4
静さんが私の手を離し、一歩距離を取る。
そして、真っすぐ私を見つめて言った。
「あなた、小学生ですよね」
「……え?」
予想もしなかった言葉に、間の抜けた声が漏れる。
「成人女性の割には胸がありませんし、身長も低い。それに、大人っぽく見せようとしている下手なメイク」
静さんは小さくため息をついた。
「……全部、無理をしているように見えます」
「なっ……!」
思わず言葉を失う。
小学生ではないけれど、ここまで見抜かれるなんて思ってもいなかった。
「その反応を見る限り、図星でしょう?」
「ち、違います!」
私は反射的に叫んだ。
「私は高校生で!」
そう言った瞬間、自分で口を押さえた。
「あ……」
しまった。
完全に自爆した。
静さんは少しだけ目を丸くしたあと、小さく笑う。
「高校生?」
「……」
「それなら、あなたは未成年。お酒は飲めませんよ」
「わ、分かってる!」
顔が熱い。
恥ずかしくて逃げ出したい。
「それで…」
静さんは怒るでもなく、優しく問いかけてきた。
「どうして店に来たんですか?」
私は俯いたまま、指先をぎゅっと握る。
こんなことを言ったら笑われるかもしれない。
気持ち悪いと思われるかもしれない。
それでも、この人には嘘をつきたくなかった。
「……あなたに」
声が震える。
「あなたに、会いたかったから……」
沈黙が流れる。
私は恐る恐る顔を上げた。
静さんは驚いたように私を見つめ、それから困ったように笑った。
「困りましたね」
「……え?」
「そんな真っすぐなことを言われると、ホストでも返事に困ります」
その笑顔を見た瞬間、私はまた胸が苦しくなった。
私は観念して、小さく息を吐いた。
「私の名前…、田森凛なんて名前じゃありません」
静さんは何も言わず、私の言葉を待っている。
「森田明音です」
「明音さん…」
本名を呼ばれただけで、胸が少し熱くなった。
「実は私、地下アイドルをやっていて…」
「地下アイドル?」
「はい。五人組だったんですけど、一人辞めちゃって……」
私は今までのことを全部話した。
学校が終わると毎日レッスンへ通っていること。
アイドル活動を始めて半年が経ったこと。
そして――。
「ライブのお客さんは、二人しかいません」
言葉にすると、改めて胸が痛んだ。
静さんは少しだけ目を伏せ、静かに呟く。
「客が二人……」
私は苦笑いを浮かべた。
「どれだけ頑張っても、結果が出なければ意味ないですよね……」
その言葉を聞いた静さんは、ゆっくりと首を横に振る。
「そんなことはありません」
「……え?」
「あなたは、ないものばかり見ています」
静さんの視線がまっすぐ私を射抜く。
「大切なのは、ないものではなく、あるものに目を向けることです」
「あるもの……?」
「客が二人いる。それが、あなたの武器です」
意味が分からず、私は首を傾げた。
「二人しかいないのに?」
「二人"も"いるんです」
静さんは迷いなく言い切った。
「その二人に、どうすればあなたたちの魅力を広めてもらえるかを考えるんです」
私は少し考えてから口を開く。
「……友達を勧誘してもらう、とか?」
静さんは額に手を当て、小さくため息をついた。
「あなたは馬鹿ですか?」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
「勧誘なんて成功率の低いことを、なぜ最初に考えるんです」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「ライブ中の写真撮影を許可するんです」
「写真撮影?」
「ええ」
静さんは微笑んだ。
「お客さんに、あなたが一番輝いている瞬間を撮ってもらうんです」
「一番輝いている瞬間……?」
「ええ。それが奇跡の一枚になります」
その言葉に、私は息をのむ。
「推しが最高に輝いている一枚なら、誰だって自慢したくなる。SNSに投稿したくなるんです」
静さんはスマートフォンを取り出し、画面を私に見せた。
画面には静さんのファンであろう人のSNSが表示されていた。
そこに投稿されていた静さんの写真には『いいね』がたくさんついている。
「人は広告より、人が投稿した写真を信じます」
私は画面を見つめながら、小さく呟く。
「私の奇跡の一枚を……ファンの人がSNSにアップすればいいってこと?」
「そうです」
静さんは優しく微笑んだ。
「あなたが頑張るだけでは、人には伝わりません。誰かにこの子を見てほしいと思わせて初めて、ファンは増えていくんです」
私は静さんの言葉を何度も頭の中で繰り返した。
――ないものじゃない。
あるものを見る。
その考え方は、今までの私にはなかったものだった。




