第154話 旅立ち前のひととき
いつもお読みいただきありがとうございます。
久しぶりに訪れたグラード・マーケット。
大きく発展した街で、悠真たちは旅の準備を進めていきます。
今回は、少し穏やかなひとときをお楽しみください。
カミシロフーズの新しい本社を後にした悠真たちは、グラード・マーケットの大通りを歩いていた。
午後の日差しが石畳を照らし、通りには多くの買い物客が行き交っている。以前から商業都市として賑わっていた街だが、今ではその様子もずいぶん変わっていた。
通りの両側には見覚えのある看板がいくつも並び、どこからともなく食欲をそそる香りが漂ってくる。
「それにしても、本当に増えたな」
悠真は周囲を見渡しながら呟いた。
「カミシロフーズのお店?」
隣を歩くリズが尋ねる。
「うん。ガレスさんから話は聞いていたけど、実際に見ると驚くよ」
少し先には焼きたてのパンを売る店があり、その向かいにはカレーの専門店がある。さらに奥にはラーメン屋や菓子店まで並んでいた。
「悠真、あれもお前のところの商品なのか?」
ラパンが指さした先では、店員が丸いパンに肉と野菜を挟んだ料理を客に渡していた。
「ハンバーガーだね。あれもカミシロフーズの商品だよ」
「へえ。随分うまそうだな」
「ラパン、さっきお昼を食べたばかりでしょ」
メリーが呆れたように言うと、ラパンは笑いながら肩をすくめた。
「見るとうまそうに思えるんだから仕方ないだろ」
「それなら、あとで買っておこうか。飛行船でも食べられるし」
悠真の言葉に、ラパンは満足そうに頷いた。
今回の目的は、これから始まる長旅に備えて食料を揃えることだった。
アルファ山脈の西側には、どのような土地が広がっているのか分からない。人が暮らす町があるのか、それとも何日も無人の土地が続くのかさえ不明だった。
そのため、食料はできるだけ多く用意しておきたかった。
「ララ、結構な量になると思うけど、大丈夫?」
「もちろんよ。食料くらいなら、いくらでも入るわ。それに、入れておけば料理も傷まないから安心して」
「それが本当にありがたいんだよね」
ララの空間魔法があれば、保存期間を気にする必要がない。作りたての料理も、そのままの状態で持ち運ぶことができる。
「だったら、お菓子もたくさん買っていいよね!」
リズが嬉しそうに声を上げた。
「食料の買い出しだからね。お菓子ばかりにならないようにしてよ」
「分かってるって!」
そう答えたリズの視線は、すでに通りの向こうにある菓子店へ向けられていた。
その様子を見て、メリーが小さく笑う。
「でも、甘いものがあると長旅でも気分転換になりますよね」
「そうそう! メリーは分かってる!」
「おいおい、そんなこと言ってたら荷物がお菓子だらけになるぞ」
ラパンが口を挟むと、リズは不満そうに頬を膨らませた。
「ラパンだって、さっきからパン屋ばっかり見てるじゃない」
「俺は腹にたまるものを探してるんだよ」
「同じようなものでしょ!」
二人のやり取りに、周囲から笑いが起こった。
それから悠真たちは、いくつもの店を回った。
パンやハンバーガー、弁当などのすぐに食べられる料理に加え、米や肉、野菜、調味料も購入する。飛行船には厨房があるため、材料さえあれば自分たちで料理することもできた。
ドゴルドは保存食や飲み物の量を確認し、クランも必要な品を運ぶのを手伝っていた。
「それにしても、これだけ買っても持ち運ぶ必要がないとは便利なものだな」
ドゴルドが感心したように言う。
「本当ですね。普通なら馬車が何台も必要になりそうです」
クランも頷いた。
購入した品物は、その場でララが次々と空間魔法に収納していく。
店員たちは驚いていたものの、これほど大量に買ってくれる客は珍しいらしく、どの店でも気持ちよく送り出してくれた。
買い出しがひと段落した頃、悠真は通りの先へ目を向けた。
「さて、次は久しぶりに師匠のところへ行こうか」
「和食屋ね!」
リズがすぐに反応する。
「そう。せっかくグラード・マーケットまで来たんだから、顔を出しておきたいしね」
「俺もあそこの料理は好きだぞ」
レオンも賛成した。
「和食屋って、悠真さんが以前やっていたお店ですよね?」
メリーの質問に、悠真は頷いた。
「うん。最初は僕も厨房に立っていたんだけど、ほかの仕事が忙しくなってね。今は師匠とユウジに任せているんだ」
「へえ、悠真って店までやってたのか」
ラパンが意外そうな顔をする。
「いろいろあったからね。まあ、行けば分かるよ」
悠真は笑いながら、馴染みのある通りへと足を向けた。
しばらく歩くと、見覚えのある建物が姿を現した。
木の温かみを生かした外観に、落ち着いた雰囲気の看板。周囲の店が華やかになっていく中でも、その和食屋は以前と変わらない佇まいを残していた。
ただし、店の前には客が並んでいる。
「うわ、すごい人だね」
リズが目を丸くする。
「繁盛してるみたいだな」
レオンも感心した様子だった。
店内を覗くと、客席はほぼ満席だった。厨房からは出汁の香りが漂い、料理を運ぶ店員たちが忙しそうに動き回っている。
その光景を見た悠真は、思わず笑みを浮かべた。
自分が始めた店が、今もこうして多くの人に親しまれている。
それは、カミシロフーズの成功とはまた違った嬉しさだった。
「いらっしゃいませ!」
入口にいた店員が声をかけてきた。
「あの、師匠かユウジはいるかな?」
「はい。少々お待ちください」
店員が奥へ声をかけると、しばらくして厨房から一人の男が姿を現した。
「おや、悠真じゃないか!」
「師匠、久しぶり!」
師匠は驚いた顔をしたあと、嬉しそうに笑った。
「来るなら連絡くらいしてくれればよかったのに。しかも大勢だな」
「急に寄ることにしたんだ。忙しそうだね」
「おかげさまでな。毎日こんな調子だよ」
師匠が店内を見渡したところへ、奥からもう一人の男が現れた。
「師匠、どうしたんですか?」
「ユウジ!」
「悠真! 来てたのか!」
ユウジは悠真と同じ顔をした青年だった。
初めてその姿を見るラパンたちは、二人を交互に見比べる。
「……おい、ちょっと待て」
ラパンが目を見開いた。
「悠真が二人いるぞ?」
「本当ですね……」
メリーも驚きを隠せない。
「なるほど。これが噂のコピーというわけか」
ドゴルドは興味深そうにユウジを眺めていた。
ユウジはそんな反応に慣れているのか、苦笑いを浮かべた。
「初めまして。ユウジです。悠真とは顔が同じだけど、ちゃんと別人だからね」
「いや、分かってても驚くだろ……」
ラパンが呟くと、ユウジは楽しそうに笑った。
「それより、八人もいるんだね。下は満席だから、二階に上がってよ」
「いいの?」
「もちろん。悠真が遠慮することないだろ」
その言葉に、悠真は自然と笑顔になった。
かつてリズやレオンと一緒に暮らしていた二階の住居。
階段を上がると、そこには見慣れた空間が広がっていた。
家具の配置には多少の変化があったものの、窓から差し込む光も、木の床の感触も、以前と大きく変わっていない。
「やっぱり、ここは落ち着くね」
リズが嬉しそうに言いながら、慣れた様子で席に腰を下ろした。
「そうだね。久しぶりだけど、帰ってきたって感じがするよ」
悠真も笑いながら、その隣に座る。
「ここで店を手伝ってた頃は、結構忙しかったよな」
レオンが部屋を見渡しながら笑った。
「そうそう。レオンにもずいぶん助けてもらったよ」
「そのあとコロシアムの大会もあったしな。あの頃はいろいろあったよな」
レオンも自然な様子で席に着いた。
八人が席に着くと、ユウジがお茶を用意してくれた。
「料理は師匠に任せておけば大丈夫。せっかくだから、ゆっくりしていってよ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
窓の外からは大通りの賑わいが聞こえてくる。しかし二階は落ち着いていて、旅の途中であることを忘れてしまいそうだった。
しばらくすると、師匠とユウジが料理を運んできた。
炊きたての白いご飯に味噌汁、焼き魚、煮物、卵焼き。そして彩りよく盛りつけられた小鉢が並ぶ。
「おお、これはうまそうだ!」
レオンが声を上げた。
「いただきます!」
リズが元気よく手を合わせる。
悠真も箸を取り、まず味噌汁を一口飲んだ。
出汁の香りが口いっぱいに広がり、自然と肩の力が抜けていく。
「……やっぱり師匠の料理はおいしいね」
「そりゃそうだ。毎日作ってるからな」
師匠は満足そうに笑った。
「この魚もおいしいわね。味つけが優しいのに、しっかり味がするわ」
ララも箸を進めている。
「初めて食べる料理ばかりですけど、どれもおいしいですね」
メリーが感心したように言うと、ラパンも大きく頷いた。
「特にこの卵焼きってやつ、気に入ったぜ」
「ご飯と一緒に食べると、また違った味わいがありますね」
クランも静かに料理を楽しんでいた。
賑やかな食事が続く中、ユウジが悠真に尋ねた。
「それで、今回はどのくらい滞在する予定なの?」
「実は、明日には出発するつもりなんだ」
「もう?」
「うん。これからアルファ山脈の西側へ向かおうと思ってる」
その言葉に、師匠の表情が少し変わった。
「アルファ山脈の西側か。ずいぶん遠くまで行くんだな」
「まだほとんど情報がない場所なんだ。だから、実際に行って確かめてみようと思って」
「なるほどな。それで食料の準備も必要ってわけか」
「そうなんだ。今日は街でいろいろ買ってきたんだけど、できれば師匠の料理も持っていきたくて」
悠真がそう言うと、師匠は嬉しそうに笑った。
「そんなことなら任せておけ。何がいい?」
「ご飯ものとか、おかずを何種類かお願いできるかな。ララの空間魔法なら、作りたてのまま保存できるから」
「それなら話は早い。弁当も作れるし、煮物や焼き魚なんかも用意できるぞ」
「助かるよ!」
「悠真が始めた店なんだから、こういうときくらい頼ってくれ」
師匠の言葉に、悠真は嬉しそうに頷いた。
ユウジも笑顔を浮かべる。
「こっちは任せておいて。店も会社も順調だから、悠真は安心して旅を続けてよ」
「ありがとう、ユウジ」
自分がいなくても、店はしっかりと動いている。
それを少し寂しく思う気持ちもあったが、それ以上に頼もしかった。
食事を終えたあと、師匠は厨房に戻り、旅用の料理を作り始めた。
悠真たちは二階でお茶を飲みながら待ち、出来上がった料理をユウジが運んでくるたびに、ララが空間魔法へ収納していった。
弁当、焼き魚、煮物、炊き込みご飯。どれも丁寧に作られていて、これからの旅が少し楽しみになるほどだった。
「これだけあれば、しばらくは食事に困らないね」
悠真が言うと、リズが笑顔で頷いた。
「毎日おいしいものが食べられるね!」
「ちゃんと自分たちでも料理するんだぞ」
レオンがそう言うと、リズは少しだけ残念そうな顔をした。
やがて、すべての料理を受け取り、悠真たちは帰ることにした。
店の前まで見送りに出てきた師匠とユウジに、悠真が頭を下げる。
「今日はありがとう。また戻ってきたら寄るよ」
「いつでも来い。うまいものを用意して待ってるからな」
「気をつけてね、悠真。みんなも」
ユウジの言葉に、仲間たちも礼を伝えた。
店を離れるとき、悠真は一度だけ振り返った。
相変わらず客の出入りが絶えない和食屋。
その様子を見て、悠真は安心したように微笑んだ。
夕方になり、街の建物が柔らかな夕日に染まり始める頃、八人はアストラスカル号へ戻ってきた。
食料も十分に揃い、必要な準備はほぼ終わっている。
「いよいよだな」
レオンが飛行船を見上げながら言った。
「うん。明日からは、まだ誰も詳しく知らない土地へ向かうことになる」
悠真もその隣に立ち、夕空へ視線を向けた。
アルファ山脈の西側。
そこには、どのような景色が広がっているのだろう。
新しい町があるのか、それとも見たこともない生き物が暮らしているのか。
分からないことばかりだったが、不思議と不安はなかった。
頼もしい仲間たちがいる。
そして、帰ってこられる場所もある。
「さて、明日に備えて今日はゆっくり休もうか」
悠真の言葉に、仲間たちはそれぞれ頷いた。
こうしてグラード・マーケットでの準備を終えた一行は、翌日の出発に備えてアストラスカル号へ乗り込んだ。
未知なる西の大地への旅が、いよいよ始まろうとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
悠真が始めた和食屋も、今ではすっかり繁盛店になりました。
師匠とユウジが頑張ってくれているおかげですね。
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