第93話「呼ばれた者」
第93話です。
神からの呼びかけ。
そして、悠真の決断。
仲間を残し、一人で向かう先にあるものとは。
これまでの流れから一歩踏み出し、
物語は新たな領域へと進みます。
ぜひ最後までお読みください。
部屋に満ちていた気配が、ゆっくりと消えていった。
モーガントの声は、今はもう聞こえない。
だが、この言葉だけが、重く残っていた。
――悠真、一人で来るがいい。
――来れば、その娘を治すと約束しよう。
静寂が落ちる。
誰もすぐには動かなかった。
「……罠だな」
最初に口を開いたのはレオンだった。
短く、はっきりと言い切る。
当然だ。
相手は神だ。
まともな話になるとは思えない。
ローディアスは何も言わない。
ただ、拳を強く握りしめていた。
娘の命がかかっている。
その重さだけが、そこにあった。
悠真は小さく息を吐いた。
そして顔を上げる。
「……まあ行ってくるわ」
それだけだった。
それ以上、何も言わない。
誰もすぐには返さなかった。
言葉にする必要がないと分かっていたからだ。
悠真はそのまま踵を返す。
もう迷っていない。
「……一人は危険すぎる」
背後からレオンの声が飛ぶ。
止める言葉。
だが、強くはなかった。
分かっているからだ。
止めても行くと。
悠真は足を止めない。
「無茶だけはするなよ」
今度は少しだけ柔らかい声。
「わかってるって」
短く返す。
振り返らずに。
ローディアスが一歩前に出た。
「……本来なら、私が行くべきだ」
低い声。
だが悠真は軽く首を振る。
「無理だろ」
それだけ言う。
「向こうは俺にしか興味なさそうだったし」
少しだけ肩をすくめる。
ローディアスは言葉を失った。
否定できない。
あの場で選ばれたのは、間違いなく悠真だった。
ララが小さく息を吐く。
「……ほんとに行くんだね」
「任せとけ」
軽く返す。
だがその声は、決して軽くはなかった。
ララは少しだけ視線を落とす。
そして顔を上げた。
「……気をつけて」
「ありがとう」
それだけ言って、悠真は歩き出した。
⸻
夜の空気は、ひんやりとしていた。
だが、進むにつれて、別の冷たさが混じってくる。
やがて見えてきた。
王家の祭壇。
以前と同じ場所。
だが、どこか違う。
悠真の足が止まる。
「……あれ、ここ」
少し首を傾げる。
「そういえば、ネメシアに落ちたとこだったっけ」
軽く言う。
ララがすぐに反応した。
「……ええ、確かにここだわ」
一歩前に出る。
「いきなり消えたんだから、あの時」
少しだけ睨む。
「……まじで心配したんだからね」
ため息混じりの声。
「止める間もなかったし」
悠真は苦笑する。
「まあ、ダメでもまた落ちるだけだろ」
「ネメシアに」
「笑い事じゃないです」
一瞬の間。
悠真は肩をすくめる。
「まあ、なんとかなるって」
レオンが小さく言う。
「相変わらず軽いな」
「もう覚悟はできてる」
「……そうか」
短く返す。
それで十分だった。
⸻
悠真はゆっくりと祭壇へ近づく。
あの時と同じ場所。
同じはずなのに、どこか違う。
「……前はここで落ちたんだよな」
手を伸ばす。
結界に触れる。
その瞬間だった。
「……あれ?」
弾かれない。
拒絶されない。
むしろ、受け入れられている。
空気が変わる。
歪んでいたはずの空間が、ゆっくりと整っていく。
そして。
祭壇が、はっきりと姿を現した。
「……開いた」
ローディアスが呟く。
悠真は自分の腕を見る。
三種の神器。
「……やっぱこれの影響かな」
理由は分からない。
だが、それしかない。
悠真は振り返る。
「ここから先は一人だな」
誰も否定しない。
そういう場所だ。
「必ず戻ってこい」
レオンが言う。
「おう」
短く返す。
ローディアスが頭を下げる。
「……頼む」
悠真は少し笑う。
「なんとかするわ」
それだけ言って、前を向く。
一歩踏み出す。
その瞬間。
空気が変わる。
背後の気配が、一気に遠ざかる。
「道は開かれた」
モーガントの声が響く。
「登ってくるがいい」
前方に、巨大な階段が現れる。
雲の彼方へと続いている。
「……いや、遠すぎだろ」
思わず呟く。
本気で登るのか。
そう思った瞬間。
身体が引っ張られた。
「――っ?」
一瞬。
視界が歪む。
気づいた時には。
「……は?」
足元は、雲だった。
白い世界。
どこまでも続く空。
下も、上も、分からない。
ただ、そこに立っている。
そして、その先に。
何かがいる気配。
悠真はゆっくりと顔を上げた。
「……ここが」
小さく呟く。
「神のとこ、か」
その声は、静かに空へと溶けていった。
第93話を読んでいただきありがとうございます。
悠真が選ばれ、そして一人で進むことになりました。
これまでとは違う場所、違う相手。
ここから物語は“神の領域”へと入っていきます。
仲間たちと離れることで見えてくるもの、
そして悠真自身に起きている変化。
次回は、その先での対面になります。
引き続きよろしくお願いします。




