第96話「奇跡のあとで」
第96話です。
ついにローディアスの娘、アイリが登場します。
これまで積み重ねてきた出来事が、
一つの形として報われる回になっています。
そして、新たな関係の始まりも。
ぜひ最後までお楽しみください。
王都の中心から離れるにつれて、景色はゆっくりと色を変えていった。
整えられた石畳はひび割れ、建物の壁はくすみ、通りを歩く人の数も減っていく。
華やかな王都とは違う、静かな生活の匂いが漂っていた。
「……ここは」
レオンが周囲を見回しながら呟く。
ローディアスは何も言わず、足を止めることもなかった。
ただ、まっすぐに進む。
その背中には、焦りと決意が混ざっている。
やがて、小さな家の前で立ち止まった。
決して大きくはない。
だが、丁寧に手入れされているのが分かる。
ローディアスは扉を開けた。
「戻った」
短い一言。
すぐに奥から足音が響く。
現れたのは、一人の女性だった。
「あなた……!」
驚きと安堵が入り混じった声。
「やっと帰ってきたのね……!」
駆け寄ってくる。
ローディアスは一瞬だけ表情を緩めた。
「ああ、リリー」
その呼び方には、確かな温度があった。
リリーは涙ぐみながら頷く。
だがすぐに顔を上げた。
「アイリが……」
その言葉に、ローディアスの目が鋭くなる。
「大丈夫だ」
はっきりと言い切る。
「治せる」
一瞬、空気が止まる。
「……本当に?」
「ああ」
迷いはなかった。
ローディアスは奥へと進む。
悠真たちも後に続いた。
部屋の中は静かだった。
小さなベッドの上に、一人の少女が横たわっている。
細い。
あまりにも細い。
呼吸は浅く、胸の動きも弱い。
今にも消えてしまいそうだった。
「……」
悠真は言葉を失った。
思っていた以上に危うい。
本当にぎりぎりだったのかもしれない。
ローディアスはゆっくりと近づいた。
「アイリ」
優しく呼ぶ。
反応はない。
だが、その声は届いているようだった。
ローディアスは回復カードを握りしめる。
一瞬だけ目を閉じた。
「……頼む」
淡い光が広がる。
カードが輝き、光がアイリの身体を包み込んでいく。
しばらくは何も変わらなかった。
だが――
呼吸が変わる。
浅かった呼吸が、ゆっくりと深くなる。
胸が確かに上下している。
指先が、わずかに動いた。
「……っ」
リリーが息を呑む。
ローディアスは動かない。
ただ見ている。
祈るように。
そして。
ゆっくりと。
まぶたが開いた。
「……あれ」
かすれた声。
だが、確かな意識。
「ここ……」
視線が揺れ、やがて止まる。
「……お父さん?」
「ああ、アイリ大丈夫か?」
ローディアスの声が、わずかに震える。
アイリはゆっくりと身体を起こす。
一瞬ふらつく。
だが、そのまま自分の手を見る。
握って開く。
「……すごく軽い」
ぽつりと呟く。
そして――
勢いよく起き上がった。
「えっ、ちょっと待って」
自分で驚いている。
「私……動けるんだけど!?」
声が弾む。
そのまま立ち上がろうとして、少しよろける。
それでも笑っていた。
まるで別人のように、生きている笑顔。
その瞬間。
悠真の視線が止まった。
「……」
言葉が出ない。
ただ見ていた。
胸の奥が、少しだけざわつく。
「……なんだこれ」
小さく呟く。
自分でも分からない感覚だった。
リリーが涙を流しながらアイリを抱きしめる。
「よかった……本当に……」
サイリも駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん!」
アイリは笑って応えた。
「心配かけたね」
その声は、明るかった。
ローディアスはゆっくりと振り返る。
悠真を見る。
「……この男が」
一歩、前に出る。
「身体を張って、神と交渉してくれたんだ」
部屋の空気が変わる。
リリーが息を呑む。
「神と……?」
ローディアスは頷く。
「容易なことではない」
一拍。
「普通なら、戻ってこれない」
静かな言葉。
だが重かった。
悠真は少しだけ顔をしかめる。
「……大げさだって」
軽く言う。
「たまたま上手くいっただけだ」
だが、その場の誰もが分かっていた。
それが簡単なことではないと。
リリーが深く頭を下げる。
「本当にありがとうございます……」
声が震える。
アイリも一歩前に出た。
「……ありがとう」
一瞬の間。
「悠真さん」
その呼び方に、悠真の心が少しだけ揺れる。
サイリも元気よく続く。
「ありがとう!」
「悠真さん!」
悠真は照れくさそうに笑う。
「……大したことしてないって」
そう言いながら、どこか落ち着かない。
⸻
その日の夜。
小さな家に笑い声が満ちていた。
質素な食事。
だが温かい。
アイリは何度も体を動かしていた。
「ほんとに元気だ……」
自分でも信じられない様子で笑う。
リリーが苦笑する。
「無理しないのよ」
「大丈夫だって!」
即答。
ローディアスが小さく笑う。
「変わってないな」
その光景を、悠真は少し離れて見ていた。
⸻
食事の後。
ローディアスが静かに言う。
「……明日、王に会ってくる」
視線が集まる。
「騎士団に戻ろうと思う」
一拍。
「もう一度、やり直す」
レオンが頷く。
「それがいい」
「今の王には、お前が必要だ」
ローディアスは静かに頷いた。
⸻
夜。
悠真たちはガイオの屋敷へ戻る。
しばらく静かな時間が流れた。
やがてレオンが口を開く。
「……なんかいい時間だったな」
一歩前に出る。
「だが」
一拍。
「そろそろ現実に戻るぞ」
悠真を見る。
「次は本題だ」
わずかな間。
「石版だな」
空気が変わる。
穏やかな時間が、ゆっくりと引いていく。
悠真は小さく頷いた。
「……ああ」
まだ終わっていない。
ここからが、本当の始まりだった。
第96話を読んでいただきありがとうございます。
無事にアイリが回復し、
ローディアスの物語も一つ区切りを迎えました。
ですが、物語はここで終わりではありません。
石版、そして神との取引。
ここから物語は再び動き出します。
次回もぜひよろしくお願いします。




