第150話 空飛ぶマイホーム
アルファ山脈の西を目指すため、ディアボロカンパニーの飛行船製造工場を訪れた悠真たち。
果たして、一行は無事に飛行船を手に入れることができるのか?
王都の東へと続く街道を、一台の馬車が走っていた。
窓の外には広々とした草原が続き、遠くには緩やかな丘陵が見える。王都を離れてしばらく経つと、街道を行き交う馬車の数も少なくなり、代わりに荷物を満載した大型の運搬車が目立つようになっていた。
「それにしても、飛行船を造ってる工場って、どんなところなんだろうね」
リズが窓の外を眺めながら、楽しそうに声を弾ませた。
「世界で唯一の製造元なんだろ? 相当でかいんじゃねえか」
向かいに座るラパンが答えると、レオンも頷いた。
「兄貴の話では、王都の外に広大な敷地を持っているそうだ。飛行船を何隻も同時に建造できるらしい」
「何隻も? あんな大きなものを?」
「実物を見ればわかるさ」
悠真はそう言いながら、膝の上に置いたパンフレットへ目を落とした。
昨日、ガイオから渡されたものだ。表紙には大小さまざまな飛行船が描かれており、その中には十人乗りの機体も紹介されている。
新品なら十億マニーほど。
今の所持金を考えれば買えない金額ではないが、これから向かうアルファ地区では何が起こるかわからない。飛行船を手に入れたあとも、魔法石の補充や整備に費用がかかるだろう。
使えるものを無駄にする必要はない。
中古の飛行船が問題なく使えるなら、それが一番だった。
「見えてきましたよ」
御者の声に、悠真たちは窓の外へ顔を向けた。
街道の先に、巨大な建物がいくつも並んでいた。
高い外壁に囲まれた敷地の奥には、屋根が半円状になった格納庫があり、その一つは王都の城壁にも負けないほどの高さがある。
「うわっ! 大きい!」
リズが思わず身を乗り出した。
正門には《ディアボロカンパニー》と刻まれた立派な看板が掲げられていた。
その文字を見たクランは、わずかに目を細めた。
彼女にとって、その名前は決して知らないものではない。しかし、これほど大規模な飛行船の製造工場が存在することまでは知らなかった。
クランは何も言わず、ほかの仲間たちと同じように建物を見上げた。
馬車が正門で止まると、警備員が近づいてきた。
「ガイオ商会のご紹介でお越しの方々ですね。お待ちしておりました」
事前に連絡が入っていたらしく、手続きはすぐに済んだ。
八人は案内された建物で工場の担当者と顔を合わせた。
「本日は遠いところをありがとうございます。私、販売部門を担当しております、セドリックと申します」
四十代ほどの男性が、丁寧に頭を下げた。
「神代悠真です。今日はよろしくお願いします」
「ガイオ様からお話は伺っております。十人乗りの飛行船をご希望とのことですね」
「はい。できれば長距離を移動できるものを探しています」
「承知しました。それでは、まず工場をご案内いたしましょう」
セドリックに続いて建物を出ると、敷地内では大勢の職人たちが働いていた。
金属を打つ音が響き、荷車には大小さまざまな部品が積まれている。魔法石を収める装置らしいものを運ぶ作業員もいれば、巨大な船体の外装を磨いている者もいた。
悠真は周囲を見渡しながら、思わず感心した。
飛行船という存在自体が珍しいと思っていたが、ここではそれを一つの産業として成り立たせている。
やがて一行は、最も大きな格納庫へと案内された。
「こちらが、今回完成した二十人乗りの飛行船です」
セドリックが扉の向こうを示した。
そこには、美しい白銀の船体が鎮座していた。
流れるような曲線を描く外装には金色の装飾が施され、側面には大きな窓が等間隔に並んでいる。船首部分は優雅な形状をしており、まるで空を航行する宮殿のようだった。
「すごい……」
メリーが小さく呟いた。
「これ、本当に空を飛ぶの?」
リズも目を輝かせている。
「もちろんです。すでに完成検査も終了しております。あとはご注文主への引き渡しを待つばかりです」
「貴族の方が注文されたんですよね?」
悠真が尋ねると、セドリックは頷いた。
「ええ。長年弊社の飛行船をご愛用いただいているお客様です。今回、より大型の船へ乗り換えられることになりました」
セドリックは船体を見上げ、少し誇らしげな表情を浮かべた。
「こちらの建造には多くの技術者が携わっておりましたが、すでに主要な作業は終了しております。そのため、別の機体へ人員を回せる状態です」
「それは助かりますね」
「では、お目当ての飛行船をご覧いただきましょう」
次に案内されたのは、少し離れた格納庫だった。
扉が開くと、その奥に一隻の飛行船が置かれていた。
先ほどの二十人乗りと比べれば小さいものの、それでも間近で見ると十分な大きさがある。
船体は落ち着いた濃紺を基調としており、縁取りには控えめな金色の装飾が施されていた。多少の古さは感じられるが、目立った傷やへこみはない。
「こちらが十人乗りの飛行船です。製造からおよそ十年が経過しております」
「十年前のものには見えないですね」
「大切に使われていた機体ですから。定期的な整備も欠かされておりませんでした」
ドゴルドが船体を見上げながら口を開いた。
「見たところ、外側はしっかりしているな」
「はい。船体の構造に大きな問題はありません。ただ、動力設備に不具合が生じておりまして、現在は飛行できない状態です」
「そこが修理の必要な部分なんですね」
「その通りです。もっとも、十年前の設備ですから、修理するよりも新型へ交換する方がよろしいかと考えております」
セドリックは説明を続けた。
新しい動力装置は従来型よりも安定しており、魔法石の利用効率も改善されているという。制御設備も併せて交換するため、費用はそれなりにかかるが、長距離の飛行を考えるなら有利になる。
「交換費用は、現時点の見積もりで一億マニー弱となります」
「結構するんですね」
悠真は思わず声を漏らした。
「飛行船の心臓部にあたる設備ですから。ただ、今後も長くお使いになるのであれば、交換をおすすめいたします」
ラパンが興味深そうに質問した。
「魔法石の交換なんかは、俺たちでもできるのか?」
「もちろんです。基本的な交換作業は操縦者でも行えます。装置の内部に関わる整備については、専門の技術者が必要ですが」
「なるほどな」
ラパンは納得したように頷いた。
悠真はもう一度船体を見上げた。
十年前のものとはいえ、しっかり造られた飛行船だ。動力を新しくすれば、十分に使えそうだった。
「ところで、この飛行船はもう購入できるんでしょうか?」
「現在はまだお客様の所有物ですが、新造船への乗り換えに伴い、弊社で引き取る予定となっております。念のため、売却の了承を確認させてください」
セドリックは近くの事務室へ向かい、通信魔道具を使って連絡を取った。
悠真たちが待っていると、ほどなくして戻ってきた。
「お待たせいたしました。売却については、すぐにご了承いただけました」
「本当ですか?」
「はい。新しい飛行船への乗り換えはすでに決まっておりますので、古い機体については弊社に任せるとのことです」
セドリックは笑顔を見せた。
「弊社での引き取り手続きを済ませたうえで、お客様へ販売する形になります。販売価格は四億マニーです」
悠真は頭の中で計算した。
購入費が四億。動力の交換が一億弱。
合わせて五億マニーほど。
所持金は三十億マニーある。十分に購入できる金額だった。
「それなら、ぜひ購入したいです。ただ、内部も見せてもらえますか?」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
船体の側面に設けられた扉から中へ入ると、そこには外観に負けない豪華な空間が広がっていた。
床には厚みのある絨毯が敷かれ、壁には美しい木目の装飾が施されている。照明には魔法石が使われているらしく、柔らかな光が廊下を照らしていた。
「すごいね。お城みたい!」
リズが歓声を上げた。
「貴族の方が使っていた船ですからね」
メリーも感心した様子で周囲を眺めている。
まず案内されたのは、一階の設備区画だった。
乗降口から奥へ進むと、荷物を保管するための広い区画があり、その先には動力装置を収めた部屋が設けられていた。
「こちらが先ほどご説明した動力設備です」
セドリックが示した装置には、いくつもの魔法石が組み込まれていた。金属製の管や複雑な制御装置が周囲を取り囲み、悠真には何がどうつながっているのか見当もつかない。
「これを全部交換するのか?」
ラパンが興味深そうに覗き込んだ。
「主要な動力装置と制御設備を新型に交換いたします。周辺の設備も必要に応じて調整しますが、船体そのものを大きく変更する必要はありません」
「なるほど。魔法石の予備も、この辺りに置けそうだな」
「はい。保管用の区画を設けることも可能です」
ララは荷物置き場の広さを確かめながら、ゆっくりと周囲を見渡した。
「ここなら、旅に必要な荷物も十分に置けそうね」
「そうだな。長い旅になるなら、予備の道具も必要になるだろう」
ドゴルドも頷いた。
一階の見学を終えると、一行は階段を上がり、居住区のある二階へ向かった。
船首側には操縦席があり、その近くには前方の景色を楽しむための空間が設けられていた。
大きな窓の向こうには、格納庫の壁が見えている。
しかし、ここから空を飛べば、どんな景色が広がるのだろう。
悠真はそんなことを想像した。
「ここ、いいわね」
ララが窓の近くへ歩み寄った。
「みんなで集まれる場所にできそうね」
「みんなで?」
「そう。操縦席の近くをリビングのようにして、食事をしたり、これからの予定を話し合ったりできるようにするの」
ララは周囲を見渡しながら続けた。
「私たちは八人で長い旅をすることになるでしょ。移動するだけじゃなくて、ここで生活することも考えないといけないもの」
「なるほど。確かにそうだね」
悠真は頷いた。
アルファ山脈の西側には、人が住む町があるかどうかもわからない。
宿屋を探すことも、毎日どこかで食事を取ることもできないだろう。
そう考えると、飛行船は単なる乗り物ではなく、生活の拠点になる。
「寝室も必要ですね」
メリーが言った。
「そうね。女性四人と男性四人で、部屋を分けたいわ」
ララの提案に、リズがすぐに賛成した。
「それがいい! みんな一緒じゃ落ち着かないもんね」
「十人乗りとはいえ、個室を八つ設けるのは難しいだろうな」
レオンが言うと、ララも頷いた。
「だから、二つの寝室に分ければいいと思うの。二段ベッドを使えば、四人ずつ眠れるでしょ」
セドリックは少し驚いたようにララを見た。
「なるほど。長期間の滞在を想定されているのですね」
「はい。できれば、キッチンや浴室も使いやすくしたいんです」
「現在も簡単な調理設備と浴室はございますが、ご希望に合わせた変更は可能です」
ララは嬉しそうに頷いた。
そこへメリーが、思い出したように口を開いた。
「でも、お水はどうするんでしょう?」
「水?」
「飲み水は持ち込めますけど、お風呂や洗濯にも使いますよね。食器を洗うお水も必要ですし……」
その言葉に、悠真も考え込んだ。
確かに、八人が暮らすとなれば相当な量の水が必要になる。
「現在の船にも貯水設備はございます。ただし、長期間の生活には容量が不足するかもしれません」
セドリックの説明を聞き、ララが尋ねた。
「一階に大きめの貯水タンクを設置することはできますか?」
「可能です。魔法石を利用した給水装置もございますので、二階の設備へ水を送ることができます」
「使った水はどうなるんですか?」
「排水用のタンクに集めます。着陸後、専用の設備で処理する仕組みです」
ララはしばらく考えたあと、頷いた。
「それなら、飲み水とは別に生活用水を確保したいです」
そう言ってから、悠真たちへ顔を向けた。
「足りない分は私の空間魔法で持ち運べるわ」
「そうか。ララがいれば、予備の水も食料も保管できるんだね」
「そうね。でも、毎回取り出さなくても使えるように、船の設備は整えておきたいの」
悠真は感心した。
自分は飛行船が手に入れば何とかなると思っていたが、ララはその先の生活まで考えている。
さらに三階へ上がると、船尾側を見渡せる小さな部屋があった。
窓から後方の様子を確認できる造りになっており、壁際には作業台を置ける程度の空間もある。
「ここは見張りや作業に使えそうね」
ララが言った。
「外へは出られるのか?」
ドゴルドが尋ねると、セドリックは奥にある扉を示した。
「整備用の出入口がございます。ただし、飛行中の使用は危険ですので、通常は施錠しております」
「それで十分だな」
ドゴルドは納得したようだった。
一通り見学を終える頃には、ララの頭の中で改造の形がかなり固まっていた。
セドリックも彼女の説明を熱心に聞き、必要な設備や工事について確認していく。
「内装の変更は、どれくらいかかりそうですか?」
悠真が尋ねた。
「正確な金額は設計をまとめてからになりますが、ご希望の内容であれば、一億マニー以内に収めることは可能だと思います」
「そうですか」
悠真はほっとした。
購入に四億、動力設備の交換に一億弱、内装の変更に最大一億。
合計で六億マニーほどになる。
安い買い物ではないが、残りは二十四億マニー以上ある計算だ。
これからの旅に必要な資金も十分に残せる。
「必要なものはきちんと揃えたいです。でも、使える設備はそのまま残してください。無駄にお金をかけるつもりはないので」
「承知いたしました。元々の内装は上質なものですから、活用できる部分も多いと思います」
セドリックは笑顔で答えた。
「それで、完成までどれくらいかかりますか?」
「通常でしたら十日ほどお時間をいただきますが、幸い、先ほどご覧いただいた二十人乗りの飛行船が完成したところです。お急ぎでしたら、そちらの技術者を作業に回すことで、五日ほどで仕上げることも可能です」
「五日ですか!」
悠真の表情が明るくなった。
思っていたよりも早い。
スノードラゴンのことを考えると、いつまでも王都で時間を使っているわけにはいかなかった。
「それなら、ぜひお願いします」
「かしこまりました」
セドリックが頷いたところで、ラパンが口を開いた。
「そういや、肝心なことを忘れてたな」
「何?」
リズが首を傾げる。
「操縦だよ。船があっても、誰も動かせなきゃ意味がねえだろ」
「あっ、そうだった!」
リズが声を上げると、周囲から笑いが漏れた。
悠真も苦笑した。
飛行船を手に入れることばかり考えていたが、操縦を覚える必要がある。
「操縦方法も教えてもらえますか?」
「もちろんです。飛行船の購入者様には、操縦に関する講習も行っております」
セドリックは三人を見た。
「どなたが操縦を担当されますか?」
「私とラパン、それからメリーの三人でお願いできますか?」
ララが答えた。
「私もですか?」
メリーが驚いた顔をした。
「そうよ。交代で操縦できた方が安心でしょ。メリーも魔法を使えるし、きっと覚えられるわ」
「それなら、頑張ってみます」
メリーは少し緊張しながらも微笑んだ。
「飛行船は魔法石を動力としておりますので、操縦者の魔力を大量に消費することはありません。ただし、魔法制御盤の扱い方や離着陸の操作など、覚えていただくことはございます」
「五日間で何とかなりますか?」
「基本操作でしたら可能です。訓練用の設備もございますし、実際の飛行訓練も行います。ただ、経験を積むことは必要ですので、最初から無理な飛行はなさらないでください」
「わかりました」
ララは真剣な表情で頷いた。
悠真は仲間たちを見渡した。
「じゃあ、ここからは二手に分かれようか」
「二手?」
「ララ、ラパン、メリーには、ここで改造の細かい打ち合わせと操縦の練習をお願いしたいんだ」
「任せて」
ララが答えると、ラパンも笑った。
「操縦なら面白そうだしな。しっかり覚えてやるよ」
「私も頑張ります」
メリーも頷いた。
「その間、俺たち五人は王都で必要なものを買い揃えるよ」
「食料とか?」
リズが尋ねた。
「そう。食料や飲み水、寝具、調理器具、それに日用品も必要だろうね。しばらく町に寄れなくても困らないようにしておきたい」
「買い物なら任せて!」
リズが勢いよく手を上げた。
「必要なものを確認しながら買った方がいいな」
レオンが冷静に言うと、ドゴルドも頷いた。
「アルファ地区では補給できる場所が限られる。保存の利く食料も多めに用意しておくべきだろう」
「私もお手伝いします」
クランが控えめに申し出た。
「ありがとう。みんなで手分けすれば、五日あれば十分だと思う」
悠真はそう答えた。
買い揃えた荷物は、飛行船が完成してからララの空間魔法で運び込めばいい。
それまではガイオの屋敷に世話になるつもりだった。
もちろん、準備の間もアルファ地区の状況を忘れるわけにはいかない。ボッツとは双界カードで連絡を取り、ウィストンやノルディアに変化がないか確認する必要がある。
もしスノードラゴンが再び動き出したなら、そのときは予定を考え直さなければならないだろう。
それでも、今はできることを進めるしかない。
悠真は格納庫に置かれた濃紺の飛行船へ、もう一度目を向けた。
十年前に造られ、貴族を乗せて空を旅してきた船。
その船が、今度は自分たち八人を乗せて、誰も知らない土地へ向かうことになる。
五日後には、どんな姿に生まれ変わっているのだろう。
船首の窓から広がる景色を想像すると、自然と胸が高鳴った。
「それじゃあ、よろしく頼むね、ララ」
「任せて。みんなが安心して過ごせる飛行船にしてみせるわ」
ララは嬉しそうに微笑んだ。
こうして悠真たちは、新たな旅へ向けて、それぞれの準備を始めることになった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに飛行船の購入が決まり、新たな旅への準備が始まりました。
次回は、飛行船の完成に向けた五日間。それぞれが準備を進めていきます。
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