第152話 アストラスカル号、出航
ついに完成した、八人の新しい飛行船。
ララがこだわり抜いた船内は、いったいどんな仕上がりになっているのか?
そして、悠真たちの新たな空の旅が始まろうとしていた。
格納庫の中央に置かれた飛行船を、悠真はしばらく見上げていた。
五日前に初めて訪れたとき、そこにあったのは濃紺の船体に金色の装飾が施された、いかにも貴族が所有していそうな豪華な飛行船だった。しかし今、目の前にある船は、柔らかな白を基調に淡い水色やミントグリーンが彩りを添え、以前とはまるで違う印象になっている。
船体の形そのものは変わっていない。それでも、重厚な装飾が取り払われ、明るい色合いに生まれ変わっただけで、随分と親しみやすく感じられた。
「それでは皆様、船内もご覧になりますか?」
セドリックに声をかけられ、悠真は頷いた。
「お願いします。外側だけでも驚いたのに、中まで変わっていたらびっくりしそうですね」
「ふふっ。中の方が自信あるんだから」
ララは嬉しそうに微笑むと、一足先に船体の側面へ向かった。
扉を開けて中へ入ると、以前と同じように木目の美しい廊下が続いていた。ただし、壁に取り付けられた照明は明るさが調整され、床の絨毯も落ち着いた色合いのものに替えられている。
「ここも変えたんだね」
「全部新しくしたわけじゃないのよ。使えるものは残して、暗い印象だったところだけ少し手を加えてもらったの」
ララは壁に手を添えながら説明した。
「まずは一階からね」
一階の奥へ進むと、以前は古い動力装置が収められていた区画に、新しい設備が設置されていた。
金属製の装置は以前よりもすっきりとした造りになっており、複数の魔法石が専用の容器に収められている。周囲には点検用の通路も確保され、整備の際に作業しやすいよう工夫されていた。
「こちらが新型の動力装置です。制御設備も交換しておりますので、以前より安定した飛行が可能になっています」
セドリックの説明に、ラパンが興味深そうに顔を近づけた。
「訓練で習ったやつだな。これなら俺たちでも魔法石の交換ができそうだ」
「ええ。基本的な点検と交換作業については、講習でお伝えしたとおりです」
隣の区画には、予備の魔法石や道具を保管するための棚が設けられていた。さらに、生活用水を蓄えるためのタンクも増設されている。
「水はここから二階へ送られるのよ。飲み水とは別にしてあるから、料理やお風呂にも使えるわ」
「そこまで考えてくれたんだね」
「長い旅になるんだから当然でしょ。毎回、水を取り出していたら面倒だもの」
ララはそう言って笑った。
続いて一行は二階へ上がった。
階段を上りきったところで、リズが思わず歓声を上げた。
「わあっ! すごい!」
そこには、五日前とは見違えるほど明るい空間が広がっていた。
船首側の大きな窓を生かしたリビングには、八人がゆったりと座れるテーブルと椅子が並び、壁際には柔らかなソファも置かれている。木目を生かした内装は温かみがあり、淡い色の布地が船内を明るく見せていた。
窓から差し込む光が床を照らし、まるで落ち着いた宿の談話室にいるようだった。
「ここでみんなで食事をしたり、これからの予定を相談したりできるのよ」
ララは嬉しそうに部屋を見渡した。
「いいな。思っていたよりずっと広く感じる」
レオンが感心したように呟くと、ドゴルドも頷いた。
「これなら長旅でも窮屈にならずに済みそうだ」
悠真もテーブルに手を触れながら、周囲を見渡した。
飛行船というより、本当に小さな家のようだった。
「それじゃあ、次は寝室ね」
ララが廊下の奥へ進む。
左右に並んだ二つの扉のうち、最初に開いたのは女性用の寝室だった。
部屋の中には二段ベッドが二つ置かれ、それぞれの枕元には小さな照明と収納棚が設けられている。ベッドにはまだ寝具がなく、真新しい木の香りが漂っていた。
「ここが私とリズ、メリー、クランの部屋よ」
「いいね! 私、上のベッドがいい!」
リズがさっそく奥の二段ベッドに駆け寄った。
「まだ荷物も置いてないんだから、そんなに急がなくてもいいでしょ」
「だって、楽しみなんだもん!」
ララが呆れたように笑うと、メリーも嬉しそうに室内を眺めた。
「思っていたより落ち着けそうですね。収納もたくさんありますし」
「そうね。荷物が散らからないように、棚を増やしてもらったの」
クランもベッドの脇にある小さな収納を確かめ、穏やかに微笑んだ。
「これなら、四人でも十分に過ごせそうですね」
向かい側には男性用の寝室があった。
こちらも同じように二段ベッドが二つ置かれ、四人分の収納が用意されている。
「俺たちはこっちか」
ラパンがベッドの頑丈さを確かめながら言った。
「上でも下でも好きなところを使っていいぞ」
ドゴルドがそう言うと、悠真は笑った。
「じゃあ、あとで決めようか」
寝室の次はキッチンだった。
以前からあった調理設備を生かしながら、作業台と収納棚が増やされている。魔法石を使った加熱装置に加え、洗い物ができる流し台も設けられていた。
「これなら、ちゃんと料理ができますね」
メリーが嬉しそうに声を上げた。
「保存食ばかりじゃ飽きちゃうもんね!」
リズも調理台を覗き込む。
「材料があれば、いろいろ作れそうです」
メリーの言葉に、悠真も頷いた。
旅先で毎日温かい食事ができるのはありがたい。特に寒さの厳しいアルファ地区へ向かうことを考えれば、こうした設備は大きな助けになるだろう。
浴室とトイレも改修されていた。浴室は決して広くないものの、魔法石で湯を沸かせる仕組みになっており、洗い場も確保されている。
「お風呂まで入れるなんて、贅沢だな」
悠真が感心すると、ララは少し得意そうに胸を張った。
「でしょ? せっかくのマイホームなんだから、快適に過ごしたいもの」
最後に三階へ上がると、船尾側の見張り室にも小さな作業台と収納棚が設置されていた。
大きな窓からは後方を確認でき、必要な道具もすぐに取り出せるようになっている。
「周囲を警戒するには便利そうだな」
レオンが窓の外を確かめる。
「長い航行では、後ろの様子も見られた方が安心だからな」
ドゴルドも満足そうだった。
一通り見学を終え、再び二階のリビングへ戻ってきたところで、悠真はララに声をかけた。
「ララ、本当にありがとう。ここまで考えてくれていたなんて思わなかったよ」
「別に大したことじゃないわ。私だって、みんなと快適に旅をしたいだけだもの」
そう答えながらも、ララの表情には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
その後、八人は荷物の搬入を始めた。
ララが空間魔法から木箱や袋を取り出すと、悠真たちは手分けして必要な場所へ運んでいく。
レオンとドゴルドは予備の魔法石や修理道具を一階の保管棚へ収め、悠真とラパンは寝具や生活用品をそれぞれの寝室へ運んだ。
リズとメリーはキッチンで食器や調理器具を整理し、クランは収納棚に入れる品物を確認しながら、使いやすいように並べていく。
「このお皿、こっちの棚でいいかな?」
「はい。よく使うものは手前に置いた方が便利だと思います」
メリーとクランが相談する声に混じり、廊下からはラパンが木箱を運ぶ足音が聞こえてきた。
「悠真、これも寝室か?」
「それは毛布だから、こっちでいいよ」
「了解!」
最初は何も置かれていなかった船内が、少しずつ生活の場へと変わっていった。
すべての荷物を出してしまうと場所を取るため、予備の食料や大量の生活用品はララの空間魔法に残しておくことにした。
ひと段落した頃には、テーブルの上に人数分のカップが並び、寝室のベッドにも毛布と枕が整えられていた。
「なんだか、本当に家みたいになったね」
リズがソファに腰を下ろし、嬉しそうに周囲を見渡した。
「そうだね。これからしばらくは、ここが俺たちの家になるんだ」
悠真も椅子に座り、窓の外へ目を向けた。
そのとき、ラパンがふと思い出したように口を開いた。
「そういや、この飛行船、名前はあるのか?」
「名前?」
「せっかく自分たちの船になったんだからさ、いつまでも飛行船って呼ぶのも味気ないじゃん」
「確かに!」
リズが勢いよく頷いた。
「可愛い名前がいいな!」
「お前はそればっかりだな」
ラパンが笑うと、リズは頬を膨らませた。
悠真は少し考え、仲間たちの顔を見渡した。
「それなら、アストラスカル号ってどうかな?」
「アストラスカル?」
ララが首を傾げる。
「アストラとラスカルを合わせたんだ。俺たち二つの冒険者チームが、一緒に旅をする船だから」
その言葉に、ドゴルドが静かに頷いた。
「なるほどな。悪くない名前だ」
「俺もいいと思うぜ。どっちの名前も入ってるしな」
ラパンも賛成した。
「アストラスカル号……うん、いいね!」
リズが嬉しそうに繰り返す。
レオンとメリーも賛成し、クランも微笑みながら頷いた。
「ララはどう?」
悠真が尋ねると、ララは少し考えたあと、明るく笑った。
「いいんじゃない? 私たちらしい名前だと思うわ」
「じゃあ、決まりだね」
こうして、八人の新しい飛行船は《アストラスカル号》と名付けられた。
荷物の整理と船内の確認を終えると、悠真たちはセドリックのもとへ向かった。
購入手続きと最終的な確認を済ませ、飛行船の引き渡しが正式に完了する。
「このたびはお買い上げいただき、誠にありがとうございました。どうか安全な空の旅をお楽しみください」
「こちらこそ、いろいろありがとうございました」
悠真が礼を言うと、セドリックは丁寧に頭を下げた。
いよいよ出航の時間だった。
工場の職員たちの誘導で、アストラスカル号は格納庫から屋外の離陸場へ移されていた。
周囲には広い空間が確保され、離陸の準備が進められている。
船内へ戻った悠真たちは、二階の操縦席へ集まった。
操縦を担当するのはララだ。
ラパンとメリーがその左右に立ち、制御盤や魔法石の状態を確認している。
「準備はいい?」
悠真が声をかけると、ララは一度深く息を吸った。
「大丈夫。訓練どおりにやれば問題ないわ」
そう言いながらも、制御盤に伸ばした指先にはわずかに力が入っていた。
訓練では教官が隣に座っていたが、今日は自分たちだけで飛ぶことになる。しかも、後ろには大切な仲間たちが乗っている。
ララは表示を一つずつ確認し、慎重に動力装置を起動させた。
低く穏やかな振動が床を伝わり、船内に小さな作動音が響き始める。
「動力、安定してるぜ」
ラパンが表示を確かめた。
「周囲も問題ありません」
メリーが窓の外を確認する。
「それじゃあ、浮上するわよ」
ララが制御盤をゆっくりと操作した。
次の瞬間、船体がわずかに揺れた。
足元に伝わる感覚が変わり、窓の向こうに見えていた地面が少しずつ遠ざかっていく。
「わっ! 浮いてる!」
リズが窓に駆け寄った。
工場の職員たちが小さくなり、建物の屋根が視界に入り始める。
やがてアストラスカル号は格納庫よりも高い位置まで上昇し、王都のある大陸の景色を見渡せるようになった。
「すごい……」
悠真も思わず呟いた。
地上から見るのとはまったく違う景色だった。
遠くまで続く街道や畑、緑の丘陵。その向こうには王都の城壁が見え、陽光を受けた建物の屋根が小さく輝いている。
風を受けることもなく、船内は驚くほど静かだった。
「高度は安定しているな」
レオンが操縦席の表示を確認する。
「ええ。このままゆっくり進むわ」
ララは慎重に進行方向を調整した。
アストラスカル号が静かに前進を始めると、眼下の景色が少しずつ後方へ流れていった。
「ねえ、どこまで行くの?」
リズが振り返る。
「まずはゼッタ地区を目指そうと思う」
悠真は窓の向こうに広がる北の空を見つめた。
「アルファ地区へ行くには、途中にゼッタ地区があるからね。いきなり長距離を飛ぶのは危険だし、まずはそこで操縦に慣れていこう」
「それがいいだろうな。船の調子も確かめながら進んだ方が安全だ」
ドゴルドが頷いた。
「私も賛成よ。まだ覚えたばかりだもの。無理せず、少しずつ慣れていきたいわ」
ララも同意した。
目指すのはアルファ山脈の西側。
しかし、その前に越えなければならない距離は長い。
悠真はリビングの大きな窓から外を眺めた。
王都のある大陸がゆっくりと遠ざかり、目の前には果てしない青空が広がっている。
この船で食事をし、眠り、仲間たちと笑い合いながら旅を続けていく。
これまでとは違う冒険が、ここから始まるのだ。
「よし。まずはゼッタ地区だね」
悠真がそう言うと、操縦席のララが振り返り、嬉しそうに微笑んだ。
「任せて。アストラスカル号、出発よ!」
柔らかな色彩に包まれた飛行船は、八人の仲間を乗せ、北の空へとゆっくり進んでいった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに八人の新しいマイホーム《アストラスカル号》が完成し、初めての空へと飛び立ちました!
まずはゼッタ地区を目指し、操縦に慣れながらの旅が始まります。
これからどんな出会いや冒険が待っているのか、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。
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今後ともよろしくお願いします!




