第140話 宝の使い道
エーデルの地下で見つけた、ダリオンとエリスが残した宝。
無事に探索を終えた悠真たちは、持ち帰るものと、その使い道について考えることになります。
果たして、海賊の宝はどれほどの価値を持つのでしょうか。
地下室を出る前に、悠真たちは持ち帰るものを整理することにした。
目の前には、人魚エリスの鱗が大量に収められた巨大な宝箱。その中央には、海賊船長ダリオンが愛するエリスのために作らせた首飾りがある。
少し離れた場所には、かつてエーデルを守っていたという巨大な水晶。
そして部屋の一番奥。
ダリオンとエリスが並んで描かれた大きな絵の下には、ダリオンが眠る棺が静かに置かれていた。
「全部持っていくっていうのは、さすがにな……」
悠真が部屋を見回しながら呟く。
ここにあるものは確かに宝だ。
だが、それだけではない。
ダリオンとエリスが生きた証でもある。
「必要なものだけにした方がいいでしょうね」
メリーも棺を見ながら言った。
「ここは墓でもあるからな」
レオンの言葉に、悠真も頷いた。
ダリオンの棺には触れない。
二人が一緒に描かれた大きな絵も残す。
持ち帰るのは、人魚の鱗と首飾り。それからダリオンの航海日誌。そして、エリスが一人で描かれた絵を一枚だけにすることにした。
その絵のエリスは、海を背にして穏やかに微笑んでいる。
胸元には、宝箱から見つかったものと同じ首飾りが輝いていた。
「この絵も持っていくの?」
リズが首を傾げる。
「首飾りだけじゃ、これが本当にエリスのものだったって証明できないだろ」
「航海日誌にも、ダリオンがエリスのために首飾りを作らせたことが書かれてるわ」
ララが日誌を手にする。
「絵と日誌が揃っていれば、ただの高価な首飾りとは意味が変わってくると思う」
「確かに。これをつけてる絵が残ってるんだもんね」
リズは改めてエリスの絵を眺めた。
それから今度は、宝箱の中にある首飾りへ視線を移す。
何かを考えているらしく、しばらく黙って見つめていたが、やがてレオンの方を向いた。
「ねえ、レオン。これコピーしてみようよ」
「首飾りをか?」
「うん。だって、これすごく高そうじゃん」
リズの顔が少し明るくなる。
「一個で高いなら、二個にしたらもっとお金になるんじゃない?」
「やめた方がいいわよ」
すぐにララが口を挟んだ。
「なんで?」
「同じものが二つになったら、世界に一つじゃなくなるでしょう?」
リズが目を瞬かせる。
「……あ」
「ダリオンがエリスのためだけに作らせた首飾りなのよ。同じものがいくつも出てきたら、希少価値が下がる可能性があるわ」
「そっか。増やせばいいってものじゃないんだ」
少し残念そうに首飾りを見るリズの横から、ラパンが覗き込む。
「でもよ、俺もちょっと二個にした方が得だと思ったぞ」
「でしょ?」
「お前ら、似たようなこと考えてるな」
ドゴルドが呆れたように二人を見る。
「コピーできるのに、増やさない方がいい物もあるのか……」
ラパンが腕を組んで首を捻った。
「金儲けって難しいね」
「リズに言われると、なんか納得いかねえな」
「なんでよ!」
二人が言い合う声が地下室に響く。
悠真は苦笑しながら、もう一つの宝へ目を向けた。
巨大な水晶。
首飾りは増やさない方がいい。
「……水晶の方は、コピーしてもいいんじゃないか?」
その一言で、リズとラパンの言い合いが止まった。
「水晶を?」
メリーが巨大な結晶を見上げる。
「これ、本当はエーデルを魔物から守ってたんだろ?」
「その可能性が高いわね」
ララが答えた。
「だったら、また町を守るために使えないかな」
一瞬だけ、元の場所であるエーデルへ戻すことも考えた。
しかし、エーデルはもう町として存在していない。
五十年前に人々が去り、今では崩れた建物と魔物だけが残されている。
ならば、今そこに暮らしている人たちのために使った方がいい。
「ノルディアか」
レオンが悠真の考えに気づく。
「最近、あの辺りは明らかに魔物が増えてるだろ。これがあれば、少しは安全になるかもしれない」
「それならウィストンも必要だろうな」
ドゴルドが続ける。
「ここまで来る途中でも相当な数がいた。スノードラゴンの影響もあるんだろうが、この辺りも以前より危険になっている」
「じゃあ、どっちに置くの?」
リズに聞かれ、悠真は水晶を見つめた。
ノルディアもウィストンも守りたい。
しかし、本物は一つしかない。
そこで、先ほどリズが首飾りに対して言ったことを思い出した。
「……両方でいいんじゃないか?」
「両方?」
「レオンの《コピー》を使えばいい」
悠真が水晶を指差す。
今度はリズが得意そうに笑った。
「ほら。やっぱりコピーは便利じゃん」
「だから、首飾りとは話が違うって」
「同じコピーでしょ?」
そんなやり取りを横目に、レオンは水晶を見上げる。
「あとソウルコアがあれば試せるな」
《コピー》のスキルカードを使うには、ソウルコアが必要になる。
以前、シャドウビーストを倒した時にも手に入れた黒い結晶だ。
「本物はどうするんですか?」
クランが尋ねた。
「俺たちで持っておこうと思う」
「町には置かないんですか?」
「これから先、別の場所でも魔物が増えるかもしれない。その時、本物が手元にあれば、またコピーできるだろ」
一つの町だけを守るのではなく、本物を原型として残しておく。
必要な場所が増えれば、そのたびにコピーを作ればいい。
「その方がいいと思うわ」
ララも賛成する。
「ただ、コピーした水晶が本物と同じように使えるとは限らないけど」
「コピーすると性能が落ちるんだったな」
「八割程度になるはずよ。実際に作って調べてみないと、魔物除けの力までどう変化するかは分からないわ」
まずは作ってみるしかない。
方針が決まったところで、ララの空間収納に人魚の鱗、首飾り、エリスの絵、航海日誌、そして巨大な水晶を収めてもらう。
最後に悠真は、ダリオンとエリスの大きな絵を振り返った。
二人は寄り添うように並び、こちらへ穏やかに微笑んでいる。
「……じゃあな」
誰に聞かせるでもなく呟き、悠真は地下室をあとにした。
長い階段を上り、地上へ出る。
外はすっかり夜になっていた。
雪に埋もれたエーデルの廃墟を、月明かりがぼんやりと照らしている。
灯台跡で夕日を追いかけていたのが、ずいぶん前のことのように感じられた。
あのあとフロストオーガと戦い、地下への入口を見つけ、長い時間をかけて内部を探索した。
気づけば、かなり遅い時間になっている。
海賊の宝を探しに来ただけだった。
それがまさか、人魚と海賊の物語を知り、さらにエーデルが滅びた原因まで見つけることになるとは思わなかった。
悠真は双界カードを取り出した。
連絡する相手はボッツだ。
「ボッツさん、聞こえる?」
少し間があり、すぐに返事が届いた。
『悠真か!』
思った以上に大きな声だった。
『無事だったのか!』
「なんとか」
『なんとかじゃねえ。あれから連絡がないから心配したんだぞ』
「いろいろありまして……」
『その言い方だと、本当にいろいろあったみたいだな』
悠真は苦笑する。
「話したいこともあるから、一度そっちに戻ります」
双界カードを使い、一行はウィストンへ戻った。
ボッツと顔を合わせたあと、悠真たちはエーデルで起きたことを一通り説明した。
海賊の地下室。
ダリオンと人魚エリス。
そして、エーデルを守っていた魔物除けの水晶。
特に水晶の話を聞いた時、ボッツはしばらく何も言わなかった。
「……そんなものが、エーデルにあったのか」
かつて栄えていた港町が、なぜ突然大量の魔物に襲われたのか。
その理由が五十年も経ってから明らかになったのだから、無理もない。
やがてボッツは小さく息を吐いた。
「もし本当にその水晶が町を守ってたなら、盗まれなければエーデルは今も残ってたかもしれねえな」
誰にも確かめることはできない。
それでも、悠真にはその可能性が高いように思えた。
話を終える頃には、夜もかなり更けていた。
フロストオーガとの戦いに始まり、エーデルの探索、地下での発見。
悠真自身も疲れていたが、仲間たちの顔にも疲労が浮かんでいる。
特に《超加速》を使ったリズと、何度も回復や身体強化の魔法を使ったメリーには休息が必要だった。
「今日はもう休もう。続きは明日でいいだろ」
反対する者はいなかった。
悠真たちはボッツと別れ、ウィストンの宿屋へ。
部屋に入った途端、身体から力が抜ける。
ベッドへ腰を下ろした悠真は、今日一日の出来事を思い返した。
フロストオーガとの戦いだけでも十分すぎるほど濃い一日だった。
それなのに、そのあと海賊の宝まで見つけた。
枕元には、まだ解決していない問題がいくつも残っている。
魔物除けの水晶。
人魚の鱗。
そして、エリスの首飾り。
だが、それを考えるのは明日でいい。
悠真は横になると、疲れに引かれるように目を閉じた。
翌朝。
一晩しっかり身体を休めた悠真たちは、ウィストンの素材屋へ向かった。
店内には魔石や牙、角、乾燥させた薬草などが所狭しと並んでいる。
「ソウルコアってありますか?」
悠真が尋ねると、店主は奥の棚から小さな箱を持ってきた。
蓋を開く。
中に入っていたのは黒い結晶だった。
悠真とリズには見覚えがある。
以前、二人でシャドウビーストを倒した時に手に入れたものと同じだ。
「一個五万マニーだ」
「五万か……」
やはり安くはない。
ウィストンとノルディア。
二つの町に置くなら、ソウルコアも二個必要になる。
「二つで十万マニーだね」
リズも黒い結晶を覗き込む。
しばらく考えていた彼女が、突然何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだ、鱗!」
「鱗?」
「人魚の鱗を売ればいいんじゃない? あれも素材なんでしょ?」
確かに、ララは人魚の鱗が高位の薬に使われると言っていた。
素材屋なら価値も分かるはずだ。
ララが空間収納から人魚の鱗を一枚取り出す。
悠真はそれを店主の前へ置いた。
「これって、買い取れます?」
店主は最初、何気なく鱗へ目を向けた。
ところが、すぐに表情が変わる。
「……ちょっと待て」
手に取り、光へ透かす。
裏返し、さらに角度を変えて確認する。
「これ、人魚の鱗じゃないか?」
「やっぱり分かるんだ」
「分かるも何も……お前たち、どこでこんなものを手に入れた?」
「海賊の宝を探してたら見つけました」
「なんで海賊の宝から人魚の鱗が出てくるんだ……」
もっともな反応だった。
店主によれば、人魚の鱗は非常に希少な素材らしい。
高位の治療薬に使われ、中には不治の病の治療を目的とした薬にも材料として使用されるという。
「状態もいい。一枚二万マニーで買う」
「一枚で!?」
リズが驚いて身を乗り出した。
「一枚だ」
「これ、いっぱい……」
「リズ」
悠真が慌てて止める。
店主の目が鋭くなった。
「いっぱい?」
「いや、今のは忘れてください」
「忘れられるか」
横でラパンが吹き出した。
「もう遅えよ」
確かに宝箱には大量に入っている。
全部売れば、かなりの金額になるだろう。
だが、人魚の鱗は金だけでは買えないほど貴重な治療素材でもある。
何かあった時に必要になるかもしれない。
今すぐ大量に手放す理由はなかった。
「五枚だけ売ります」
「五枚もあるのか……」
店主はまだ聞きたそうな顔をしていたが、悠真はそれ以上答えなかった。
人魚の鱗五枚で十万マニー。
その代金で、ソウルコアを二個購入する。
「結局、お金はなくならなかったね」
店を出たところでリズが笑った。
「海賊のお宝をソウルコアに交換したようなもんだな」
ラパンが黒い結晶の入った箱を覗き込む。
「それにしても、これ一個で五万か。結構するんだな」
「シャドウビーストを倒せば手に入ることもあるけど、簡単に集められるものでもないからね」
リズは以前の戦いを思い出したのか、少しだけ得意そうだった。
その後、悠真たちは人目の少ない場所へ移動した。
ララに本物の魔物除けの水晶を出してもらう。
巨大な結晶が姿を現すと、改めてその大きさに圧倒される。
レオンがソウルコアを一つ受け取った。
「まず一つ作ってみる」
取り出したのは《コピー》のスキルカードだ。
本物の水晶を前に、レオンがカードを発動させる。
ソウルコアから光が溢れ、水晶の周囲へ広がった。
やがて本物の隣に淡い輪郭が現れる。
輪郭は徐々に厚みを増し、透明な結晶へ変化していった。
しばらくして光が消える。
そこには、本物とほとんど見分けがつかない巨大な水晶が立っていた。
「おお……」
ラパンが周囲を回る。
「こんなでっかい物までコピーできるのか」
「見た目だけでは、どちらが本物か分かりませんね」
クランも興味深そうに二つを見比べる。
「問題は中身よ」
ララがコピーした水晶へ手を当てた。
目を閉じ、内部に宿る力を慎重に探る。
全員が黙って待つ。
やがてララが目を開けた。
「……魔物を遠ざける力は残ってる」
「ちゃんとコピーできたんだな」
「ただ、本物より少し弱いわ」
ララは今度は本物にも触れ、二つを比べる。
「やっぱり八割程度だと思う」
「普通の魔物なら?」
「おそらく十分に効果はある。でも、フロストオーガやスノーワイバーンみたいな強い魔物にまで効くかは分からないわ」
悠真はコピーされた水晶を見上げた。
ノルディアやウィストンを守るために使う以上、そこは重要だ。
「スノードラゴンには?」
「期待しない方がいいと思う」
さすがにそこまで都合のいいものではないらしい。
それでも、普通の魔物を町から遠ざけられるだけで十分な価値がある。
「もう一つも作ろう」
レオンが二個目のソウルコアを取り出し、再び《コピー》を発動する。
二つ目も問題なく完成した。
「これで一つはウィストン、もう一つはノルディアだな」
悠真の言葉に、みんなが頷く。
「でも、もう少し効果を強くできたらいいんだけど」
コピーそのものが八割になるのは仕方がない。
ならば、別の方法で補うことはできないだろうか。
悠真の言葉を聞いたララが少し考える。
「アストリアで調べてもらいましょうか」
「アストリアで?」
「アークに相談してみる。本人が専門じゃなくても、王宮ならこういう魔道具や水晶に詳しい人を知っているはずよ」
「コピーした後から強くできるのかな」
「それは調べてみないと分からないわ。でも魔法陣を組み合わせたり、別の方法で効果を補える可能性はあると思う」
「だったら、今度アストリアへ行った時に聞いてみよう」
これで水晶についての方針は決まった。
本物は悠真たちが保管する。
二つのコピーはウィストンとノルディアへ。
そして、より強い魔物にも効果を発揮できる方法がないか、いずれアストリアで調べてもらう。
ひとまず大きな問題が一つ片づいた。
「さて……」
悠真は一息つく。
「残るのは、こっちか」
ララが空間収納から人魚の首飾りを取り出した。
いくつもの宝石が光を受け、鮮やかに輝く。
「これ、結局いくらなんだろうね」
リズが首飾りを覗き込む。
「さっぱり分からないな」
悠真にも見当がつかない。
高いのは間違いない。
だが、百万マニーなのか、一億マニーなのか。それすら分からなかった。
しかもこれは、単なる宝石ではない。
海賊船長ダリオンが世界中から集めた財宝の中から、特に優れた宝石を選んで作らせたもの。
愛した人魚エリスへ贈った、世界に一つしかない首飾りだ。
その証拠となる絵も、航海日誌もある。
レオンがしばらく首飾りを眺めていた。
やがて何かを思いついたように悠真を見る。
「それなら、兄貴に相談してみるか」
「ガイオに?」
「宝石の取り扱いなら、俺たちより兄貴の方がずっと詳しいはずだ。これだけ特殊な品なら、売る相手も選んだ方がいいだろう」
確かに、価値も分からないまま適当な店へ持ち込むような品ではない。
悠真はもう一度、エリスの首飾りを見る。
海を制した男が、愛する人魚のためだけに作らせた宝。
それがいったい、どれほどの価値を持つのか。
次に訪ねる相手は決まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
人魚の鱗は一枚二万マニーという高級素材でしたが、今回は五枚だけ売却。
その代金でソウルコアを手に入れ、魔物除けの水晶をコピーすることができました。
本物は手元に残し、コピーした水晶はウィストンとノルディアへ。
ただし、八割の性能になった水晶が強力な魔物にも通用するのかは分かりません。
そして残った大きな宝が、ダリオンからエリスへ贈られた世界に一つの首飾り。
その価値を確かめるため、次はレオンの兄ガイオに相談することになりました。
果たして、この首飾りはいくらになるのか……。
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