第92話「対価」
第92話です。
舞台はヴァルクの屋敷へ。
ついに神との直接対話が始まります。
これまで語られてきた存在が、
初めて“声”として現れる回です。
そして提示される、あまりにも歪んだ対価。
ぜひその空気感ごと、お楽しみください。
王は、しばらくの間休むことになった。
長時間にわたる支配から解放されたばかりだ。
無理をさせるわけにはいかない。
「……あとは頼んだ」
そう言って、ダイスたち元騎士団が王を支えながら部屋を後にする。
ローディアスはその背を、しばらく見つめていた。
やがて、静かに振り返る。
「……行くぞ」
短い一言。
だが、そこに迷いはなかった。
悠真たちも無言で頷く。
目的は決まっている。
神と、直接話すこと。
そのための手段も――もう分かっている。
⸻
ヴァルクの屋敷は、圧倒的だった。
門をくぐる前から分かる。
「……でかいな」
思わず悠真が呟く。
高い塀、広大な庭、奥にそびえる建物。
それはもはや“屋敷”ではなく、小さな城だった。
「王宮より……豪華かもしれませんね」
ララが静かに言う。
レオンは無言のまま、周囲を見渡していた。
ヴァルクは何も言わず、そのまま歩き出す。
門が開かれ、中へ。
すぐに使用人たちが整列した。
「お帰りなさいませ、ヴァルク様」
揃った声。
揃った動き。
だが、その空気にはどこか硬さがある。
安らぎではなく、緊張。
ヴァルクは軽く手を振った。
「客人だ」
一言だけ告げる。
「もてなせ」
「かしこまりました」
深く頭を下げる。
その様子を見ながら、悠真はわずかに違和感を覚えた。
この屋敷――何かが重い。
空気が澱んでいる。
だが今は、立ち止まっている時間はない。
ヴァルクの後に続き、屋敷の奥へと進む。
長い廊下。
重厚な扉。
いくつもの部屋を通り過ぎ――やがて、一つの部屋の前で止まった。
「ここだ」
扉が開く。
中は静かな部屋だった。
装飾は少ない。
だが中央に、それはあった。
「……あれか」
悠真が小さく呟く。
カエルの置物。
話には聞いていた。
神と繋がるための媒介。
だが、実物を見るのは初めてだった。
ただの置物のはずなのに。
近づくほどに、空気が重くなる。
まるで、向こう側から何かに見られているような感覚。
ローディアスが一歩前に出る。
「……すぐに呼べるのか」
声は低い。
だが、その奥には焦りがあった。
娘のこと。
それが全てだった。
ヴァルクは頷く。
「そうだな」
そして、カエルへと向き直る。
ほんの一瞬、間を置く。
「……モーガント様」
静かに呼びかけた。
沈黙。
返答はない。
だが次の瞬間。
カエルの目が、淡く光る。
空気が歪む。
重さが一気に増した。
「……どうした」
低い声が、部屋に響く。
その場にいないはずなのに、確かに“いる”。
「珍しいな」
「ヴァルクが連絡をよこすとは」
余裕のある声。
完全に見下している。
ヴァルクは一歩引いた。
「……あなたと話したいという者がいる」
それだけ告げる。
余計なことは言わない。
ローディアスが前へ出た。
「……聞きたいことがある」
迷いはなかった。
「ほう?」
「お前は誰だ」
「ローディアスだ」
即答だった。
「元騎士団長だ」
一拍。
「娘の病を治したい」
拳がわずかに震える。
「どんな願いでも叶う方法があると聞いた」
「……それは本当なのか」
沈黙。
「……容易いことよ」
あまりにも軽い返答。
だが。
「だが」
空気が変わる。
「見返りはあるのか?」
ローディアスの言葉が止まる。
答えられない。
何を差し出せばいいのか、分からない。
その沈黙を見て。
「ならば――こちらから提示してやろう」
声が、わずかに楽しげになる。
「その娘」
一瞬の静寂。
「我がもとへ寄越せ」
時間が止まったようだった。
ローディアスの顔が固まる。
「……なにを言っている」
「聞こえなかったか?」
「その娘をよこせば、病は治してやる」
あまりにも当然のように言う。
「あるいは」
「お前の命でもよいぞ」
軽く付け加える。
重い沈黙。
ローディアスは動けない。
選べるはずがない。
その時だった。
「……それは違うだろ」
低い声。
悠真だった。
一歩前に出る。
まっすぐにカエルを見る。
「それじゃ意味ないだろ」
はっきりと言う。
恐れはある。
だが、引かない。
「……ほう」
興味の色が混じる。
「面白い」
一瞬の間。
「お前……」
空気がわずかに変わる。
「何者だ?」
悠真は一瞬だけ迷う。
だが。
「……ただの人間です」
そう答えた。
沈黙。
そして。
「……いや」
一瞬の間。
「その声……妙だな」
わずかな違和感。
「どこかで聞いたような気がする」
ほんのわずか。
神が引っかかった。
「……面白い」
小さく呟く。
「実に……面白い」
その言葉が、静かに落ちた。
第92話を読んでいただきありがとうございます。
モーガントとの初接触、いかがだったでしょうか。
願いは叶う。
だが、その代償は人間の価値観とはかけ離れている。
神という存在の一端を描いた回になります。
そして、悠真に対するわずかな反応。
この違和感が、これからどう繋がっていくのか。
次回もぜひお楽しみください。




