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 二日酔い気味の神様同士が協議した結果、ベルリンドが挑む三番目の難行は“竜退治”に決定した。



 それ自体は最初からロキが予定したものそのままだ。

 森の洞窟に潜んで、自分の宝を守るために近づく者を無差別に襲う魔性の竜。

 “三者の盟約”から一般的に知恵のある竜は尊敬の対象であるようだが、知能の低い凶暴な亜竜などもいるらしい。

 今回の試練における竜も、そのような亜竜の一種だとされる。

 無論、その辺りはロキが考えた単なる設定に過ぎないが、ロキが化ける予定の竜に色々と問題があった。

 そのモデルとなるのは、北欧神話に知られる魔竜ファーブニル。


 ちっぽけな人間など遥かに上回る巨体。

 如何なる武器も弾く鋼の鱗に、鉄の鎧を紙切れのように切り裂いてしまう牙と爪。

 何よりも危険なのは、一吸いでどんな生物も死に至らしめる毒の吐息。

 それらを完璧に再現した恐るべきドラゴンの姿で、ロキは若き騎士を迎え撃つつもりだった。

 洞窟の奥の奥で待ち構えて、引き返せないようなタイミングで襲いかかるという完璧なプラン付きで。


「殺す気か阿呆」


 ドヤ顔で時期領主の殺害計画を披露した道化の神は、当たり前のツッコミと共に雷神様の鉄拳制裁を受けた。

 ただ竜退治という基本構造自体はそのまま採用されて、「即死」から「頑張れば何とかなる」までレベルを下げる形となった。

 しかしドラゴン役はロキがやると譲らず、それじゃあ意味がないだろうとヤナルがキレて、会議は大変紛糾した。


 ならばどうする?

 発案はロキであるし、試練の内容自体はロキの変身能力がなければ成り立たない。

 ヤナルが代わりを務めれば良いかと言うと、過剰な手心を加えてしまっては試練とする意味がない。

 そんな感じで議論を尽くした結果、ロキはそのまま竜の役目で、ヤナルは別の要素として関わることになった。

 具体的には、「洞窟の竜と敵対している大鴉」という役だ。


 試練の目的はあくまで、洞窟の竜を退治すること。

 大鴉はそれそのものには関係のない要素であり、ただ「竜と敵対している」という情報をベルリンドがどう扱うか。

 ロキが化けた竜は、そのまま戦うにはあまりにも危険な存在。

 上手く洞窟の奥から誘き出して、大鴉という第三要素を利用することで竜と戦うのに有利な状況を作る。

 立ち回り方が悪ければ死の危険は変わらないままだが、ベルリンドならそんなヘマはするまいと、その点については四柱共に一致していた。

 いきなり殺すような攻撃は自重しろと、トールも重ねてロキに対して釘を刺していた。


 これならば大丈夫だろうと、何故か監督役めいた立ち位置になっているトールとギーアは頷いた。

 そう確信して、ベルリンドが第三の難行へ挑むのを見送った。

 ―――――しかし。


「……………」


 森の深部。強欲な竜が潜むのだと教えられた洞窟の前で。

 ベルリンドは起こった事態をよく飲み込めないまま、呆然と立ち尽くしていた。

 いや、理解できないわけではない。ここまで自分が辿った道筋を、若き騎士は思い返す。


 先ず森の中を歩き回り、竜がいるという洞窟の近くまでたどり着いた。

 その途中で大きな鴉の姿を目撃し、巣と思しき巨木の位置も探り出していた。

 竜を独力で倒すのは難しい。剣も槍もその鱗で弾き、致死の猛毒を吐き出すという話を聞いた時点でそれは分かっている。

 故にベルリンドは、先ず自らを囮にして洞窟の中から竜を引きずり出し、大鴉の巣がある場所まで誘導するという方針を考えた。

 大鴉と洞窟の竜は敵対関係にある。

 どれほど絶望的な怪物であろうとも、三つ巴の乱戦となれば必ず活路は開ける。


 身体の震えは武者震いだと断じ、己の心を奮い立たせながらベルリンドは洞窟の中へと踏み込んだ。

 その後の流れに関しては、ベルリンドは自身を誇りたいほどに完璧だった。

 洞窟の深奥で唐突に現れた、蛇のように長い胴体を持つ毒の竜。

 冷静さを欠くことなくその爪と牙を避け、狭い空間を死の吐息が満たす前に退く。

 あとは追いつかれることだけはないように、ただ我武者羅に走り続けた。


 捕まれば死ぬ。それは疑いようもない。

 白い牝鹿にも迫ったその健脚で、ベルリンドは走った。 

 追いかけてくる竜の速度も相当なものだったが、曲がりくねった洞窟の中では人間の方が小回りは利く。

 紙一重ではあったが、どうにか竜よりも先にベルリンドは外の世界へと飛び出した。

 後は大鴉の巣まで誘い込めば良い。

 もし巣にいなければ一気に窮地に陥ることになるが、そこは自分の運を信じる他ない。


 ベルリンドはそう考えていた。その瞬間までは。


「………これで、良いのだろうか」


 果たして、こんな終わり方で本当に良いものか。

 目の前で力尽きている毒の竜と、その天敵であるという大鴉。

 そう、洞窟から飛び出したベルリンドを追ってきた竜に、突如として空から下りてきた大鴉がそのまま襲いかかったのだ。

 まったく予想していなかった事態に、思わずその場で固まってしまうベルリンド。

 そんな若き騎士などそっちのけで、毒竜と大鴉は激しいバトルを繰り広げる。


 どれだけの時間をそうしていたか。

 気がつくと大鴉はボロボロのまま地に落ちて力尽き、毒竜も柔らかい腹を見せた状態で虫の息。

 ベルリンドはそれに注意深く近づいて、剣を突き立てるだけだった。


 呆気ないという言葉ですら足りない程に呆気ないその結末に、頭の中身が追いついてこない。

 現実を確かめるように倒れている竜や大鴉を軽くつついたりしてみるが、やはり力尽きたままだ。


「運が良かった、と。そう考えて良いものか………」


 今までの試練が過酷だった分、どうしても納得しづらい。

 そして、そんなベルリンドとはまったく違う意味で頭を抱えている者達がいた。


 トールとギーアの二人だ。

 彼らはロキとヤナルの組み合わせにやや不安も感じていたので、離れた場所から試練の成り行きを見守っていた。

 そうしたらご覧の有様である。頭の一つも抱えたくなる。


「何かもう、本当にすまん………」

「い、いや、こちらこそ申し訳ない……ロキの阿呆め、ガチで応戦してどうすんじゃ………」


 殴り合ってる内にヒートアップしてそのままダブルノックアウトなど、責任の所在を求める方が馬鹿らしい。

 戸惑ってるベルリンドの背中を見ていると、思わず涙が込み上げてくる。

 何にせよ起こってしまったことは仕方がない。

 まさか「駄目だったからもう一度」というわけにもいかないのだ。


「仕方ないのう。ベルリンドが離れたら、あのおバカ二人を回収して終わりにするか」

「………いや」


 ため息を吐きながら試練の終わりを告げるトールに、横で聞いていたギーアが異を唱える。


「このままおしまいじゃ、若も不完全燃焼だろう。いっそ四つ目の試練も、この場でやっちまうのはどうだ?」

「あー………まぁ、あの様子じゃ殆ど消耗しておらんだろうしな」


 ふむ、と。小さく吐息を零しながら、トールは思案した。

 向けた視線の先では、相変わらず慎重にぶっ倒れた竜と大鴉を調べているベルリンドの姿がある。

 早朝にした会話からも、彼が相応に気合を入れて試練に挑んだことは分かっている。

 そのやる気を空回りさせて調子を崩させてしまっては、誰にとっても望まない結果になりかねない。

 であれば、ここで無理にでも火を入れ直すのも間違いではないだろう。


「やるのは良いが、具体的にどんな感じで仕掛けるつもりだ?」

「俺の豹頭の戦士(オセロメー)を出す。勿論加減はするが、無事に森から抜けられればクリアーと、そんなところでどうだ?」

「文句はないが、流石に出すのは一人だけにしておけよ」


 元々、四つ目の難行はギーアが担当することで予め決定していた。

 単純に戦士をぶつけるだけでなく、本来はもっと状況などをセッティングする予定だったが、こうなってしまっては仕方がない。


 あの獣の姿をした戦士達の力を、戦ったトールはよく理解している。

 戦いの神であるトールだからこそ複数相手にも押し勝ったが、その力量は常人の戦士とは比較にもならない。

 ベルリンドが如何に英雄の素質があると言っても、まともに戦うのは厳しい。

 ギーアもその認識は同じようで、小さく笑いながら頷いた。


「そりゃ勿論、分かってるさ」


 応えながら、地面に伸びた影が水のように揺らめく。

 その深淵から立ち上がるのは、トールも見知った肉食獣の頭を持つ戦士。

 現れた豹頭の戦士は森の空気と同化しながら、素早くギーアの傍から離れた。

 獲物を狙う野獣の動きそのままに、戦士は草木を微かにも鳴らさず進んでいく。


 正面から挑むような真似をギーアはしない。

 これを第四の試練とするのならば、困難である方が丁度良い。

 少なくともベルリンドなら、不意打ちをまともに喰らってしまうような無様は晒すまい。

 力や技で敵わずとも、その危難に対して勇敢に立ち向かうだろう。

 信頼し、確信しながら、ギーアは下僕である戦士とその意識を同調させる。


「さぁ、期待させて貰いますよ。若」


 トールもまた、やや緊張しながらその様子を見守る。

 二つの試練を自力で突破したベルリンドの底力は、トール自身もよく分かっている。

 同時に、テスカトリポカを信奉する豹頭の戦士らの恐ろしさも理解しているから、その結果がどうなるか予想もつかない。

 獣はゆっくりと忍び寄る。音はなく、影もない。その敵意は空気のように透明だ。


 迫る。竜と大鴉の傍に立つベルリンドの背後へと。

 振り上げた黒曜石の刃は、そのまま真っ直ぐに叩き込まれて―――――。


「ッ!」


 硬い衝突音が、森の中の静寂を切り裂く。

 寸前で背後の奇襲に反応したベルリンドが、振り向くと同時に手にした剣で黒い刃を打ち払ったのだ。

 まったく突然現れた豹頭の戦士に、若き騎士の表情に動揺の色が浮かぶ。

 逆に戦士の方は冷たい刃の如く揺るがぬまま、払われた剣を更に振り下ろす。


 その斬撃は、一つ一つが必殺。

 重く鋭い刃が吹き荒ぶ風のように激しく振るわれる。

 速度は勿論のこと、威力においても豹頭の戦士の剣は人域を超えていた。


「ぐっ………!」


 運良く正面から防いだはずのベルリンドが、大きく後方へと弾かれる。

 何とか倒れることなく両足から着地したものの、豹頭の戦士はその隙を見逃さない。

 鳥のように軽やかに走り、更なる追撃を重ねた。

 左から右へ、横薙ぎに振るわれる刃。速度と体重が乗った、必殺の一撃だ。

 例え防いだとしても、姿勢が不安定な今の状態ではまともに受け止めることも難しい。

 一度地を這ったが最後、それ以上の反撃もできなくなる。


 ここからどう逃げ切るか。ギーアはベルリンドの底力に期待した。

 これは流石に厳しいか。トールは状況を客観的に見ていた。

 馬鹿をやって力尽きている二柱以外、神々は若き騎士がこの危機をどう逃れるかと考えていた。

 武器で受けて、わざと弾かれることで距離を稼ぎ、後は逃走に全力を尽くす。

 一番成功する可能性が高いのはその一手だろう。

 トールもギーアも、それがベルリンドに取れる最善手だろうと予想した。

 ――――だが。


「ッ………私を、侮るなよっ!」


 己を鼓舞するように叫び、ベルリンドは黒曜石の刃を再び正面から受け止める。

 剣と刃がしっかりと絡み合い、耳障りな音を立てた。

 それだけ。体勢を崩しそうになりながらも、ベルリンドは豹頭の戦士が放った斬撃を完全に防いでいた。

 押し込まれるところを逆に押し返し、拮抗状態に持ち込む。


「おおぉぉぉぉぉッ!」


 力任せに相手の剣を弾き飛ばし、ベルリンドは返す刀で袈裟懸けに振り下ろす。

 豹頭の戦士は素早く剣を引き戻すと、その一撃をギリギリで受け止める。

 力と技。常人では目で追うことすらかなわない速さで、若き騎士と豹頭の戦士は切り結ぶ。

 ありえないはずの光景。しかし現実のものとして、ベルリンドは神の加護を受けた戦士と互角の戦いを見せる。

 均衡は一瞬。決して永遠には続かない。


「ふっ………!」


 振るわれた剣の切っ先は、虚空に美しい銀色の弧を描く。

 渾身の力を込めたその一撃は、豹頭の戦士が持つ黒曜石の刃を打ち砕いた。

 バラバラに散った破片が煌く中を、鋭い突きが貫く。

 胸骨の隙間を縫って、騎士の剣は戦士の心臓を真っ直ぐに射抜いた。


「…………」


 断末魔の言葉もなく、核を失った豹頭の戦士は影となって消えていく。

 その予想もしなかった光景を、二柱の神は驚きと共に見つめていた。


「おいおい、ベルリンドの奴。正面から勝っちまったぞ」

「まさか………いや、しかし………」


 興奮と喜びを顕にするトールと、戸惑いながらも何かを確信するギーア。

 ありえないはずのことが目の前で起きた。ただの人間を相手に、テスカトリポカの豹頭の戦士(オセロメー)が敗れる道理はない。

 ならばベルリンドが打ち勝った道理とは何であるのか。

 ギーアの中にあった疑念はほぼ確信に変わっていたが、まだ十分ではない。


「トールよ、悪いがもう少しやらせてくれ」


 そう言いながらも、返事は待たずに更なる戦士をギーアは己の影から現出させる。

 先ほどは一体だったが、今度は二体。

 一人の人間に対して神の加護を受けた戦士を二体同時にぶつけるなど、冗談にしても質が悪い。

 しかしそれが冗談などではなく本気であることは、トールの目から見ても明白だった。


「おい、本気か? 幾らなんでもやり過ぎじゃろ」

「すまんね。もしアンタの目から見てヤバそうだったら、好きに止めてくれ」


 影が揺らめき、二体の戦士が森に解き放たれた。

 突然降りかかった死線を超えたばかりのベルリンドに、再び獣の脅威が迫る。



 徒人では成し遂げることのできない、英雄が超えるべき神の用意した試練。

 その四つ目の難行が、今若き騎士へと襲いかかった。




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