第149話 飛行船を求めて
アルファ山脈の西側へ向かうため、飛行船の購入を考え始めた悠真たち。
頼りにするのは、以前の宝石売却でも世話になったガイオ。
果たして、八人が乗れる飛行船を見つけることはできるのでしょうか?
ノルディアの復興を手伝い始めてから、六日目の朝。
悠真たちは宿の一室に集まり、レオンが兄のガイオへ連絡を取るのを待っていた。
昨日の話し合いで、アルファ山脈の西側へ向かうには飛行船が必要だという結論に至った。しかし、飛行船がどこで売られているのか、どれほどの費用がかかるのか、悠真たちには見当もつかない。
そこで頼ることになったのが、以前、宝石の売却で世話になったガイオだった。
レオンは共有カードを手に取り、兄へ連絡を入れる。
「兄貴、今ちょっといいか?」
『レオンか。どうした? また何かあったのか?』
「少し相談したいことがあるんだ。できれば直接会って話したいだが」
『ほう。今度は何を持ち込むつもりだい?』
カードの向こうから、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「今回は売りたいものがあるわけじゃないんだ。買いたいものがあってさ」
『買い物か。それなら話は早い。今、会社にいるからこっちに来るといい』
「ありがとう、兄貴」
『悠真たちも一緒なんだろう?』
「ああ、八人全員だ」
『分かった。いつもの地下を使ってくれ。待っているよ』
通信が終わると、レオンは皆へ顔を向けた。
「兄貴が会ってくれるそうだ。早速行こうか」
「よし! 飛行船が買えるかもしれないんだよね!」
リズは朝から随分と張り切っていた。
「まだ話を聞くだけだぞ」
「分かってるわよ。でも、楽しみじゃない!」
レオンが苦笑する横で、悠真も少し胸を躍らせていた。
飛行船を自分たちで所有する。
数日前まで、そんなことは考えたこともなかった。
だが、あの巨大な飛行船が空へ浮かび上がる光景を思い出すと、どうしても期待してしまう。
準備を整えた一行は、転移カードを使ってガイオの会社へ向かった。
転移先は、いつものガイオの会社の地下室だった。
室内には魔法灯がともり、壁際には荷物を運ぶための台車が並んでいる。見覚えのある場所に出たことで、悠真は少し安心した。
間もなく扉が開き、会社の従業員が姿を現した。
「レオン様、皆様。お待ちしておりました。ガイオ様のお部屋へご案内いたします」
案内に従って階段を上がり、廊下を進んでいく。
会社の中は朝から活気があった。書類を抱えて行き交う従業員や、商談室へ向かう客の姿が見える。
やがて、従業員が一つの扉の前で足を止めた。
「ガイオ様、皆様がお見えになりました」
「入ってもらってくれ」
扉が開くと、広い執務室の奥でガイオが立ち上がった。
「おお、来たか!」
ガイオは机から離れると、真っ先にレオンの肩を叩いた。
「今度は何だ? この前はとんでもない宝石を持ってきたと思ったら、今度は買い物の相談か」
「悪いな、兄貴。忙しいところに」
「何を言ってる。弟が頼ってきたんだ。話くらいいくらでも聞くさ」
ガイオはそう言って笑った。
口では呆れたようなことを言っていたが、その表情は嬉しそうだった。
前回の宝石の売却以来、悠真たちはガイオの商才をすっかり頼りにしている。ガイオにとっても、自分の力を必要としてくれることは悪い気がしなかった。
「さあ、座ってくれ。飲み物も用意させよう」
八人が応接用の椅子やソファに腰を下ろすと、ガイオは向かい側に座った。
「それで、今回は何を買いたいんだ?」
悠真はレオンと顔を見合わせてから答えた。
「実は、飛行船を探しているんです」
「飛行船?」
ガイオの眉が上がった。
「また随分と大きな買い物を考えたものだな」
「アルファ山脈の西側へ行きたいんです。でも、山を越えるのは危険だし、船で回るにも時間がかかるみたいで……」
「なるほど。それで空から向かおうというわけか」
「はい。八人が乗れて、長距離を移動できる飛行船があればと思って」
ガイオは腕を組み、少し考えた。
「飛行船なら、俺も一隻持っているぞ」
「えっ、本当ですか?」
悠真が思わず身を乗り出した。
「まあな。数年前に買ったものだ。小型だが、仕事で遠くへ行くときには随分と助かっている」
「じゃあ、それを貸してもらうことって……」
「残念だが、三人乗りなんだ」
「あっ、そうなんですね」
「それに、仕事でも割と使っているからな。長期間貸し出すのは難しい」
ガイオは申し訳なさそうに笑った。
「八人となると、やはり別の飛行船を用意した方がいいだろう」
「そうですよね……」
「まあ、待っていなさい。確か、この辺りに……」
ガイオは立ち上がると、部屋の壁際にある書棚へ向かった。
並んだ書類や冊子の中から一冊を取り出し、表紙の埃を軽く払う。
「これだ」
テーブルの上に置かれたのは、厚みのある一冊のパンフレットだった。
表紙には青空を背景にした飛行船の絵が描かれている。
「俺が飛行船を買ったときにもらったものだ。少し古いが、過去に製造された飛行船も載っているから、参考にはなるだろう」
「見てもいいですか?」
「もちろん」
悠真がページを開くと、そこには大小さまざまな飛行船が紹介されていた。
最初に載っていたのは、小型の飛行船だった。
細長い船体の上部に浮遊装置が取り付けられ、下部には小さな操縦室がある。三人乗りというだけあって、全体的にこぢんまりとしていた。
「これが俺の持っている型だ」
ガイオが指を差す。
「へえ、こんな形なんですね」
「見た目は小さいが、移動するには十分だ。馬車では何日もかかる距離でも、かなり短い時間で行けるからな」
次のページには、十人乗りの飛行船が載っていた。
こちらは船体が大きく、操縦室のほかに客室や荷物を置く場所も設けられている。
「これくらいなら、俺たち全員が乗れそうだな」
レオンが言った。
「うん。荷物を積む余裕もありそうだし」
悠真はさらにページをめくった。
二十人乗り、三十人乗りと、船体は次第に大きくなっていく。
「すごい……こんなに種類があるんだ」
リズが隣から覗き込んだ。
「これなんて、部屋がいくつもあるじゃない!」
「大型になると、長期間の移動を前提に作られるからな」
ガイオが説明する。
最後の方には、ひときわ巨大な飛行船も紹介されていた。
悠真はその絵を見て、先日ノルディアで見た光景を思い出した。
「そういえば、ノルディアでとんでもなく大きな飛行船を見たんです。百人くらい乗れそうな船だったんですけど……」
「百人乗り?」
ガイオが目を見開いた。
「それなら、もしかすると《ディアボロティクス》かもしれないな」
「知ってるんですか?」
「もちろんだ。世界最高峰の飛行船として有名だからな。価格は百億マニーほどすると聞いたことがある」
「ひゃ、百億!?」
リズが驚きの声を上げた。
「そんなにするの?」
「特別な船だからな。普通の飛行船とは比べものにならないよ」
悠真も改めて驚いた。
あの巨大な船が百億マニー。
自分たちが持っている三十億マニーでも、到底手が届かない金額だった。
「でも、十人乗りならそこまで高くないですよね?」
「そうだな。仕様にもよるが、新品なら十億マニー前後を考えておけばいいだろう」
「十億か……」
悠真は少し考えた。
決して安い買い物ではないが、購入できない金額でもない。
「それなら、何とかなりそうです」
「ほう。さすがは三十億マニーを手にした男だな」
ガイオは楽しそうに笑った。
「ただし、飛行船は買って終わりじゃない。魔法石の補充や定期的な整備にも金がかかる。そこは覚えておいた方がいい」
「はい」
「それと、操縦できる人間はいるのか?」
悠真はララとラパンへ目を向けた。
「魔法に詳しい二人なら、覚えられるんじゃないかと思ってるんですけど……」
「実際の操縦方法を見てみないと断言はできないわ」
ララが答えた。
「でも、魔法石を動力にしているなら、魔力の制御が関係しているはずよ。仕組みを理解できれば、私たちでも扱えると思う」
「俺も覚えるつもりだよ」
ラパンが頷く。
「ララ一人に任せきりってわけにもいかないしな」
「メリーも覚えてみる?」
悠真が尋ねると、メリーは少し驚いた顔をした。
「私ですか? できるか分かりませんけど、必要なら勉強してみたいです」
「操縦者が多いに越したことはないな」
レオンも賛成した。
ガイオはそんなやり取りを聞きながら頷いた。
「飛行船は操縦者の魔力を大量に消費するものではない。基本的には魔法石の力で動く。ただ、制御盤を扱うための知識と訓練は必要だ」
「それなら、何とかなりそうですね」
「まずは実物を見てみることだな」
ガイオはパンフレットを閉じた。
「さて、肝心の購入先だが……この世界で飛行船を製造している会社は、一つしかない」
「一つだけなんですか?」
「そうだ。王都に本社を構える《ディアボロカンパニー》という会社だ」
その名前を聞いたクランが、わずかに顔を上げた。
(ディアボロカンパニー……)
聞き覚えのある名前だった。
ディアボロスと関わりのある会社だということは知っている。しかし、クランが所属しているのは裏社会の組織であり、表向きの事業について詳しく教えられているわけではない。
飛行船を製造していることも、今初めて知った。
クランは何も言わず、ガイオの話に耳を傾けた。
「俺の飛行船もそこで買ったものだ。担当者とは今でも付き合いがあるから、話を聞いてみよう」
「お願いします!」
悠真が頭を下げると、ガイオは立ち上がった。
「少し待っていてくれ」
ガイオは執務机の近くに置かれた通信魔道具へ向かった。
台座に魔法石が組み込まれた据え置き型の装置で、会社同士の連絡などに使われるものだった。
携帯できる共有カードとは違い、安定した通信ができるため、長い商談にも向いている。
ガイオが装置を操作すると、しばらくして相手の声が聞こえてきた。
『はい、ディアボロカンパニーでございます』
「ガイオ商会のガイオだ。以前、飛行船を購入した者だが、担当の方はいるかな?」
『ガイオ様ですね。少々お待ちください』
やがて別の男性の声に変わった。
『ガイオ様、お久しぶりでございます。本日はどのようなご用件でしょうか?』
「実は、知人が飛行船の購入を考えていてね。八人以上が乗れて、長距離を飛べるものを探しているんだ」
『なるほど。新規のご注文ということでしょうか?』
「できれば早めに手に入れたいそうなんだ。今、販売できる船はあるかい?」
『少々難しいですね。現在、当社の工場では貴族のお客様からご注文いただいた飛行船を一隻製造しております』
「どのくらいの大きさだ?」
『二十人乗りでございます』
「それはもう注文が決まっているんだな?」
『はい。新たに製造する場合は、そちらの完成後に取りかかることになります』
ガイオは悠真たちへ視線を向けた。
「やはり、すぐに新品を手に入れるのは難しそうだな」
悠真は少し残念そうに頷いた。
資金があっても、完成まで長く待つことになるなら困る。
ノルディアの人々がスノードラゴンの再来を恐れていることを考えると、できるだけ早く西側へ向かいたかった。
「ちなみに、十人乗りを新しく作るとしたら、価格はどのくらいになる?」
『装備によって変わりますが、おおよそ十億マニー前後になるかと存じます』
「なるほど。ちなみに、中古の飛行船は扱っていないのか?」
ガイオが尋ねると、相手は少し間を置いた。
『中古でございますか……。実は、一隻ございます』
「ほう?」
『現在、二十人乗りを発注されている貴族のお客様が、以前お使いになっていた飛行船です』
「それは何人乗りだ?」
『十人乗りでございます』
ガイオの表情が変わった。
「ちょうどいいじゃないか。それは購入できるのか?」
『新しい飛行船の完成に合わせて、当社で下取りする契約になっております。売却についてはご相談いただけるかと思いますが……』
「何か問題があるのか?」
『実は、少々故障しておりまして。現在、製造工場でお預かりしている状態です』
「故障?」
『はい。修理すれば問題なく使用できる見込みですが、詳しい状態については工場の担当者からご説明する必要がございます』
ガイオは考え込んだ。
「なるほどな。ちなみに、実物を見ることはできるかい?」
『もちろんでございます。事前にご連絡いただければ、工場をご案内いたします』
「場所は以前と同じか?」
『はい。王都から東へかなり離れた場所にございます。現在建造中の飛行船も、そちらでご覧いただけます』
「分かった。少し相談させてくれ」
ガイオは一度通信を切り、悠真たちの方へ戻ってきた。
「どうやら、ちょうどいい飛行船がありそうだぞ」
「本当ですか?」
悠真が顔を上げる。
「ああ。十人乗りの中古船だ。今は故障していて工場に預けられているらしいが、修理すれば使えるそうだ」
「十人乗りなら、私たち全員乗れるじゃない!」
リズが嬉しそうに言った。
「でも、故障してるんでしょ?」
ララが少し心配そうに尋ねる。
「そうだな。詳しいことは工場で確認しないと分からない。価格もまだ決まっていないようだ」
「修理にどれくらいかかるかも気になるな」
レオンが言った。
「そこも含めて、実物を見た方が早いだろう」
ガイオはパンフレットを悠真へ差し出した。
「よかったら、これも持っていくといい。古い資料だが、船の種類を見比べるには役立つはずだ」
「ありがとうございます!」
悠真はパンフレットを受け取った。
「それで、どうする? 一度工場へ行ってみるか?」
ガイオの提案に、悠真はすぐに頷いた。
「ぜひお願いします!」
「よし。先方には俺から話を通しておこう」
ガイオは楽しそうに笑った。
「それにしても、お前たちは本当に面白いな。今度は飛行船まで買うつもりとは」
「兄貴のおかげだよ。いつも助かる」
レオンが礼を言うと、ガイオは満足そうに頷いた。
「気にするな。また何かあったら遠慮なく頼ってくれ」
こうして悠真たちは、王都の東にあるディアボロカンパニーの飛行船製造工場を訪れることになった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回も頼りになるガイオのおかげで、飛行船購入への道が見えてきました。
そして登場した、世界で唯一の飛行船メーカー《ディアボロカンパニー》。
次回は、いよいよ飛行船の製造工場へ!
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