第97話 神々の国の管理者
第97話です。
奈良の大仏の石版をきっかけに、神々の国の奥へ進みます。
翌朝。
悠真は宿の一室で、机の上に置いた石版を見つめていた。
奈良の大仏が描かれた石版。
異世界にあるはずのないもの。
それなのに、確かに目の前にある。
すでに見つけた富士山、東京タワー、金閣寺、清水寺の石版は、地球側にいるアルヴェルトへ渡している。
今、悠真の手元にあるのは、この奈良の大仏の石版だけだった。
「……結局、これも神に聞くしかないよな」
悠真は小さく呟く。
奈良の大仏。
富士山。
東京タワー。
金閣寺。
清水寺。
なぜ異世界に、地球のものが描かれた石版が存在するのか。
それを知るには、もう一度神々の国へ行くしかない。
悠真は石版を布で包み、収納袋へしまった。
そして、三種の神器を確認する。
前回とは違う。
神の攻撃は無効化できる。
少なくとも、一方的に脅されるだけの立場ではない。
交渉はできる。
「二回目だしな」
そう言い聞かせると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
レオンたちはまだ寝ている。みんな疲れてるのだろう。どの道、自分しか神々の国へはいけないので一人でこっそり行くことに決めた。
早朝まだ薄暗い中悠真はガイオの屋敷を出ると、王都の外れにある祭壇へ向かった。
石造りの祭壇の中へ足を踏み入れる。
「来たか」
聞き慣れた声が響いた。
モーガントだ。
次の瞬間、祭壇の前に巨大な階段が現れる。
天へ続くような白い階段。
だが悠真は驚かない。
「その演出、必要か?」
「気に入ってるんだ」
モーガントが楽しそうに答える。
「そうなんだ」
言葉が終わると同時に景色が切り替わった。
次の瞬間。
悠真は別の場所に立っていた。
神々の国。
白い大地。
どこまでも高い空。
遠くに並ぶ巨大な神殿。
人間界とはまるで違う、静かすぎる世界。
前と同じ景色のはずなのに、やはり圧倒される。
美しい。
だが同時に、どこか生活の匂いがない。
土の匂いも、草の匂いも、料理の匂いもない。
神々の国というより、巨大な舞台装置の中に立っているようだった。
「おっ、来たか」
声が響いた。
悠真は顔を上げる。
遠くにモーガントがいた。
相変わらず、神らしい威厳を半分くらいどこかに置き忘れたような姿で、こちらを見ている。
片肘をつき、退屈そうにしているのに、こちらの来訪にはすぐ気づいたらしい。
「来たよ」
「また何か用か?」
「たぶん、そっちにとっても関係ある」
「ほう」
モーガントの目が少しだけ細くなる。
悠真は収納袋から布包みを取り出した。
ゆっくりと布をほどく。
奈良の大仏が描かれた石版が現れる。
モーガントの表情が変わった。
さっきまでの気だるそうな顔から、わずかに真面目な色が浮かぶ。
「……やっぱりそれか」
その一言で、悠真は確信した。
モーガントは、この石版を知っている。
「知ってるんだな」
「もちろん」
モーガントは石版を見つめたまま頷いた。
「それもゼラモードが作ったものだ」
「また、その名前か」
悠真は眉を寄せた。
ゼラモード。
やはり、この名前に行き着く。
「そいつは何者なんだ?」
「簡単に言うなら、とにかくすごい奴だ」
「簡単すぎるだろ」
「詳しく話すと長くなる」
「じゃあ短くしてくれ」
モーガントは面倒そうに頭を掻いた。
「ゼラモードは昔、異世界へ行ったと言っていた」
「異世界?」
「ああ。お前のいた世界だろうな」
悠真の胸がわずかに跳ねた。
「地球か」
「名前までは知らんがな」
「そこで見たものを石版にしたのか?」
「たぶんな」
モーガントは肩をすくめる。
「帰ってきた時、妙な石版をいくつも持っていた。土産だと言って、十二神に配っていたぞ」
「土産……」
悠真は思わず石版を見下ろした。
神々への土産が、日本の名所を描いた石版。
壮大なのか、雑なのか、判断に困る。
「俺も一枚もらった」
「何の石版だ?」
「山だ」
モーガントは記憶を探るように目を細めた。
「大きな山が描いてあった」
悠真はすぐに思い当たった。
「富士山か」
「そんな名前だった気がする」
「それなら見つかってる」
「えっ?」
「富士山の石版は、今は地球側にいるアルヴェルトに渡してある。他にも東京タワー、金閣寺、清水寺の石版も渡した」
モーガントは少しだけ驚いたように目を開いた。
「お前、もうそんなに見つけてるのか」
「集めてるつもりはなかったんだけどな。流れでそうなった」
「流れで神の土産を集めるな」
「俺に言われても困る」
悠真は軽く返した。
モーガントは口元だけで笑う。
「まあ、富士山が見つかっているなら話は早い」
「他の石版も神が持ってるのか?」
「可能性はある」
モーガントは言い切らなかった。
「ゼラモードが十二神に配ったのは確かだ。だが、その後どう扱ったかはそれぞれだ」
「お前は?」
「覚えてない」
「覚えてないって……」
「昔の話だからな」
「神様がそんな大事そうなもの忘れるなよ」
「当時は大事かどうか分からん」
悪びれない。
まったく悪びれない。
悠真は思わず額を押さえたくなった。
だが、モーガントの言葉から見えてきたことはある。
石版はゼラモードが作った。
十二神に配られた。
そして一部は、今も神々の手元に残っている可能性がある。
「誰なら知ってそうなんだ?」
悠真が尋ねると、モーガントは少し考えた。
「カンジンとベンジンだな」
「カンジンとベンジン?」
「双子の神だ」
モーガントの声が、少しだけ真面目になる。
「あいつらは神々の国の管理者だ」
「管理者?」
「ああ。この国そのものを管理している。天使の泉も、そこから生まれる天使たちもな」
「天使の泉?」
聞き慣れない言葉だった。
悠真が首を傾げると、モーガントは当然のように続ける。
「天使は泉から生まれる」
「泉から?」
「そうだ」
「……魚みたいだな」
「似たようなもんだ」
「いや、似てるのかよ」
神の感覚はよく分からない。
ただ、天使という存在が、悠真の想像よりもずっと仕組みとして管理されていることだけは分かった。
「神が必要な時、泉から天使を得る。だが、生まれてくる天使の能力はまちまちだ」
「能力?」
「優秀な者もいれば、そうでない者もいる」
「そうでない天使はどうなるんだ?」
「人間にして下界へ送る」
悠真は一瞬、言葉を失った。
あまりにも簡単に言われたからだ。
能力が低い。
役に立たない。
だから人間にして下界へ送る。
神々の国では、それが当たり前なのかもしれない。
だが悠真には、すぐに納得できる話ではなかった。
「……それ、本人は納得してるのか?」
「知らん」
「知らんって」
「俺の管轄じゃない」
モーガントはあっさり言う。
その軽さが、逆に神らしく感じる。
人間とは見ている場所が違う。
価値観も違う。
だからこそ、話し合わなければ危うい。
悠真はそう思った。
「カンジンとベンジンは、その泉を管理してるんだな」
「そうだ」
「なら、石版のことも何か知ってる可能性があるってことか」
「あるかもな」
「曖昧だな」
「確実に知っているとは言えん。だが、あいつらは俺と違って物を捨てたりはしない」
「そこは自覚あるんだな」
「あるぞ」
「直す気は?」
「ない」
「だろうな」
悠真は小さく息を吐いた。
会話が軽く進むおかげで忘れそうになるが、今話している内容はかなり大きい。
石版。
十二神。
ゼラモード。
天使の泉。
どれも、今後の物語を大きく動かしそうなものばかりだった。
その時、モーガントがふと腕を組んだ。
「本当はな」
「ん?」
「お前と協力して、ベルナルドを潰したかったんだが」
聞き慣れない名前だった。
悠真は眉を寄せる。
「ベルナルド?」
「前に言っただろ。潰したい神がいるって」
「ああ……あの話か」
名前までは聞いていない。
だが、モーガントが以前、自分に協力を求めたことは覚えている。
神同士の面倒な話。
その相手が、ベルナルドという神らしい。
「そいつがベルナルドなのか」
「ああ」
「諦めたのか?」
「諦めてない」
モーガントは即答した。
「ただ、今は優先順位が変わった」
「優先順位?」
「食料だ」
あまりにも迷いのない答えだった。
悠真は一瞬、返事に困った。
「神を潰す話より?」
「今はな」
「理由が生活感ありすぎないか?」
「腹が減れば神も動けん」
妙に説得力があった。
モーガントは神々の国を見渡す。
美しい白い世界。
だが、そこには畑もない。
果樹もない。
家畜もいない。
料理の匂いもない。
見た目は神聖でも、食べ物を生み出す場所ではないのだ。
「この国では食べ物が作れない」
モーガントは言った。
「俺たち十二神は、それぞれ管轄する土地を守る。その代わりに、人間界から食料を得る」
「守護の対価ってことか」
「そうだ」
「でも足りてないのか?」
「足りてない」
モーガントはあっさり認めた。
「だから、ベルナルドは後回しだ。今は食料の方が重要だ」
「神様の国も大変なんだな」
「大変だぞ」
軽く言っているが、問題は深そうだった。
もし神々が食料を必要としていて、人間界がそれを満たせなくなったらどうなるのか。
守護の均衡が崩れるのか。
神が人間界へ強引に要求するようになるのか。
考えるだけで、面倒な匂いがした。
モーガントは悠真を見る。
「石版の情報をやる」
「その代わり、定期的に食料を回せ」
「それ、こっちが損じゃないか?」
「ちっ」
モーガントが舌打ちした。
「ケチだな」
「いや、普通に考えろよ。俺一人で神々の国の食料をどうにかできるわけないだろ」
「だから交渉だ」
「交渉っていうより、丸投げに聞こえるんだけど」
「細かいことを気にするな」
「気にするよ」
悠真は腕を組んだ。
定期的な食料供給。
個人でどうにかできる話ではない。
王家。
ギルド。
流通。
農地。
商人。
考えなければならないことが山ほどある。
だが、そこでふとローディアスの顔が浮かんだ。
昨日、ローディアスは騎士団へ戻ると言っていた。
王家ともう一度向き合う。
過去から逃げず、やり直す。
神々の国への食料供給。
それは、王家にとっても無視できない問題のはずだ。
「……ローディアスに聞いてみるか」
「誰だ、それは」
「こっちの話だ」
悠真は軽く首を振った。
「王家と向き合うチャンスになるかもしれないしな」
ローディアス本人がどう受け取るかは分からない。
だが、昨日の彼なら、ただ逃げることはしないはずだった。
「すぐには約束できない」
悠真はモーガントに向き直る。
「でも、話は持っていく」
「それでいい」
モーガントはあっさり頷いた。
「俺は結果が欲しいだけだ」
「ほんと神様っぽくないな」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてない」
悠真は肩をすくめた。
それから、改めて石版の話へ戻す。
「それで、そのカンジンとベンジンに会えば、何か分かるかもしれないんだな?」
「かもしれない」
「またそれか」
「あいつらが何を知っていて、何を持っているかまでは知らん」
モーガントは淡々と言った。
「だが、話を聞く価値はある」
「なら会わせてくれ」
「まあいいだろう」
モーガントが指を鳴らした。
その瞬間、大地が震えた。
悠真の前に、巨大な階段が現れる。
白い石で作られた、天へ続くような階段。
どこまでも高く、どこまでも長い。
前に見た時と同じだった。
初めてなら、圧倒されていたかもしれない。
だが悠真は、もう知っている。
これは登るためのものではない。
ただの演出だ。
「またそれか」
悠真が呆れたように言うと、モーガントは得意げに笑った。
「気に入ってるんだ」
「無駄に派手なんだよ」
「神だからな」
「便利な言葉だな」
「そうだろう」
モーガントは軽く手を振った。
「じゃあ行くぞ」
次の瞬間。
景色が切り替わった。
歩いた感覚はない。
浮いた感覚もない。
ただ、一枚の絵をめくったように世界が変わる。
悠真は瞬きをした。
そこは、先ほどまでとはまったく違う場所だった。
白い。
どこまでも白い世界。
足元には薄い霧のようなものが流れている。
遠くには雲海が広がり、空は淡い銀色の光を帯びていた。
息を吸うと、胸の奥が少し冷える。
「空気が薄い……?」
「さっきより高い場所だからな」
モーガントが言う。
悠真は周囲を見回した。
神々の国は広い。
だが、ここはさらに別の領域のように感じる。
静かで、白くて、音が少ない。
遠くに巨大な泉が見えた。
湖のように広い。
しかし、水ではなかった。
泉の中には光が満ちている。
金にも銀にも見える粒が、静かに湧き上がり、空へ溶けていく。
風はない。
それでも光は揺れている。
まるで、この場所そのものが呼吸しているようだった。
「ここが天使の泉だ」
モーガントが言った。
悠真は息を呑む。
異世界へ来てから、何度も不思議なものを見てきた。
魔法も見た。
神とも出会った。
神々の国にだって来た。
それでも、この場所は違った。
命が生まれる場所。
そう言われれば、納得してしまうだけの気配があった。
「……ここから天使が生まれるのか」
「ああ」
モーガントは短く答えた。
その時だった。
泉の向こう側に、二つの影が見えた。
最初は、光の揺らぎかと思った。
だが違う。
人影だ。
二人。
かなり小さい。
幼い見た目だった。
白銀の髪。
同じ顔立ち。
同じ衣。
同じ瞳。
左右に並ぶ姿は、鏡に映したようにそっくりだった。
双子。
そう聞いていなければ、幻かと思ったかもしれない。
二人は同時にこちらを向いた。
そして、同じ声で言う。
「来たね」
「来たね」
声が重なる。
けれど、不思議とうるさくはなかった。
透き通った鈴の音が、二つ同時に鳴ったような声だった。
悠真はゆっくりと息を吐く。
この二人が。
神々の国を管理する双子神。
カンジン。
ベンジン。
そして、ゼラモードに近い何かを知っているかもしれない存在。
二人の背後では、天使の泉が静かに光を湧き上がらせている。
奈良の大仏の石版。
ゼラモードという謎の名。
まだ見ぬ石版。
そして、天使の泉。
ひとつの謎を追っていたはずなのに、また別の扉が開こうとしていた。
悠真は小さく呟く。
「……さて」
双子神が、同時に微笑んだ。
その笑みは幼く、けれど底が見えなかった。
神々の国の奥。
ここから、石版の謎はさらに深くなっていく。
ここから石版の謎が少しずつ深まっていきます。
カンジンとベンジン、そして天使の泉。
次話もよろしくお願いします。




