12
その夜、雷神と道化の神は自らが遭遇した神格について話をしていた。
トールは獣頭の魔人の姿をした“テスカトリポカ”と名乗る神について。
ロキは自分と同じように変幻自在にその姿を変える神格について。
互いに起こったことを一通り語り終えると、その場に沈黙が下りた。
テーブルの上で、トールの出した指先ほどの雷球がジジジと小さな音を立てる。
先に休ませているヨルサとウルルが目を覚ましてしまわぬよう、光は最小限に絞ってある。
「………ロキよ、お前さんはどう思う?」
「どう、ってもなぁ」
問われて、ロキは軽く首を捻る。
トールの話に出てきた“テスカトリポカ”と名乗る神。
そいつが襲ってきた理由というのは、推測できないでもない。
「ベルリンドが、オレの流した詩の真偽を確かめに来たのと同じだろ。
自分以外の神格が何かやってるような噂が耳に入ってきたから、その辺を確認するために実力行使に出た、っと。そんなところじゃね?」
ロキの答えに、トールも小さく頷いて肯定した。
あの獣神が襲撃してきた理由は、恐らくそういうもので間違いはないだろう。
であれば、もう一つ。
「お前の方を襲った、鳥の姿に化けとった奴は一体どういう目的があったんじゃろうな」
「それがなー………」
そちらの方ははっきりとした理由がわからず、ロキも頭を悩ませていた。
試練を妨害するように霧で閉ざし、小競り合い程度とはいえロキとも矛を交えた。
そこまでは、単純にロキの邪魔をしようとしていたように取れるが、最後に取った行動だけはわからない。
何故あの黒い鳥に化けた神は、ベルリンドの危機を救ったのか。
「それだけがどーにも分からんのだよなぁ。一体ありゃ何者なんだ?」
皆目見当もつかないという様子のロキに対して、トールは無言。
自分の顎に指を当てて、暫し考え込む。
英霊達を従える黒い獣神に、黒い鳥の姿をした変化の神。
両者の間に何らかの繋がりがあるのか、それともまったく関係のない別口であるのか。
トールはすぐに無関係という線を捨てた。
自分と互角に戦う戦士や、ロキも手を焼くほどの変化の使い手が、何の繋がりもないまま同時期に現れるとは考え難い。
可能性がゼロではないにしても、やはり両者に関係があると考えた方が自然だろう。
であれば次はその繋がりだ。
トールを襲撃しロキを妨害した二柱の神、それを繋ぐ線は何か。
「…………あ」
あの獣神が初めて口を開き、言葉を発した瞬間から頭の中に引っ掛かっていた違和感。
それが頭の中で、答えを導くピースのように当て嵌るのをトールは感じた。
「お。何か思いついたか?」
「少しな。ところでロキよ、二番目の試練を終えてからベルリンドの奴はどうした?」
「ん? 気絶してたしな、担いで村に戻ってきたら入り口のところに女従者がタイミングよく待ってて、そのまま強奪されちまったぞ?」
「強奪っちゅーかまぁ、当然の行動だとは思うが………」
何にせよ予想通りの答えではあったので一つ頷く。
自分が襲撃を受けた理由と、ロキが妨害を受けた理由。
それこそが素性も知れぬ二柱の神を繋ぐ線であると、トールは確信する。
どうも納得した様子の雷神に対して、道化の神は首を傾げて。
「何か分かったのかい?」
「一応な。まだ予想に過ぎんから、それを確かめに行くぞ」
それが当たりか外れか、必要なのは答え合わせだ。
思い立ったらすぐに行動。トールは椅子から立ち上がると、浮かべていた雷球を軽く握り潰した。
まだ理解が追いついてないロキも、慌てて椅子から立ち上がる。
光源が消えて真っ暗だが、神である二人にはただの暗闇程度なら障害にはならない。
「おいおい思いついたのは良いけど、説明ぐらいしてくれよ。っつーか確かめに行くって、一体どこ行くんだ?」
「決まっとるじゃろうが。ワシが襲われて、お前が妨害された理由のあるところだ」
「なんじゃそりゃ?」
どうやら演技でもなく、本当に分かっていないらしい。
恋は盲目とでも言えば良いのか、すっかり頭の回転が鈍っている悪友にトールは思わず嘆息した。
玄関の扉に手をかけながら、トールはその答えを口にする。
「村長の家に滞在しとる、ベルリンドのところだよ」
村長から借り受けた来客用の寝室にて。
今もベッドに横たわって静かな寝息を立てている主人の傍で、二人の従者は難しい顔をしていた。
ギーアは明らかに諦めたような表情で壁に背を預け、ヤナルはしきりに眠っているベルリンドの様子を気にしている。
特に語ることなく口を閉ざしていたギーアだが、それには一つため息を吐いた。
「落ち着けよ。若が自分でやると決めたことだろうが。ご当人も手出しは無用と言ってたんだ」
「………そうは言うけれど」
分かっているという言葉を、ヤナルは返すことができなかった。
試練の内容を聞いて、明らかに無茶だとベルリンドに説得を試みたのは一度や二度ではない。
だが主人の決意は固く、ギーアもヤナルも逆に説得を受けたぐらいだ。
―――これが自分の最後の我が儘だ。
―――結果を問わず、この試練を終えたのなら自分は次期領主としての道だけを黙って進むと。
そうまで言われてしまっては、従者の二人も首を横には振れなかった。
だからこそギーアは、ベルリンドが試練に挑んでいること自体には口を挟むつもりはない。
男がそうと決めたのならば、最後までやり遂げれば良い。
だがヤナルの方は違った。
「これ以上、続けさせるべきではない。若様の身に何かあれば一大事、即刻止めさせるべきよ」
「そりゃ若本人に言ってくれよ」
ヤナルの言葉に、ギーアはただ小さく肩を竦める。
それで済むのならばここまで頭を悩ませてはいないと、文句を言ったところで意味はない。
ベルリンドが本気で試練に挑むことを決意し、全身全霊を傾けていることはヤナルもよく分かっている。
分かっているからこそ、見ていられないのだ。
例え無事に成し遂げることができたとしても、そこにあるのは自己満足だけ。
ただそれだけの為に、この才能溢れる若き騎士が徒に傷ついていく。
我慢して見ていろと言う方が無理だ。
「落ち着けよ」
「私は十分に落ち着いている」
「そう言う奴は大体落ち着いてないんだ。だから落ち着け」
今にも飛び出して行ってしまいそうな同僚を、ギーアは嘆息混じりに宥める。
「お前の気持ちも分かるが、若のことを信じてやれよ。この方は俺達の目から見ても英雄の器なんだ」
「それとこれとは話が別だ」
信じているし、ベルリンドが英雄たる者だとも分かっているが、そういうことではない。
どうも複雑な乙女心のようなものを感じて、ギーアは頭を掻いた。
惚れ込むのは良いが、流石に一線引いてもらわないと仕事的にも拙いだろう。
その辺りをどう注意してやるべきかとギーアが悩んだところで、コンコンとドアが小さくノックされた。
「どうぞ」
村長だろうか、随分と遅い時間だが。
同僚との話やらで気が抜けていたのだろう、ギーアは軽く考えていた。
しかし扉を開いて入ってきたのは、予想もしていない相手だった。
「よぉ、すまんのう。こんな遅くに押しかけて」
「っ、貴女は………」
トールとロキ。二柱の神の姿に、ギーアとヨナルは反射的に身構えていた。
それを失策だったと思うよりも早く、トールは軽く手で制して。
「待て待て、ワシらは別にここで暴れる気はない」
「………何の話ですかな、トール殿」
「とぼけんでも良い。どうやら予想は当たったようじゃな」
その言葉に、ギーアは己の失態を悟る。
ヤナルの方はもう開き直ったのか、トールの後ろにいるロキを睨んでいた。
それに対して、トールは自分に戦意がないことを示すように両手を大きく広げて。
「そちらのギーアと名乗った方が、ワシと戦ったテスカトリポカじゃな?」
「……………」
どう答えるべきかと、問われたギーアは沈黙を返す。
誤魔化すことも考えたが、向こうにも確信があるのだろう。
下手に言い繕ったところで意味はない。
ギーアはまた小さく嘆息すると、トールの言葉を認めるように頷いた。
「ええ、その通り。俺がアンタと戦った“テスカトリポカ”だよ」
「ふむ。なら、そちらの方が………?」
「オレに一杯食わされちゃった間抜けな焼き鳥さんかにゃー? ヒヒヒヒヒ!」
無駄に挑発する道化の神を、トールは拳骨一発で黙らせた。
流石にこのぐらいでキレはせんだろうと思ったら、女従者の方はますます目を吊り上げている。
どうやら煽り耐性はあまり高くないらしい。
「………ええ、そうよ。そっちのふざけた女が馬鹿やってるのが見ていられなくて」
「まぁ、気持ちは分かる」
試練にかこつけて相当無茶苦茶やっていたのは知っている。
ヤナルはそれでベルリンドが危険な目に遭っていることが我慢できずに、妨害という行動に走ったのだろう。
「つまりそちらのお嬢ちゃんも、ワシらと同じようにどこぞの神格なわけじゃな?」
「………ええ」
最早隠す意味もないと、観念したようにヤナルは頷く。
「私もテスカトリポカよ」
「………なに?」
流石に予想もしていなかった言葉に、トールは訝しげに眉根を寄せた。
ロキもまた意味を図りかねて首を傾げる。
どういうことかとテスカトリポカ―――ギーアと名乗る方へ視線を向ければ、小さく肩を竦めて。
「言葉通りの意味だ。我々はテスカトリポカ。同じ神格が持つ別の顔だ」
多重神格とでも表現すれば良いのだろうか。
アステカ神話の主要神格であるテスカトリポカは無数の異なる“顔”を持っている。
戦争や支配、不和に魔術、美、誘惑、夜。他にも様々。
数え切れない程の権能を持つ原初の太陽神。
それがテスカトリポカと呼ばれる神だ。
太陽神の権能を持つ皇帝たるテスカトリポカ本体と、その手足として仕える十司祭。
ギーアもヤナルも十司祭の一員であり、テスカトリポカが持つ権能の幾つかを受け持つ別神格だ。
全員が例外なくテスカトリポカであるため、区別するために人としての名も持っているが。
同一でありながら異なる存在の神。
流石のトールも面食らってしまったが、気を取り直して新たな問いを口にする。
「その辺は理解できたが………そんな簡単に喋って良いことだったのか?」
「別に隠す意味もないだろう。あっさりと俺達のことまでたどり着いた景品だとでも思ってくれたらいい」
森の戦いで見せた苛烈さは鳴りを潜め、軽い調子でギーアは答えた。
ヤナルは答えない。判断はギーアの方に任せているのだろう。
ただ警戒は解かないままで、ベルリンドの傍らで鋭い視線を向け続けている。
「それで、こちらも質問して構わないかね」
「あぁ、何じゃ?」
「俺達がテスカトリポカだと知って、アンタらはどうするんだ? まさかそれを聞くためだけに来たってこともあるまい」
返答次第ではどうなるか。
ギーアにしろヤナルにしろこの場で戦う気はないが、逆にこの場でなければ幾らでも戦うつもりはある。
正体を探るだけならば、何も真正面から聞きに来る必要などないはずだ。
その意図を探るためにも、ギーアもあえて真正面から相手に問いを投げかけた。
どう答えるのか、どんな反応を見せるのか。
実力は十分に見せてもらった。後はその器も、この問答で見極めることができるかもしれない。
それに対し、問われたトールはふむと小さく頷いて。
「ぶっちゃけ確認できればそれで良しぐらいだったが、そっちが素直に答えてくれるんならそれだけじゃ勿体無い気がするな」
聞いている方が混乱してくるような答えが返ってきた。
一体何を言っているんだろう、この雷神は。
後ろで黙って様子見をしてるロキなど、何故か無意味にドヤ顔をしている。
脳筋を相手に真面目に応じても馬鹿を見るだけだと言外に言っているようだが、分かり難くて相手には伝わらないだろう。
そんなことなどまったく気に止めず、トールは自分のペースで話を進めていく。
「よし、立ち話もなんだしな。場所を変えるか」
「待て、待て。どういうことだ?」
「あ? 別に何も難しいことはあるまい」
意味がわからないと言いたげなギーアに、トールは不思議そうに首を傾げた。
「お互いに、この異なる地で初めて巡り会った者同士だ。腰を落ち着けて話の一つもしたいと思うもんだろう」
自分を襲ってきた相手だというのに、まるで親しげな友に語るようにトールは言った。
昔からこういう奴だったと、ロキは笑う。
戦場で出会えば敵同士であろうと、語らいたい相手や酒を酌み交わしてみたい相手はいる。
その機会に恵まれたのなら、躊躇う理由などあるまい。
「どうだ、酒場の方で話をせんか? 勿論、酒はワシの奢りでだ」
驚き、ギーアとヤナルは顔を見合わせた。
罠の類ではないかと一瞬疑うが、その様子は欠片も見られない。
本当に本気で本心から、この雷神は酒でも飲みながら話をしたいと言っているようだ。
器を見極めようなどと身構えた自分が愚かだったかもしれない。そう悟って、ギーアは笑う。
ヤナルもまた同じ気持ちなのか、無言で小さく頷いてみせた。
「………良いだろう。戦士の誘いだ、ありがたく付き合わさせて貰おう」
「よしよし、そうでなくてはな」
色好い返事に、トールも機嫌良さげに笑う。
「そうと決まったら早速行こうぜぇー。枕元で喋りたくって寝てる騎士様を起こしちゃ悪いからなぁ」
「………私は、お前のことを認めたわけではないから」
「あーあー、分かってるよぉ。まーでも仲良くしようぜー?」
ケラケラと笑うロキに、敵意を隠さず睨みつける女従者のヨナル。
殴り合いにならなければいいが、そうなれば向こうのギーアと二人で止めれば良いか。
そう気持ちを切り替えつつ、トール達は村の酒場へと向かう。
異なる地、異なる時を生きた四柱の神々。
その誰もが見知らぬ新たな地にて、彼らの酒宴が始まった。




