第87話「王の間」
第87話です。
今回は、ついに王宮へ踏み込む回となります。
これまで積み重ねてきた情報をもとに、
それぞれの目的を抱えたまま動き出すことになります。
静かに進むはずの潜入ですが、
その中で違和感がはっきりと形になっていきます。
そして――
その先で待っているものとは。
ぜひ最後まで読んでいただければと思います。
ガイオの屋敷の一室は、静まり返っていた。
誰も、すぐには口を開こうとしない。
テーブルの上に置かれたランプの灯りだけが、わずかに揺れている。
その中で、ローディアスが口を開いた。
「話を総合すると、王宮は終わってるか」
短い言葉だった。
だが、それで十分だった。
ダイスが続ける。
「正規の騎士団は追い出されました」
「代わりに入ってきた連中がいます」
少しだけ言葉を選び、続ける。
「……見た目は人間ですが、目が違う」
ララが小さく息を呑む。
リズは腕を組んだまま、苛立たしげに言った。
「それ、もう普通じゃないでしょ」
レオンが静かに補足する。
「言葉としては“堕天使”と呼ばれていたそうだ」
「だが、正体は不明だ」
悠真は椅子にもたれたまま、少しだけ考える。
「……実際見てみないと何もわからないな」
視線を上げる。
「だけど王宮がまともじゃないってのは分かった」
ダイスが一歩前に出る。
「通行許可証は、まだ持っています」
空気がわずかに動く。
「だけど使える保証はありません」
「ですが、完全に封鎖されているわけではないはずです」
悠真は即座に答えた。
「使えるものなら使う」
レオンが頷く。
「見張りに発見はされるだろう」
リズが肩をすくめる。
「じゃあ隠れるのは無理ね」
「なら話は早い」
悠真は立ち上がった。
「最初から全員で行く」
ローディアスがゆっくり頷く。
「戦力はいるだろうな」
ララが静かに言った。
「もし危なくなったら、私の空間魔法で一時的に退避できるわ」
その一言で、迷いは消えた。
そして。
悠真がレオンを見る。
「そういえば石版は?」
レオンは即答した。
「王宮にはない」
わずかな沈黙。
「騎士団時代に探したが見つからなかった」
悠真は小さく息を吐く。
「……じゃあ王宮は神々の国の情報を得るためか」
「そうなる」
ローディアスが前を見据える。
「王宮は取り戻す」
一拍。
「それが俺たちの役目だ」
悠真が言う。
「取り戻して、確認する」
「それでいい」
誰も反対しなかった。
「行くか」
⸻
夜の王都は、音がなかった。
風も、人の声も、すべてが遠い。
歩く足音だけが、やけに響く。
やがて、中央区域への門が見えた。
兵士が立っている。
だが、その姿に違和感があった。
動かない。
視線だけが、こちらを向いている。
ダイスが前に出る。
「……通行証を」
兵士はそれを受け取った。
確認する。
その動きは、妙に遅い。
ぎこちない。
やがて。
「通行、許可」
抑揚のない声。
門が開いた。
悠真は小さく呟く。
「……なんか簡単だったな」
レオンが答える。
「やっぱり異常だ」
⸻
中へ入る。
空気が変わる。
冷たい。
人はいるはずなのに、生活の気配がない。
廊下を進む。
すれ違う兵士。
全員、同じ顔をしていた。
目だけが動く。
それ以外は、何もない。
リズが小さく言う。
「……かなりやばいわね、これ」
悠真も同じことを感じていた。
「完全に別物だな」
ローディアスは何も言わない。
ただ、前だけを見ている。
⸻
「……侵入者」
背後から声。
全員が止まる。
振り向く。
兵士が三体、こちらを見ていた。
その目に、迷いはない。
ただ“対象”を認識しているだけの目。
「来るぞ」
ローディアスの声と同時に。
リズが動いた。
「遅い!」
一気に距離を詰める。
剣が閃く。
一体の胴を斬り裂く。
だが。
倒れない。
遅れて、崩れる。
「……なにこれ」
もう一体が迫る。
リズが受ける。
反撃。
斬る。
それでも、反応が鈍い。
悠真が横から割り込む。
斬撃で弾く。
「反応がおかしい」
ララが手をかざす。
「止める」
空間が歪む。
一瞬、敵の動きが鈍る。
「今!」
リズが踏み込む。
連続で斬り抜ける。
今度は崩れた。
最後の一体をローディアスが斬り伏せる。
静寂。
誰も声を上げない。
レオンが言う。
「痛覚がない」
悠真は息を吐く。
「人間じゃないな、完全に」
ローディアスが低く言った。
「……進むぞ」
⸻
やがて王宮へ入る。
足を止める者はいない。
一番奥、重い扉が見えてくる。
王の間へ行く途中、誰もいないことそれ自体が異常だった。
ローディアスが立ち止まる。
ほんの一瞬だけ。
そして、押した。
⸻
扉が、ゆっくりと開く。
軋む音が、静まり返った空間に広がる。
中は、広かった。
だが、妙に静かだった。
玉座。
そこに、王が座っている。
動かない。
まるで、時間が止まっているかのように。
「……陛下」
ローディアスの声が落ちる。
返事はない。
だが。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと、王の首が動いた。
ぎこちない動きだった。
視線が、こちらを捉える。
その目を見た瞬間、悠真は息を止めた。
何もない。
感情が、一切ないようだった。
ただ、見ているだけの目。
リズが小さく呟く。
「……なんか最悪ね」
王が立ち上がる。
その動きは、人のものではなかった。
ぎこちなく、歪んでいる。
口が開く。
「……遅い」
声に、温度がない。
ただの音だった。
悠真が眉をひそめる。
「……これが王かよ」
王が一歩踏み出す。
足音が、やけに重く響く。
「……排除する」
その一言で、空気が変わった。
レオンが低く言う。
「来る」
ローディアスが前に出る。
剣を構える。
「……陛下」
一拍。
「目を覚ましてください」
だが、返事はない。
王の手が、剣にかかる。
ゆっくりと抜かれる。
その動きは――
明らかに、人のそれではなかった。
第87話を読んでいただきありがとうございます。
今回は王宮への潜入、そして王との対面まで描きました。
これまで「おかしい」と言われていたものが、
実際に目の前に現れた回でもあります。
ここから先は、
さらに踏み込むことになる展開です。
戦うのか、救うのか。
それぞれの選択が問われていきます。
次回もよろしくお願いします。




