第151話 旅立ちへの五日間
飛行船の完成まで、あと五日。
悠真たちは王都での買い出しと操縦訓練に分かれ、新たな旅への準備を進めていく。
果たして、八人を乗せる飛行船はどんな姿に生まれ変わるのだろうか。
飛行船の購入を決めた翌朝、悠真たち五人は王都の商店街を歩いていた。
空は気持ちよく晴れ渡り、通りには朝から多くの買い物客が行き交っている。店先には色とりどりの商品が並び、威勢のいい呼び込みの声があちこちから聞こえてきた。
「さて、まずは食料からかな」
悠真が手元の買い物リストを確認すると、隣を歩いていたリズが元気よく頷いた。
「食べ物なら任せて! 美味しそうなもの、いっぱい見つけてあげる!」
「いや、美味しいものもいいけど、保存できるものを優先しようね」
「わかってるって!」
そう答えたリズだったが、早くも焼き菓子の並ぶ店に目を奪われている。
レオンはそんな彼女を横目に、苦笑を浮かべた。
「長旅になるんだ。食料は多めに用意しておいた方がいいだろうな」
「そうだな。特にアルファ地区では、簡単に補給できるとは限らない」
ドゴルドも頷いた。
これから向かうのは、ほとんど人が足を踏み入れたことのないアルファ山脈の西側だ。町や村がある保証もなく、途中で食料が尽きれば大きな問題になる。
悠真たちは保存の利く干し肉や乾燥野菜、小麦粉、調味料などを中心に買い揃えていった。
「こちらのお店では、長期間保存できる果物も扱っているそうですよ」
クランが店先の商品を指さした。
「それは助かるね。食事が同じものばかりじゃ飽きちゃうし」
悠真が答えると、リズも嬉しそうに駆け寄ってきた。
「じゃあ、これも買おうよ!」
彼女が抱えていたのは、大きな菓子の詰め合わせだった。
「……それは保存食なの?」
「もちろん! 甘いものは疲れたときに必要でしょ?」
もっともらしい理由をつけるリズに、悠真は思わず笑ってしまった。
結局、菓子もいくつか購入することになった。
食料の次は寝具や日用品だった。
八人分の毛布や枕、食器、調理器具に加え、洗濯や掃除に必要な道具も揃えていく。
さらに予備の魔法石や簡単な修理道具など、飛行船での生活に必要と思われるものを次々と購入した。
最初はそれほど多くないと思っていた荷物も、買い物を重ねるうちに驚くほどの量になっていた。
購入した品々は店からガイオの屋敷へ運んでもらい、用意された部屋に保管していく。
悠真たちは翌日以降も足りないものを探して王都を回り、少しずつ旅の準備を整えていった。
一方、その頃。
ディアボロカンパニーの工場では、ララ、ラパン、メリーの三人が操縦訓練に励んでいた。
工場の敷地内には操縦士を育成するための訓練施設があり、遠方から訪れた購入者向けの宿泊設備も併設されている。
三人はそこに泊まり込み、朝から夕方まで飛行船の操作を学んでいた。
「まずは高度を一定に保つことを意識してください」
教官の指示を受け、ララが訓練用の制御盤に手を伸ばした。
魔法石の力を調整すると、目の前の表示がゆっくりと変化していく。
「なるほど。急に動かさず、少しずつ調整するのね」
「その通りです。非常にお上手ですよ」
ララは魔法の制御に慣れていることもあり、操作の仕組みを理解するのが早かった。
対照的だったのがラパンだ。
「よし、俺にもやらせてくれ!」
張り切って操作を始めたものの、制御盤を動かしすぎて警告音を鳴らしてしまった。
「おっと!」
「ラパン! もっと慎重にやりなさいよ!」
「わかってるって! ちょっと加減を間違えただけだろ!」
そんな二人を見ながら、メリーは少し緊張した様子で操作を覚えていた。
「私、ちゃんと操縦できるでしょうか……」
「大丈夫よ。メリーは丁寧だから、慣れればきっと上手になるわ」
ララに励まされ、メリーも少しずつ自信をつけていった。
訓練は制御盤の操作だけではない。
離着陸の手順や緊急時の対応、魔法石の交換方法など、覚えることは想像以上に多かった。
三日目からは教官が同乗する実際の飛行訓練も始まり、三人は交代で操縦席に座った。
初めて自分の操作で船体が浮き上がったときには、ララでさえ緊張で肩に力が入った。
それでも日を重ねるにつれ、三人は基本的な操作を身につけていった。
もちろん、まだ経験の浅い初心者であることに変わりはない。それでも、交代しながら飛行船を動かせるだけの知識は得られそうだった。
そして、四日目の夜。
ガイオの屋敷に戻った悠真は、自室で双界カードを取り出していた。
王都へ戻ってからというもの、毎晩欠かさずボッツと連絡を取り、ウィストンやノルディアの様子を確認している。
今夜もカードにボッツの姿が映し出された。
「おう、悠真。今日も元気そうだな」
「そっちも変わりない?」
「今のところ大きな問題はない。ウィストンもノルディアも、少しずつ元の姿を取り戻してるよ」
ボッツの背後からは、人々の話し声が聞こえていた。
復興作業はまだ続いているらしい。
「スノードラゴンは?」
「それも新しい情報はないな。少なくとも、こっちに姿を現したって話は聞いてない」
「そっか。それならよかった」
悠真は小さく息をついた。
スノードラゴンが再び現れれば、復興途中の町に大きな被害が出るかもしれない。その不安が消えたわけではなかった。
「ところで、飛行船の方はどうなった?」
「明日には完成する予定だよ。準備もほとんど終わったし、ようやく出発できそうだ」
「そうか。いよいよアルファ山脈の西へ向かうんだな」
「うん。何があるかわからないけど、行って確かめてくるよ」
「無茶だけはするなよ。何かあったら連絡してくれ」
「ありがとう。そっちも気をつけて」
通信を終えた悠真は、窓の外へ目を向けた。
王都の夜空には、無数の星が輝いている。
明日には、自分たちの飛行船が完成する。
そのことを考えると、期待と少しの緊張が胸の中で入り交じった。
翌朝。
ガイオの屋敷に滞在していた悠真たちのもとへ、ララがやって来た。
工場から転移カードでガイオの会社の地下へ移動し、そこから屋敷まで足を運んできたのだ。
「悠真、飛行船が完成したわよ!」
「本当? お疲れさま!」
「ありがとう。それで、買い物した荷物はどこ?」
「こっちだよ」
悠真が案内した部屋に入った瞬間、ララの足が止まった。
部屋の奥まで積み上げられた木箱や袋。その数は、彼女の想像をはるかに超えていた。
「……ちょっと、何これ?」
「旅に必要なものを揃えたんだけど……」
悠真が説明しかけると、ララは思わず声を上げた。
「あんたたち、買いすぎよ!」
「だって、長い旅になるんだよ?」
リズが悪びれる様子もなく答えた。
「だからって、こんなに必要なの?」
「俺たちも途中から少し多いとは思っていたんだがな」
レオンが苦笑する。
「必要なものを揃えていったら、こうなった」
ドゴルドの言葉に、ララは呆れたようにため息をついた。
「まったく……まあ、足りなくなるよりはいいけど」
そう言いながらも、ララは手際よく荷物を空間魔法へ収納していった。
山のように積まれていた木箱が次々と消え、しばらくすると部屋は元の広さを取り戻した。
「これで全部ね。それじゃあ、工場へ行きましょう」
悠真は双界カードを取り出し、工場で待つメリーに連絡した。
カードに映ったメリーは、嬉しそうに微笑んでいる。
「悠真さん、準備はできましたか?」
「うん。荷物も全部まとめたよ。今からそっちへ行ってもいい?」
「はい。こちらは大丈夫です」
互いにカードを重ねると、悠真たちの周囲に転移の光が広がった。
次の瞬間、六人は工場の一室に立っていた。
「お待ちしていました」
メリーが笑顔で迎えてくれる。
その隣にはラパンもいた。
「おう、ようやく全員揃ったな!」
「操縦の練習はどうだった?」
悠真が尋ねると、ラパンは得意そうに胸を張った。
「ばっちりだぜ! まあ、まだ慣れねえところもあるけどな」
「ラパンは最後まで操作が少し荒かったけどね」
ララが笑いながら付け加える。
「余計なこと言うなよ!」
久しぶりに八人が揃い、賑やかな声が室内に響いた。
その後、一行はセドリックの案内で格納庫へ向かった。
「皆様、お待たせいたしました。ご注文いただいた飛行船は、すべての作業を終えております」
セドリックが大きな扉を開く。
その向こうに姿を現した飛行船を見て、悠真たちは思わず足を止めた。
「……あれ?」
最初に声を上げたのはリズだった。
「ねえ、これって、この前見た飛行船だよね?」
五日前、そこにあったのは濃紺の船体に金色の装飾が施された、重厚感のある貴族の飛行船だった。
ところが、目の前の船はまるで印象が違っていた。
温かみのある白を基調とした船体には、淡い水色やミントグリーンのラインが流れるように描かれ、ところどころに柔らかなオレンジ色が添えられている。
豪華な金色の装飾は控えめになり、全体的に明るく親しみやすい雰囲気へと変わっていた。
少しカラフルで可愛らしい。それでいて派手すぎず、どこか上品さも残している。
「ずいぶん印象が変わったな」
レオンが感心したように呟いた。
「ララ、外装まで変えたの?」
悠真が尋ねると、ララは嬉しそうに微笑んだ。
「せっかくみんなで乗るんだもの。少しくらい可愛くしたっていいでしょ?」
「少し……かな?」
悠真が苦笑すると、リズが勢いよく頷いた。
「でも、すっごく可愛い! 私、こっちの方が好き!」
「でしょ?」
ララは満足そうに笑った。
悠真は改めて目の前の飛行船を見上げた。
五日前までは、見知らぬ貴族が所有していた飛行船。
それが今、自分たち八人のための船として、新たな姿に生まれ変わっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
五日間の準備を終え、ついに飛行船が完成しました!
ララの好みで外観まで大変身。次回はいよいよ、八人の新しいマイホームの内部がお披露目されます。
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