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8

高校を卒業した私は、進路も決めないまま実家でゴロゴロしていた。

リビングのソファに寝転がり、スマートフォンを眺める。


高校卒業を機にメンバーが脱退、グループが解散してから一か月。

私は心のどこかでまた静さんに会えると思い、彼を探していた。


だけど、街を歩いても。

ホストクラブ街に行っても。

どこにもいない。

まるで最初から存在しなかった人みたいに。

どこか遠く、海外に行っているなら探しても無駄だし、諦めよう…。

そんなことを考えていると、玄関の扉が勢いよく開いた。


「ただいまー!」


帰ってきたのは、兄だった。

赤髪の短髪に制服の上着を肩へ掛けた、いかにもチャラそうな男。

だけど職業は警察官。

初めて知った人は、たいてい驚く。


「おーい、明音!」


兄は私を見つけるなり、ニヤニヤしながら近寄ってきた。


「警察官はいいぞー!」


「……なにが?」


「いい女がいっぱいいる!」


「はぁ?」


兄の言葉に思わず顔をしかめる。


「警察官の制服を身にまとい、凛とした瞳で犯人を追い詰め、最後は華麗に逮捕!」


兄は両手を広げ、大げさに語り始めた。


「そんなクールで、かっこいい女がいっぱいいるんだ!」


「相変わらず女好きだね、クソ兄貴(あにき)は」


「おいおい、人聞き悪いな」


兄は笑いながら肩をすくめる。


「でもさ、明音」


急に私の顔を覗き込んできた。


「お前だってイケメン好きだろ?」


「な、なに急に……」


「警察には、かっこいい男も沢山いるぞ!」


その一言に、私の耳がぴくりと動いた。


「……たとえばどんな人?」


「そうだなぁ」


兄は少し考えたあと、思い出したように笑う。


「俺の同期に、斎藤静(さいとうしずか)ってやつがいる」


「!!」


私は勢いよく立ち上がった。


「その人って、金髪で、顔が良くて、スタイルもいい人?」


「いや、髪は茶髪だけど」


兄は首をかしげる。


「顔もスタイルも抜群だぞ。女からはめちゃくちゃ人気ある」


胸が大きく脈打つ。

まさか。

ホストだった静さんは警察官に――。


「明音?」


兄の声も聞こえなかった。

私の頭の中には、あの優しい笑顔だけが浮かんでいる。


『私は、いつでもこの街にいます』


あの言葉が蘇る。

静さんは、街の警察官としてちゃんとこの街にいるんだ。

私は兄の肩を両手でつかんだ。


「兄貴!」


「お、おう?」


「私、警察官になる!」


「……は?」


兄はぽかんと口を開ける。

そんな兄をよそに、私はもう決めていた。


警察官になれば、また静さんに会える。

兄からの紹介ではなく、警察官として彼に会う。

たとえそれが、どれだけ遠回りでも。

私は、胸を張ってあの人にもう一度会いたかった。





それから私は、警察官になるため必死に勉強した。

何度も心が折れそうになった。

それでも諦めなかった。

もう一度、静さんに会うために。

そして約一年後。


私は警察学校を卒業し、警察官になった。

配属先は生活安全課。

希望していた部署ではなかったけれど、警察官になれたことが何より嬉しかった。


仕事を終えた私は、制服姿のまま捜査一課へ向かう。

兄に会うためだ。


「失礼しま~す…」


部屋を覗くと、兄の姿はなかった。


「あれ?」


私はスマートフォンを取り出し、兄へ電話をかける。


「おう、明音?どうした?」


「いまどこにいるの?」


「警察署の入り口のとこらへん」


「分かった」


電話を切り、私は警察署の入り口へ向かった。

自動ドアが開き、外へ出る。


すると、兄が誰かと楽しそうに話していた。


「だからさぁ――」


その声の先を見た瞬間、私は足を止める。

時間が止まったような気がした。


茶髪の短髪。

警察官の制服を着こなし、凛とした立ち姿。

穏やかな横顔。

間違えるはずがない。

静さんだった。


「あ……」


思わず声が漏れる。


「あ!明音!」


兄が私に気づき、大きく手を振る。


「今ちょうど、こいつと話してたんだけど――」


その言葉の途中で、静さんが私の方を見る。

目が合う。

その瞬間、張りつめていたものが一気にほどけた。


「っ……」


涙があふれる。

止めようとしても止まらない。


「お、おい!?」


兄が慌てて駆け寄ってくる。


「どうした、明音!?なんで泣いてるんだ?体調でも悪いのか?」


私は首を横に振ることしかできなかった。

静さんは何も言わず、制服の胸ポケットから一枚のハンカチを取り出す。


「どうぞ」


優しく差し出されたハンカチ。

私は震える手で、それを受け取った。


「……ありがとう、ございます」


涙でうまく顔が見えない。

でも分かった。

あの日と同じ、優しい声だった。


『私は、いつでもこの街にいます』


私は何年も遠回りをして、ようやく彼の言葉の意味にたどり着いた。




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