第67話「ネメシア」
第67話です。
悠真編スタート。
落ちた先は、まさかの悪魔の国「ネメシア」。
しかしそこは、想像していた世界とはまるで違っていた。
新たな出会いと、新たなルール。
そして、ここでしか手に入らない力。
意識が、ゆっくりと浮かび上がる。
重いまぶたを開くと、ぼんやりとした光が視界に揺れていた。
暗い。
だが完全な闇ではない。
薄く、弱い灯りが空間を満たしている。
「……ここは……」
体を起こす。
石造りの壁、簡素なベッド。
空気はひんやりとしているが、不思議と落ち着いていた。
あの瞬間が蘇る。
足元が消えた。
引き込まれた。
「……そうだ、俺……」
扉が軋む音を立てて開いた。
視線を向ける。
入ってきたのは――悪魔だった。
角。
人とは違う肌。
だが、その目は穏やかだった。
「目が覚めたか」
落ち着いた声。
悠真は一瞬身構えるが、すぐにそれが解けた。
怖さが、なかった。
「……あんたは?」
「ダービラだ」
悪魔はそう名乗った。
「この近くで倒れていたお前を運んだ」
「倒れてた……?」
「ああ。最近多い」
淡々とした口調。
「人間がな」
悠真の表情が変わる。
「あれ、他の人たちは!?」
「落ち着け」
静かに言う。
「命に別状はない」
その一言で、胸の奥の張り詰めたものが少しだけほどける。
「……よかった」
息を吐く。
ダービラは続ける。
「ここはネメシア」
「悪魔の国だ」
悠真は目を見開く。
「……悪魔の国」
「そうだ」
ダービラは軽く肩をすくめる。
「だが安心しろ」
「俺たちは、お前たちが思ってるような“悪魔”じゃない」
悠真は部屋の外へ視線を向けた。
「……外、見てもいいか」
「構わない」
案内され、部屋を出る。
廊下を抜けた先で、視界が一気に開けた。
地下とは思えないほどの広さ。
建物が並び、悪魔たちが普通に生活している。
店。
人の流れ。
声。
「……すげえな」
思わず呟く。
「一応国だからな」
ダービラが答える。
市場のような場所を通る。
カードが並ぶ店。
食べ物を売る店。
どれも、普通だった。
その時。
「……お前もか」
声がかかる。
振り向くと、人間だった。
少しやつれているが、生きている。
「……あんたも落ちてきたのか」
「ああ」
男は苦笑する。
「最近多いんだよ」
「しかも帰れねえ」
「帰れない?」
「金がないと無理なんだよ」
ダービラが横から言う。
「出口はあるよ」
「だが悪魔専用なんだ」
悠真が眉をひそめる。
「専用?」
「人間のまま通れば、体が持たない」
静かに説明する。
「あそこは悪魔の力で保たれている通路だ」
悠真は息を飲む。
「……じゃあどうすれば」
「変身カードを使うんだ」
「それで悪魔の体になれば通れる」
悠真は小さく頷く。
「なるほどな……」
その時、別の悪魔が通り過ぎる。
普通に歩いている。
特に異常はない。
「……あいつは?」
悠真が聞く。
「ネメシアの住人だ」
「普通の悪魔だな」
悠真は少しだけ考える。
「……地上で見たやつは違ったんだ」
ダービラが視線を向ける。
「見たのか」
「ああ。明らかにおかしかった」
ダービラは静かに頷いた。
「それは銀の魔法石の影響だろうな」
悠真の目が細くなる。
「銀の……」
「もともと悪魔は銀に弱い」
「金属の銀でもな」
淡々と続ける。
「それが魔法石になるとどうなると思う?」
悠真は答えない。
だが、想像はつく。
「エネルギーが強すぎる」
「耐えきれない」
そして、はっきりと言う。
「……暴走する」
静かな声。
だが重かった。
「正気を失い、力だけが膨れ上がる」
「地上で見たのは、それだ」
悠真はゆっくり頷く。
「……一人、心当たりがあるな」
ダービラはそれ以上は聞かなかった。
しばらくして、ダービラの工房へ戻る。
棚に並ぶスキルカード。
悠真は一枚手に取る。
「変身カード……」
「ああ」
ダービラが言う。
「なりたい対象を五秒触れれば、その相手に変身できる」
「能力もある程度引き継げる」
「ただし鑑定されればバレるから気をつけて」
悠真は感心する。
「……すげえな」
その横。
少し違うカードが目に入る。
「……これ、なんだ?」
手に取る。
ダービラの動きが止まる。
「……それは」
「試作だ」
「試作?」
「スキルカード作りにハマっててな」
少しだけ苦笑する。
「その一つだ」
悠真はカードを見る。
「レベルアップ……?」
「この世界に“レベル”なんて概念はない」
ダービラが言う。
「だが、それを使えば」
「自分の強さが数値で見えるようになる」
悠真の目が変わる。
「……数値?」
「経験を積めば、確実に強くなる」
「積み上がる力だ」
悠真は小さく笑う。
「……ゲームみたいで面白いな」
「だがやめておけ」
ダービラがすぐに言う。
「まだ未完成だ」
「何が起きるか分からない」
悠真は少し考える。
そして、財布を取り出す。
中身を確認する。
「……これで足りるか?」
ダービラは一瞬、固まった。
「……お前、持ってるのか?」
「まあな」
その瞬間、ダービラの目が変わる。
「最近落ちてきた人間にしては珍しいな」
口元がわずかに緩む。
「ちなみに言っておくが」
「そのカード、本来は一万マニーだ」
悠真が顔を上げる。
「人間には十万だがな」
「……ぼったくりかよ」
「商売だ」
平然と言う。
だが視線は悠真に向いていた。
「それも買うのか?」
レベルアップカードを指す。
「……ああ」
「面白そうだしな」
ダービラは小さく笑った。
「……お前、本当に面白いな」
悠真はカードを握る。
そして外を見る。
ネメシアの街。
そこにいる人間たち。
「……一人じゃないんだよな」
小さく呟く。
「全員、連れて帰りたいんだ」
ダービラが驚いた顔をする。
「大変だぞ」
「だろうな」
悠真は笑う。
「でも、やる」
迷いはない。
ダービラは少しだけ考え――
「……俺も行ってもいいか」
悠真が見る。
「出口を知ってるのは俺だ」
「それに――」
一瞬、間を置く。
「そのカードの結果、見てみたい」
少しだけ笑う。
悠真も笑った。
「助かる」
ネメシアの空は暗い。
だが、その奥には確かに“先”があった。
第67話を読んでいただきありがとうございます。
今回は悠真側の視点で、新たな世界「ネメシア」を描きました。
・悪魔=敵ではないという構図
・帰れない人間たちの現実
・出口の条件という明確なルール
これまでとは違う“もう一つの世界”が見えてきたと思います。
そしてダービラ。
優しさだけでなく、商売人であり研究者でもあるという
少しクセのあるキャラクターにしています。
悠真に協力する理由も、単純な善意ではなく
「金」と「興味」という現実的な動機を持たせています。
さらに今回登場した試作カード。
“レベル”という概念を生み出すこのカードは、
今後の戦いと成長に大きく関わっていきます。
そして悠真の決断。
自分だけでなく、他の人間も助けるという選択。
ここからは「脱出」ではなく
「救出と反撃」の物語になります。
次回は、いよいよ地上への帰還へ。
引き続きよろしくお願いします。




