直な返事に、ロキもまた満足そうに頷いた。


「別にお前さんまでついて来なくても良いんじゃがなぁ」

「えっ、ここに来てそりゃないんじゃないかね?」

「これはまぁ、完全にワシの我が侭だしなぁ。どんな危険があるかも分からんし、考え直すなら今のうちじゃぞ?」


 そう言って、悪友がどんな風に言葉を返すのか。

 分かってはいながらも、トールは友の身を案じて忠告する。

 しかし予想通り、ロキはそんな言葉を鼻で笑って、大仰な仕草で首を横に振って見せる。


「おいおいトール、オレはロキ様だぜ? 神々のトリックスターにして道化の神たるオレ様が、そんな真っ当な忠告を聞くと思うかい?

 それに惚れた男の後をついてきたいってのは、当たり前の話だろう?」」

「そう言うだろうな、とは思っとったわい。だがまぁ、一応言わんわけにもな」


 苦笑するトールの背を、ロキは軽く叩いた。

 好きに振舞えと、なんだかんだと心配性な友を案じるように。


「こうして旅に出るのも久々なんだ。気楽にやろうぜ、兄弟」

「………ま、そうじゃな。それに関しては、確かにお前の言う通りかもしれん」


 笑って頷き、トールはもう一度だけ村の方を振り向いた。

 人々が雷神の村(サンダーヴィレッジ)と呼ぶ、小さな集落。

 あの黄昏を越えてこの地に落ちてきてから、長いようで短い時間を過ごした場所。

 その姿を、今は目に焼き付けておく。

 いずれ自分が戻ってきた時に、大事なものを忘れてしまわぬように。


「………よし」


 未練がないと言えば嘘になる。

 けれど今はその思いを断ち切って、自分が望む道へと一歩踏み出す。

 自分に恋したという騎士が、試練の内でそうしたように。


 手を振って見送る少年少女に、軽くその手を振り返す。

 後は振り向くことなく村を離れれば、その先には三人の人影―――正確には、一人と二柱が待っていた。


「もう宜しいですか」

「あぁ、待たせてすまんな。ベルリンド。それと道案内役、引き受けてくれて助かった」

「いえ、これぐらいはお安い御用ですよ」


 五つの難行を超えた若き騎士、ベルリンドは微笑みながら答えた。

 二人の従者、ギーアとヤナルは様子を伺うように見ている。

 向けられている視線から、複雑な感情が伝わってくる。警戒や不信、驚愕に感嘆。

 恐らくはテスカトリポカの本体である皇帝とのやり取りが、向こうにも伝わっているのだろう。

 繋がりがあるとはいえ個々に独立した自我があるのなら、こちらに対して思うことは様々のはずだ。


 故にトールはそれに関しては気にせず、何でもない様子で声をかけた。


「そちらも、長々と世話になることはないと思うが、宜しく頼む」

「………それは良いけど貴方達、馬は連れてきてないの?」


 何も連れずに歩いてやってきた二人に、ヤナルの方が訝しげに問いかける。


「こっから街までは、それなりに距離もある。馬なしじゃキツイぞ」

「あぁ、それなら大丈夫だとも」


 ギーアの言葉に、トールは軽く頷いた。

 そして両手を広げると、呼びかける(・・・・・)ために意識を集中する。


「………? 何を………」

「しっ、黙って見てろよ。すぐに分かる」


 不思議そうに見るベルリンドに、何が起こるのかを察したロキは悪戯っぽく笑ってみせた。

 変化はすぐに起こった。青白い光が地面を走り、何かしらの紋様を描いていく。

 ベルリンドは勿論、神であるギーアやヤナルにも見覚えのないものだ。

 それが何であるのかは、トール自身とロキだけが知っている。


 描き出されたのは、ルーンと呼ばれる魔術文字。

 それは新たな力を招く呼び水だ。

 神々の加護を得て、力を増したのは何もベルリンドだけではない。

 他の何者でもなく、トールというただ一柱の神へ向けられた純粋なる信仰。

 若き騎士の捧げた愛が、加護を与えるトール自身の力も増大させたのだ。


 来る。トールは確かな手ごたえを感じた。

 今まで呼び出せなかったもの、もう一つの神器の脈動が、この地で確かに感じ取れる。


「来い――――ッ!」


 雷神の叫びに答えたのは、一条の稲妻だった。

 雲一つないはずの空から降り注ぐ、眩いばかりの輝き。

 それは虚空を切り裂いて、ルーンで描き出された陣の上へと降り立った。


「………久々に呼んだが、問題なさそうじゃな」


 現れたものを見て、トールは満足げに頷く。

 それは巨大な戦車だった。神獣たる勇壮な二頭の山羊に引かれた、稲妻の戦車。

 全体を青みがかった銀色の装甲に覆われており、そこから立ち上る美しい神気は、敵味方の区別なく見る者の心を圧倒する。


 その姿を目にしてベルリンドは素直に驚き、ギーアとヤナルは改めて見せ付けられたトールの力に戦慄していた。


「おーおー、呼べるようになったのかよお前の戦車。これなら長旅も楽チンだなぁ」

「うむ。これなら旅の行程をかなり短縮できるだろう。そら、お前たちも呆けとらんで荷物だの馬だの乗せてしまえ」

「の、乗れるのですか? 馬も」

「あぁ、中に荷を収納するために空間を拡張した場所がある。そこに入れちまえば問題ないぞ」


 その言葉の意味、その半分もベルリンドには理解できなかった。

 理解こそできなかったが、若き騎士は素直に“稲妻の乙女”の持つ力に感動していた。

 自分はこんな凄い方に、一人前の男として認めてもらえたのだという喜びと共に。


「ギーア、ヤナル。折角の申し出なのだから、お言葉に余させて貰おう」

「む。あ、あぁ、そうだな」

「………若様がそう仰られるなら」


 促されて、複雑そうな顔をしていた従者二人も頷く。

 そのまま馬に載せていた荷物などを、そのままの状態で馬ごとトールの戦車の中に積み込んでいく。

 ベルリンド達も戦車の内へ乗り込んだのを確認したら、トールはそのままロキと共に御者台の方へと上がった。


「すまんが、この辺りの地理には明るくない。道案内は頼むぞ」

「ええ、分かっています。とはいえ、このまま道なりに進めば広い街道に出ますから、後はそれを辿って行くだけで大丈夫です」

「おぉ、了解した」


 ベルリンドの言葉に頷いてから、トールは山羊の手綱を取る。


「今まで肉を食ってばかりだったが、これからは本来の仕事もさせてやれるぞ」


 食料としての仕事がなくなるわけではないが、とは口には出さない。

 出さないまでも主人の意図を察したのか、二頭の山羊はどこか自棄っぱち気味に鳴き声を上げる。

 そんなやり取りも少し懐かしくて、トールは笑った。


 この道の先には、何があるのか。何処へ繋がって行くのか。

 何も知らない。何も知らないことを知りに行こうとすることを、トールは素直に楽しいと思った。

 神であるはずの自分が、未知なる何かを埋めに行く。

 当然、楽しいことばかりであるはずがない。当たり前の話だ。


 この世界に隠されている秘密。テスカトリポカが語っていた、戦うべき「敵」の存在。

 知りたいものを知り、未知を埋めて真実を掘り出した先に、一体どんな風景が待っているだろう。


 今のトールには分からない。

 分からないからこそ、旅立つのだ。


「では、行くとするか。少々荒っぽい運転になるが、我慢してくれよ」

「比喩でも冗談でもなく、本当にトールの運転は荒っぽいからなぁ。マジで気をつけろよ」

「わ、わかりましたっ――――!?」


 言うが早いか、ベルリンドが答えを返す前に戦車は急発進した。

 走り出した戦車はそのまま一気に加速していき、ありえないような速度で疾走する。

 物理の外側にある神の乗り物。

 その気になれば空を飛ぶことも出来るが、幾ら何でも目立ち過ぎるので流石にトールも自重した。


 走る。走る。どこまでも駆け抜けようとするように。


「よぉ、トール」

「あ? なんじゃい、口閉じとかんと舌噛むぞ」

「そんなヘマするかよ。どのぐらいの付き合いだと思ってんだ」


 風を切って走る戦車の上で、ロキは笑う。

 神々の黄昏によって滅び逝く世界を見下ろしていた時も、きっとこんな風に笑っていたのだろう。


「今、楽しんでるか?」


 完全な神ならぬ身の、このままならない生を。

 その不自由を楽しめているかと、道化の神は雷神へと問いかけた。

 問われたトールは、少しも迷い素振りを見せずに答える。


「楽しいな。お前はどうじゃ、ロキよ」

「楽しめなくても面白可笑しくするのが道化の神の生き様なんだよ」


 それが世界の終末であれ、最後の最後まで愉快に彩るのが己の役目だとロキは嘯く。

 いざ自分の身が危うくなればすぐさま命乞いをする変わり身の早さは、この場では突っ込まないでおいた。


「………ま、そういう意味じゃあ、この世界は分からない事だらけでなかなか愉快だ。

 なぁ、トールよ。お前は知らないものを知りに行くと言う。だったら精々楽しいものを見せてくれよ。

 じゃなきゃついてきた甲斐がないからなぁ」

「好き勝手言いよるわい」


 答えながら、トールは苦笑した。

 ミーミルの予言も何もない世界で、保証できることなどあるはずもない。

 けれど一つだけ、確かなものはある。

 だからトールはそれを口にした。


「ワシらが思っている以上に、世界は広い。ならば退屈する暇などなかろうさ」


 雷の如く疾走する戦車に翻弄され、しがみつくのがやっとなベルリンド達を見る。

 それが人であれ神であれ、この先にあるのは等しく未知なる出会いだ。

 遥か遠くにあるのか、それとももう間近に迫っているのか。


 ただ胸の内に思い描いて、トールは笑った。

 己の旅立ちを自らで言祝ぐように。




 ―――――こうして、黄昏を越えた雷神が黎明へと向かう旅路が始まった。

  


 《第二章:雷神の求婚》 ―完―




これにて2章完結です。

終盤は暑さもあって少し更新が遅れてしまいました。


プロットが完成し次第、3章を開始していく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ