第86話「揺らぐ王宮」
第86話です。
前回決まった方針をもとに、
それぞれが動き出す回になります。
ただし、すぐに大きく動くわけではなく、
まずは状況を見極めるための準備段階。
一見すると静かな展開ですが、
その裏では確実に何かが変わり始めています。
そして、思いがけない形で
新たな情報がもたらされることになります。
その流れを楽しんでいただければと思います。
ガイオの屋敷、その一室。
全員が揃い、テーブルを囲んでいた。
重たい空気が流れている。
誰もすぐには口を開かない。
やがて、その沈黙を破ったのはダービラだった。
「……一度、ネメシアへ戻る」
静かな声。
視線が集まる。
「神々の国の入口で、太陽光を浴びすぎた」
一拍。
「ダメージが大き過ぎる」
悠真が眉をひそめる。
「そんなにか?」
「動けないほどではない」
ダービラは首を振る。
「だが、このまま動き続けるのは得策ではない」
レオンが短く問う。
「回復が必要か」
「そうだな」
そして続ける。
「それに……」
一拍。
「影の騎士団を張るなら、ネメシア側の方が都合がいい」
ローディアスが頷く。
「確かに」
悠真は腕を組む。
「じゃあ、レオンとローディアスが同行する?」
「それが一番いいと思う」
レオンが答える。
ララが少し不安そうに言う。
「……大丈夫?」
「問題ない」
短い返答。
悠真は息を吐く。
「俺たちは今回は待機だな」
「人数多いと目立つし」
リズが肩をすくめる。
「まあ、そうよね」
少し間が空く。
張り詰めた空気が、わずかに緩む。
その時だった。
「……ねえ」
リズが口を開く。
「気分転換しない?」
悠真が顔を上げる。
「は?」
「ガイオの店に」
「せっかく近いんだしさ」
ララも小さく頷く。
「……少しくらいならいいかもね」
悠真は苦笑する。
「この状況でかよ」
「だからよ」
リズが笑う。
「こういう時こそ、でしょ」
少し考え。
やがて肩をすくめた。
「……まあいいか」
⸻
ガイオの店は、いつも通り賑わっていた。
灯りが揺れ、笑い声が飛び交う。
さっきまでの緊張が嘘のようだ。
席に着くと、すぐに酒が運ばれてきた。
悠真はそれを見て固まる。
「……いや待て」
「俺まだ17だぞ」
リズが笑う。
「大丈夫大丈夫」
「この世界では、16で成人だから」
「そういう問題か?」
ララが少し困った顔をする。
「……少しくらいなら」
「絶対そういう流れになるやつだろ」
グラスが差し出される。
「ほら」
「一杯だけ」
「一杯で終わる気がしないんだけど……」
しばらく見つめて。
やがて観念する。
「……まあいいか」
一口。
「……苦っ」
顔をしかめる。
リズが笑う。
「でしょ?」
「これがいいのよ」
悠真はため息をつく。
だが、少しだけ肩の力が抜けた。
ほんの一瞬の、日常。
だが頭の奥では、別のことを考えていた。
(影の騎士団……)
(王宮……)
静かにグラスを置く。
視線が遠くを見る。
⸻
一方。
ネメシアの入り口を目指していた。
レオンとローディアスは、ダービラと共に進んでいた。
やがて、巨大な岩場の前で止まる。
「ここが入口だ」
ダービラが言う。
空気が変わる。
冷たい気配。
人の領域ではない場所。
ダービラは振り返る。
「私は一度戻って回復してくる」
「あとロビリアから情報を引き出してくる」
ローディアスが頷く。
「頼んだ」
「……任せておけ」
それだけ言い残し。
ダービラは闇へと消えた。
残された二人。
風が吹く。
「……来ると思うか」
ローディアスが言う。
「分からん」
レオンは短く答える。
「だが、待つしかない」
静寂。
時間が流れる。
陽が傾き始める。
「今日は来ないかもな」
ローディアスが呟いた、その時だった。
遠くに人影。
数人。
こちらに向かってくる。
レオンは即座に身を隠す。
ローディアスも続く。
気配を消す。
やがて顔が見える距離。
「……もしかしてあいつら」
ローディアスの表情が変わる。
見覚えがある。
間違いない。
かつての部下たち。
迷いはなかった。
姿を現す。
近づく。
「――隊長!?」
声が響く。
男たちが駆け寄ってくる。
「ローディアス隊長!」
「……久しぶりだな」
静かに言う。
「なんでこんなところにいる」
男たちは顔を見合わせる。
そして。
「……最近王宮が、おかしいんです」
一拍。
「俺たち……追い出されたんです」
空気が止まる。
「正規の騎士団は外されて……」
「新しい騎士団が入ってきたんです」
ローディアスの目が細くなる。
「新しい騎士団……」
一人の男が前に出る。
「ご無沙汰です隊長、副隊長のダイスです」
「……たまたま聞いてしまったんです」
一拍。
「上級貴族ヴァルク様の声を」
レオンがわずかに反応する。
「何をだ」
ダイスはゆっくりと言った。
「今日からここがお前たちの新しい職場だ」
一拍。
「堕天使たち――存分に働いてくれ」
沈黙。
「堕天使……?」
ローディアスが呟く。
レオンが静かに言う。
「……堕ちた天使、という意味になるな」
「まさかな……」
ローディアスは眉をひそめる。
ダイスは首を振る。
「見た目は人間です」
「でも……目が」
一拍。
「人ならざるものって感じで……」
レオンが低く言う。
「……見てみないとわからないな」
ローディアスが頷く。
ダイスが続ける。
「俺たちだけじゃどうにもならなくて……悪魔王バドラスに助けを求めに来たんです」
一歩踏み出す。
「……ですが」
一拍。
「王宮の通行許可証は、まだ持っています。一緒に来てもらえませんか?」
ローディアスの目が変わる。
「……通れるのか」
「保証はありません」
「ですが、完全に封鎖されているわけではないはずです」
ダイスは頭を下げる。
「ローディアス隊長と、レオン殿がいれば……」
一拍。
「突破できる可能性はあります」
風が吹く。
レオンが静かに言う。
「……現実的だな」
ローディアスは目を閉じる。
そして。
「……王に会えるか」
「分かりません」
「ですが――やる価値はあります」
ダイスが顔を上げる。
「お願いします」
一拍。
「今の王宮を……救ってください」
沈黙。
ローディアスがゆっくりと息を吐く。
「……顔を上げろ」
「俺はもう隊長じゃねえ」
一拍。
「だがな」
目を開く。
「放っておくつもりもない」
レオンが一歩前に出る。
「行くぞ」
ローディアスが頷く。
「……わかってる」
王宮。
それはすでに、かつての場所ではない。
だが――
踏み込むしかない。
第86話を読んでいただきありがとうございます。
今回は二つの流れが同時に進む回になりました。
一つは、これからの行動に向けた準備。
もう一つは、王宮の異変に関する新たな情報です。
断片的ではありますが、
少しずつ状況が見え始めてきました。
ただ、それは同時に
これまで以上の危険を意味しています。
次回は、いよいよその状況に踏み込んでいく流れになります。
引き続きよろしくお願いします。




