第141話 世界に一つの価値
エーデルで見つけた魔物除けの水晶と、海賊ダリオンが残した宝。
悠真たちは、それぞれを活かすため二手に分かれて行動することに。
果たして、海賊の宝は三十億マニーに届くのでしょうか。
翌朝。
悠真たちはボッツとともに、ウィストンの町長を訪ねていた。
目的は、昨日レオンが《コピー》で作った魔物除けの水晶を、ウィストンに設置する許可をもらうためだ。
「魔物を遠ざける水晶……ですか」
一通り話を聞いた町長は、すぐには信じられない様子だった。
無理もない。
突然、そんなものを持ってきて町に置かせてほしいと言われても、簡単に信用できる話ではないだろう。
「正確には、エーデルにあった水晶を複製したものです」
ララが説明を続ける。
「エーデルは、長い間この水晶によって魔物から守られていた可能性があります」
「しかし、エーデルは五十年前に滅びた町でしょう?」
「その水晶が海賊に持ち出されたんだ」
横からボッツが口を挟んだ。
昨日、悠真たちから話を聞いたボッツも、今回の説明に同行してくれている。
「俺も長いことエーデルについて調べてきた。あの町が魔物に襲われ始めた時期と、水晶が持ち出された時期が重なるなら、話の辻褄は合う」
「では、本当に……」
「可能性は高いと思う。ただ、俺も実際に水晶が魔物を遠ざけるところを見たわけじゃない」
ボッツはそこまで言うと、ララへ視線を向けた。
ララも頷く。
「それと、これから設置するのは本物ではありません。レオンの《コピー》で作ったものです」
「違いがあるのですか?」
「力は本物の八割程度です」
ララはそこを曖昧にはしなかった。
「普通の魔物なら効果が期待できます。ただ、フロストオーガやスノーワイバーンのような強い魔物まで遠ざけられるかは分かりません」
「なるほど……」
「これを置けば絶対に安全になる、というものではありません。今まで通り警戒は続けてください」
町長はしばらく考えていた。
やがて、ゆっくり頷く。
「分かりました。それでも、魔物が近づく危険を少しでも減らせるのなら、断る理由はありません。ぜひお願いします」
許可が下りると、一行は町長とともに中央広場へ向かった。
町の中心なら、水晶の力を広い範囲へ届けられる可能性がある。
広場の一角には、すでに水晶を置くための場所が用意される。
「じゃあ、出すわよ」
ララが空間収納を開く。
次の瞬間、大きな水晶が姿を現した。
透明な結晶が朝の光を受け、淡く輝く。
「なんだ、あれ?」
「水晶?」
「昨日までなかったよな?」
広場にいた人々が次々と足を止めた。
何事かと人が集まってくる中、水晶が慎重に設置される。
ララが表面へ手を触れた。
目を閉じ、内部を流れる力を確かめる。
「……大丈夫。正常に力が流れてる」
「これで終わり?」
リズが聞く。
「設置はね」
悠真も水晶を見上げた。
見た目には何も変わらない。
町を覆う光が現れたわけでもなければ、何か特別な音がしたわけでもない。
「本当に効いてるのかな」
「すぐには分からないと思うわ」
ララが答えた、その時だった。
「おーい!」
広場の外から男が駆けてきた。
町の外へ荷物を運んでいたらしく、厚い防寒着を着ている。
「町長、ちょうどよかった」
「どうしました?」
「いや、大したことじゃないんですが……」
男は水晶をちらりと見てから、不思議そうな顔をした。
「さっきまで町の北側にスノーウルフが何頭かいたんです。でも、急にいなくなっちまって」
悠真たちは顔を見合わせた。
「それって……」
リズが水晶を見る。
「この水晶の力?」
「まだ分からないわ」
ララは冷静だった。
「偶然移動しただけかもしれない。設置したばかりで判断するのは早いわ」
「でも、ちょっと期待してもいいんじゃない?」
「それくらいならね」
ララもわずかに笑った。
悠真は改めて水晶を見上げる。
五十年前、エーデルを守っていたかもしれないもの。
それが今度は、別の町を守ろうとしている。
「これで少しでも魔物が減ってくれたらいいな」
「そうだな」
ボッツも水晶を見つめていた。
「エーデルから消えたものが、五十年経って別の町を守ることになるとはな」
その言葉に、悠真も少し不思議な気持ちになった。
海賊の宝を探しに行ったはずだった。
それが思いもよらない形で、人々の役に立とうとしている。
水晶の設置を見届けたところで、レオンが全員を見回した。
「ここからは二手に分かれよう」
「二手?」
リズが振り返る。
「全員で同じ場所へ行く必要はない。効率が悪いからな」
レオンはララを見る。
「ララ、二つ目の水晶をノルディアへ持っていってくれ。メリーとラパン、それからリズも一緒に連れてくといい」
「分かったわ」
「設置が終わったら、そのままアストリアへ行ってくれ。水晶を強化できないか調べるんだろ?」
「ええ。アークに相談してみるわ」
「俺と悠真、クラン、ドゴルドは兄貴のところへ行く。宝の価値を調べてもらう」
「なるほど。それなら早いね」
リズも納得したようだ。
「じゃあ、宝は俺が持っていく」
レオンが収納鞄を開く。
ララが空間収納から、海賊船で手に入れた宝箱を取り出した。
続いて、人魚エリスの首飾り。
ダリオンの航海日誌。
最後に、首飾りを身につけたエリスが描かれている一枚の絵。
それらをレオンが順番に収納鞄へ収めていく。
「絵も持っていくんだ?」
リズが尋ねる。
「首飾りが本当にエリスのものだった証拠になるからな」
悠真が答えた。
「航海日誌にも首飾りのことが書かれてた。ガイオに見てもらうなら、全部あった方がいいだろ」
「なるほどね」
リズは納得したあと、ニッと笑った。
「じゃあ高く売ってきてね」
「お前、もう売る気満々だな」
「だって三十億マニー必要なんでしょ?」
「簡単に言うなよ……」
三十億。
何度聞いても現実味のない数字だった。
「じゃあ、そっちは頼んだわよ」
ララたちはスノーフローターの定期便へ向かう。
ノルディアまでは転移カードで直接行くことができない。
四人を見送ったあと、レオンも転移カードを取り出した。
「俺たちも行くか」
光が悠真たち四人を包んだ。
スノーフローターに揺られ、ララたちがノルディアへ到着したのは、それからしばらく後だった。
ノルディアでは話が早かった。
最近、町の周辺で魔物が増えていることもあり、町長は魔物除けの水晶の話に強い関心を示した。
もちろんララは、コピーされた水晶が本物の八割程度の力しか持たないことや、強い魔物にまで通用する保証はないことも説明した。
それでも町長の答えは変わらなかった。
「ぜひお願いします」
二つ目の水晶も、町の中心付近へ設置することになった。
ララが水晶の状態を確認する。
「問題ないわ」
「これで終わりだな!」
ラパンが大きく伸びをする。
「まだよ」
「え?」
「次はアストリア」
「そうだった……」
分かりやすく肩を落とすラパンを見て、リズが笑う。
「でもラパン、久しぶりに故郷に帰るんでしょ?」
「まあな。せっかく帰るなら、ちょっとくらいゆっくりしようかな」
「私も久しぶりなので楽しみです」
メリーも嬉しそうだった。
「私、アストリアに行くの何回目だろ」
リズが指を折り始める。
「三回? 四回?」
「覚えてないなら数えなくていいわよ」
ララは淡々としている。
「相変わらずだなあ。せっかく帰るんだから、ララも少しくらい嬉しそうにしろよ」
「用事で行くのよ」
「はいはい」
ラパンもそれ以上は言わなかった。
アストリアはララの故郷でもある。
だが、故郷へ戻ることと、家へ帰ることは同じではない。
「行きましょう」
ララが転移カードを取り出す。
カードが光を放つ。
四人の姿が、その光の中へ消えていった。
一方、その頃。
悠真たちはガイオの会社へ到着していた。
転移先は、以前ララが魔法陣を設置した地下の一室だ。
「着いたぞ」
レオンが先に歩き出す。
地下から階段を上がり、会社の中へ出る。
そこから先は、クランとドゴルドにとって初めて見る光景だった。
広い廊下。
忙しそうに行き交う人々。
次々と運ばれていく書類や荷物。
外から見ても大きな建物だが、中へ入るとさらに規模の大きさが分かる。
「……ここ、全部ガイオさんの会社なんですか?」
クランが辺りを見回す。
「そうだ」
レオンは当然のように答えた。
「兄貴の会社だ」
「随分な規模だな」
ドゴルドも感心したように周囲を眺めている。
「レオンさんのお兄さんって、何をしてる人なんですか?」
「いろいろ」
「……いろいろ」
クランは困った顔で悠真を見る。
「俺に聞かれても、たぶん同じ答えになるよ」
「そうなんですね……」
やがて四人は、ガイオの部屋へ案内された。
重厚な扉が開く。
大きな机の向こうにはガイオが座っていた。
周囲には数人の部下。
ガイオは書類から顔を上げる。
「おう、レオンか」
低く落ち着いた声だった。
さっきまで質問を続けていたクランが、思わず姿勢を正す。
ドゴルドも黙ってガイオを見る。
大きな会社を動かす人間。
その肩書きを知らなくても、そう感じさせる雰囲気があった。
「少し外してくれ」
ガイオが部下へ告げる。
全員が一礼し、部屋から出ていく。
扉が閉まった。
一瞬の静寂。
そして。
「おお! レオン! また急に来たな!」
さっきまでの空気が跡形もなく消えた。
「元気だったか!? 今度は何用だ!」
「……相変わらずだな、兄貴」
「兄貴に会って最初の言葉がそれか!」
クランが目を丸くしている。
ガイオと扉を交互に見る。
「……同じ人ですよね?」
「同じ人だよ」
悠真は苦笑した。
「俺も最初は驚いたから」
「悠真まで何言ってんだ!」
ガイオがすぐに突っ込む。
その様子を見ていたドゴルドが、小さく笑った。
「なるほど。レオンの兄というのは分かる気がするな」
「どこを見てそう思った?」
レオンが真顔で聞き返す。
「さてな」
ひとしきり騒いだところで、レオンが本題に入った。
「兄貴に見てもらいたい物がある」
「お前が持ってくる物は、毎回ろくでもない予感がするな」
「今回は宝だ」
「宝?」
ガイオの表情が変わった。
「ほう、見せてもらおうか」
レオンが収納鞄から宝箱を取り出した。
机の前へ置き、蓋を開ける。
海賊船から持ち帰った宝石や装飾品が、室内の光を受けて輝いた。
「おお……」
ガイオが身を乗り出す。
一つを手に取る。
光へかざし、角度を変える。
別の宝石。
さらに装飾品。
次々と確認していく。
「こいつはすげえな」
ガイオの声を聞き、悠真の顔が明るくなった。
「かなり上物が混じってるぞ。これだけの物をよく集めたな」
「じゃあ、三十億いける?」
「それは無理だな」
「早っ!」
期待した直後に切り捨てられた。
「まだ全部見てないじゃん!」
「全部見なくても三十億は無理だ」
「そんな……」
ガイオは気にせず鑑定を続ける。
人魚の首飾りも手に取り、宝石の一つ一つを確認した。
しばらくして、すべてを見終える。
「そうだな……普通に売るなら、全部合わせて十億マニー前後ってところか」
「十億……」
悠真はレオンを見る。
レオンも難しい顔をしていた。
「全然足りないな」
「おい」
ガイオが顔を上げた。
「今、十億を『全然足りない』って言ったか?」
「だって三十億必要なんですよ」
「十億だぞ!?」
ガイオが机を軽く叩く。
「お前ら、しばらく見ない間に金銭感覚どうなったんだ!」
「俺たちだって十億が大金なのは分かってるよ。でも、必要なのは三十億だから」
「何に使う気だ?」
「聖剣マクベスを買うためだ」
レオンが答えた。
ガイオの動きが止まる。
「……なるほど。あれか」
「知ってるの?」
「名前くらいはな。それなら三十億必要って話も分からなくはない」
ガイオは宝箱へ目を戻した。
「ただ、これはあくまでざっくりした目安だ。宝石や美術品は、誰にどう売るかで値段が変わる。相手次第じゃ十億より上にも下にもなる」
「じゃあ、頑張れば三十億に?」
「だから無理だって」
「駄目か……」
悠真は肩を落とした。
海賊の宝を見つければ、三十億に届くかもしれない。
どこかでそう期待していた。
だが、現実は甘くなかった。
十億マニー。
普通なら途方もない大金だ。
それでも今の悠真たちには足りない。
「兄貴」
そこでレオンが口を開いた。
「まだ話がある」
「何だ?」
レオンは宝箱の中から、人魚の首飾りを取り出した。
「この首飾り。普通の宝石として見たんだよな?」
「当然だ。細工もいいし、使われてる宝石も一級品だぞ」
「それには由来がある」
「由来?」
ガイオの目がわずかに変わった。
「海賊船長ダリオンを知ってるか?」
「名前くらいは聞いたことがある。アルファ地区で活動していた海賊だったか?」
「そう。そのダリオンが、愛した女のために作らせた首飾りだ」
「女?」
「女と言っても人魚だ」
ガイオの眉が動いた。
悠真が続ける。
「エリスっていう人魚。ダリオンは世界中から集めた宝石の中でも、特にいい物を選んでこの首飾りを作らせたらしい」
「……待て」
ガイオの声から、さっきまでの軽さが消えた。
「それを証明できるのか?」
「できる」
レオンが収納鞄へ手を入れた。
最初に取り出したのは、ダリオンの航海日誌。
ガイオへ渡す。
「ここに書いてある」
ガイオがページをめくる。
先ほど宝石を鑑定していた時よりも、明らかに真剣な顔になっていた。
「……なるほど」
しばらく読んだあと、顔を上げる。
「人魚が実際にこの首飾りをつけていた証拠は?」
「それもある」
今度は一枚の絵を取り出した。
海を背にして微笑む美しい人魚。
その胸元には、今ガイオの机に置かれているものと同じ首飾りが輝いている。
ガイオが黙った。
絵を見る。
首飾りを見る。
もう一度、日誌へ目を落とす。
「……同じ首飾りは?」
「見つかってない」
「日誌には?」
「エリスのために作らせたって書いてある」
ガイオは再び日誌を確認する。
「つまり、ダリオンが世界中から集めた宝石の中から選び、愛した人魚のためだけに作らせた……」
「そういうこと」
「しかも、それを裏付ける日誌と絵まで残ってる」
ガイオの指が首飾りへ触れた。
先ほどまでは、宝石の透明度や大きさ、細工を見ていた。
今は違う。
その首飾りが持つ背景を見ている。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてガイオが椅子へ深く腰を下ろす。
「……世界に一つしかないんだな?」
「少なくとも、俺たちが見つけたのはそれだけだ」
悠真が答える。
「だったら……」
ガイオはそこで言葉を止めた。
もう一度、首飾りを見る。
その目には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。
「普通に売るのはやめだ」
「え?」
「こういう物は、宝石の値段だけで売るもんじゃない」
ガイオは絵を机の上へ置いた。
その隣に、エリスの首飾りを並べる。
「誰が持っていたのか。誰のために作られたのか。そして、世界にいくつ存在するのか」
指先で首飾りを軽く示す。
「全部ひっくるめて価値になる」
悠真は思わず身を乗り出した。
「じゃあ、もっと高くなる?」
「売る相手次第だ」
ガイオはすぐには答えなかった。
航海日誌。
エリスの絵。
そして、世界に一つしかないかもしれない首飾り。
その三つを順番に眺める。
やがて、ゆっくりと口元が上がった。
「三十億だったな」
「うん」
ガイオは椅子の背にもたれた。
そして、楽しそうに笑った。
「面白くなってきたじゃねぇか」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ウィストンとノルディアには、コピーした魔物除けの水晶を設置。
ララたちは、八割まで落ちた水晶の力を補う方法を探すため、アストリアへ向かいました。
一方、悠真たちがガイオに持ち込んだ海賊の宝は、普通に売れば十億マニー前後。
十分すぎる大金ですが、聖剣マクベスを買うにはまだ届きません。
しかし、人魚エリスの首飾りには、宝石そのものとは別の価値がありました。
世界に一つしかないかもしれない首飾り。
それを証明する航海日誌と一枚の絵。
「面白くなってきたじゃねぇか」
果たしてガイオは、この宝をいくらに変えるのでしょうか。
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