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静さんは腕時計に目をやると、小さく息をついた。
「私は店に戻ります」
そう言って私の方を見て、少しだけ笑う。
「あなたは家に帰って、駄菓子でも食べて、くつろいで寝てください」
「……」
なんなの、その扱い。
子どもだと思われてるのが丸分かりじゃん。
少しむっとしながらも、私は笑ってしまった。
静さんは軽く手を振ると、そのまま店の入口へ向かって歩き出す。
私はその背中を、ただ見つめていた。
このまま帰ったら、もう二度と会えないかもしれない。
そう思った瞬間、気づけば声が出ていた。
「静さん!」
静さんが立ち止まり、ゆっくり振り返る。
「……また会えますか?」
私の言葉に一瞬だけ沈黙が流れる。
静さんは困ったように笑ってから、穏やかな口調で答えた。
「私は、いつでもこの街にいます」
それだけ言うと、静さんは背中を向け、ネオンの光の中へ歩いていった。
私はその姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
胸が苦しい。
でも、不思議と嫌な苦しさじゃない。
頬が熱い。
私は両手で自分の顔を覆い、小さくつぶやいた。
「……メロい男め…」
次の日の夕方。
私はいつものように劇場へ向かった。
更衣室で衣装に着替えながら、昨日、静さんに言われた言葉を思い返す。
『ないものではなく、あるものに目を向ける。
奇跡の一枚を撮ってもらうんです』
あれから一晩考えた。
やってみよう。
失うものなんて何もない。
開演時間になり、私たちはステージへ上がる。
客席を見渡す。
「……あっ」
今日は、お客さんが三人いた。
一人増えてる。
黒い帽子を深く被った男性が一人。
前の私なら見逃していたかもしれないその変化が、今は少しだけ嬉しかった。
私はマイクを握る。
「皆さん、本日は来てくださってありがとうございます!」
客席の三人が拍手をしてくれる。
「今日は皆さんに、お知らせがあります!
今日からライブ中の写真撮影をOKにします!
可愛いところをたくさん撮ってください!」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
客席の三人は顔を見合わせ、すぐにスマートフォンを取り出した。
スマホを構える姿を見て、私の胸は急にドキドキし始める。
ステージ上でメンバーの加奈子が小声で言った。
「なんか……いつもより緊張する」
「分かる……」
ほかのメンバーも苦笑いしている。
私は深呼吸をして、みんなに笑いかけた。
「大丈夫!」
メンバーの視線が私に集まる。
「いつも通りいこう!」
私はにっと笑った。
「せっかくだもん。可愛いところ、いっぱい撮ってもらおうよ!
上の人に怒られちゃっても、私が責任とるから。だから、頑張ろう!」
一瞬の沈黙のあと、メンバーたちも笑顔になる。
「うん、そうだね!」
「よーし、今日は最高のライブにしよう!」
照明がゆっくりと落ちる。
イントロが流れ始めた。
三台のスマートフォンのレンズが、一斉に私たちへ向けられる。
――静さん。
あなたの言う"奇跡の一枚"。
今日、このステージで生まれるといいな。
私は最高の笑顔で、一曲目を歌い始めた。




