第148話 西への道
ノルディアを襲った大吹雪から五日。
少しずつ復興が進むなか、悠真たちはスノードラゴンが移動してきた理由を探るため、アルファ山脈の西側を目指すことに。
しかし、そこへ向かうには大きな問題がありました。
ノルディアを襲った大吹雪から、五日が過ぎた。
悠真たちはその間、町の復興に力を尽くしていた。
朝早くから瓦礫の撤去に取りかかり、日が暮れるまで救助や物資の運搬を手伝う。倒壊した建物の中から使える木材や家具を運び出し、道路を塞いでいた瓦礫を片付けるだけでも、相当な時間が必要だった。
レオンとドゴルドは力仕事を中心に動き、リズとクランも町の人々に交じって片付けを続けた。
ララとラパンは魔法を使って大きな瓦礫を移動させ、メリーは救護所で負傷者の治療にあたっている。
悠真も休む間を惜しんで働いた。
もちろん、五日間で町が元通りになるはずもない。
木造の家屋はほとんどが倒壊し、住む場所を失った人々は比較的被害の少なかった建物に身を寄せ合っていた。
頑丈な石造りの建物も、外壁に残った氷を取り除く作業が続いている。
それでも、町の様子は少しずつ変わり始めていた。
瓦礫で塞がれていた大通りには人が行き交い、壊れた店先で商売を再開する者も現れた。広場では温かい食事が配られ、子供たちの声も聞こえるようになっている。
何より大きかったのは、あの日以来、猛烈な吹雪が一度も来ていないことだった。
アルファ地区では雪が降ること自体は珍しくない。
だが、あの異常な寒さと風が再び襲ってくれば、復興どころではなくなる。
町の人々も、そのことをよく理解していた。
「兄ちゃんたち、本当に助かったよ」
瓦礫の撤去を終えた悠真に、年配の男性が声をかけてきた。
「いえ、まだまだ大変でしょうけど……」
「それでも道が通れるようになっただけで随分違う。物資も運べるようになったからな」
男性は少し離れた場所で働く人々へ目を向けた。
「家はまた建てればいい。生き残った連中で、何とかやっていくさ」
その言葉には力があった。
だが、悠真は素直に喜ぶことができなかった。
町にはまだ多くの犠牲者がいる。
家族を失った人々の悲しみが、たった五日で消えるはずもない。
そして何より、今回の災害を引き起こしたスノードラゴンが、今もアルファ山脈のどこかにいるのだ。
いつ再び動き出すのか、誰にも分からなかった。
悠真は遠くに連なる雪山を見つめた。
(やっぱり、このままにはしておけないよな……)
その思いは、日を追うごとに強くなっていた。
五日目の夜。
町の復興作業を終えた悠真たちは、宿の一室に集まっていた。
テーブルには温かい飲み物が並び、全員がようやく一息ついている。
「いやあ、さすがに疲れたぜ」
ラパンが椅子の背もたれに体を預けた。
「魔法を使うのも楽じゃねえな。これだけ毎日やってると、さすがに堪える」
「でも、随分片付いたじゃない」
リズが満足そうに笑う。
「最初に来たときなんて、まともに歩ける道も少なかったんだから」
「そうですね。救護所の方も、重傷の方はだいぶ落ち着いてきました」
メリーも少し疲れた顔をしていたが、その表情には安堵が浮かんでいた。
悠真は皆の様子を見渡してから口を開いた。
「みんな、五日間ありがとう。町長さんにも話をしてきたけど、あとは町の人たちで復興を進められそうだって言ったましたよ」
「じゃあ、いよいよ西へ向かうのか?」
レオンの問いに、悠真は頷いた。
「そのつもりなんだけど、問題はどうやって行くかなんだよな」
アルファ山脈の西側。
そこはドゴルドでさえ詳しく知らない、ほとんど人の踏み込まない地域だった。
「実は、少し前におじいちゃんへ連絡して聞いてみたんだ」
「ゼラモード様に?」
ララが顔を上げる。
「うん。西側へ行く方法がないかと思って」
悠真は数日前、双界カードを使ってゼラモードへ相談していた。
そのときの会話を思い出す。
「おじいちゃん、アルファ山脈の西側へ行きたいんだけど、何かいい方法はないかな?」
『西側とな? また随分と厄介な場所へ行こうとしておるのう』
カードの向こうで、ゼラモードは少し驚いた様子だった。
「スノードラゴンが本来いた場所を調べたいんだ。どうして東側まで移動してきたのか、理由があると思って」
『ふむ……なるほどのう』
ゼラモードはしばらく考えてから答えた。
『まず、最短距離ならアルファ山脈を越えることになるじゃろうな』
「やっぱり山越えか」
『じゃが、わしは勧めんぞ。あの山脈は標高が高く、気温も恐ろしく低い。おまけに強力な魔物の住処じゃ。越えるだけでも命懸けになるじゃろう』
「じゃあ、ほかには?」
『北側の海を回り込む方法がある。船を使えば山脈を越えずに済むが、かなり遠回りになるのう』
「南側はどうなの?」
『南の海は海流が厄介じゃ。流れが速いうえに複雑で、船で進むには危険が大きい。そちらから向かうなら、空を飛ぶ手段を考えた方がよいじゃろう』
「空か……」
『ただし、わしが知っておるのは六十年ほど前の話じゃ。今のアルファ地区がどうなっておるかまでは分からんぞい』
「分かった。ありがとう、おじいちゃん」
『無茶はするでないぞ。お主がどれほど強くなろうと、あの山脈には油断できぬ相手がいくらでもおるからの』
ゼラモードは最後にそう忠告していた。
「……というわけなんだ」
悠真が説明を終えると、皆は考え込んだ。
「山脈を越えるのは、やっぱり難しそうね」
ララが呟く。
するとドゴルドが腕を組んだ。
「俺も山越えは勧めないな。あそこは俺たちが普段足を踏み入れる場所とは、まるで別世界だ」
「ドゴルドでも行ったことないの?」
リズが尋ねる。
「東側の山なら何度も入ってる。だが、中央を越えて西側まで行こうなんて考えたこともないよ」
ドゴルドは苦笑した。
「そもそもアルファ地区は、人間が暮らすための土地じゃない。大半は魔物の領域だからな」
悠真たちは黙って耳を傾けた。
「ノルディアだって、魔物の素材や鉱石が手に入るから冒険者が集まってるだけだ。安全だから人が住んでるわけじゃない」
「そういえば、冒険者が多い街だったな」
「ウィストンも似たようなもんだ。あそこはエーデルから逃げてきた人たちが作った港町でな。この辺りでしか獲れない魚がいるから、漁師たちが暮らしてるんだ」
「危険でも、それだけ稼げるってことか」
レオンが納得したように頷いた。
「そういうことだ。だが、西側にはそんな話すらない」
ドゴルドの表情が少し険しくなる。
「昔からドラゴンや強力な魔物がいると言われてる場所だ。まともに調べようとする人間なんて、まずいないだろうな」
「街もないの?」
「俺が知る限りはな。あんな場所に住もうなんて物好きがいるとは思えない」
ラパンが嫌そうな顔をした。
「おいおい、そんなところへ行くのかよ。聞けば聞くほど、とんでもねえ場所じゃねえか」
「だからこそ、何かあるのかもしれない」
悠真が答える。
「スノードラゴンが本当に西側から移動してきたなら、何か理由があるはずなんだ」
「それは分かるけどよ……」
ラパンは頭を掻いた。
「せめて安全に行ける方法くらいは考えようぜ」
「もちろん、そのつもりだよ」
悠真も無理に山脈を越えるつもりはなかった。
スノードラゴンと戦うためではなく、移動した理由を調べるために行くのだ。
目的地へ辿り着く前に力尽きてしまっては意味がない。
「北の海を回るなら、船が必要になるな」
レオンが言った。
「ウィストンなら船はありそうだけど、相当時間がかかるんだろ?」
「しかも西側に港があるとは限らないぞ」
ドゴルドの指摘に、悠真は頷いた。
たとえ船で西側へ辿り着いても、上陸できる場所がなければどうにもならない。
南側の海も、ゼラモードの話では危険が大きい。
そうなると、残る方法は限られてくる。
「だったら、空から行けばいいんじゃない?」
リズがララを見る。
「ララの魔法の絨毯があるでしょ?」
その言葉に、悠真も顔を上げた。
「そうか。絨毯なら山を越える必要もないし、海の流れも関係ないな」
しかし、ララは困ったように首を振った。
「さすがに無理よ」
「えっ、どうして?」
「近い距離なら問題ないけど、アルファ地区を大きく回り込むほどの長距離となると、私の魔力が持たないわ」
ララはテーブルの上に置かれたカップへ手を伸ばした。
「それに八人もいるのよ。全員を乗せて何時間も飛び続けるなんて、途中で魔力が尽きる可能性が高いわ」
「途中で休めばいいんじゃない?」
「どこで休むの? 下が海だったら着陸する場所もないのよ」
「……そっか」
リズもようやく納得した。
魔法の絨毯は便利だが、どこまでも飛び続けられるわけではない。
まして今回向かうのは、人の住む街もないような危険地帯だ。
無理をして途中で動けなくなれば、取り返しがつかなくなる。
「となると、飛行船みたいなものが必要なのか……」
悠真が呟いた。
その言葉に、リズが勢いよく顔を上げた。
「飛行船!」
「ん?」
「この前見たじゃない! ノルディアに停まってた、あの大きな飛行船!」
悠真の頭にも、五日前の光景が蘇った。
町外れの雪原に停まっていた巨大な船。
そして、ゆっくりと空へ浮かび上がっていく姿。
あれほど大きな船が空を飛ぶのだから、長距離の移動にも使えるはずだ。
「確かに、あんな飛行船があれば……」
「そうでしょ!」
リズは嬉しそうに身を乗り出した。
「空から西側まで行けるじゃない!」
「簡単に言うなよ」
ラパンが呆れたように口を挟む。
「あんなもの、そこらの店で売ってるわけねえだろ。それに値段だって、とんでもねえはずだぞ」
「でも、買えないとは限らないじゃない」
「お前なあ……」
二人のやり取りを聞きながら、悠真はふと考え込んだ。
そして、あることを思い出す。
「……金ならあるんだよな」
その一言に、全員の視線が集まった。
「金?」
レオンが聞き返す。
「ほら、マクベスを買うために用意した三十億マニー。結局、使わなかっただろ?」
「あっ!」
リズが声を上げた。
「そうだった! 三十億もあるんだった!」
ラパンは目を丸くする。
「待て待て。三十億って、あの聖剣を買うために集めた金か?」
「そうだよ」
「いや、そりゃ大金だけどよ……飛行船なんて買えるのかな?」
「そこは分からない」
悠真は正直に答えた。
あの飛行船がいくらするのか、想像もつかない。
そもそも飛行船が一般に販売されているのかどうかさえ知らなかった。
「でも、あんなに大きな船じゃなくてもいいんだ。俺たち八人が乗れて、西側まで移動できれば十分だろ?」
「それなら、もう少し小さな飛行船でもよさそうね」
ララも興味を示した。
「ただ、飛行船を動かすには魔法石が必要になるはずよ。購入費用だけじゃなくて、維持するためのお金も考えないと」
「操縦できる人間も必要だろうな」
ドゴルドが付け加える。
言われてみれば、その通りだった。
買えば誰でも動かせるようなものではないだろう。
「うーん……思ったより大変そうだな」
悠真が腕を組んで考えていると、レオンが口を開いた。
「それなら、兄貴に相談してみないか?」
「ガイオさんに?」
「飛行船を買うつもりなら、兄貴が一番頼りになると思う。商売の話には詳しいし、そういうものを扱っている人間にも心当たりがあるかもしれない」
悠真は思わず手を打った。
「そうか! ガイオさんがいた!」
人魚のネックレスと海賊の宝石を売却したときも、ガイオの交渉力には驚かされた。
自分たちだけでは、あれほどの大金を手にすることはできなかっただろう。
「兄貴なら、少なくとも相場くらいは調べられると思う」
「じゃあ、お願いできるかな?」
「もちろんだ。明日、連絡してみるよ」
「やった! 飛行船だ!」
リズが嬉しそうに両手を上げた。
「まだ買えるって決まったわけじゃないぞ」
「分かってるわよ。でも、考えるだけでも楽しいじゃない!」
そんなリズを見て、ララが小さく笑った。
悠真もつられて笑みを浮かべる。
五日前、ノルディアの町外れで見た巨大な飛行船。まさか自分たちが購入を考えることになるとは思ってもいなかった。
果たして三十億マニーで手に入るものなのか。
すべては、ガイオからの返事次第だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
未知のアルファ山脈西側へ向かうため、悠真たちが考えたのは飛行船の購入でした。
果たして三十億マニーで飛行船を手に入れることができるのでしょうか?
次回もよろしくお願いします!
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