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「異世界は金で強くなるらしいので、現代から稼いで成り上がります」  作者: れいじ


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第161話 故郷に眠る灰色の記憶

ラパンの故郷をあとにした悠真たちは、次なる目的地、メリーの故郷パナストシアへ。


久しぶりの家族との再会。そして、幼い頃に経験した不思議な出来事。


今回は、これまであまり語られてこなかったメリーの過去に迫ります。

 オリーブ村で迎えた朝は、穏やかなものだった。


 宿の窓から差し込む柔らかな日差しが、部屋の床を明るく照らしている。遠くから鳥のさえずりが聞こえ、村のどこかでは朝食の準備をしているのか、香ばしい匂いが漂っていた。


 悠真たち六人は宿で朝食を済ませると、オリーブ駅へ向かった。


 昨夜、ラパンだけは久しぶりに家族と過ごすため、実家に泊まっている。


「おーい! みんな、こっちだ!」


 駅に着くと、ラパンが大きく手を振っていた。


「おはようございます、ラパン。昨日家族とはゆっくり過ごせました?」


 メリーが尋ねると、ラパンは満足そうに笑った。


「おう。久しぶりに親父とも兄貴とも話せたしな。母さんなんか、今朝も山ほど飯を作ってくれてさ。腹がいっぱいで動けなくなるところだったぜ」


「昨日もあれだけ食べていたのに、よく入るな」


 レオンが呆れたように言う。


「実家の飯は別腹なんだよ」


「それは初めて聞いた理屈だな」


 ドゴルドが低い声で返すと、全員が笑った。


 やがて、空中を滑るように《マギレール》が近づいてきた。


 車輪のない車体が駅に静かに停止し、扉が開く。


 七人が乗り込むと、マギレールは再び滑らかに動き始めた。


「次はメリーの故郷だったな」


 悠真が向かいの席に座るメリーへ声をかけた。


「はい。パナストシアという小さな町です。ここからそれほど遠くありません」


「どんな町なんだ?」


「とても静かな町ですよ。でも、町の中心にはパナストシア大聖堂という、とても大きな建物があるんです」


「大聖堂か。魔法国家らしいな」


 悠真が興味を示すと、メリーは嬉しそうに微笑んだ。


「女神エレーナ様と、男神オルニード様を祀っているんです」


「エレーナとオルニード……」


 悠真はその名前を聞いて、神々の国での出来事を思い出した。


 二柱とも、アストリアを担当する神だったはずだ。


「知っているんですか?」


「まあ、少しな」


 悠真が曖昧に答えると、メリーは不思議そうに首を傾げた。


 その様子を見ていたリズが、窓の外へ視線を向ける。


「メリーの故郷も楽しみね。昨日のオリーブ村とは、また違った景色が見られそう」


「そうですね。皆さんにも気に入ってもらえると嬉しいです」


 メリーはそう答えたあと、少しだけ表情を和らげた。


 久しぶりの帰郷が楽しみなのだろう。


 悠真はそう思いながら、流れていく景色を眺めた。


 マギレールは緑豊かな丘陵地帯を抜け、やがて低い建物が並ぶ町へと近づいていった。


 最初に目に飛び込んできたのは、町の中心にそびえる巨大な白い建物だった。


 高く伸びた尖塔。美しい装飾が施された壁面。そして、朝日を受けて輝く大きな窓。


 周囲の家々と比べると、その大きさは圧倒的だった。


「おいおい、なんだありゃ……」


 ラパンが窓に顔を近づける。


「あれが大聖堂か?」


「はい。パナストシア大聖堂です」


 メリーが誇らしげに答えた。


「すごいな。小さな町なのに、あんな建物があるなんて」


 悠真も思わず感心する。


「昔から、この地域の信仰の中心だったそうです。私も子供の頃は、あの建物が世界で一番大きいと思っていました」


「子供なら、そう思っても不思議じゃないわね」


 リズが微笑む。


 やがてマギレールはパナストシア駅へ到着した。


 七人が降り立つと、メリーは懐かしそうに周囲を見渡した。


 石畳の道に、小さな商店。軒先には色鮮やかな花が飾られ、通りを歩く人々が穏やかに挨拶を交わしている。


「懐かしい……。あのお店、まだあるんですね」


 メリーが指さした先には、小さな菓子店があった。


「子供の頃、よく姉と買いに来たんです」


「姉さんがいるのか?」


 悠真が尋ねる。


「はい。七歳年上のマリーという姉がいます。今は結婚して、この町で暮らしているんです」


「それなら、まずはお姉さんのところへ行くのか?」


「はい。皆さんにも紹介したいです」


 メリーは嬉しそうに歩き始めた。


 大聖堂へ続く大通りから一本脇道に入ると、落ち着いた住宅街が広がっていた。


 その一角にある二階建ての家の前で、メリーが足を止める。


「ここです」


 木製の扉を軽く叩く。


 しばらくすると、中から女性の声が聞こえた。


「はーい、今行きます」


 扉が開き、栗色の髪を後ろでまとめた女性が顔を出した。


 メリーとどこか似た、優しげな顔立ちをしている。


「……メリー?」


「お姉ちゃん!」


「まあ! 本当に帰ってきたのね!」


 マリーは驚いた表情を浮かべたあと、すぐに妹を抱きしめた。


「久しぶり! 元気にしてた?」


「うん。お姉ちゃんも元気そうでよかった」


「帰ってくるなら、もう少し早く知らせてくれればよかったのに」


「急に決まったから、ごめんね」


 姉妹が笑い合っていると、家の奥から小さな足音が聞こえてきた。


「お母さん、誰が来たの?」


 姿を現したのは、十歳の女の子だった。


 メリーの顔を見た瞬間、その目が大きく開かれる。


「メリーおばちゃん!」


「アイシャ!」


 少女は勢いよく駆け寄り、メリーの腰に抱きついた。


「いつ帰ってきたの!? もう冒険は終わったの?」


「今来たところよ。冒険はまだ続いているけど、今日は仲間たちと一緒に来たの」


「仲間たち?」


 アイシャが顔を上げ、悠真たちを順番に見つめた。


 その好奇心いっぱいの視線に、悠真は思わず笑みを浮かべる。


「初めまして。悠真だ。メリーにはいつも世話になってるよ」


「アイシャです!」


 少女は元気よく頭を下げた。


 続いてレオン、リズ、クラン、ドゴルド、ラパンも自己紹介する。


 大柄なドゴルドを見たアイシャは少し驚いたようだったが、すぐに興味津々で話しかけ始めた。


「おじさん、すっごく強そう!」


「そう見えるか?」


「うん! 魔物も倒せる?」


「多少はな」


「すごーい!」


 その無邪気な反応に、ドゴルドの表情も自然と緩んだ。


 そこへ、家の奥から一人の男性が姿を現した。


「おや、賑やかだと思ったら、メリーじゃないか」


「フェルプスさん、お久しぶりです」


「元気そうで何よりだ。さあ、皆さんも遠慮せず入ってください」


 マリーの夫フェルプスは、穏やかな笑顔で一行を迎え入れた。


 居間に案内された悠真たちは、お茶を飲みながらしばらく歓談した。


 マリーは大聖堂で神官として働いており、今日も午後から仕事があるという。


「メリーが冒険者になるって言い出したときは、本当に心配したのよ」


 マリーが懐かしそうに話し始めた。


「お姉ちゃん、その話はもういいでしょ」


「だって、昔から無茶をするところがあったんだもの。誰かが怪我をしたって聞くと、自分のことなんか後回しにして飛んでいくんだから」


「メリーらしいな」


 悠真が笑うと、メリーは少し恥ずかしそうに俯いた。


「でも、今は素敵な仲間に恵まれたみたいね」


 マリーが悠真たちを見渡す。


「妹のこと、これからもよろしくお願いします」


「こちらこそ。メリーには何度も助けられていますから」


 悠真が答えると、マリーは安心したように微笑んだ。


 しばらくして、メリーが静かに口を開いた。


「お姉ちゃん。あとで、お父さんとお母さんのお墓に行こうと思ってるの」


「そうね。私も一緒に行くわ」


 その言葉を聞いた悠真は、少し驚いた。


「メリー、ご両親は……」


「はい。私が小さい頃に亡くなったんです」


 メリーは穏やかな表情のまま答えた。


「この町で流行病が広がったことがあって……。父も母も、その病気で」


「そうだったのか……」


「私はまだ幼かったので、当時のことはあまり覚えていないんです。ほとんど姉から聞いた話なんです」


 マリーが静かに頷いた。


「メリーはまだ小さかったからね。両親が亡くなったあと、私たちは大聖堂に引き取られたの」


「大聖堂に?」


「ええ。ダニエルとイニーシャという神官のご夫婦が、私たちを育ててくれたんです」


 メリーが言葉を引き継ぐ。


「二人とも本当に優しくて。私たちにとっては、もう一組の両親みたいな存在なんです」


 その声には、深い感謝が込められていた。


 昼前、一行はマリーとともに大聖堂へ向かった。


 アイシャも一緒に行きたがったが、今日はフェルプスと家で留守番することになった。


 近づくにつれて、大聖堂の壮麗な姿がはっきりしてくる。


 巨大な扉の上には、二柱の神を表す彫刻が施されていた。


 内部へ足を踏み入れると、高い天井と色鮮やかな窓が悠真たちを迎えた。


 差し込む光が床に美しい模様を描き、広い礼拝堂には静かな空気が満ちている。


「これは見事だな……」


 レオンが感嘆の声を漏らした。


 礼拝堂の奥には、二体の大きな石像が並んでいた。


 柔らかな表情を浮かべた女神エレーナと、威厳ある姿の男神オルニード。


 悠真は二柱の像を見上げた。


 神々の国で実際に神々と会ったことを思うと、どこか不思議な気分になる。


「悠真さん、どうかしましたか?」


「いや、立派な石像だと思ってな」


 そう答えると、メリーは嬉しそうに頷いた。


「子供の頃は、毎日のようにこの前でお祈りしていたんです」


 そのとき、礼拝堂の奥から年配の女性が歩いてきた。


「……メリー?」


 女性は足を止め、驚いたように目を見開いた。


「イニーシャ!」


 メリーが駆け寄る。


「まあ、メリー! いつ帰ってきたの?」


「ついさっきです!」


「そうなの。元気そうでよかったわ」


 イニーシャはメリーの両手を握り、嬉しそうに何度も頷いた。


 六十五歳になる彼女は、穏やかな笑顔が印象的な女性だった。


「ダニエルは?」


「奥の部屋にいるわ。最近は少し疲れやすいみたいでね」


「そうなんですか?」


「年齢のせいでしょう。本人は大丈夫だと言っているけれど」


 イニーシャはそう言って微笑んだが、メリーはわずかに眉を寄せた。


 案内された部屋には、机に向かって書類を整理している老人がいた。


 白髪交じりの髪に、深く刻まれた皺。六十八歳になるダニエルは、顔を上げると驚いたように立ち上がった。


「おお、メリーじゃないか!」


「ダニエル!」


「よく帰ってきたな。元気にしていたか?」


「はい!」


 メリーは嬉しそうに駆け寄った。


 ダニエルは優しくその頭を撫でる。


「すっかり立派になったものだ。昔は私の後ろをついて歩いていたのにな」


「もう、子供じゃありませんよ」


「ははは、そうだったな」


 懐かしいやり取りに、マリーも笑みを浮かべた。


 しかし、悠真はダニエルの顔色が少し悪いことに気づいた。


 笑ってはいるものの、どこか疲れた様子がある。


 メリーも同じことを感じたらしい。


「ダニエル、体調が悪いんじゃありませんか?」


「ん? いや、たいしたことはない。最近、少し疲れが抜けにくくてな」


「本当ですか?」


「心配性なのは昔から変わらんな」


 ダニエルは笑ってごまかした。


 メリーは気になっている様子だったが、久しぶりの再会を楽しみにしていたこともあり、その場ではそれ以上追及しなかった。


 しばらく話したあと、メリーたちは大聖堂の裏手にある共同墓地へ向かった。


 整然と並ぶ墓石の間には小さな花が咲き、静かな風が木々の葉を揺らしている。


 マリーが一つの墓石の前で足を止めた。


「ここよ」


 メリーはゆっくりと膝をついた。


 墓石には、両親の名前が刻まれている。


「お父さん、お母さん。ただいま」


 小さな声で語りかける。


「久しぶりになっちゃったね。私、今も冒険者を続けてるんだよ」


 メリーは少し微笑んだ。


「危ないこともあるけど、素敵な仲間がたくさんできたの。みんな、とても優しい人たちなんだ」


 悠真たちは少し離れた場所で静かに見守っていた。


 マリーも妹の隣に膝をつく。


「お父さん、お母さん。メリーは元気にやっているみたいよ。安心してね」


 姉妹はしばらく目を閉じ、静かに祈りを捧げた。


 墓前に立つメリーの横顔を見ながら、悠真は思った。


 いつも仲間を癒やしてくれる彼女にも、こうして乗り越えてきた過去があるのだ。


 墓参りを終えたあと、一行は再び大聖堂へ戻った。


 礼拝堂を歩いていると、メリーがふと足を止めた。


「そういえば、ここで不思議な体験をしたことがあるんです」


「不思議な体験?」


 悠真が聞き返す。


「はい。まだ小さかった頃なんですけど……」


 メリーはエレーナとオルニードの石像を見上げた。


「ある日、この礼拝堂で妖精を見たんです」


「妖精?」


 ラパンが反応した。


「昨日、オリーブ村で見たやつか?」


「そうかもしれません。小さくて、光をまとっていて……。とても綺麗だったのを覚えています」


 メリーは懐かしそうに続けた。


「その妖精に手を伸ばしたら、急に眠くなってしまって。気がついたら、雲の上に立っていたんです」


「雲の上?」


「はい。どこまでも白い雲が広がっていて、遠くに大きな宮殿のようなものが見えました」


 悠真の表情が変わった。


「それで、どうなった?」


「どこからか声が聞こえたんです。男の人と女の人の声でした。でも、姿は見えなくて……」


「何て言われたんだ?」


「私には人を癒やす素質があるって。それから、聞いたこともない不思議な言葉を教えてもらいました」


 メリーは少し考え込んだ。


「エヴェル……トンドール。確か、そんな言葉だったと思います」


 悠真は黙って耳を傾けていた。


「そのあと目が覚めたら、私はこの礼拝堂にいたんです。夢だったんでしょうけど、妙にはっきり覚えていて」


「それで?」


「不思議なことに、その日から回復魔法が使えるようになったんです」


「へえ、そんなことがあったのか」


 ラパンが感心したように声を上げた。


「でも、子供の頃の夢ですから。今考えると、少し変な話ですよね」


 メリーは照れくさそうに笑った。


 しかし、悠真は笑えなかった。


 雲の上に広がる世界。


 遠くに見える宮殿。


 姿の見えない神々の声。


 その話には、聞き覚えのあるものが多すぎた。


(……神々の国じゃないのか?)


 悠真は石像を見上げた。


 もし妖精が神々の国とつながっているのなら、昨日ラパンが話していた噂にも説明がつく。


 ただし、メリーの肉体が消えたわけではない。


 おそらく、精神だけが神々の国へ導かれたのだろう。


(妖精には、そんな力があるのか……?)


 悠真は新たな疑問を胸に抱いた。


 その後、一行はダニエルたちのもとへ戻った。


 しかし、部屋に入った瞬間、メリーの表情が変わった。


 ダニエルが椅子に座り、苦しそうに咳き込んでいたのだ。


「ダニエル!」


 メリーが駆け寄る。


「大丈夫だ……少し咳が出ただけだよ」


「少しじゃありません。顔色も悪いです。いつからこんな状態なんですか?」


「そうだな……一週間ほど前からか」


「一週間も?」


 イニーシャが心配そうに口を開いた。


「最初は少し熱っぽいだけだったの。でも最近は、夜になると咳がひどくなることがあって……」


「どうして言ってくれなかったんですか」


「お前たちに心配をかけたくなかったんだ」


 ダニエルは申し訳なさそうに笑った。


 メリーはすぐに彼の手を取った。


「少し診せてください」


 目を閉じ、静かに魔力を集中させる。


 柔らかな光がダニエルの身体を包み込んだ。


 しばらくすると、苦しそうだった呼吸が落ち着いていく。


「おお……ずいぶん楽になった」


 ダニエルが驚いたように胸を押さえた。


「さすがメリーだな。立派な僧侶になったものだ」


 しかし、メリーの表情は晴れなかった。


「……おかしいです」


「どうした?」


「回復魔法は効いているんです。でも、身体の奥にある異常が消えていません」


 メリーはもう一度魔力を流した。


 それでも、感じ取れる異変は残ったままだった。


「ダニエル。熱以外に、寒気や身体のだるさはありませんか?」


「あるな。最近は少し歩いただけでも疲れる。それに、夜になると息苦しくなることもある」


 そのとき、メリーはダニエルの口元に目を留めた。


「……ダニエル、その唇の端にあるものは?」


「これか?」


 ダニエルは指先で唇の端に触れた。


「三日ほど前からできていてな。痛みもないし、たいしたものじゃないと思っていたんだが」


「少し、よく見せてください」


 メリーは顔を近づけた。


 唇の端には、小さな灰色の斑点が浮かんでいた。


 よく見ると、その輪郭は細長く枝分かれしており、まるで一枚の小さな羽根のような形をしている。


 その瞬間、メリーの脳裏に一冊の本が浮かんだ。


 大聖堂で学んでいた頃に読んだ、古い医学書。


 そこに描かれていた挿絵と、目の前の模様が重なった。


「……そんな」


 メリーの顔から血の気が引いた。


「メリー、どうした?」


 悠真が尋ねる。


 しかし、メリーはすぐには答えなかった。


「お姉ちゃん、少し聞いてもいい?」


「何?」


「お父さんとお母さんが亡くなる前、どんな症状が出ていたか覚えてる?」


 突然の質問に、マリーは戸惑った。


「どうしたの、急に……」


「お願い。大事なことなの」


 真剣な妹の表情を見て、マリーはゆっくりと記憶をたどった。


「最初は熱が出て……身体がだるいって言っていたわ。それから咳がひどくなって、最後は息をするのも苦しそうだった」


「……そう」


「お父さんが先に倒れて、そのあとお母さんも。同じような症状だったと思う」


 メリーは唇を噛んだ。


「それから……唇に、何か変わったものはできていなかった?」


「唇?」


 マリーは不思議そうに聞き返した。


「例えば、灰色の斑点とか……羽根のような模様とか」


 その言葉を聞いた瞬間、マリーの表情が変わった。


「……あった」


「本当?」


「ええ。お父さんの唇の端に、灰色の変な模様ができていたのを覚えているわ。最初は小さかったのに、だんだん広がって……」


 マリーは震える声で続けた。


「お母さんにもあったかどうかは、よく覚えていないけど……」


 メリーはゆっくりと目を閉じた。


 医学書に書かれていた症状と、ほとんど一致していた。


「……灰羽病」


「灰羽病?」


 悠真が聞き返した。


「はい。昔、本で読んだことがあります。数十年に一度、特殊な渡り鳥が運んでくるといわれている病気です」


 メリーはダニエルの手を握ったまま続けた。


「気候の変化によって渡り鳥の飛来する場所が変わり、突然流行することがあるそうです。最初は普通の風邪に似ていますが、進行すると唇の端に灰色の斑点が現れるんです」


「それが、この模様なのか?」


 レオンがダニエルの口元を見る。


「はい。病気が進むと斑点が羽根のような形に広がり、呼吸が苦しくなっていくそうです。それが灰羽病という名前の由来だと書かれていました」


 メリーは一度言葉を切った。


「しかも、この病気は人から人へ感染する可能性もあるんです」


 部屋の空気が一変した。


「まさか……お父さんとお母さんも?」


 マリーが震える声で尋ねる。


「分からない。でも、症状がとても似ているの」


 メリーの表情は険しかった。


 悠真はダニエルへ視線を向けた。


「メリー、治療はできるのか?」


「……分かりません。私の回復魔法では、今のところ症状を和らげることしかできなくて」


 メリーはもう一度、ダニエルの身体に魔力を流した。


 柔らかな光が広がり、呼吸はさらに落ち着いていく。


 しかし、身体の奥に残る異常は消えなかった。


「これ以上は……」


 メリーは悔しそうに俯いた。


 その様子を見たダニエルが、優しく声をかける。


「そんな顔をするな、メリー。お前のおかげで、ずいぶん楽になったよ」


「でも、これでは治ったことになりません」


「焦ることはない。お前が帰ってきてくれただけでも、私は嬉しいんだから」


 その言葉が、かえってメリーの胸を締めつけた。


 マリーが不安そうに口を開く。


「ねえ、メリー。もし人にうつる病気なら……家にいるフェルプスやアイシャも感染している可能性があるの?」


「まだ分からない。でも、念のため二人にも診察を受けてもらった方がいいと思う」


「そんな……」


 マリーは思わず口元を押さえた。


 イニーシャも青ざめた表情でダニエルを見つめている。


 悠真は一歩前に出た。


「まずは落ち着こう。病気が確定したわけじゃない。それに、メリーがいるんだ。俺たちにも何かできることがあるはずだ」


 レオンも静かに頷いた。


「そうだな。必要なことがあれば、遠慮なく言ってくれ」


「ありがとうございます……」


 メリーは小さく頭を下げた。


 そして、再びダニエルへ目を向ける。


 幼い頃、自分を引き取り、育ててくれた大切な人。


 両親を失ったあの日と同じことを、もう二度と繰り返したくなかった。


「……絶対に、助けます」


 その声は小さかったが、確かな決意が込められていた。


 メリーはダニエルの手を強く握りしめた。

メリーの故郷で明らかになった、謎の病気「灰羽病」。


大切な人を再び失うかもしれない状況で、メリーは何ができるのでしょうか。


そして、幼い頃に出会った妖精と、神々の声。その記憶が次回の物語につながっていきます。


続きが気になった方は、ぜひブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!


次回もよろしくお願いします。

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