第156話 未完成の重力魔法
ノルディアに迫る二体のスノーゴーレム。
冒険者たちの必死の抵抗もむなしく、町の防衛線は少しずつ崩されていく。
そこへ駆けつけたリズたちだったが、想像を超える強敵を前に苦戦を強いられることに。
今回はララの新たな魔法にも注目です。
第156話、よろしくお願いします!
ノルディアの町に、重々しい鐘の音が鳴り響いていた。
普段なら商人たちの呼び声や荷馬車の車輪が行き交う大通りは、今や逃げ惑う住民と、武器を手にした冒険者たちで埋め尽くされている。建物の窓は固く閉ざされ、通りに並んでいた露店も、商品を片づける余裕すらなかったのか、倒れた木箱や散乱した野菜がそのままになっていた。
その向こうから、地面を揺らすような足音が近づいてくる。
ドシン、ドシンと一定の間隔で響く振動に合わせ、石畳の隙間に積もった雪が細かく跳ね上がった。
「来るぞ! 全員、構えろ!」
冒険者の一人が声を張り上げると、通りを塞ぐように並んだ男たちが一斉に武器を構えた。
彼らの視線の先には、二体の巨大な魔物がいた。
全高は五メートルほど。雪と氷が幾重にも重なったような白い身体は、人間の何倍もの太さを持つ腕と脚で支えられている。頭部に顔らしいものはなく、目に当たる部分には青白い光が二つ浮かんでいた。
スノーゴーレム。
雪山の奥深くに生息するといわれる魔物だが、町の近くで目撃されることはほとんどない。ましてや、二体が同時に現れ、人の住む場所へ侵入してくるなど、誰も予想していなかった。
「身体強化のカードを持っている奴は前へ! 魔法が使える者は後方から援護しろ!」
号令に応じ、数人の冒険者が懐からスキルカードを取り出した。
カードが淡い光を放ち、男たちの身体を包み込む。筋肉に力が満ち、普段よりも軽くなった身体で地面を蹴ると、先頭にいた剣士がスノーゴーレムへ斬りかかった。
「うおおおっ!」
渾身の一撃が白い脚に叩き込まれる。
しかし、金属同士がぶつかったような甲高い音が響いただけで、剣は弾き返されてしまった。
「なっ……!」
剣士が驚いて後退すると、今度は後方から炎の塊が飛んできた。続いて雷撃が巨体を包み、別の冒険者が放った岩の槍が腹部へ突き刺さる。
激しい爆発音とともに白い煙が広がり、通りの両側に建つ家々の窓が震えた。
「どうだ!」
誰かが叫んだ。
ところが、煙の向こうから現れたスノーゴーレムには、目立った傷が一つもなかった。
表面の雪がわずかに削れたように見えたが、その程度では巨体の動きを止めることすらできない。
そして、スノーゴーレムは冒険者たちに目もくれず、再び歩き始めた。
「おい! こっちを見ろ!」
一人の男が進路へ飛び出し、大盾を構えた。
その瞬間、スノーゴーレムの動きが変わった。
巨大な腕が持ち上がり、男の盾へ振り下ろされる。
「ぐああっ!」
凄まじい衝撃とともに男の身体が後方へ吹き飛び、数メートル先の雪の上を転がった。
「大丈夫か!」
「生きてる! だが腕をやられた!」
仲間たちが駆け寄る間にも、スノーゴーレムは何事もなかったように歩き続けていた。
奇妙なことに、倒れた男へ追撃する様子はない。
その後も冒険者たちは、あらゆる方法で二体の進行を止めようとした。
身体強化のスキルカードを使って脚を狙う者、魔法のカードで炎や雷を放つ者、土魔法で壁を作り、進路を塞ごうとする者もいた。
しかし、スノーゴーレムは障害物を力任せに押し崩し、攻撃を受ければ反撃するだけで、決して立ち止まろうとしなかった。
最初の防衛線が破られ、次の通りへ後退する。
そこでも食い止められず、さらに町の奥へ押し込まれていく。
戦いが始まってから、すでに三時間近くが経とうとしていた。
冒険者たちの顔には疲労が色濃く浮かび、スキルカードを握る手にも力が入らなくなっていた。負傷者は次々と後方へ運ばれ、治療に当たる者たちも休む暇がない。
それでも、誰一人として簡単に逃げ出そうとはしなかった。
彼らの背後には、まだ避難しきれていない住民たちがいる。
「くそっ……あんな化け物、どうやって倒せっていうんだ!」
剣を杖代わりにして立ち上がった冒険者が、悔しそうに唇を噛んだ。
その頭上を、大きな影が横切った。
「おい、あれを見ろ!」
誰かの声に、冒険者たちが一斉に空を見上げる。
灰色の雲が低く垂れ込める空を、一隻の飛行船が進んでいた。
船体の側面には、見慣れない装飾が施されている。
アストラスカル号だった。
「救援か……?」
疲れ切った冒険者たちの間に、かすかな希望が広がった。
飛行船は町の上空で速度を落とし、広場の近くへゆっくりと高度を下げていく。
二階の操縦席の窓から町を見下ろしていたリズは、その光景に思わず息を呑んだ。
「うわ……ひどいことになってる」
雪に覆われた町のあちこちで建物が崩れ、通りには壊れた荷車や瓦礫が散乱していた。その中央を、二体の巨大な白い魔物が悠然と進んでいる。
「本当に五メートルくらいありそうね」
操縦席にいたララが険しい表情で呟いた。
隣に立つドゴルドは、太い腕を組んだまま眼下を見つめている。
「ありゃあ、相当硬そうだな。普通の攻撃じゃ歯が立たんぞ」
「でも、放っておくわけにはいかないよ!」
リズが振り返ると、クランも真剣な顔で頷いた。
「まずはあの二体を止めないと。町の人たちが危ない」
飛行船が着陸すると、四人はすぐさま一階の乗降口から外へ飛び出した。
近くにいた冒険者が駆け寄ってくる。
「あんたたち、救援か!」
「そうだよ! 状況を教えて!」
リズの問いに、男は息を切らしながら答えた。
「三時間近く戦ってるが、まるで歯が立たないんだ! 剣も魔法もほとんど効かない。身体強化のカードを使っても、まともに受ければ吹き飛ばされる!」
「三時間も……」
ララが驚いたように目を見開いた。
「氷の魔法はどうなの?」
「全然駄目だ! 炎も雷も試したが、少しくらいじゃびくともしねえ!」
そのとき、通りの奥から悲鳴が上がった。
スノーゴーレムの一体が、進路を塞いでいた冒険者を腕で薙ぎ払ったのだ。
「話はあとだ!」
ドゴルドが懐からカードを取り出した。
「メリーがいねえ以上、強化はこいつに頼るしかねえな」
「私も!」
リズも身体強化のスキルカードを取り出し、迷うことなく使用した。
二人の身体を淡い光が包み込む。
身体の奥から力が湧き上がる感覚に、リズは拳を握り締めた。
「よーし! 行くよ!」
勢いよく地面を蹴ったリズが、先頭のスノーゴーレムへ飛びかかった。
強化された脚力によって一気に距離を詰めると、巨大な腕を避けながら、その胴体へ渾身の一撃を叩き込む。
鈍い衝撃が腕を伝わった。
「いったぁ!」
リズは思わず顔をしかめた。
身体強化によって威力は上がっているはずなのに、まるで分厚い岩を殴ったような感触だった。
「なんなの、これ! 硬すぎるよ!」
それでも、スノーゴーレムの足を止めることには成功した。
進路を塞がれた巨体が腕を振り上げると、リズは素早く後方へ跳び退いた。巨大な拳が石畳を叩き割り、細かな破片が周囲へ飛び散る。
「まともに食らったら終わりだぞ!」
ドゴルドも別の一体へ向かい、身体強化された力で攻撃を仕掛けた。
巨体の脚を狙って何度も打撃を加えるが、やはり傷はつかない。
それでもドゴルドは諦めず、スノーゴーレムが前へ進もうとするたびに、その進路へ回り込んだ。
「クラン! 援護を頼む!」
「わかった!」
クランが冒険者たちと協力し、ドゴルドの周囲へ近づこうとする者を下がらせる。
無理に攻撃を集中させても効果がないと判断し、まずは被害を広げないことを優先した。
一方、ララは少し離れた場所で魔法を発動させていた。
「これならどう!」
放たれた炎が、リズと戦うスノーゴーレムの上半身を包み込む。
白い身体が赤く照らされ、周囲の雪が一瞬で蒸気へ変わった。
しかし、炎が消えると、そこには変わらぬ姿の巨体が立っていた。
「嘘でしょ……」
ララは眉を寄せた。
続けて雷魔法を放つ。
青白い閃光が走り、スノーゴーレムの身体を激しい電撃が包み込んだ。
だが、それでも動きは止まらない。
風魔法による鋭い刃も、土魔法で生み出した岩の槍も、厚い身体に阻まれてしまう。
「なんで……こんなに硬いのよ」
ララの額に汗が浮かんだ。
冷たい風が吹き抜ける中、何度も魔法を発動させたことで、すでに相当な魔力を消費している。
リズとドゴルドも懸命に戦っていたが、二体を押し返すことはできていなかった。
むしろ、攻撃を受けるたびに少しずつ後退させられている。
このままでは、いずれ限界が来る。
ララは唇を噛んだ。
そして、ある魔法のことを思い出した。
以前から研究していたものの、どうしても制御がうまくいかず、実戦では一度も使ったことのない魔法。
重力魔法。
対象にかかる重力を増大させ、その圧倒的な力で押し潰すというものだった。
理論上は、相手の身体がどれほど頑丈であっても、一定以上の重力をかければ破壊できる。
しかし、問題は魔力の制御だった。
少しでも加減を間違えれば、必要以上の魔力を消費してしまう。最悪の場合、魔法を維持できず、発動した本人が意識を失う危険さえある。
まだ完成していない。
それはララ自身が一番よく理解していた。
それでも、目の前ではリズが必死に戦っている。
巨大な拳を避け、何度も攻撃を仕掛けているが、スノーゴーレムの身体には傷一つついていない。
その姿を見つめながら、ララは静かに息を吸い込んだ。
ほかに方法はない。
今ここで使わなければ、町を守ることはできないかもしれない。
「リズ! 離れて!」
突然響いたララの叫びに、リズが振り返った。
「えっ?」
「いいから! 早く!」
その表情を見たリズは、何かを察したように頷いた。
「わかった!」
素早く後方へ跳び退き、スノーゴーレムとの距離を取る。
ララは両手を前へ突き出した。
指先に魔力が集まり、周囲の空気がわずかに震え始める。
普段の魔法とは明らかに違う感覚だった。
魔力を放出するのではなく、空間そのものへ干渉する。
目に見えない力を一点へ集中させ、そこに存在するものすべてを押し潰す。
頭の中で何度も繰り返してきた理論を思い浮かべながら、ララは必死に魔力を練り上げた。
「お願い……うまくいって……!」
だが、次の瞬間、想定していた以上の魔力が一気に流れ出した。
「っ……!」
ララの表情が歪む。
止めようとしても止まらない。
制御しようとするほど、魔力がさらに吸い出されていくような感覚に襲われた。
それでも、今さら魔法を中断することはできなかった。
ララは歯を食いしばり、最後の力を振り絞った。
「《重力崩壊》!」
その瞬間、スノーゴーレムの周囲の空気が大きく歪んだ。
次いで、地面が沈み込む。
ズズズズズ……!
まるで大地そのものが巨大な手で押さえつけられているかのように、石畳が次々と砕け、地面に亀裂が走った。
スノーゴーレムは前へ進もうとしたが、その脚は地面に縫いつけられたように動かない。
そして、次の瞬間だった。
ミシッ……ミシミシミシッ!
巨体の内部から、不気味な音が響き始めた。
分厚い氷の装甲に亀裂が走り、肩から腕へ、さらに胴体へと広がっていく。
バキバキバキバキッ!!
五メートルもの巨体が、目に見えない圧倒的な力によって押し縮められていく。太い腕がひしゃげ、肩が砕け、巨大な胴体が自らの重量に耐えきれず崩れ始めた。
グシャアアアアアンッ!!
耳をつんざくような轟音とともに、スノーゴーレムの身体が一気に押し潰された。
凄まじい衝撃が地面を伝わり、周囲の建物が震える。砕けた氷の破片と白い粉塵が舞い上がり、通りの一角が一瞬にして見えなくなった。
やがて粉塵が収まると、そこには巨大な窪みと、原形をとどめないほど粉々になった氷の残骸だけが残されていた。
周囲にいた冒険者たちは、誰もが言葉を失っていた。
あれほど苦戦した魔物が、たった一撃で倒されたのだ。
「す……すごーい!」
最初に声を上げたのはリズだった。
興奮した様子で両手を振りながら、ララの方へ振り返る。
「ララ! すごいよ! もう一体もお願い!」
しかし、返事はなかった。
「……ララ?」
そこにいたはずのララの姿が見えない。
視線を下げると、彼女は地面に倒れていた。
「ララ!」
リズは慌てて駆け寄った。
ララの顔は青白く、額には大量の汗が浮かんでいる。呼吸はしているものの、身体にはほとんど力が残っていないようだった。
「ちょっと! 大丈夫!?」
リズが肩を抱き起こすと、ララは薄く目を開いた。
「……ごめん……魔力、使いすぎちゃった……」
「もう! 無茶しすぎだよ!」
叱るような口調とは裏腹に、リズの手は小さく震えていた。
ララはかすかに笑おうとしたが、すぐに目を閉じてしまう。
魔法は成功した。
いや、成功したというより、暴走しかけた魔力が想像を超える威力を生み出したという方が正しい。
本来なら、あれほどの魔力を使う必要はなかったはずだった。
しかし、今のララには、それを悔やむ余裕さえ残されていなかった。
「ララは休んでて! あとは私たちが何とかするから!」
リズがそう言った直後、少し離れた場所からドゴルドの怒鳴り声が響いた。
「くそっ! こいつ、びくともしねえ!」
残された一体のスノーゴーレムは、依然として町の奥へ進もうとしていた。
ドゴルドが身体強化された力で何度も攻撃を加え、クランも隙を見て援護する。
だが、白い装甲には傷一つつかない。
スノーゴーレムは二人を振り払うように巨大な腕を振るい、再び歩き始めた。
「止まれって言ってんだろうが!」
ドゴルドが進路へ飛び出した。
しかし、振り下ろされた拳を受け止めきれず、身体を大きく後方へ弾き飛ばされる。
「ドゴルド!」
クランが叫び、すぐに駆け寄った。
「大丈夫だ! まだやれる!」
ドゴルドは立ち上がったものの、その顔には苦痛が浮かんでいた。
スノーゴーレムは、そんな二人には目もくれず、ゆっくりと前進を続けている。
やがて、その巨体が町の中心にある広場へ足を踏み入れた。
広場の中央には、大きな水晶が設置されていた。
透明な結晶の内部には淡い光が揺らめき、周囲には魔法陣のような模様が刻まれている。
町を魔物から守るための水晶だった。
その力によって、普段は弱い魔物が町へ近づくことはほとんどない。
しかし、強力な魔物に対しては、その効果も完全ではなかった。
スノーゴーレムは水晶の前で足を止めた。
それまで一定の速度で歩き続けていた巨体が、初めて自ら動きを止めたのだ。
その様子を、リズに支えられたララがぼんやりと見つめていた。
なぜ、あの魔物は自分たちを追いかけてこなかったのだろう。
攻撃すれば反撃してくる。
けれど、こちらが離れれば、それ以上追ってこようとはしなかった。
倒れた冒険者たちにも、とどめを刺そうとしなかった。
ただ、ひたすら同じ方向へ歩き続けていた。
まるで、最初から行き先が決まっていたかのように。
ララの視線が、スノーゴーレムの前にある水晶へ移った。
そして、ある考えが頭をよぎった。
「……まさか……」
「どうしたの、ララ?」
リズが顔を覗き込む。
ララは答えようとしたが、喉が乾いてうまく声が出なかった。
その間にも、スノーゴーレムは巨大な腕をゆっくりと持ち上げていく。
その先にいるのは、冒険者でも住民でもない。
水晶だった。
ララの背筋に冷たいものが走った。
違う。
この魔物たちは、町を襲いに来たのではない。
人間を倒すためでも、建物を破壊するためでもない。
最初から、たった一つのものを目指していたのだ。
「リズ……!」
ララは残された力を振り絞り、リズの腕を掴んだ。
「あいつ……水晶を……!」
「えっ?」
「狙ってるのは……水晶よ!」
その叫びに、ドゴルドとクランも振り返った。
しかし、すでにスノーゴーレムの巨大な拳は、水晶の真上まで持ち上がっていた。
「まずい! 止めろ!」
ドゴルドが叫ぶ。
リズもララをそっと地面へ下ろし、立ち上がろうとした。
だが、間に合わない。
青白い光を宿したスノーゴーレムの拳が、町を守る水晶へ向かって振り下ろされた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついにララが未完成の重力魔法《重力崩壊》を披露しました。
圧倒的な威力で一体を撃破したものの、残る一体は町を守る水晶へ。
果たして水晶を守ることはできるのでしょうか?
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今後とも『異世界は金で強くなる』をよろしくお願いします!




