第145話 規格外のスノードラゴン
聖剣マクベスの一撃を受け、ついに動き出したスノードラゴン。
その力は、ディアボロスの想像すら大きく超えていた。
「グオオオオオオオオオオオッ!!」
山々を震わせるような咆哮が響き渡った。
積もっていた雪が震え、斜面から白い塊が崩れ落ちていく。
ディアボロスは聖剣マクベスを握ったまま、遠くにいるスノードラゴンを見据えていた。
「……完全に怒らせたようだな」
先ほどまでこちらを気にする様子すらなかった巨竜が、今は明確にディアボロスを見ている。
「ディアボロス様」
カインが緊張した声を出した。
「様子がおかしいです」
「見れば分かる」
スノードラゴンが巨大な口を開いている。
その周囲に白い靄のようなものが集まり始めていた。
ただでさえ凍えるほど寒かった雪山の空気が、さらに冷たくなっていく。
ディアボロスが吐いた息が、一瞬で白く染まった。
「何か来ます!」
カインが叫ぶ。
次の瞬間。
ゴオオオオオオオオオオオッ!!
「なっ……!」
ディアボロスの目が見開かれた。
白い奔流が雪原を飲み込むように迫ってくる。
離れた場所から放たれたにもかかわらず、その勢いは衰えるどころか、周囲の雪まで巻き込みながら膨れ上がっていた。
「散れ!」
だが、左右へ逃げた程度で避けられる範囲ではない。
ディアボロスはマクベスを両手で握った。
「こいつで……!」
思い切り振り抜く。
ズバァァァァァン!!
巨大な斬撃が雪原を走った。
直後。
ドガァァァァァン!!
斬撃と氷のブレスが真正面からぶつかった。
白い爆発が起こり、周囲の雪が一気に舞い上がる。
「ぐっ!」
ディアボロスが腕で顔を覆った。
マクベスから放たれた斬撃は、巨大な氷のブレスを真ん中から切り裂いていた。
だが、消えたわけではない。
左右へ分かれた猛烈な冷気が、そのまま三人を襲う。
ゴオオオオッ!
「くっ……!」
ディアボロスは足を踏ん張った。
服の表面に白い霜が張りつき、髪まで凍りついていく。
それでも何とか耐える。
やがて冷気が通り過ぎた。
「……冗談じゃねえぞ」
ディアボロスは白い息を吐きながら顔を上げる。
マクベスがなければ、今の一撃をまともに受けていた。
「カイン、ダイマ!」
返事がない。
振り返ったディアボロスの表情が変わった。
「……おい」
二人は立ったまま動いていなかった。
カインもダイマも、全身を厚い氷に覆われている。
顔まで凍りつき、完全に動きを止めていた。
「マジかよ……」
ディアボロスはすぐに二人へ近づいた。
氷越しでは状態も分からない。
「お前たち死ぬなよ」
すぐに赤いスキルカードを取り出す。
これで氷を溶かす。
そう思った瞬間だった。
「……!」
背筋に嫌なものが走った。
ディアボロスが顔を上げる。
遠くにいるスノードラゴンが、再び巨大な口を開いていた。
白い冷気が集まっている。
「もう次かよ……!」
火炎系のスキルカードを使っている暇はない。
ディアボロスは別のカードへ持ち替えた。
「バリア!」
カードが光り、半透明の障壁が目の前に展開される。
ディアボロスはマクベスを握ったまま、迫ってくるスノードラゴンを睨んだ。
ゴオオオオオオオッ!!
二度目の氷のブレス。
ドガァァァァァン!!
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃がバリアへ叩きつけられた。
ディアボロスはその場で踏ん張る。
周囲の雪原が一瞬で凍りついていく。
その時。
ビキッ。
「……ん?」
目の前の障壁に一本の亀裂が走った。
ビキビキビキッ!
「おい……」
亀裂が一気に広がっていく。
そして。
バキィィィィン!!
「なっ……!」
バリアが粉々に砕け散った。
ディアボロスは思わず手元を見る。
カードにも大きな亀裂が入り、その光を完全に失っていた。
「……バリアを一発で壊しやがった」
ディアボロスの表情から余裕が消えた。
カインとダイマを見る。
助けなければならない。
だが、このままここに残っていれば、自分まで凍らされる。
「……これは無理だな」
判断は早かった。
「悪い。少しだけ待ってろ」
ディアボロスは転移カードを取り出した。
カードが光を放ち、足元へ魔法陣が広がっていく。
次の瞬間。
ディアボロスの姿が雪原から消えた。
「ディアボロス様!?」
魔導飛空艇。
船内に突然ディアボロスが現れ、待機していた部下たちが一斉に振り返った。
「バリアカードを持ってこい」
「バリアカードを?」
「あるだけ全部だ。急げ」
部下の一人が驚いた顔をする。
「ディアボロス様がお持ちのものは?」
「壊された」
「……壊された?」
「一発でな」
周囲が静まり返った。
「そんな……」
「驚くのは後だ。カインとダイマが凍らされた」
その言葉で空気が変わった。
「お前たち六人、俺と来い!」
「はい!」
すぐに六人が前へ出た。
「三人ずつ二組に分かれろ。二人で一人を運ぶんだ。残った一人はバリアを担当しろ」
「分かりました!」
「カードは惜しむな。壊れたら次を使え」
部下たちが大量のバリアカードを持つ。
ディアボロスも自分の分を掴んだ。
「行くぞ!」
再び雪原へ降り立った時には、さらに吹雪が強くなっていた。
ゴオオオオオッ!
雪が横殴りに吹きつけ、少し離れただけでも互いの姿が見えづらい。
「あまり離れるなよ!」
ディアボロスを先頭に七人が進む。
しばらくして、雪の向こうに二つの大きな塊が見えてきた。
カインとダイマだ。
しかし、先ほどとは様子が違う。
ディアボロスが顔をしかめる。
「……氷が大きくなってやがる」
二人を覆っていた氷が周囲の雪まで巻き込み、さらに大きな氷塊になっていた。
「二組に分かれろ!」
「はい!」
六人が三人ずつに分かれる。
それぞれ二人が氷塊へ手をかけ、残った一人がバリアカードを構えた。
「せーの!」
「ぐっ……!」
四人が一斉に力を込める。
だが、巨大になった氷塊はほとんど持ち上がらない。
「持ち上げなくていい! 引きずれ!」
「はい!」
ズズズズズッ……。
二つの氷塊が雪を削りながら、少しずつ動き始めた。
ディアボロスは転移カードを取り出す。
カードが光り、足元から魔法陣が広がっていく。
「ここまで運べ!」
「分かりました!」
ズズズズズッ……。
二つの氷塊がゆっくりと近づいてくる。
その時だった。
「ディアボロス様!」
部下の一人が叫ぶ。
ディアボロスが振り返る。
吹雪の向こう。
白い冷気が集まり始めていた。
「ブレスが来るぞ! バリア!」
三人がほぼ同時にカードを発動した。
それぞれの前に半透明の障壁が広がる。
ゴオオオオオオオッ!!
氷のブレスが襲いかかった。
ドガァァァァァン!!
「ぐうっ!」
直後。
バキィィィン!!
一組目のバリアが砕けた。
「壊れました!」
「次だ!」
間髪入れず、新しいカードが光る。
もう一方でも。
バキィィィン!!
「こっちもです!」
「止まるな! 運べ!」
高価なバリアカードが次々と砕けていく。
だが、誰もカードを惜しまない。
「カイン様、もう少しです!」
「そのまま行け!」
ズズズズズッ!
巨大な氷塊が魔法陣へ入った。
「カイン様入りました!」
「ダイマは!」
「まだです!」
もう一組が必死に氷塊を引きずっている。
「急げ!」
その時。
バサァァァァァッ!!
これまでとは違う轟音が響いた。
雪が一気に巻き上がる。
ディアボロスが顔を上げた。
「……マジかよ」
吹雪の向こうで、巨大な翼が広がっていた。
スノードラゴンの身体がゆっくりと浮かび上がる。
バサァァァァッ!!
翼を一度羽ばたかせただけで、周囲の雪が吹き飛んだ。
「飛んだぞ!」
「こっちへ向かって来ます!」
「見えてる! ダイマを急げ!」
「はい!」
二人が歯を食いしばる。
「うおおおおっ!」
ズズズズズッ!
巨大な氷塊が雪を削る。
「あと少し!」
スノードラゴンが近づいてくる。
「入った!」
ダイマを包む氷塊が魔法陣の中へ入った。
「よし全員入れ!」
六人が魔法陣へ飛び込む。
ディアボロスも中央へ入った。
「飛ぶぞ!」
転移カードが強烈な光を放つ。
白銀の巨体が目前まで迫った、その瞬間。
七人と二つの氷塊が雪原から消えた。
ドンッ!
二つの巨大な氷塊と七人が《ディアボロティクス》の船内へ現れた。
「ディアボロス様!」
「すぐ出せ!」
戻ったばかりのディアボロスが叫ぶ。
「ここから離れろ!」
ゴオオオオオッ!
巨大な飛空艇が動き出す。
速度を上げ、吹雪の中を進んでいく。
「後方!」
見張りの男が叫んだ。
「スノードラゴンが追ってきます!」
「まだ来るのかよ……!」
窓の向こう。
雪を突き破るように白銀の巨体が飛んでいる。
「速度を上げろ!」
「上げています!」
巨大な翼を羽ばたかせながら、スノードラゴンが迫ってくる。
「ブレス来ます!」
「避けろ!」
操縦士が必死に進路を変える。
だが間に合わない。
ゴオオオオオオオッ!!
白い奔流が飛空艇の右側を捉えた。
ドガァァァァァン!!
船体が激しく揺れた。
「うわっ!」
バキバキバキッ!!
右側面が見る見る凍りついていく。
直後。
グラァッ!
巨大な船体が大きく右へ傾いた。
「まずい!」
「右側の制御が効きません!」
「出力を上げろ!」
「これ以上は魔法石がもちません!」
「今落とされたら終わりだ! 最大まで上げろ!」
「はい!」
操縦士が魔力出力を最大まで引き上げる。
船体各部に組み込まれた魔法石が強烈な光を放った。
ゴオオオオオオッ!!
《ディアボロティクス》が一気に加速する。
船体を傾けたまま、猛吹雪の中を突き進んでいく。
「まだ追ってきます!」
「もっと上げろ!」
「これが限界です!」
後方に見えていたスノードラゴンの姿が、少しずつ小さくなっていく。
やがて猛烈な雪が両者の間を覆った。
数分後。
「……姿が見えません」
誰かが呟いた。
それでもディアボロスはしばらく後方を睨んでいた。
「追ってこないか?」
「確認できません」
「そのまま飛ばせ」
スノードラゴンはしばらく吹雪の中を飛び回っていたが、やがて敵を見失った。
低い唸り声を残し、巨大な翼を翻す。
そのまま白銀の巨体は、自らの住処へと戻っていった。
しかし、何度も放たれた氷のブレスによって生まれた猛烈な風と冷気は、すぐには消えなかった。
元々吹雪の多いアルファ地区。
そこへ強烈な冷気と風が加わり、雪雲まで巻き込んで巨大な雪嵐へと変わりつつあった。
「カインとダイマは?」
ディアボロスが船内へ戻る。
部下たちが火炎系のスキルカードを使い、二人を覆う氷を慎重に溶かしていた。
凍らされてから、すでに三十分近くが経っている。
「カイン様、呼吸があります!」
「ダイマ様もです!」
「助かりそうか?」
「まだ分かりません。ただ、二人とも生きています」
ディアボロスは小さく息を吐いた。
「すぐ治療しろ」
「はい!」
その時、操縦席から声が飛んできた。
「ディアボロス様!」
「今度はなんだ?」
「魔法石を消耗しすぎました。このままでは拠点まで戻れません!」
ディアボロスが操縦席へ向かう。
「どれくらい足りない?」
「先ほど最大出力を続けたせいで、かなり消費しています。それに右側の制御も完全には戻っていません」
「近くで補充できる場所は?」
操縦士が地図を確認する。
「ノルディアです」
「そこへ行くぞ」
「ですが……この船で街へ降りれば、かなり目立ちますが」
ディアボロスは窓の外を見る。
右側面の一部はまだ白く凍りつき、飛空艇もわずかに傾いたままだ。
「仕方ねえだろ。拠点まで戻れないんだからな」
「分かりました」
《ディアボロティクス》は進路を変えた。
それからしばらくして。
ノルディアの街では、一部の住民が空を見上げていた。
「なんだ、あれ……」
「飛行船か?」
「デカすぎるだろ……」
猛烈な吹雪の向こうから、巨大な影が姿を現した。
見たこともないほど大きな飛空艇。
しかも、その船体の一部は白く凍りついている。
「こっちへ来るぞ!」
「街に降りる気か!?」
人々が騒ぎ始める。
巨大な《ディアボロティクス》は吹雪を押し退けるようにして高度を下げていった。
一方その頃。
ウィストンの武器屋では、悠真たちが言葉を失っていた。
「……売れた?」
悠真は店主の言葉をすぐには理解できず、聞き返した。
「そうなんだ。数日前にな」
店主も少し困ったような顔をしている。
「ちょっと待ってよ」
リズが思わず前へ出た。
「三十億マニーだったわよね?」
「そうだ」
「本当に買った人がいたの?」
「それが……いたんだよ」
店主は頭を掻いた。
「三十五億マニーを出すと言われてな」
「三十五億!?」
悠真たちは一斉に声を上げた。
「マジかよ……」
海底ダンジョンへ潜り、ようやく三十億マニーを用意した。
これで聖剣マクベスを手に入れられる。
そう思って戻ってきたばかりだった。
「誰が買ったんだ?」
レオンが尋ねる。
「名前までは聞いてないんだ」
店主は少し考えてから続けた。
「とにかく大きな男が二人だった。俺もそれなりに身体には自信があるが、あんな連中は滅多に見ない」
「二人組か……」
レオンが考え込む。
「他に何か覚えてない?」
ララが尋ねる。
「悪いな。それくらいしか分からない」
店主はマクベスが飾られていた場所へ目を向けた。
そこだけがぽっかりと空いている。
「俺も、本当にあの剣を買う人間が現れるとは思ってなかったんだ」
「三十億集めてる間に、三十五億で買われるって……」
悠真はがっくりと肩を落とした。
「タイミング悪すぎるだろ……」
「海の底まで行ったのにね……」
リズも力なく呟く。
クランは少し離れたところで黙っていた。
誰が聖剣マクベスを手に入れたのか。
彼女だけは知っている。
昨夜、ディアボロス本人から聞いていた。
だが、そのことを口にするわけにはいかなかった。
その時だった。
ゴオオオオオオオオオッ!!
「うわっ!」
突然、建物全体が揺れた。
窓がガタガタと激しく鳴る。
「なんだ?」
悠真が窓へ近づいた。
「……え?」
外が真っ白だった。
少し前まで見えていた向かい側の建物すら、ほとんど見えない。
猛烈な雪が横殴りに吹きつけている。
「さっきまで、こんなじゃなかったよね?」
リズが窓の外を覗く。
「ここまで酷くなかったわ」
ララの表情も険しくなっていた。
店主まで窓へ近づく。
「ウィストンじゃ吹雪なんて珍しくないが……」
ゴオオオオオッ!!
再び猛烈な風が吹きつけ、窓が激しく揺れた。
「こんなのは俺も見たことがない」
直後。
バンッ!
武器屋の扉が勢いよく開いた。
「助けてくれ!」
男たちが一人の人間を抱えて飛び込んできた。
「外で倒れたんだ!」
運び込まれた男の服には白い霜がびっしりと張りつき、髪まで凍りついている。
「そこに寝かせて!」
真っ先に動いたのはメリーだった。
床へ寝かされた男のそばに膝をつき、状態を確認する。
「身体が冷えすぎてる……ララ、少し手伝って!」
「分かったわ」
ララもすぐ隣へしゃがみ込む。
メリーが治療を始め、その補助にララが入った。
しかし。
「こっちも頼む!」
また扉が開いた。
「もう一人いるぞ!」
今度は二人が運び込まれてくる。
「まだいるの?」
「外にいた連中が次々倒れてる!」
「メリー、俺たちにできることは?」
悠真が尋ねる。
「まず身体を温めて! 濡れてるものがあったら外して!」
「分かった!」
悠真たちも動き始める。
ゴオオオオオオオッ!!
外ではさらに風が強くなっていた。
雪が舞っているというより、街そのものが巨大な白い渦の中へ飲み込まれているようだった。
「なんなんだよ、これ……」
悠真は窓の外を見た。
ついさっきまで、ここまで酷い天候ではなかった。
何かが起きている。
「ララ」
治療を手伝っていたララが顔を上げる。
「もしかして……スノードラゴンが暴れてるのか?」
ララはすぐには答えなかった。
窓の向こうで荒れ狂う雪を見つめる。
「……分からない」
それから、小さく続けた。
「でも、そうだとしたら……」
ゴオオオオオオオオッ!!
凄まじい風が再びウィストンの街を襲った。
ララは表情を曇らせたまま、吹雪の向こうへ目を向ける。
「かなりまずいことになってるかもしれないわ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
さすがにスノードラゴン、強すぎました。
聖剣マクベスを手にしたディアボロスでさえ、まともに戦うことができないほどの相手。
そして、その影響は遠く離れたウィストンにまで及び始めます。
悠真たちは、この異常事態にどう動くのか。
次話もよろしくお願いします!
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