第7話 新しい協力者
第7話です。
今回は、新たな登場人物として
悠真の知り合いである料理人のおじさんが登場します。
現代と異世界、それぞれの価値が少しずつ繋がり始め、
物語の幅が広がっていく回になります。
店の暖簾をくぐった瞬間、出汁の匂いがした。
その匂いだけで、少しだけ気持ちが落ち着く。
カウンター席がいくつかと、小上がりが二つ。大きな店じゃないけれど、悠真にとっては昔から馴染みのある場所だった。
「お客さんまだ……って、悠真か」
奥から顔を出したのは、田中誠だった。
白い調理服に前掛け。年季の入った手つきで包丁を置き、悠真の顔を見て少しだけ眉を上げる。
「珍しいな。こんな時間に」
「うん、ちょっと」
そう言いながら、悠真は後ろにいたリズの方を見る。
誠の視線も、自然とそちらへ向いた。
「……で、その子は?」
一番そこを聞くよな、と悠真は内心で思った。
「えっと……知り合い」
「ざっくりしすぎだろ」
誠が即座に突っ込む。
リズはそんな空気を気にした様子もなく、店の中を興味深そうに見回していた。
「ここ、いい匂いするね」
「……ああ、ありがとう」
誠は少しだけ戸惑った顔をしながらも、職業柄か、その言葉には素直に返した。
「座れよ。まだ開店前だ。もう少し時間がある」
悠真とリズはカウンター席に座る。
しばらくして、誠が麦茶を二つ置いた。
「で?」
その一言で、誤魔化せない空気になる。
悠真はコップに手を伸ばしかけて、止めた。
ここから話すことは、普通に考えたらおかしい。
頭がおかしくなったと思われても仕方ない。
でも、もう一人で抱えるには無理があるとも思っていた。
それに――この人なら、変に騒がずに聞いてくれる気がした。
「……信じてもらえないと思うけど」
誠は無言で続きを待つ。
「俺、今、異世界とこっちを行き来してる」
数秒、沈黙が落ちた。
店の奥から聞こえる換気扇の音だけがやけに大きい。
誠は麦茶を一口飲んでから、静かに言った。
「夏休みで頭でもやられたか?」
予想通りの反応だった。
「だよな」
悠真は苦笑する。
リズは横で普通に座っている。
その様子が逆におかしい。
「でも、本当なんだよ」
「じゃあ証拠は?」
誠の返しは早かった。
悠真は少しだけ詰まる。
言葉だけじゃ無理だと分かっていたからだ。
「ある」
リズが口を開いた。
悠真が止めるより先に、リズは足元に置いていた収納鞄を持ち上げる。
「これ、見た目の割にかなり入るよ」
そう言って、鞄の中から次々と物を出し始めた。
包み紙にくるまれた調味料、使いかけの鉄板、余っていた材料、異世界の硬貨、魔物素材まで出てくる。
誠の表情が、少しずつ変わっていく。
「……待て」
いつもの落ち着いた声が少し低くなる。
「その鞄、どうなってる」
「魔道具」
リズがあっさり答えた。
「容量拡張のやつ。高いのはもっとすごい」
誠は悠真を見る。
悠真は小さく頷いた。
「向こうで買った」
誠は黙って鞄と中身を見比べていたが、やがて異世界の硬貨を一枚つまみ上げた。
表面を指でなぞり、光にかざし、今度は魔物素材を手に取る。
「……嘘にしては、手が込みすぎてるな」
その一言で、少しだけ空気が変わった。
完全に信じたわけじゃない。
でも、冗談として流す気もなくなった。
悠真はそこで、一気に今までのことを話した。
天井裏の穴。
落ちた先の廃墟。
リズと出会ったこと。
金が強さに直結する世界だということ。
現代のものを持ち込んで、露店を始めたこと。
時間の流れが違うこと。
なるべく簡潔に、でも大事なところは外さずに話す。
誠は途中で一度も口を挟まなかった。
全部聞き終えてから、ようやく息を吐いた。
「……とんでもない話だな」
「うん」
「でも、お前が変な嘘をつくタイプじゃないのは知ってる」
その言葉に、悠真は少し肩の力が抜けた。
誠はリズを見る。
「で、君は異世界人ってわけか」
「そうなるね」
「ずいぶん普通にしてるな」
「そっちも普通じゃないよ」
リズが店内を見回しながら言う。
「この匂い、反則」
誠は少しだけ口元を緩めた。
やっぱり料理人なんだな、と悠真は思う。
「……それで?」
誠が改めて聞く。
悠真は少し姿勢を正した。
「お願いがある」
「なんだ」
「夏休みの間、ここにいることにして欲しい」
誠が眉を上げる。
「家じゃまずいのか」
「まずい」
即答だった。
「母さんに怪しまれる。夜に出ることも多くなるし、たぶん隠しきれない」
それは本音だった。
今はまだ何とか誤魔化せるかもしれないが、行き来が増えれば確実に無理が出る。
「ここなら、多少遅くなっても不自然じゃないし……」
言いかけて、少しだけ気まずくなる。
迷惑をかける話だ。
誠は腕を組んで考えていた。
「……しばらく、ってどれくらいだ」
「夏休みの間」
「長いな」
「ごめん」
誠はすぐには答えなかった。
店の中を見回し、もう一度悠真を見る。
「勝手なことして、後で面倒になるのは嫌なんだが」
「分かってる」
「ただ……」
そこで言葉を切る。
「お前が本気で困ってるのも分かる」
悠真は黙っていた。
誠はため息をつく。
「いい」
「え?」
「店閉めたあとと、朝の仕込みの邪魔しないならな」
思わず顔を上げる。
「ほんとか?」
「二回も言わせるな」
ぶっきらぼうだが、ちゃんと許してくれている。
「……ありがと」
自然と頭が下がった。
そのやり取りを見て、リズが横から口を挟む。
「いい人だね」
「一応な」
誠が苦笑する。
少し空気が柔らかくなったところで、悠真はもう一つ気になっていたことを口にした。
「……おじさん」
「なんだ」
「空いてる時間に、一回向こう行ってみない?」
誠の手が止まる。
「俺がか?」
「うん」
異世界の料理事情を見れば、誠ならすぐに価値が分かる気がした。
それに、自分一人より、ちゃんとした大人が見た方が分かることも多いはずだ。
誠は少し考えてから言った。
「明日は休みだ」
悠真は思わず顔を上げる。
「じゃあ」
「明日な」
短い返事だった。
でも、それで十分だった。
リズが少し嬉しそうに笑う。
「決まりだね」
そこで悠真は、頭の中で時間を計算する。
こっちの一日が、向こうではかなり長い。
丸一日は危ないとしても、夜までには戻るつもりで動けば、向こうで十日近くは使えるはずだった。
「……なら、その間にやれることあるな」
「何を考えてる」
誠が言う。
悠真は少しだけ迷ってから、リズを見る。
「なあ、向こうって金とか銀って普通にあるのか?」
リズは少し意外そうな顔をした。
「あるよ」
「……あるのか」
「普通にある。鉱石としても取れるし、装飾にも使う」
悠真の胸が少し高鳴る。
「価値は?」
「そこまでじゃないかな」
リズは肩をすくめる。
「量も取れるし、もっと価値ある素材もあるから」
その言葉を聞いた瞬間、悠真の中で一気に何かが繋がった。
「……そっか」
思わず声が漏れる。
リズが首をかしげる。
「何?」
「いや……」
こっちでは金も銀も高い。
少なくとも、今の自分にとっては一気に資金を作れる可能性がある。
異世界で価値が低くても、現代で高く売れるなら話は別だ。
「……これ、かなりでかいな」
思わずそう呟く。
誠がじっとこちらを見ている。
「また悪い顔してるぞ」
「してない」
そう返したが、自分でも少し笑っていたと思う。
手段が見えた。
次に何をするべきか、はっきりした。
「……先に戻る」
悠真は立ち上がる。
「今から?」
誠が聞く。
「うん。向こうなら時間あるし、まず探してみる」
リズも立ち上がる。
「じゃあ行こうか」
誠はそんな二人を見て、少しだけ呆れたように息をついた。
「ほんとに行くんだな」
「たぶん、明日にはもっとちゃんと説明できる」
悠真はそう言って頭を下げた。
「……また来る」
「勝手にしろ」
ぶっきらぼうな言い方だったが、もう拒絶の色はなかった。
店を出る。
だいぶ日差しが強い
夏の熱気を吸い込みながら、悠真は小さく息を吐いた。
「……なんか、一気に話進んだな」
「いい感じじゃない?」
リズが言う。
「おじさんも来るし」
「まだ決まっただけだけどな」
そう返しながらも、少し気持ちは軽かった。
一人で抱えていたものを、ようやく誰かに渡せた気がしたからだ。
そして今、次にやることも決まっている。
金になるものを探す。
この世界と、あっちの世界。
その価値の差を使う。
悠真は夜空を見上げた。
「……まずは、金だな」
そう呟いて、歩き出す。
リズがその隣をついてくる。
向かう先は、あの廃墟。
そしてその先の異世界だった。
第7話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、
・おじさんとの再会
・異世界の存在の共有
・新たな協力者の可能性
を描いています。
そして、
「異世界では価値が低いものが、現代では価値がある」
という重要な気づきも出てきました。
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