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9

兄は私と静さんの顔を交互に見比べ、不思議そうに首をかしげた。


「なに?もしかして、お前ら知り合い?」


私は涙を拭きながら、小さくうなずく。


「……うん」


兄は目を丸くした。


「マジかよ」


すると静さんが、兄に穏やかな口調で言った。


「少しだけ、二人きりにしていただけますか?」


「お、おう……」


兄は空気を読んだのか、それ以上何も聞かずその場を後にする。

静かな時間が流れる。

しばらく沈黙が続いたあと、静さんが口を開いた。


「久しぶりですね」


私はゆっくりとうなずく。


「……はい」


「まさか、ここで再会するとは思いませんでした」


静さんは少しだけ笑った。

その笑顔を見た瞬間、何年も胸の奥にしまっていた想いがあふれ出す。


「静さん」


「はい」


「私……静さんを追いかけて、警察官になりました」


静さんの表情が止まる。


「ホストクラブに行ったら、静さんはもう店を辞めてるって聞いて……」


「……」


「兄から『斎藤静』って名前を聞いたとき、もしかしたらって思ったんです」


私は静さんをまっすぐ見つめた。


「だから勉強しました。

警察学校も、訓練も、全部頑張りました。

もう一度、静さんに…、あなたに会いたかったから」


静さんは何も言わない。

ただ、静かに私の話を聞いてくれている。


想いを伝えるのは、今しかない。

そう思った。


「静さん」


私は大きく息を吸う。


「私……」


胸が苦しい。

足が震える。

それでも、この気持ちは伝えたかった。


「好きです」


静さんの瞳がわずかに揺れた。


「地下アイドルだった頃から、ずっと。

静さんに会えなくなっても、一度も忘れたことはありません。

だから――」


私は静さんの目を見つめ続けた。


「私と、お付き合いしてください!」


長い沈黙。

静さんはすぐには答えなかった。

ただ、困ったように小さく笑い、私を優しく見つめ返していた。

しばらくして、静さんは少し目を閉じ、小さく息をついた。


「まだ、誰にも言っていないことなんですが……」


その表情を見て、私の胸がざわつく。


「なんですか?」


嫌な予感がした。


「もしかして……もう彼女が……」


震える声で尋ねる。

静さんは静かに首を横へ振った。


「違います」


私は少しだけ安心する。

だけど、その安心は一瞬で消えた。


「私、男が好きなんですよ」


「……え?」


頭の中が真っ白になる。

言葉の意味は分かる。

でも、理解が追いつかない。

声が出なかった。

静さんは申し訳なさそうに微笑む。


「それに、本命がいます」


胸が締めつけられる。


「前から、ずっと好きなんです」


私は震える唇を必死に動かした。


「……誰、ですか?」


静さんは私に一歩近づく。

そして、誰にも聞こえないように耳元で小さく囁いた。


「あなたのお兄さん」


「……うそ」


私は首を横に振る。


「うそ……」


信じられない。

信じたくない。

そのときだった。


「話、終わったか?」


警察署の裏手にいた、兄が戻ってきた。

何も知らない兄は、いつもの調子で笑っている。

静さんは表情を変えずに兄の肩を軽く叩いた。


「ええ。今、終わりました」


「そっか」


兄は何も気づいていない。

静さんは私に一度だけ穏やかな視線を向けると、そのまま兄の横を通り過ぎて警察署内に入っていった。


私はその背中を見送ることしかできなかった。

何も言えない。

何も考えられない。

ただ、胸の奥だけが、静かに痛み続けていた。




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