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5

静さんは腕時計に目をやると、小さく息をついた。


「私は店に戻ります」

そう言って私の方を見て、少しだけ笑う。


「あなたは家に帰って、駄菓子でも食べて、くつろいで寝てください」


「……」


なんなの、その扱い。

子どもだと思われてるのが丸分かりじゃん。

少しむっとしながらも、私は笑ってしまった。


静さんは軽く手を振ると、そのまま店の入口へ向かって歩き出す。

私はその背中を、ただ見つめていた。

このまま帰ったら、もう二度と会えないかもしれない。

そう思った瞬間、気づけば声が出ていた。


「静さん!」


静さんが立ち止まり、ゆっくり振り返る。


「……また会えますか?」


私の言葉に一瞬だけ沈黙が流れる。

静さんは困ったように笑ってから、穏やかな口調で答えた。


「私は、いつでもこの街にいます」


それだけ言うと、静さんは背中を向け、ネオンの光の中へ歩いていった。

私はその姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。


胸が苦しい。

でも、不思議と嫌な苦しさじゃない。

頬が熱い。

私は両手で自分の顔を覆い、小さくつぶやいた。


「……メロい男め…」






次の日の夕方。

私はいつものように劇場へ向かった。

更衣室で衣装に着替えながら、昨日、静さんに言われた言葉を思い返す。


『ないものではなく、あるものに目を向ける。

奇跡の一枚を撮ってもらうんです』


あれから一晩考えた。

やってみよう。

失うものなんて何もない。

開演時間になり、私たちはステージへ上がる。

客席を見渡す。


「……あっ」


今日は、お客さんが三人いた。

一人増えてる。

黒い帽子を深く被った男性が一人。

前の私なら見逃していたかもしれないその変化が、今は少しだけ嬉しかった。

私はマイクを握る。


「皆さん、本日は来てくださってありがとうございます!」


客席の三人が拍手をしてくれる。


「今日は皆さんに、お知らせがあります!

今日からライブ中の写真撮影をOKにします!

可愛いところをたくさん撮ってください!」


一瞬の静寂。

次の瞬間。

客席の三人は顔を見合わせ、すぐにスマートフォンを取り出した。

スマホを構える姿を見て、私の胸は急にドキドキし始める。


ステージ上でメンバーの加奈子(かなこ)が小声で言った。


「なんか……いつもより緊張する」


「分かる……」


ほかのメンバーも苦笑いしている。

私は深呼吸をして、みんなに笑いかけた。


「大丈夫!」


メンバーの視線が私に集まる。


「いつも通りいこう!」

私はにっと笑った。


「せっかくだもん。可愛いところ、いっぱい撮ってもらおうよ!

上の人に怒られちゃっても、私が責任とるから。だから、頑張ろう!」


一瞬の沈黙のあと、メンバーたちも笑顔になる。


「うん、そうだね!」


「よーし、今日は最高のライブにしよう!」


照明がゆっくりと落ちる。

イントロが流れ始めた。

三台のスマートフォンのレンズが、一斉に私たちへ向けられる。


――静さん。

あなたの言う"奇跡の一枚"。

今日、このステージで生まれるといいな。


私は最高の笑顔で、一曲目を歌い始めた。




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