第90話「神の取引」
第90話です。
戦いの後、王座の間で語られる過去。
これまで断片的だった出来事が、
ひとつの流れとして繋がり始めます。
そして見えてくる、“神”の存在。
静かな回ですが、物語の大きな転換点になります。
ぜひ最後までお読みください。
王座の間は静まり返っていた。
先ほどまでの戦いが嘘のように、音が消えている。
倒れていた騎士たちはすでに排除され、広い空間には悠真たちと王、そしてヴァルクだけが残っていた。
玉座の前で、王は座らされている。
意識は戻っているが、まだ完全ではない。
「……何が……起きている……」
かすれた声が、静かな空間になった。
ローディアスが一歩前に出る。
「陛下、ご無事で……」
その声には抑えきれない感情が滲んでいた。
王はゆっくりと周囲を見回す。
状況を理解しようとしているが、すぐには追いつかない様子だった。
その少し離れた場所で、ヴァルクが立たされている。
喉元にはレオンの剣。
わずかでも動けば命はない距離だった。
ヴァルクの身体が、ほんのわずかに揺れる。
逃げるか、抗うか。
その迷いが見えた瞬間、レオンの剣がさらに深く押し込まれた。
「……やめておけ」
低い声が響く。
「次は、止めない」
静かな言葉だったが、その中に確かな死があった。
ヴァルクの動きが止まる。
理解したのだ。
ここで逆らえば終わる。
ゆっくりと力を抜く。
「……わかった」
小さく言う。
「やめてくれ……全部、話す」
視線を落としたまま、そう続けた。
悠真が一歩前に出る。
「王はまだ話すのは無理そうだな」
横目で確認する。
王はまだ混乱している。
「……聞くのはお前からでいい」
視線をヴァルクへ向ける。
「話してもらおうか」
短く言った。
ヴァルクはしばらく黙っていた。
呼吸を整え、覚悟を決めるように目を閉じる。
そしてゆっくりと口を開いた。
「……あれは、一年前だ」
玉座へ一度視線を向ける。
「王が不在の時だった。この部屋に入った」
誰もいないはずの場所だった。
だが。
「……声が聞こえた」
一瞬、間を置く。
「最初は何を言っているのかわからなかった。ただの雑音のように聞こえた」
だが、近づくと違った。
「カエルの置物があった。今は私の屋敷に置いてある」
悠真が眉をひそめる。
「カエル?」
「ああ。そして耳を近づけた」
そして、はっきりと聞こえた。
「――おい、王よ。話を聞け」
静寂が落ちる。
「私は答えた。私は王ではない、と」
すると声が返ってきた。
「そうか」
その直後だった。
「我は十二神の一柱――モーガント」
空気が重くなる。
名前だけで、場が沈むような感覚。
「六十年……奴は我を無視し続けている」
淡々とした声だった。
「神々の国は食料難でな。とにかく食料を送れ」
それだけの話だった。
だが、その続きがあった。
「代わりに、望むものを与える」
ヴァルクは目を伏せる。
「……私は言った。王の座が欲しい」
短い沈黙。
「そうか。容易い」
軽く返された。
「まずは食料を集めろ。指定した場所へ持って来るがいい」
ヴァルクはゆっくりと続ける。
「言われた通り、私は向かった」
一拍。
「指定された場所に」
そして。
「そこが……王家の祭壇だった」
悠真の中で、いくつかの点が繋がる。
ヴァルクは続ける。
「だが問題があった。祭壇では、あれらを送り出せない」
「だから言われた。場所を用意しろと。誰にも見つからない場所を」
わずかに視線が揺れる。
「……ロペに相談した」
空気が変わる。
「ロペか」
「ああ」
ヴァルクは頷く。
「奴はすぐに言った。うちの館を使えばいい、と」
リズが小さく息を吐く。
「……あいつらしいわね」
「金さえ出せばな、という条件付きだ」
ヴァルクは続ける。
「食料も奴が集めた。商人と通じていてな。大量に動かすには都合がよかった」
だが。
「……そこからだ」
空気が変わる。
「おかしくなったのは」
言葉が重くなる。
「祭壇と繋がった影響で、館は侵食された」
悠真が静かに言う。
「異空間か」
ヴァルクは頷く。
「私の指示じゃない。勝手に現れた」
そして。
「そこに現れたのが……天使と呼ばれるものだ」
ローディアスが低く言う。
「あれは人ではなかった」
「そうだな。だが、完全な個体ではない」
ヴァルクの声が少し変わる。
「神に試されている存在だった」
空気が張り詰める。
「三つの段階がある」
「一つ目は……堕天使になりかけている弱い個体」
「二つ目は違う。確実に食料を回収するための強い個体だ」
悠真が小さく息を吐く。
「……だから誰も勝てなかったのか」
ヴァルクは頷く。
「挑んだ者は、全てそこで止まる。先には進めない」
一拍。
「私は王座についた時の守りを固めるため、自分の騎士団を作る考えだった」
だが。
「……結局、何も得られなかった」
沈黙。
「代わりに与えられたのが、神にとって不要になった堕天使たちだ」
「人の姿に変えられたものたち」
ローディアスの表情が変わる。
「……あの騎士たちか」
ヴァルクは頷く。
「私は勘違いしていた。“与えられた”のだと」
一拍。
「支配下カードと共に」
視線が落ちる。
「だが違った」
「押し付けられただけだ」
静寂が場を包む。
悠真がゆっくりと歩み寄る。
「……で?」
一歩。
「その結果がこれか」
ヴァルクは答えない。
ただ目を伏せるだけだった。
悠真は小さく息を吐く。
「……神、か」
その一言が、静かに落ちた。
第90話を読んでいただきありがとうございます。
今回はヴァルクの口から、
神との契約とその裏側を描きました。
ロペの館で起きていたこと、
天使たちの正体、そして支配の仕組み。
すべてが少しずつ繋がってきた形になります。
まだ全てが明かされたわけではありませんが、
ここから一気に核心へと近づいていきます。
次回もよろしくお願いします。




