第160話 ラパンの故郷と七色の味
【前書き】
飛行船の改造を待つ間、悠真たちはラパンの故郷を訪れることに。
これまであまり描かれてこなかった、魔法の国アストリアの日常。
今回は少し戦いを離れ、仲間たちのひとときをお楽しみください!
アストリアを訪れてから、翌日の朝。
悠真たちは王都の中心部にある駅へと向かっていた。飛行船《アストラスカル号》の改造に必要な魔法石は、昨日のうちにすべて買い揃えてある。現在はアークとララが改造作業を進めており、完成まで三日ほどかかる予定だった。
その間、悠真たちはラパンの故郷であるオリーブ村を訪れることになった。
「それにしても、アストリアにこんな乗り物があったなんて知らなかったよ」
駅に到着した悠真は、目の前に停車している巨大な乗り物を見上げた。
銀色の車体には青い模様が描かれ、側面には大きな窓が並んでいる。何両もの客車が連結されているが、不思議なことに車輪が見当たらない。車体は地面からわずかに浮き上がり、その下では青白い光が静かに揺らめいていた。
「これが魔導列車だ。アストリアじゃ珍しくない乗り物なんだぜ」
ラパンが得意げに説明する。
「列車ってことは、電車みたいなものかな?」
「デンシャ? 何だそりゃ?」
「俺たちの世界にあった乗り物だよ。見た目がちょっと似てるんだ」
悠真が答えると、ラパンは興味深そうに車体を見上げた。
「へえ。そっちの世界にも似たようなものがあるのか」
「でも、地面から浮いてる電車は見たことないよ」
リズが車体の下を覗き込みながら言った。
「これは魔法石の力で浮いているんですよ」
メリーが穏やかに説明する。
「決められた魔法の軌道に沿って走るので、馬車より速く移動できるんです」
「へえ! 便利だね!」
リズは目を輝かせた。
やがて乗車を知らせる鐘が鳴り、悠真たちは客車へ乗り込んだ。
車内には柔らかな座席が並び、窓からは王都の街並みがよく見える。七人は近くの席に分かれて座り、出発を待った。
ほどなくして、マギレールが静かに動き始めた。
「おっ、動いた!」
悠真が窓の外を見ると、駅の建物がゆっくりと後方へ流れていく。速度は次第に上がっていくものの、車体はほとんど揺れなかった。
「すごいね。全然揺れない!」
「魔法で浮いてるからな。乗り心地はいいだろ?」
ラパンが笑う。
王都を抜けると、窓の外には緑豊かな田園風景が広がった。遠くには山々が連なり、畑の間には小さな集落が点在している。
悠真は窓に顔を近づけた。
「アストリアって、王宮を離れるとこんな景色なんだね」
「王宮の辺りとは雰囲気が違うだろ。俺はこういう景色の方が落ち着くんだよ」
ラパンは懐かしそうに外を眺めた。
「オリーブ村には、どれくらい帰ってないんだ?」
レオンが尋ねる。
「そうだな。もう何年も帰ってないかもしれん」
「家族は元気なの?」
「たぶんな。兄貴とはたまに連絡を取ってるし、親父もお袋も相変わらず店をやってるらしい」
「お店?」
悠真が顔を向けると、ラパンはにやりと笑った。
「まあ、着いてからのお楽しみだ」
その意味ありげな言い方に、悠真とリズは顔を見合わせた。
マギレールに揺られることしばらく。車窓に広がる景色が森から畑へと変わり、やがて赤茶色の屋根が並ぶ村が見えてきた。
「おっ、見えてきたぞ。あれがオリーブ村だ」
ラパンが窓の外を指さした。
村の周囲には果樹園や畑が広がり、中央には石造りの建物が集まっている。遠くからでも人の行き来が多いことが分かり、想像していたより賑やかな場所だった。
駅を降りると、焼き菓子の甘い香りや、どこか香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。
「いいところだね!」
リズが楽しそうに辺りを見回す。
「だろ? 田舎だけど、観光客は結構来るんだ」
ラパンは慣れた足取りで村の中心へ向かった。
石畳の道の両側には土産物屋や小さな食堂が並び、観光客らしい人々が楽しそうに歩いている。色鮮やかな果実を売る店や、魔法で動く玩具を並べた露店もあり、悠真は何度も足を止めそうになった。
やがて、一行は村の中心にある大きな建物の前へ到着した。
「……えっ、何これ?」
悠真が思わず声を上げる。
その建物の前には、驚くほど長い行列ができていた。
入口から伸びた列は通りの角を曲がり、さらに先まで続いている。店先には観光客が集まり、何かを食べ終えた人たちが満足そうな顔で出てきていた。
「すごい人気だね。何のお店?」
リズが尋ねると、ラパンは胸を張った。
「ここが俺の実家だよ。料理屋『ヨル』だ」
「ええっ!?」
悠真とリズの声が重なった。
「ラパンの実家って、こんなに有名なの?」
「へへっ、まあな。アストリアじゃ結構知られてる店なんだぜ」
建物の入口には、木製の大きな看板が掲げられていた。
『料理屋 ヨル』
その下には、名物料理を紹介する色鮮やかな絵が描かれている。
「ヨルって、変わった名前だな」
レオンが言うと、ラパンは笑った。
「お袋の名前なんだよ。親父が店を始めたときにつけたんだ」
「へえ、素敵ですね」
メリーが微笑んだ。
ラパンは行列の脇を通り、建物の裏手へ回った。そこには従業員用らしい小さな入口がある。
「ちょっと待っててくれ」
そう言って扉を開けると、奥から威勢のいい声が聞こえてきた。
「だから、そっちの皿を先に運んでくれって言ってるだろ!」
「分かってるよ、親父!」
忙しそうな声に続いて、食器の触れ合う音が響く。
「おーい、親父! 帰ってきたぞ!」
ラパンが声を張り上げると、厨房の奥から大柄な男性が顔を出した。
「誰だ、こんな忙しいときに……」
男性はラパンの顔を見るなり、動きを止めた。
「……ラパン?」
「久しぶりだな、親父」
「お前! 帰ってくるなら連絡くらいしろ!」
「いやあ、急に決まったもんだからさ」
「まったく、相変わらずだな!」
男性は呆れたように言いながらも、嬉しそうに笑った。
「親父、仲間を連れてきたんだ。みんなに店の料理を食べさせたくてさ」
「そういうことなら歓迎だ。俺はバステス。この店の主人だ」
悠真たちが挨拶すると、奥から一人の女性が現れた。
「ラパン? 本当にラパンなの?」
「お袋!」
「まあ! いつ帰ってきたの!」
女性はラパンに駆け寄り、その顔をまじまじと見つめた。
「少し痩せたんじゃない? ちゃんと食べてるの?」
「食べてるって。子どもじゃないんだから」
「何歳になっても、私の息子には変わりないでしょう」
そのやり取りに、リズが小さく笑った。
「ラパンにも、こんな一面があるんだね」
「おいおい、勘弁してくれよ」
ラパンが照れくさそうに頭をかく。
「私はヨルよ。遠いところまで来てくれてありがとうね」
ヨルは優しく微笑み、悠真たちを迎え入れた。
そこへ、厨房からもう一人の男性が現れた。
「ラパン! お前、帰ってきたのか!」
「兄貴!」
ラパンとよく似た顔立ちの男性が近づいてきた。
「兄のユーキだ。今は親父の店を手伝ってる」
「久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「兄貴もな」
続いて、ユーキの妻ナタリーと、十八歳になる息子ダミアンも顔を見せた。
「叔父さん、久しぶり!」
「おお、ダミアン! 大きくなったな!」
「もう十八だよ。いつまでも子ども扱いしないでよ」
「ははっ、そうだったな!」
家族との再会に、ラパンの表情はいつになく柔らかかった。
店は大勢の客で賑わっていたため、悠真たちは奥にある家族用の部屋へ案内された。
「せっかく来たんだ。うちの名物を食べていってくれ」
バステスが腕まくりをしながら言った。
「名物って、何ですか?」
悠真が尋ねると、ラパンが待ってましたとばかりに笑った。
「ポラポラ焼きだよ。これを食べずに帰るなんて、もったいないぜ」
しばらくすると、部屋の扉が開き、香ばしい匂いが漂ってきた。
運ばれてきた皿の上には、黄金色に焼き上げられた丸い料理が載っていた。
表面は薄く透き通り、その内部には七色の模様がゆっくりと揺らめいている。
「うわぁ……綺麗!」
リズが目を輝かせた。
「これが料理なの?」
悠真も思わず身を乗り出した。
「ポラの実を特殊な石板で焼いた料理だ。さあ、熱いうちに食べてみな」
バステスに勧められ、悠真は小さく切り分けたポラポラ焼きを口へ運んだ。
パリッ。
薄い表面が軽やかな音を立てて砕けた。
次の瞬間、温かな旨味が口いっぱいに広がる。
「……うまっ!」
悠真は思わず声を上げた。
しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。
もう一度噛むと、今度はとろけるような柔らかさに変わり、果実を思わせる爽やかな甘味が広がった。
「えっ? ちょっと待って。味が変わった!」
さらに噛むと、今度は濃厚な香ばしさが現れる。
「何これ!? 噛むたびに違う味がする!」
隣ではリズも目を丸くしていた。
「すごい! 最初はサクサクだったのに、今はふわふわしてる!」
レオンも黙々と食べていたが、やがて感心したように頷いた。
「これはうまいな。今まで食べたことのない味だ」
「だろ? うめぇだろ!」
ラパンは鼻高々だった。
「これが親父のポラポラ焼きだ!」
悠真はもう一口食べ、思わず笑顔になった。
「本当においしい! こっちの世界に来てから、こんなにうまいと思った料理は初めてかもしれない!」
「私も! これなら毎日食べたい!」
リズが嬉しそうに言うと、バステスは豪快に笑った。
「はっはっは! そこまで言ってもらえるとは、料理人冥利に尽きるな!」
「でも、どうしてこんなに味が変わるんですか?」
悠真の問いに、バステスは得意げに答えた。
「ポラの実は、焼き方によって内部の層が変化するんだ。火加減を少しでも間違えると、この味にはならないぞ」
「そんなに難しいんですか?」
「簡単にできるなら、どこの店でも出してるさ」
ユーキが笑いながら口を挟んだ。
「親父の焼き方を覚えるまで、俺も何年もかかったんだぞ」
「まだまだ俺には及ばんがな!」
「はいはい、分かってるよ」
親子のやり取りに、部屋の中が笑いに包まれた。
食事を終えたあと、ダミアンが悠真たちに声をかけた。
「せっかくオリーブ村に来たんだったら、スカイバブルにも乗ってみない?」
「スカイバブル?」
「空を散歩できるんだよ。村の人気アトラクションなんだ」
「それ、面白そう!」
リズがすぐに反応した。
「よし、じゃあ行ってみるか!」
ラパンも乗り気になり、一行はダミアンの案内で村の外れへ向かった。
そこには広い草原があり、いくつもの巨大な透明球が空中に浮かんでいた。
球体の中には座席が設けられており、乗客たちが景色を楽しんでいる。
「これに乗るの?」
悠真が驚いて尋ねると、ダミアンは頷いた。
「うん。魔法で浮いているから、ゆっくり空を移動できるんだ」
悠真たちは係員の案内で大きな球体に乗り込んだ。
全員が席に着くと、透明な球体がふわりと浮き上がる。
「わあっ!」
リズが歓声を上げた。
眼下にはオリーブ村の家々が広がり、その向こうには緑豊かな森と畑が続いている。
「すごい! こんなに高くまで上がるんだ!」
悠真も窓の外に広がる景色に夢中になった。
やがて球体がゆっくりと進み始めると、遠くの山並みの向こうに白く輝く建物が見えた。
「あっ、悠真! あそこ!」
リズが指さす。
「王宮じゃない?」
「本当だ! こんなところからでも見えるんだね!」
二人は楽しそうに顔を見合わせた。
「天気がいい日は、ここから王宮が見えるんだよ」
ダミアンが説明する。
「へえ、すごいなあ」
悠真は遠くに見える王宮を眺めながら、改めてアストリアの広さを感じていた。
そのとき、球体の進む先に不思議な光が現れた。
「……あれ、虹?」
空中に七色の光が弧を描いている。
しかし、普通の虹とは違い、その光はゆっくりと揺れ動き、ときには形を変えていた。
「綺麗……」
リズが見とれていると、虹の周囲を小さな光が飛び交っていることに気づいた。
「あっ! 何かいる!」
よく見ると、それは小さな羽を持つ妖精たちだった。
透き通った羽を羽ばたかせ、七色の光の中を楽しそうに飛び回っている。
「妖精だ!」
悠真も驚いて声を上げた。
「本当にいるんだね!」
「いるぞ。ただし、絶対に触るなよ」
ラパンが真面目な顔で注意した。
「えっ、どうして?」
リズが尋ねる。
「昔から噂があるんだ。妖精に触れた人間は、どこか知らない場所へ転移させられるってな」
「ええっ!? どこに?」
「さあな。誰も知らないらしい」
「それって、ちょっと怖くない?」
悠真が苦笑する。
「まあ、あくまで噂だけどな。俺も実際に飛ばされたやつには会ったことがない」
妖精たちはそんな会話など気にも留めず、虹の周囲を飛び回っていた。
やがて一匹の妖精が球体のすぐそばまで近づいてきた。
「わあ、かわいい!」
リズが顔を近づけると、妖精は小さく首を傾げ、くるりと回って飛び去っていった。
「触れないのは残念だけど、見てるだけでも楽しいね」
「うん。こんな景色、元の世界じゃ見られなかったよ」
悠真も笑顔で頷いた。
しばらくして、球体は森の上空へと差しかかった。
眼下には背の高い木々が並び、その枝には透明な丸い実がいくつもぶら下がっている。
「おっ、見てみろ!」
ラパンが突然声を上げた。
「あれがポラの実だ!」
「えっ? さっき食べたポラポラ焼きの?」
悠真が驚いて下を覗き込む。
「そうそう。あの透明な実を焼くと、あんな料理になるんだ」
「へえ! あんなところに実ってるんだ!」
リズも興味津々で見つめていた。
日の光を浴びたポラの実は、まるで小さな水晶のように輝いている。
「でも、あれがあんなにおいしくなるなんて、不思議だね」
「だろ? しかも、親父みたいに焼ける料理人はそうそういないんだぜ」
ラパンはまた得意げに胸を張った。
「今日はずいぶん自慢するね、ラパン」
悠真が笑うと、ラパンも楽しそうに笑い返した。
「そりゃそうだろ。自慢の故郷だからな!」
透明な球体はゆっくりと森の上を進んでいく。
七色の虹、光り輝く妖精たち、そして不思議なポラの実。
悠真たちは、魔法の国アストリアの新たな魅力を存分に楽しんでいた。
戦い続きだった日々を忘れ、仲間たちと笑い合いながら過ごす穏やかな時間。
そんな一日も、今の悠真たちには大切なものだった。
【後書き】
ラパンの故郷で味わった絶品ポラポラ焼きと、スカイバブルから眺める幻想的な景色。
魔法の国アストリアには、まだまだ知らない魅力がたくさんありそうですね。
今回は少し息抜きのお話でした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
面白かった、続きも読んでみたいと思っていただけたら、ぜひブックマーク登録と評価(☆☆☆☆☆)をお願いします!
皆さまの応援が、執筆を続ける大きな励みになります。
次回もよろしくお願いします!




