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高校を卒業した私は、進路も決めないまま実家でゴロゴロしていた。
リビングのソファに寝転がり、スマートフォンを眺める。
高校卒業を機にメンバーが脱退、グループが解散してから一か月。
私は心のどこかでまた静さんに会えると思い、彼を探していた。
だけど、街を歩いても。
ホストクラブ街に行っても。
どこにもいない。
まるで最初から存在しなかった人みたいに。
どこか遠く、海外に行っているなら探しても無駄だし、諦めよう…。
そんなことを考えていると、玄関の扉が勢いよく開いた。
「ただいまー!」
帰ってきたのは、兄だった。
赤髪の短髪に制服の上着を肩へ掛けた、いかにもチャラそうな男。
だけど職業は警察官。
初めて知った人は、たいてい驚く。
「おーい、明音!」
兄は私を見つけるなり、ニヤニヤしながら近寄ってきた。
「警察官はいいぞー!」
「……なにが?」
「いい女がいっぱいいる!」
「はぁ?」
兄の言葉に思わず顔をしかめる。
「警察官の制服を身にまとい、凛とした瞳で犯人を追い詰め、最後は華麗に逮捕!」
兄は両手を広げ、大げさに語り始めた。
「そんなクールで、かっこいい女がいっぱいいるんだ!」
「相変わらず女好きだね、クソ兄貴は」
「おいおい、人聞き悪いな」
兄は笑いながら肩をすくめる。
「でもさ、明音」
急に私の顔を覗き込んできた。
「お前だってイケメン好きだろ?」
「な、なに急に……」
「警察には、かっこいい男も沢山いるぞ!」
その一言に、私の耳がぴくりと動いた。
「……たとえばどんな人?」
「そうだなぁ」
兄は少し考えたあと、思い出したように笑う。
「俺の同期に、斎藤静ってやつがいる」
「!!」
私は勢いよく立ち上がった。
「その人って、金髪で、顔が良くて、スタイルもいい人?」
「いや、髪は茶髪だけど」
兄は首をかしげる。
「顔もスタイルも抜群だぞ。女からはめちゃくちゃ人気ある」
胸が大きく脈打つ。
まさか。
ホストだった静さんは警察官に――。
「明音?」
兄の声も聞こえなかった。
私の頭の中には、あの優しい笑顔だけが浮かんでいる。
『私は、いつでもこの街にいます』
あの言葉が蘇る。
静さんは、街の警察官としてちゃんとこの街にいるんだ。
私は兄の肩を両手でつかんだ。
「兄貴!」
「お、おう?」
「私、警察官になる!」
「……は?」
兄はぽかんと口を開ける。
そんな兄をよそに、私はもう決めていた。
警察官になれば、また静さんに会える。
兄からの紹介ではなく、警察官として彼に会う。
たとえそれが、どれだけ遠回りでも。
私は、胸を張ってあの人にもう一度会いたかった。
それから私は、警察官になるため必死に勉強した。
何度も心が折れそうになった。
それでも諦めなかった。
もう一度、静さんに会うために。
そして約一年後。
私は警察学校を卒業し、警察官になった。
配属先は生活安全課。
希望していた部署ではなかったけれど、警察官になれたことが何より嬉しかった。
仕事を終えた私は、制服姿のまま捜査一課へ向かう。
兄に会うためだ。
「失礼しま~す…」
部屋を覗くと、兄の姿はなかった。
「あれ?」
私はスマートフォンを取り出し、兄へ電話をかける。
「おう、明音?どうした?」
「いまどこにいるの?」
「警察署の入り口のとこらへん」
「分かった」
電話を切り、私は警察署の入り口へ向かった。
自動ドアが開き、外へ出る。
すると、兄が誰かと楽しそうに話していた。
「だからさぁ――」
その声の先を見た瞬間、私は足を止める。
時間が止まったような気がした。
茶髪の短髪。
警察官の制服を着こなし、凛とした立ち姿。
穏やかな横顔。
間違えるはずがない。
静さんだった。
「あ……」
思わず声が漏れる。
「あ!明音!」
兄が私に気づき、大きく手を振る。
「今ちょうど、こいつと話してたんだけど――」
その言葉の途中で、静さんが私の方を見る。
目が合う。
その瞬間、張りつめていたものが一気にほどけた。
「っ……」
涙があふれる。
止めようとしても止まらない。
「お、おい!?」
兄が慌てて駆け寄ってくる。
「どうした、明音!?なんで泣いてるんだ?体調でも悪いのか?」
私は首を横に振ることしかできなかった。
静さんは何も言わず、制服の胸ポケットから一枚のハンカチを取り出す。
「どうぞ」
優しく差し出されたハンカチ。
私は震える手で、それを受け取った。
「……ありがとう、ございます」
涙でうまく顔が見えない。
でも分かった。
あの日と同じ、優しい声だった。
『私は、いつでもこの街にいます』
私は何年も遠回りをして、ようやく彼の言葉の意味にたどり着いた。




